第31話 主人からの冷遇
「スタイン、悪いけどそこのペットボトル取ってくださる?あ、あと、明日のスケジュールも読み上げていただける?」
大きなフカフカとした椅子に座った東堂麗香は、タバコをふかしながら片手で楽譜を持って見ている。
「分かりました」
スタインは慣れた手つきで手帳をめくり、スケジュールを読み上げようとする。
「ねえ!」
「はい…!」
「ペットボトル取って、って先に言ったでしょ!どうしてやらないの?!忘れたの?さっき言ったばかりなのに!?」
イライラした様子の東堂麗香は、タバコを吸い殻入れに突き立てると、グリグリと強く押し付けて潰す。
「すみません…」
「もう!ちゃんと聞いててよね!!…ったく、3つ願いを叶えてくれるっていうから、ラッキーって思ったのに、世界一のピアニストにしてって願いは叶えられないとか言うし、些細なお願いこどは忘れるし、なんなの」
「それは以前にもお伝えしましたが、願いで東堂様の…」
「ご主人様でしょ!!」
東堂麗香が目の前の円テーブルを、バン!と強く手で叩く。
「…はい、申し訳ありません。…以前にもお伝えしましたが、願いでご主人様の地位を確立させることは、致しかねます。ですが、ご主人様は、既にこのアメリカという大国で演奏活動をなさっています。願いに頼らなくとも、もう既に世界的なピアニストになられているかと思——」
「うるさい、うるさいっ!あんたに私の何が分かるの!?何も知らないくせに!黙っててよ!あと、うざいから、部屋から出ていってくれる?!」
「申し訳ありません」
スタインは深々と頭を下げさがると、扉を閉めて1階へと広い階段を降りていく。
「ふう……」
階段には赤色に端が金色で刺繍された絨毯が敷き詰められ、階段横の壁には大きな額縁に入った有名画家の絵が飾ってある。
家内は東堂麗香の1人暮らしにしてはかなり広く、ここで1人で暮らしをするだけの財力をもつ家柄は、このアメリカにおいても多くはない。
(こんなに恵まれた環境なのに、いつもああやってヒステリックなんだよな…)
スタインは東堂麗香に与えられた部屋に入ると、ベッドの上に腰掛ける。与えられた部屋は、家の大きさからかんがみると、物置部屋かと思わせるほど狭く、現に部屋の中にはベッドと簡易的な机と小さな冷蔵庫しかなかった。
「バリウスは、新しい主人の所にもう呼ばれたかなー…」
顔をあげ小さな窓を見つめながら、スタインは呟く。この部屋の配置のせいか、日中でも陽が差し込まず薄暗い部屋の中で、スタインはベッドにゆっくりと寝転ぶ。
(俺の3番目の主人とは、上手くいかなかったって、バリウスに言わなきゃなー…)
スタインが一息つくと、上から綺麗な旋律が聞こえてきた。
東堂麗香がピアノを演奏しているのだ。
「またか…」
聞きながら、スタインは目をゆっくりと閉じる。
東堂麗香は普段、スタインの目の前でピアノを演奏しない。召喚された当日の初回こそ、ニコニコ笑顔で弾いてくれたが、何か気に障ったのか、日に日に険悪な雰囲気になり、スタインがいる空間では演奏をしなくなってしまった。
そのため、こうやって1枚分厚い板を挟んでの2階と1階での階を隔てての演奏を聞きながら、チャージするしかないのだ。
「演奏は過去の主人の中で1番上手いし、チャージされる速度も早いし言うことないんだけどな…」
スタインは両腕を頭の後ろに回すと、聞き耳をそばだて、ピアノの演奏に聞き入るのだった。




