第26話 血と暴雨
「きゃあっ!」
列車が僅かに左右に震え、花蓮は座席にしがみつき叫び声をあげる。
近づいてきたそれは、紛うことなき嵐そのもので、先ほど列車のアナウンスで流れた回避することは、絶対に無理だと誰もが確信した。
それと同時に、「今すぐ必ず何かにおつかまりください」と列車の中で端的に、そして緊迫した声でアナウンスが流れた。
列車の窓を叩きつける雨、そして唸るような風。時折り、雷が光る、分厚い雲に覆われた曇天の空。
花蓮は、どうしようもなく不安に襲われる。
ガタガタと小刻みに左右に揺れる列車の座席に、花蓮は体を縮こませ力一杯しがみつきながらも、隣に座るスタインを見上げる。
「ねえ、スタイン、お父様になんとか怒りを鎮めるよう伝えられないの?!」
「無理だ。おそらく親父は、こっちの世界にはいない。基本、王は国から出ないんだ。楽器の国にいながら、魔法を使ってるんだろう」
「えっ、じゃあ、このまま私達は…っきゃああっ!!」
花蓮達が座る座席より、もっと後方の窓ガラスが割れる音がして、驚いた花蓮は両手で耳を塞ぐ。
すると、スタインが花蓮の体を強く抱きしめた。
「…ごめんな。こうなったのは、俺のせいだ」
花蓮の瞳をじっと見つめるスタインの表情は、どこか儚げで、そしてその綺麗な瞳の奥は深く沈んだ色をしていた。
「俺のせいって…どういうこと…?」
花蓮が聞き返したときだった、車体が大きく傾き揺れ、その衝撃で花蓮とスタインは互いに弾き飛ばされ、花蓮、スタイン、涼太、バリウスの全員は座席から体が放り出され、列車の中を転がり滑る。
スタイン、涼太、バリウスの3人は男性ということもあってか、列車内の銀色のポールに捕まった。だが、花蓮だけは車両の運転席方面へと滑って行ってしまった。
「花蓮!!」
3人が同時に名を呼び、スタインが腕を伸ばしたときと同時にそれは起こった。
運転席の大きな窓ガラスが轟音と共に割れ、それに連なり、運転席と車両を隔てている窓ガラスも割れて粉々になったガラスの破片が、花蓮の真上で鋭く宙を舞って落ちてきた。
「きゃあああっ!!」
車内に響く花蓮の叫び声と、花蓮に駆け寄ろうとする3人。
パリパリパリパリパリパリン!!
だが、3人の動きよりも早く、聞いたことのないような鋭い音を響かせながら、無数のガラスの破片が花蓮の周りに落ちていった。
花蓮は、その場で倒れたまま動かない。
「花蓮!!!」
いち早く駆け寄ったスタインが見たのは、花蓮の首や手、腕、脚など、皮膚が出ているところが、降ってきたガラスの破片で血だらけになっている姿だった。
「うそだろ…花蓮…!」
青ざめたスタインは、花蓮の体に優しく手を入れゆっくりと花蓮を返すと、細かい切り傷で血だらけの顔になった花蓮だった。
あの美しい顔の花蓮は、ここにはもういなかった。
花蓮は瞼を閉じているが、その瞼も薄く切れていて皮がめくれかけている。
「…っ!花蓮!!」
スタインが手のひらで花蓮の顔の血を拭うと、瞼を閉じていた花蓮が、薄っすらと目を開ける。
「…スタイン…」
「花蓮、大丈夫か!…ごめん…ごめん、俺がもっと強く抱きしめていれば…」
「…大丈夫だよ…そんなに身体も痛くないし…たぶん、そんなに酷い傷じゃない…」
無理やり微笑む花蓮を見て、スタインは平静を保とうと思ったが、顔が歪んでしまった。
「どうしたの…?スタイン、顔が青いよ…」
話す花蓮の唇は切り傷で裂かれており、血が滲み口の中に染みていく。
「あれ…なんか口の中…鉄っぽい味がする…」
蚊の鳴くような声で話す花蓮に、スタインは何も言えず、眉間に深い皺を寄せ、唇を強く噛み締める。
「あれ…?私…けっこう血が出てる…?」
そこで初めて気が付いた花蓮は、ゆっくりと自分の手を上げる。
「え…うそ…これ血…?え…?え?」
血で真っ赤になり肉が所々見えている自分の手を見て、みるみるうちに花蓮の表情は強張っていく。
スタインは花蓮の手を握ると、真っ直ぐに花蓮を見つめる。
「花蓮、俺を見て。大丈夫、大丈夫だから」
花蓮の怪我の状態を運転士に伝えに行ったら涼太とバリウスが戻り、苦しそうな表情で花蓮を見つめる。
「バリウス…!涼太!あとどのくらいで駅に着くか、運転士は何か言っていたか!?」
「…あぁ、言ってた」
涼太が、低い声でゆっくりと話す。
「何時なんだ!?花蓮を早く病院へ連れて行きたい!」
涼太とバリウスは、強張った表情で互いに視線を合わせる。
スタインはそんな2人の様子に、顔が引き攣る。
「…おい…なんだよ、その目配せは…」
「……夜になるそうだ。到着までまだ数時間かかる。この悪天候により、当初の路線から大きく外れたらしく、かなり遠回りになるらしい」
先程割れた運転席の窓ガラスから、暴雨が激しく降り込み車内の床を叩きつける音だけが、目立っていた。




