開戦の狼煙を上げよ
いよいよ開戦ですね~。ヴィオレッタさんがいきなり張り切ってくれます。
目の前に群がるのは、大勢の人間たち。だだっ広い平原を埋めつくさんとばかりに並んだ兵士たちの数は、恐らくこちらの軍隊の30倍以上の数は居るだろう。
改めてこうやって目にしてみると、その圧倒的なまでの戦力差に絶望したくなる。ただ、俺は既に人生最大の絶望を味わった。これしきのことで本当に絶望することは無い。
それに、隣に立つ俺の仲間たちの表情にも絶望の色は見られない。やはり頼もしい仲間たちだ。俺には勿体ない程に。
「うへへ。今からあの有象無象にもみくちゃにされるかと思うとゾクゾクしてきますわ~!!」
⋯⋯若干一名様子が違う者も居るが。ムエに関しては普段通りということが逆に心強いかもしれない。
「ムエ、巫山戯たことを言ってないで集中しろよ? 俺たちの部隊の役割は分かっているよな?」
「はい、勿論分かっていますわシルバ様。わたくし達の部隊の役割は遊撃隊。戦況に応じて臨機応変に動くことが求められる、ある意味一番ハードな役割。つまり、このわたくし好みのナイスな役割ですわ!!」
「シルバ様、やっぱこの変態1回ぶん殴った方がいいんじゃないッスか?」
「ははは⋯⋯」
ひとまず苦笑いで場を濁しておく。まあ、こんなことを言っているがチャラも実際にムエを殴ることはないはずだ。だってそれご褒美になるし。
「おいシルバぁ!! アタイはいつまで待ってればいいんだ!? いい加減突撃して人間達を蹴散らしてぇぜ!!」
「待ってくれグレア。開戦の合図はヴィオレッタさんの先制攻撃だ。それまでもう少し辛抱してくれ!!」
しびれを切らしたグレアが今にも人間軍に突撃しそうな勢いだが、この戦力差で無策に突っ込むのは自殺行為だ。ヴィオレッタさんが先制攻撃である程度相手の戦力を削ることになっているから、それを待つ手はずになっている。
⋯⋯とはいえ、人間軍も隊列を整えて今にも攻撃を仕掛けてきそうな様子だ。ヴィオレッタさんの準備はまだ終わらないのか。思わず空を仰いだ俺の脳内に、突如ヴィオレッタさんの声が飛び込んできた。
『シルバさん、勇者が攻撃してきました!! 結界を急いで貼って!!』
慌てた様子のヴィオレッタさんの声に、俺は躊躇うこと無く魔族軍の前方に壁状の結界を貼る。宣誓魔術は無駄打ち出来ないが、ヴィオレッタさんが結界を貼れと言うならそこまでしなければならない緊急事態なのだろう。
その直後だった。眩い光と同時に、俺が貼ったばかりの結界に激しい衝撃が襲い来る。光の筋は、人間軍の中心から真っ直ぐこちらに伸びてきていた。あそこに『異界の勇者』が居るのか。
どうやら、いきなり先制攻撃で相手の戦力を削ろうと考えていたのは人間も同じだったらしい。それにしても、なんて重い一撃だろう。まだ数秒も経ってないのに結界にヒビが入ったのを感じた俺は、受け止めることを諦め攻撃の指向性をずらす策に切り替えた。
結界に角度を付け、勇者の放った一撃を上空に逸らす。その直後、ダメージに絶えきれなくなった結界が完全に崩壊した。あと少し反応が遅かったらヤバかっただろう。思わず冷や汗が流れる。
しかし、結果としてこっちにダメージはなかった。次は、こっちから攻撃する番だ。
『⋯⋯お待たせしました皆さん。これより先制攻撃で人間軍の戦力を半分削ってみせます』
ヴィオレッタさんから脳内に再び通信が入る。なんと頼もしい言葉だろう。⋯⋯さあ、決戦の始まりだ。
〇〇〇〇〇
ヴィオレッタは今、戦場である大平原には居なかった。彼女が今居るのは、彼女の住処でもある図書塔、その屋上だ。普段は雨よけのために閉じられた天井は、ヴィオレッタの魔術によって開かれ、1階まで吹き抜けの状態になっている。
そんな図書塔を見下ろす形で宙に浮くヴィオレッタの手元には、一冊の大きな本。そして、ヴィオレッタの周囲には無数の魔方陣が渦巻き、ヴィオレッタが複数の魔術を同時並行させて使用していることを物語っていた。
ヴィオレッタは今、『望遠魔術』と『投影魔術』を用いて、手元の本に戦場である大平原を宙から見下ろした映像を投影させていた。先程シルバに勇者が攻撃してきたことを伝えることが出来たのも、この魔術を使用していたからだ。
「まさか勇者がいきなり聖剣を使ってくるとは流石に予想できませんでした⋯⋯。シルバさんが防いでくれて助かりましたね。今度は、私の番です」
遠隔地に大規模な攻撃魔術を放つとなれば、それはかなり複雑な魔方陣と膨大な魔力が必要になる。しかし、ヴィオレッタならその膨大な魔力も1人でまかなうことが出来る。魔力だけなら、ヴィオレッタは魔王よりも多いくらいなのだ。そして、もうひとつの条件である複雑な魔方陣も、この場所なら問題は無い。
なにせ、この図書塔自体に、複雑な魔方陣が何層も組重ねられているのだから。ただ、構造上所々途切れた箇所があるため、そこはヴィオレッタの力で補わなければならない。
ヴィオレッタは傍に浮かせていた魔方陣の1つを作動させて、図書塔に保管されていた書物を何冊か取り出し、宙に浮かべる。その書物にふうっと息を吹きかけると、文字がぱらぱらとページから飛び出していき、魔方陣の欠けた部分を補っていく。字が抜け白紙となった書物は力を無くし、地面に落ちていく。しかし、多くの知識と魔力を代償に発動するこの魔術は、その代償に見合った凶悪なモノだ。
準備が整ったことを確認したヴィオレッタは、シルバに再び通信を送る。そして、その右手を、戦場を投影している本の中にゆっくりと突っ込んだ。
「さて⋯⋯実際に半数倒せるものか、試してみますか。この魔術を使用するのは初めてなので、少しワクワクしますね」
〇〇〇〇〇
「防がれたのか⋯⋯? 俺の聖剣の攻撃が⋯⋯?」
作戦通りに初撃で魔族軍を殲滅すべく、ラー様から教わった聖剣から放つ特大ビームをぶっ放したのだが、その一撃は謎の壁によって上空へと逸らされ殲滅どころかダメージを与えることさえも出来なかった。なかなかに自信のある攻撃だっただけになかなかショックである。
「あの結界⋯⋯! あの時のゴブリンの奴ね!! でもこれでアイツはもう結界を貼れないはずよ。勇者君、今が攻め時だわ!! もう一発あのデカいのをぶち込みましょう!!」
謎の壁に見覚えがあるらしいラブ将軍曰く、あの壁を再び貼ることは出来ないだろうとのことだ。しかし、俺も再びあの攻撃を撃つのには時間がかかる。その旨をラブ将軍に伝えようとした俺だったが、突然辺りが暗くなったことでそっちに意識を持って行かれた。そしてさらに、怯えた様子の兵士の叫び声が混乱に拍車をかける。
「お、おい何だアレはぁ!? そ、空から巨大な手が降ってくるぞぉぉーー!!?」
そんなまさかと思い空を見上げた俺は、あまりにも非常識な光景に自分の目を疑った。
それは、まさしく降ってくるという表現が正しかった。太陽神を信仰する人間軍を愚弄するかの如く、青空を覆い隠す暗雲から突き出すのは、巨大な白い手だった。どことなく女性的な雰囲気を漂わせるその巨大な手は、騒然とする人間軍のど真ん中に真っ直ぐ向かうと徐にその掌を広げ⋯⋯そして、その巨大な手で一瞬にして無数の兵士を握り潰した。
「なんだ⋯⋯なんだよアレは!!?」
そんな叫びが口から漏れる。その間も、逃げ惑う兵士たちをあざ笑うかの如く巨大な手は躍動し、叩きつぶし、なぎ払い、そしてその度に無数の兵士が赤い染みと化す。
ブン!! と巨大な手が宙で動いた拍子に、俺の頬に血が飛んできた。さらに、俺の足下にビシャっと元は兵士だったであろう肉塊が飛んでくる。俺はたまらずに胃の中身を地面にぶちまけた。
「ふんっ!! この手はワタシが食い止めるわ~!! 皆はさっさと魔族を殲滅なさい!!」
その馬鹿でかい声で、ラブ将軍があの手を1人で食い止めていることが分かった。普通ならあれを食い止めるなど不可能だが、機械でパワーアップしたあの殲滅将軍ならそれが出来てもおかしくない。
ラブ将軍の声を受けて、兵士たちが一斉に動き出す。先程の攻撃でかなり被害を受けたとは言え、ラブ将軍の迅速な対応のおかげで何とか半数程度の被害で済んだようだ。本来半数でもかなりの大損害だが、全滅しなかっただけマシだろう。指示を出す声が聞こえるから、他の2人の将軍も無事さっきの攻撃を避けられたようだ。
しかし、俺は動かない。いや、動くことが出来なかった。さっき見た惨状が脳裏に焼き付いて離れない。もし、再び俺がさっきの一撃を放てば、俺は魔族を殺すことになる。死体を間近で見たことで、俺は改めてその行為の重さを思い知った。
何が『異界の勇者』だ。俺は、あまりにも弱い。それは、力では無く覚悟の話だ。俺は、この場に来ていいような存在ではなかった。
⋯⋯どれほどの間、こうして蹲っていただろうか。いつの間にか、周りに居た兵士たちの声も、あの巨大な手も消えていた。まさか、ラブ将軍があの巨大な手を倒したのか。しかし、ラブ将軍の五月蠅い声すら今は聞こえない。果たして、戦場は一体どうなってしまったのだろうか。
そっと顔を上げた俺の視界に、こちらに近づいてくる緑色の足が見えた。さらに上に顔を上げると、そこに立っていたのは、ファンタジーでよく見る雑魚魔族の定番、ゴブリンだった。ただ、俺の想像するゴブリンに比べ、そこに立つゴブリンはシュッとしていて凜々しい雰囲気を醸し出している。
ゴブリンは、俺の姿を確認すると、銀色の髪を振りかざし、腕に構えた銃をこちらに突きつけた。
「お前⋯⋯まさか、『異界の勇者』か? なんで異界の勇者がこんなところで座り込んでるんだ。巫山戯ているのか?」
怒りに燃える瞳で睨み付けるゴブリン。その瞳に映る俺の姿は、あまりにも情けなく弱々しいものであった。
次回、少し時間を巻き戻し、四天王と将軍達とのバトルです。お楽しみに。




