第34話 3人目の主人の1つ目の願い
花蓮が帰る前にもう一度会おうと約束した俺は、今日も主人の東堂麗香に部屋を出ていけと言われた後に、いつもの場所へと向かった。
「花蓮!!」
今日は、花蓮はレッスン室部屋のある建物の外で待っていてくれていた。
「スタイン!」
落ち合った後、今日もいつものように公園を歩き回って、たわいもない話をして過ごした。
「日本へ戻ったら、もうこっちには来ることはないのか?」
「うん、そうだね…。たぶん、すぐには難しいと思う…寂しいね…」
「ああ…寂しい。花蓮がいなくなった後は、本当、詩人じゃないけどさ、世界から色がなくなるな…」
「スタイン…」
2人はしばらくの間抱き合った後、ゆっくりと離れた。
いつものように公園から出ると、近くの横断歩道の前に行く。
「花蓮…日本に帰っても元気で。いつになるか分からないけど、いつか俺自身がまた日本に行くことができたら、必ず花蓮に会いに行くから!だから…これからも、笑顔で、それから、絶対にピアノを弾き続けていて欲しい。そうでないと、俺は君を探し出せない。だから、これだけは、必ず約束して欲しい」
「うん…分かった。ピアノは続ける。私もまたスタインと絶対に会いたいから…」
「ありがとう、花蓮」
お互いの手を握りしめて見つめ合った後、いつものように花蓮は横断歩道を渡っていく。
明るい暖かな陽射しに照らされる花蓮の笑顔が、いつもより眩しく見える。
——ドン!!!
いつもと同じ別れ方のはずだった。
目の前で花蓮が、すさまじいスピードの白い車に突っ込まれるのを見るまでは。
「キャーーーーーーー!!!」
その場に居合わせた大勢の人々が一斉に叫び声をあげ、現場はパニックに陥る。
花蓮は横断歩道から十数メートル離れた所に、血だらけで横たわり、足や腕は4本とも普通曲がらない方向を向いていた。
誰かが救急車を呼び、それに俺も慌てて乗り込み病院へ向かったが、そこで医師から言われた言葉は、
「おそらく、もう先は長くないです。残りの時間を、大切に過ごしてください」
意識不明で無数の管に繋がれた花蓮は、今の医学をもってしても、このまま生きながらえさせることは難しかった。
そして、花蓮に追突した白い車は現場から逃走していて、まだ犯人も捕まっていないということは、帰る間際に警察からの話で知った。
こんなときでも、俺は主人の東堂麗香の元へ帰らなければならないのが、苦しかった。花蓮のそばにい続けても、結局、主人の演奏のチャージがなければ、俺は生きていけないからだ。
いつの間にか辺りが暗くなり夜になっていて、俺は静かに主人の家に帰宅すると、珍しく主人が階段の上の方で手すりに寄りかかって待っていた。
「今日は、帰りが随分と遅かったわね」
「……驚きました。俺のことに関心があったとは」
「あはっ。興味関心なら、最初からあったわよ」
東堂麗香が階段から降りてくると、俺の前に立ち、今まで見せたことがない、満面の笑みを見せる。
「ねえ、キスして」
「……はい?」
「1つ目の願い、決めたの。今ここでキスして」




