7.新たな居場所
「……私が、柊会に?」
梓の言葉を聞いてから、私は何度もその言葉を頭の中で繰り返していた。
柊会に籍を置く。
それは、昨日まで何も知らなかった私が、付喪神に関わる人たちの中へ入るということだ。
母さんの形見である桔梗を持っている。
ただ、それだけの理由で。
「そんなに難しい顔をしなくてもいいんじゃねえか?」
隣で椿が豪快に笑った。
「お前はもう、あたしたちの仲間ってことだ。仲間が増えるのはいいことだろ?」
「でも、私……まだ何も分かっていないんですけど」
「だから、これから覚えていけばいいんです」
小梅が、椿の言葉を補うように答えた。
「梓様が認めたのは、桜さんが柊会に籍を置くことです。すぐに一人前として扱われるわけではありません」
「籍を置くって……正式な隊員になるんですか?」
「正確には、仮の所属ですわね」
「仮……?」
「桜さん自身が柊会について理解し、桔梗さんとの関係を築き、今後もここにいる意思があるか。それを確認するための期間です」
つまり、まだ試されているということだ。
そう考えると、少しだけ納得できた。
私は何も知らない。戦い方も、付喪神のことも、母さんが何をしていたのかさえ。
そんな私を、いきなり仲間として受け入れられるほうがおかしい。
「……私、本当にここにいていいんでしょうか」
思わず口からこぼれた言葉に、椿さんが首を傾げた。
「梓様がいいって言ったんだろ?」
「それは、そうですけど……」
「なら、いいんだよ」
あまりにも簡単に言われて、私は返す言葉を失った。
椿は、少しだけ真面目な顔をして続ける。
「お前が何者なのか、桔梗が何なのか。そういうのは、これから知っていけばいい。最初から全部分かってる奴なんて、そうはいねえんだからよ」
「椿さんの場合は、何も考えずに突っ込んでいくことが多いだけでは?」
「小梅、お前は一言多いんだよ!」
いつもの調子で言い合う二人を見ていると、胸の奥にあった緊張が少しだけほどけていく。
ここにいることを、まだ完全には受け入れられていない。
それでも、昨日のように「帰れ」と言われているわけではないのだ。
「……分かりました。少しずつ、覚えていきます」
そう答えると、小梅が穏やかに微笑んだ。
「では、まずはこの場所についてご案内いたしましょう」
「この場所?」
「ええ。桜さんは、まだ柊雑貨店の中をきちんと見ていませんでしょう?」
言われてみれば、私が見たのは目を覚ました部屋と、昨日梓さんたちと話した場所くらいだった。
体調も、もうほとんど問題ない。
椿に気絶させられたことを除けば、ここへ来てからまともに歩き回ってすらいなかった。
「無理はしないでくださいね。まだ本調子ではないでしょうから」
「大丈夫です。もう平気です」
そう答えて布団から立ち上がる。
少しだけ足元がふらついた。
「……本当に大丈夫ですか?」
「今、思いっきりふらついたじゃねえか」
「ちょっと立ちくらみがしただけです!」
二人に心配そうな目を向けられながら、私は部屋を出た。
廊下を進み、階段を下りる。
階下へ近づくにつれて、店の外から人の話し声や、戸を開け閉めする音が聞こえてきた。
階段を下りきった先にあったのは、昨日までの緊張した空気とはまるで違う場所だった。
明るい店内。
棚には文房具や食器、日用品が並び、壁際には季節の商品まで置かれている。
店の奥では、年配の女性が店員らしき男性と談笑していた。
「……普通の雑貨店なんですね」
「表向きは、ですけれどね」
小梅が店内を見渡しながら言った。
「ここ、柊雑貨店は、柊家が代々管理してきた店です。商店街の皆様には、昔から普通の雑貨店として親しまれています」
「柊家というのは、昨日の梓さんの?」
「はい。梓様は柊家の当主です」
「では、柊家が柊会を運営しているんですか?」
「そこは少し違います」
小梅は、店の奥にある扉へ視線を向けた。
「柊会の運営や方針を決めるのは、評議会です。柊家は柊会の創設に深く関わった家系であり、現在も重要な立場にありますが、柊家だけですべてを決めているわけではありません」
「でも、梓さんの一言で私の所属が決まったんですよね」
「それだけ、梓様の発言には重みがあるということですわ」
椿が、棚に置かれた小さな置物を手に取った。
「柊家は昔から、この町と柊会を支えてきたんだよ。雑貨店もただの店じゃねえ。付喪神に関する相談を受けたり、必要な道具を用意したりする場所でもある」
「相談、ですか?」
「壊れた道具が勝手に動く。古い物から声が聞こえる。持ち主が変わってから、物の様子がおかしくなった。そういう話だな」
「それって、全部付喪神が関係しているんですか?」
「全部じゃねえ。勘違いもあるし、ただの故障もある。だから調べるんだよ」
小梅が、店の隅に置かれた古い木箱を指差した。
「柊会は、付喪神を退治するためだけの組織ではありません。人間と付喪神の間で起きた問題を解決し、必要であれば付喪神を保護する。それが主な役目です」
「保護……」
「付喪神にも、意思がありますから」
その言葉に、私は自分の腕へ視線を落とした。
袖の下には、桔梗の宿ったブレスレットがある。
昨日、私の手の中で刀へ姿を変えたもの。
力を貸してくれた、母さんの形見。
「じゃあ、このブレスレットも……」
「ええ。そのブレスレットも、ひとりの付喪神です」
小梅は、それ以上を語らなかった。
桔梗が何者なのか。
なぜあれほど強い力を持っているのか。
母さんと、どんな関係があったのか。
その答えは、まだ私の手の届かない場所にあるようだった。
「それで、私はこれから何をするんですか?」
「まずは勉強です」
「勉強……」
「付喪神の性質、扱い方、柊会の規則。そして、桔梗さんとの関係を深めること。桜さんには、まだ知らないことが多すぎますから」
「いきなり現場に出るわけではないんですね」
「そういうことです」
椿が、少し残念そうに肩を落とした。
「まあ、最初は仕方ねえか。桜がもう少し動けるようになったら、訓練くらいはしてやるよ」
「椿さん、桜さんを無理に鍛えようとしないでくださいね」
「分かってるって」
本当に分かっているのだろうか。
昨日のことを思い出し、私は小さく息を吐いた。
けれど、二人のやり取りを聞いていると、不思議と気持ちが落ち着いてくる。
昨日まで、私は自分が何に巻き込まれたのかも分かっていなかった。
けれど、ここには知っている人がいる。
教えてくれる人がいる。
そして、私自身が向き合わなければならない存在もいる。
「……私、ちゃんと覚えます」
「ええ。焦らずにいきましょう」
そのときだった。
店の入り口から、慌ただしい足音が聞こえてきた。
「すみません! 誰か、柊会の方はいませんか!」
店内にいた全員が、声のしたほうを振り向く。
入り口に立っていたのは、商店街で何度か見かけたことのある男性だった。
息を切らし、困ったような顔で店内を見回している。
椿が、持っていた置物を棚へ戻した。
「どうした?」
「あ、椿さん……! ちょうどよかった!」
男性は、私たちのほうへ駆け寄ってくる。
「また、うちの店で妙なことが起きたんです。今度は、夜になると店の奥から誰かの声が聞こえてきて……」
小梅の表情が、わずかに変わった。
「声、ですか?」
「はい。最初は気のせいだと思ったんですが、昨日は店の中に誰もいないのに、はっきりと……」
男性はそこで言葉を切り、私の腕へ視線を向けた。
「もしかして、その方が新しく入ったという……?」
「え?」
「いや、すみません。今はそれどころじゃなくて!」
椿が、にやりと笑った。
「なるほどな。さっそく仕事が来たじゃねえか」
「椿さん、まだ桜さんを連れていくとは決まっていません」
「でも、見学くらいはいいだろ?」
二人のやり取りを聞きながら、私は自分の腕を見つめた。
ブレスレットの奥で、桔梗が何かを感じ取ったような気がした。
まだ何も分からない。
それでも、これから私は、この町で起きる付喪神の問題に関わっていく。
その最初の出来事が、今、目の前に持ち込まれようとしていた。




