第42話 すっごく臭い
「そうそう、私もう本当に弾けなくなっちゃったと思ってたから、本当に不安でいっぱいで」
涼太と笑いながら話す花蓮を、スタインは優しい眼差しで見つめる。
◇◆◇◆
「スタイン様、失礼いたします」
楽器の国で国王、王子につく給仕担当が、扉を叩き食事を運んできた。
部屋の中央の床で、手を頭の後ろに回し寝そべっていたスタインは、視線だけ向け小さく顎を引いて頷くだけだった。
「…こちらにに置かせていただきます」
一言残し扉を閉め出て行った給仕担当は、扉をきちんと閉めなかったために、外での会話がくぐもった声で聞こえてくる。
「ねぇ、やだわよ〜、ほんっと、皆んなが噂をされていた通り、すっごく臭いっ!一体、何日お風呂入っていらっしゃらないのかしら…それに、伺ったときは、いつもずっと寝転んでるのよ〜?まあ、処罰されるだけはあるわって感じね〜…」
クスクス嘲笑いながら去っていく給仕担当達の後ろ姿に、スタインは、のろりと起き上がると扉の前に行き、両手でゆっくりと静かに閉めた。
「俺だって、分かってるっつーの…」
そう言うと、自分の左右の腕の臭いをかぎ、スタインは込み上げてきた何かに、慌てて口を呑み込む。
すると、またも扉がノックされる。
「はい」
「スタイン、僕だ!バリウスだ」
スタインが扉を開けると、そこには以前よりは背がすらりと伸びた、茶髪のバリウスが立っていた。
「っ…くっさ!スタイン、何日シャワーを浴びていないんだい?」
鼻をつまんで、しかめっ面をするバリウスは口呼吸をしながら部屋に入ってくる。
「まったく、君が臭いって話で持ちきりだぞ。前回、僕がここを訪れたときも、まぁまぁ匂ったが、これは比じゃないな。スタイン、まさかとは思うが、僕と会って以来シャワーを浴びていない、…なんてことはないよな?」
「いや…その通りだが」
スタインは背後の扉に手を当てて閉めた後、長い前髪をかきあげて鼻声のバリウスを見つめる。
「…冗談だろう?僕が最後に君と会ったのは、1年前だぞ?その間、ずっとそのままでいたのか?!」
「ああ、君が新しい主人に召喚されている間、シャワーも浴びず、服も着替えずいたが。何か問題あるか?あれから十年間、ずっとこの部屋に拘束、監禁されているんだ。新しい主人と会うわけでもない、別にいいだろう」
後ろに長く伸びた金髪は、汚れでいるであろうに、スタインが歩くごとに、なぜかサラサラとなびいて、まるで綺麗な髪の毛のように錯覚させる。
「…君の拘束はいつ解かれるか、話全くはないのかスタイン?」
「ああ、ないね。というより、ここから出すつもりはないんじゃないか。大事な尊厳が、俺みたいな息子によって汚されるからな」
「スタイン、君のお父上様…国王はそんなことを気にされるお方では……」
戸惑うバリウスだったが、目の前を横切るスタインの顔は、頬がこけ目の奥が窪んで見えた。
「で?バリウス、お前は何しにここに来たんだよ?」
「主人との契約が終了したんだ、友人の様子を見に真っ先にここに来ることは、そんなに可笑しいか?」
「はっ…暇つぶしか」
部屋の中央に戻ったスタインは、また床に寝転ぶと天井を見つめる。
バリウスは寝転ぶスタインに近付くと、隣に座り込む。
「まだ見つからないのか」
「…ああ…。毎日新しい顔は増えるってのに、その中に彼女は…花蓮はいない」
スタインが、ぼそりと呟くと、しばらくの間2人とも沈黙しながら部屋中のシャボン玉をぼんやりと見つめていた。




