第35話 離れられない
「これで満足しましたか」
約束通り1つ目の願いを叶えキスをすると、東堂麗香は急に身をよじりながら高笑いを始めた。
「な…なんですか…」
「きゃははははあっ、うふふっ、あのね、実はね、あなたに見せたいものがあるの」
そう言って2階に上がり、すぐに戻ってきた東堂麗香の腕には、白い布のようなものが掛かっていた。
俺の目の前に立つなり、その白い布を両手で掴み、無言で俺の前に差し出す東堂麗香。
「なんですか、これ…」
仕方なくその白い布を手に取ると、手にベチャッとした嫌な感触があった。
「うわっ、なん……だ…これ…」
手にはドス黒いベタベタしたものがつき、それを目にした俺は恐る恐る白い布を掴んで広がる。
パサッ
広げられた白い布は、女性物の白いワンピースだった。そして、その白いワンピースには血が所々に付着していた。
「血…?」
「彼女、たくさん血が出てたわよね。それに、足とかこーんなんなっちゃってて」
片足を曲げて笑う東堂麗香。
「…かの…じょ…?あの場に…いたんですか?」
「いたわよ。救急車が来る前まで、私彼女の介抱してたじゃない。スタイン、あなたの近くにいたのに気が付かなかった?」
「え、あ…そうでしたか…?気が付きませんでした…その…すみません…花蓮のことを心配してくださって…ありがとうございました」
「いいのよ。でも、あーーーーーー!!」
「な…なんですか…?」
「でも、気が付かないのも、無理ないかもー?だってー、私、ウィッグ被ってサングラスしてたしー?」
「……は…?」
東堂麗香はニンマリと笑う。
「だって、そうじゃないとバレちゃうじゃない」
「…バレる…?何がですか?」
東堂麗香は階段をゆっくりと上っていくと、真ん中あたりで立ち止まり、こちらを振り返った。
「そっかぁ〜あれだけスピードが出てれば、中は見えないものよね。だったら、普段の私で良かったかしら」
「…は…え…?」
「やるまで気が付かなかったけど、けっこう跳ねるのね、人間って」
薄暗い家内。階段上の窓ガラスから入る月の光が、主人の顔を不気味に照らす。
「運転席からよく見えたわよ。それに、知ってた?衝撃もけっこうすごいの。だから、どうなったかな、って、気になって車から降りて戻って見たけど、彼女、もう人間じゃなかっ——うっ!」
話すより先に、勝手に体が動いていた。
俺は猛スピードで階段を上り主人の前へ行くと、その場で主人の胸ぐらを掴んで持ち上げた。
「あんたがやったのか!?あの車を!運転していたのはっ!!あんた——」
「主人と呼べと言ったでしょう!!」
「なぜだ!?なぜあんなことをしたんだ?!!」
「分からない?」
宙吊りになっていても、余裕な表情で微笑む東堂麗香。
「あの女が憎かったの。私が主人なのに、私がスタインの主人なのに、あの女が色目を使ってあなたを連れて行ってしまうから!」
スタインの自分を掴む力が少し弱まったのを感じ、東堂麗香は体を捻りスタインの手を振り解くと、階段上に転げ落ちる。
東堂麗香はすぐに顔を上げると、憎しみに満ちた目でスタインを睨みつける。
「でも、これでもう全て解決したわ!あはは!」
唖然とするスタインをよそに、東堂麗香は階段をゆっくりと上っていき2階に行った。
「ねえ、スタイン。今日の2回目のチャージしましょう。今日は特別な日だから、あなたの目の前で演奏してあげる」
階段の真ん中辺りで立ち尽くすスタインを、2階から見下ろす東堂麗香。
「ねえ、早く来て?私の所に」
「無理だ。無理だ無理だ無理だ嫌だ!!あんたの演奏など、聞きたくない!!」
「……。でも、主人の演奏聞かないと、あなた生きていけないじゃない」
「それでもいい」
「あら、そう。でも、私は困るの。あなたに、あと2つ願いを叶えてもらわないといけないんだからんっ」
東堂麗香はスキップをしてピアノの置いてある部屋に入ると、ピアノを勝手に演奏し始めた。
そして、主人の演奏に勝手に満たされていく己の体。
スタインは階段に座ると、階段の赤い絨毯にポタ、ポタと黒い染みができていく。
「こんな力なんか、クソ喰らえだ…魔法を使えるのに瀕死の花蓮を助けることもできない…契約で悪魔の主人の元を離れられない…ははっ…は……は……」
とめどなく溢れてくる涙を拭うことはなく、ただただ絶望していた。




