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その後の世界

 洞穴の中は、酷くじめじめしていて薄暗い。まるで、今の私の心を映しだしているようだ。


 この前ここにやって来たのはククルさんの葬式の時だったか。私は普段図書館から出ることはないから、まさかこんなに早くもう一度ここで葬式を行うことになるとは思っていなかった。


 しかもそれが、愛していた人物ならなおさらだ。私は未だに、彼が死んだことが信じられない。それ程までに彼⋯⋯シルバさんの存在は、私にとってとても大きなモノであった。


 祭壇の上に置かれた木製の船の中には、本来そこにあるべき遺体は収められていない。最後まで私たちを守り抜き石と化した彼は、未だに自分の張った結界の外で、人間達から私たちを守るように堂々とした姿で立っている。


 石像と化した彼をここに持ってくるという案もあったが、魔王様の転移魔術でもあの場所から彼を動かすことは出来なかった。最も、その原因は彼だけではなく、彼の傍に常に居るあの『異界の勇者』のせいもあるだろう。


 異界の勇者に関して抱く感情は⋯⋯何とも言いがたい。彼を殺した張本人であることは間違いなく、あの戦争の直後は殺したいほど憎んでいた。しかしながら、何故か異界の勇者は人間達が結界を破壊しようとするのを阻止しており、その結果としてシルバさんの石像も残り、私たちもまだ生きていられる。


 一度私は、異界の勇者の真意を探るべく、太陽が沈んだ頃にこっそり彼に会い話を聞きに行ったことがある。異界の勇者は、本来の任務とは大きく外れた人間達を裏切るような行為をしているにも関わらず、妙にすっきりとした表情でこう語った。


『⋯⋯俺は、彼のおかげで目が覚めたんだ。これからは、俺は『異界の勇者』じゃなくて、一人の人間、『イトウ・ユウキ』として自分のやりたいように生きていく。この力は、自分の守りたいモノを守るために使いたい。そして俺にとって今一番守りたいモノが、彼との約束であり、彼が最期まで守ろうとしたモノなんだ』


 そんなことを言われてしまえば、もう彼を憎むことなど出来るはずがない。彼もまた、私と同じようにあの人に魅了された一人なのだ。


 

 この葬式の場にその異界の勇者はいないが、彼と関わった多くの人物が集まっている。マリーやグレア、パフェットといった彼と同じ四天王のメンバー。そして、彼の部下だった魔族達。さらには、魔王様とライム様までここに居る。そして、全員が彼の死を悲しみ、彼の死を悼んでいた。


「⋯⋯所詮奴は四天王の中でも最弱。こんなところで死ぬとは、四天王の面汚しよ」


 皆が黙って祭壇を見つめる中、ぽつりとそんなことを呟いたのは、まさかのマリーだった。もちろん私はマリーにそんなことを言えなどと指示は出しておらず、つまりマリーは自分の意志であんなことを言ったということになる。怒りのあまりマリーを破壊しようと術式を高速で掌の中で展開したところで、再びマリーが口を開いた。


「⋯⋯しかし! 彼は誰よりも勇敢だった。それは、彼と同じ四天王の1人、マリー・ゴールドが保証する!!」


 そんなマリーに続くように、つい先日毒の治療を終え復帰したばかりのグレアが、拳を胸に押し当てる。


「それだけじゃねえ。アイツは誰よりも努力家だった。それは、アイツとずっと特訓してきたアタイが保証するよ。⋯⋯アイツならもしかして、アタイを倒せるんじゃないかと思ってた。なんで死んじまったんだよ、シルバぁぁ!!!」


 彼の名前を叫んだグレアの瞳からは、涙が溢れだしていた。そんなグレア以上に顔を涙で濡らしていたパフェットも、肩を震わせながらグレアに続いた。


「し、シルバは誰よりも優しいんダ。オレさまは、そんな優しいシルバのことが、だ、ダイスキだった!! ホントに、ホントに⋯⋯。ウウ⋯⋯ウワァァァァン!!!」


 たまらず泣き崩れてしまったパフェット。そんな彼女の様子を見て、会場に居た魔族達は皆、シルバへの思いを叫び、涙で顔を濡らす。


「シルバ様のおかげで、俺たち弱い魔族も自信を持てたんだ!!」


「シルバ様のニンジンがあったおかげで、私は魔力切れで倒れずに済んだわ。あの人は命の恩人よ!!」


「なんで死んじまったんスか隊長ぉぉぉぉ!!! ムエも一緒に先に逝っちまうなんて⋯⋯なんでオイラを連れて行かなかったんスかぁぁぁ!!!」


 ああ⋯⋯。あの人は、シルバさんは、こんなにも多くの人に愛されていたんだ。私だけじゃなかった。彼に救われ、勇気づけられた人は、こんなにたくさん居たんだ。


 ぽん、と肩を叩かれ振り向くと、そこには魔王様が立っていた。心なしか目が赤い気がする。


「魔王様、その目⋯⋯」


「ハハハ、彼を四天王に選んだのは、本当にただの気まぐれだったんだけれどねぇ⋯⋯。あの時の選択を、私は生涯誇りに思うよ。彼は、まさに四天王に相応しい男だった」


「⋯⋯その言葉、彼に直接聞かせたかったです」


「そうだね。いくら言葉に力を乗せられても、伝える相手が居ないんじゃ意味がない。本当に伝えたいことは、躊躇わずすぐ声に出さなきゃダメなんだ。⋯⋯君は、ちゃんと想いを伝えられたかい?」


「⋯⋯ええ。でも、もう少し早く伝えておけば良かったです」


 あの時こうすれば良かった。もっと早く行動すれば良かった。人生は後悔の連続だ。時間はたとえ魔術を使っても戻すことは出来ず、強い想いは魔術や神の力でも完全に縛ることは出来ない。


 だからこそ、私は改めて伝えよう。ありったけの想いを込めて。


「シルバさん、貴方のことを愛しています。⋯⋯そして、さようなら」


 空っぽの船は炎に包まれ、火の粉が宙に舞い上がる。その様子を、皆まばたきもせずにじっと見つめていた。


 ――その瞬間、世界から音が消えた。静寂の中、魔族の誰もがシルバの冥福を祈り、黙祷を捧げたのであった。



〇〇〇〇〇



 ――私がこれからこの本に記す内容は、後生に広く語られる英雄譚とは大きく異なるモノである。きっと、この本を読んだ人間は魔族の妄想が産みだした虚構だと思うことだろう。


 それでも、私は真実を伝えねばならない。それが図書館の司書としての役目であり、魔族唯一の生き残りである私の使命だから。


 まず、異界の勇者についてだ。戦争後ずっと人間達から私たち魔族を守る盾となっていた彼だが、太陽帝が新たに異界の勇者を数人呼び出し、その新たな異界の勇者の手によって殺されてしまった。


 彼には何度もこちら側に逃げるよう伝えたのだが、結局彼が首を縦に振ることは無かった。彼は人間達の間では魔族に操られた間抜けな勇者だとあざ笑われているが、私だけは知っている。彼はまさしく『勇者』と呼ぶに相応しい人間だった。


 次に、四天王達について。彼らのほとんどが勇者の英雄譚においては名前すら書かれず、勇者にあっけなく倒されたと記されているが、それは断じて違う。


 グレアは、結界が破壊されると真っ先に皆を守るために先陣を切り、その手で多くの人間を葬った。しかしながら、その戦いにおいて再び毒に侵され、何とか戻って来たがその時には既に手遅れだった。彼女の最期は私が看取った。彼女は、『あっちでシルバをぶん殴ってくる』という言葉を最後にこの世を去った。毒に侵されているとはとても思えないほどいい笑顔だった。


 マリーは、この頃には既に私の支配下から完全に離れ、自分の意志で動くことが多くなっていた。マリーが何を思って人間軍に突撃して自爆したか、私には分からない。ただ、マリーが私たちのためにその命を使ったのは確かだ。


 パフェットは⋯⋯彼女のことを思い出すだけで文字が震えてしまう。あの子もまた、グレアと同じく真っ先に先陣を切り戦った。しかしあの子の場合はグレアと異なり逃げ帰ることが出来ず、人間達に囚われてしまった。⋯⋯バラバラに裂かれたあの子の手足と頭部を槍の先端にくっつけ行進してきた人間軍の姿を思い出すと、今でも怒りと悲しみで震えが止まらなくなる。何とか遺体は取り戻せたが、あの子が人間達に何をされたかは⋯⋯想像したくもない。


 そして、魔王様とライム様。あの2人は、先程まで私の傍に居た。今は、まさしく最後の戦いに向かっている真っ最中だ。


 正直、魔王様に勝ち目はない。長く続いた戦いの中で、魔王様も疲弊し、今では全盛期の半分の力も出せないと言っていた。それでもあの人が戦うのは、魔王としての最期の使命が、勇者に倒されることだからだと、そうどこか悲しげな目で魔王様は語っていた。その傍に寄り添うライム様は何を思っていただろうか。

 

 ライム様もまた、体積が半分近くになり、子供の姿にしか変化できなくなってしまったが、それでも最期まで魔王様と共に居たいとここを出て行った。


 私は、魔王様に次の魔王に任命された。どうやら、エルフなのに黒い髪と瞳を持って産まれた私は、魔王様曰く太陽神と対をなす存在、暗黒神の生まれ変わりらしい。私が膨大な魔力を持っていたのは、どうやらそれが原因だったらしい。


 また、魔王様は私なら太陽帝を倒し、魔族を再びこの地に蘇らせることも可能だと言っていた。しかし、私1人だけ生き残ったところでどうすればいいというのだろうか? 希望はあまりにも小さく、儚いモノだ。


 本当は、私も魔王様達と共に戦いたかった。しかし、魔王様に逃げて生き延びろと命じられた以上、私はこれを書き終えたらどこかに身を隠さなければならない。


 果たして、私はいつまで隠れていなければならないのだろうか? それこそ、何十年、何百年と長い間、私はたった1人で生き続けなければならない。私は、その絶望に耐えられるのだろうか?


 ただ⋯⋯私はこうも思うのだ。シルバさんが死んだ時味わった絶望に比べれば、たいしたことはないのではないかと。それに⋯⋯もしかしたら、もしかしたら、生まれ変わった彼らにもう一度会える時が来るかもしれない。


 その時が来るのを信じて⋯⋯私は生きたいと思う。



〇〇〇〇〇



 


――この日、勇者は魔王を倒し、世界は平和に包まれた。忌々しい魔族はその姿を消し、ようやく世界中に太 陽の光が届く時代が訪れたのである。


 『異界の勇者』、万歳!! 太陽帝、万歳!! これからも永劫に、太陽の光は輝き続けるのだ。


 

――『勇者英雄伝』より一部抜粋。


 

この後、続けてエピローグも投稿します。

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