言祝ぎ
元日に更新って、なんだかめでたいようなそうでもないような。
残り4話。気長にお付き合いください。
※見つけた分の誤字とか訂正。
眼を開ければ、私の身体は世界樹の根元にあった。
何気なく見上げた大樹は幹が太く、天辺が見えないほど高い。葉の影から見える薄黒い膜は、おそらく龍皇が支配した硝子の球体世界だろう。成程、ああいう風に存在しているのか。
あの世界は龍皇が集約し、一つにしたが故に硝子の球体は黒く濁ってしまったのだろうか? はたまた、消してしまったからだろうか?
どちらにしろ、あの球体には誰も住んでいないのだろう。
それはともかく――。
世界樹に支えられた、と言うのは膨張ではなく真実だったか。
ゆっくりと目線を動かし、周囲を見渡す。
すぐ近くに底が見える程に澄んだ泉があった。煌びやかに見えるのは、星の輝きかはたまた陽の光か。どちらでもいいが、綺麗なものだ。思わず、見惚れる。
だが、その泉が映しだすのは私でも、世界樹でもなくかつてルキア・クルーニクスがいた世界の残骸だった。何とも、神秘的な光景に水を差す映像だ。忌々しい。
「未練がましい」
呟けば、風も吹いていないのに水面が揺れて波紋をつくる。
・・・私がいる場所だから、私の感情に反応して揺れただけか。苦笑し、泉から眼をそらした。
「全部、忘れてしまえばよかった」
記憶を失えば寂しいとか、悲しいなんて想わずにすんだ。この胸の痛みも、覚えずにすんだ。無意識に胸元へ添えた手で、ぎゅっと服を掴む。
だけど、失っていればオルフェ達とのことも忘れてしまう。
「上手くいかないな」
苦笑して、双眸を閉ざした。
「想いだけを忘れるなんて、不可能なのかな?」
誰も返答しないのに、ついつい尋ねてしまった。
ああ、なんて愚かしい。
服を掴んだ手を放して、空を仰いだ。
世界樹の葉でよく見えないが、煌びやかな光が散りばめられた空の色は暁から黎明へと、一定の時間で姿を変えて行く。輝く光もまた、季節を表すようにそれぞれの星座へと移ろう。
星座のことに詳しくはないが、幻想的だと思う。
「ロイドやレーヴェが見たら、喜びそう」
天体観測が好きな二人には、見せたかった光景だ。
きっと、幼き頃のように飽きもせずに空を見上げているのだろう。その傍らにオルフェがいて、呆れつつも二人と同じように空を見る光景がありありと浮かんで、瞬時に脳裏から消した。
本当、未練がましい。
でも・・・。
瞼の奥に残った、オルフェ達の姿に泣きたくなった。
「思うだけ、言葉にするだけなら・・・・・・いいよね」
実現させるのではないのだから、問題はない。そう自分に言い聞かせて、短く息を吐きだした。
決別は、まだ無理のようだ。自嘲して、軽く頭を左右に振る。
「さて、と」
気分を変えるように、わざと明るい声を出してみた。
ぱん、と手を叩き、両腕を伸ばして掌に光の粒子を集める。集まった粒子を丸めるように手を動かして、短く息を吐きだした。眼を閉じて、息を吸うと共に開く。
双眸に映ったのは、小さな青の世界。
そこを支配するのは空と海と、そして大地。
右手を放し、左手だけで小さな世界を頭上へと持ち上げた。
「響け、響け、永久に」
歌うように、言葉を紡いでいく。
「世界よ――、始まりの音色を奏でろ」
小さな世界からこぼれる青い光を、右手で拾い集めて元に戻す。
「眠りから覚めて、終わりの世界を始まりへと戻せ
歌え、踊れ、騒げ――世界よ
全てを零へと至った時代から、新たなる時を刻め」
眼を閉じて、短く息を吸い込んだ。
「長く廻れ、永久に巡れ
次なる眠りへ誘われるまで、ゆるり、ゆるりと世界よ動け」
左手から小さな世界が離れ、上空へと飛んでいく。
それを見送ってから、胸元に下げた両手に光の粒子を集めて同じ作業を繰り返した。言葉を途切らず、紡いだまま。
「奏でよ、奏で、永久に」
今度の世界は、滅びを迎えないことを祈り。
「零となった世界へと、浸透させよ」
龍皇のせいで滅んだ世界が、永続できることを願い。
「大地よ、鼓動しろ
その身に生命を生み出せ
大空よ、呼吸しろ
生命に息吹を与えよ
大海よ、映し出せ
世界の色を見せつけて」
オルフェ達が、幸せに人生を全うできることを望み。
「眼覚めし世界よ――言祝ぎを、贈ろう」
私の掌から九つの小さな世界が離れ、薄黒い膜に入り込んで一つとなった。黒と青が混じり合い、反発しているようにも見える。だが黒が青に溶け込むように負け、その色を群青へと変えた。その途端、小さな世界が鼓動を始める。
一つ、一つと鼓動をする度に大きさを変え、色を群青から黄昏へと変貌していく。
それは世界があるべき姿に戻ろうとしているように見えて、生み出したのは私だというのに何だか奇妙な感覚を抱いてしまった。
だって、世界があんな風に出来るなんて誰が想像できる? 私はもっとこう、ぱっとやってさっと出来るようなお手軽な世界を想像していたよ。あんな、胎児のように誕生するとは微塵も考えていなかった。だから――吃驚だ。
「<永久に続け>」
力を使って、願いを・・・想いを誕生した世界へ託す。
どうか、どうか・・・。
「<幸せに、生きて>」
私は君達の傍にいないし、記憶からも存在を消したけれど。オルフェ達が幸せに生きることを、遠いこの地から祈り、願い、叶う様に努力するね。
君達が笑って、その命を終えられるように。
楽しかったと、人生を振り返られるように。
ただただ、幸福な一生を望むよ――。
上げた腕を降ろして、顔を俯かせた。
喜ばしいはずなのに、涙がでるのはきっとまだ未練があるからだ。情けない。笑えてくる。馬鹿馬鹿しいと、一笑しかけて涙がこぼれた。一度流れた涙は、止まることなく地面に落ちていく。
哀しい。
オルフェ達に逢えないことが。
苦しい。
オルフェ達と生きられなかったことが。
「馬鹿だ、私」
覚悟していたのに、結局はつもりでしかなかった。何も、覚悟なんて出来ていない。未練だけが胸に残って、今にも狂ってしまいそうだ。
嗚咽が口からこぼれた。
両足から力が抜け、座り込む。両手で顔を覆って、嗚咽を殺すように泣いた。声は、意地でも出さない。変なプライドが働いて、呼吸が苦しくなった。
辛いよ、切ないよ。
誰か助けて――。
遠い昔に忘れて、無駄だと諦めた言葉が脳裏に蘇った。
ああ・・・。教会にいた初めは、ずっとそう叫んでいた。でも誰も助けてくれなくて、手を差し伸べてくれるはずもなくて。救いを求めることも、助けを呼ぶことも諦めてしまった。忘れてしまった。
何でそれを今、思い出すんだろう。
オルフェ達と別れたからだろうか。それとも、私の心がそれを望んでいる・・・?
「あ・・・・・・あははは、は」
乾いた声が出た。
「そんなこと、望めるはずないよ」
涙も止まって、私は自嘲した。
「望んだら、いけないんだ」
空を仰いで、顔をしかめた。
「私は大丈夫」
何も怖くない。
「大丈夫」
苦しくない。
「大丈、夫」
切なくない。
「だい・・・じょう、ぶ」
寂しく、ない。
何も見たくなくて、眼を閉じた。知らず、涙が頬を伝って流れる。
大丈夫、大丈夫と・・・何で暗示をかける必要がある。開いた双眸に、変わらず世界樹が映り込む。私は神になったんだ。不安になることも、恐れることもない。こんな感情、一時ですぐに消えてしまう。
――――泣く必要なんて、ないのに。
「・・・・・・ぁ」
無意識に、何かいいかけた口を両手で塞ぐ。
私は今、何を言おうとした。
何を求めようとした。
何に、縋ろうとした。
ぐっと唇から血が出るほどに噛みしめ、硬く眼を閉ざした。
弱音を吐くな。孤独だと苛むな。静寂に怯えるな。――忘却しろ。
何度、そう願っただろう。
何度、そう望んだだろう。
それを出来ずに結局、追憶に耽る思考を嘲笑う。愚かしいと泣きたくなった。
深呼吸をして、未だ流れる涙を意地で止めた。双眸を見開く。見えたのは世界樹の幹だけ。周りには誰もいない。変わらず、私一人。
「忘れることが出来ないなら」
言い聞かせるように、呟いた。
「覚えていよう」
追憶に身を焦がすかもしれないけれど、それは罰だと受け止めよう。
「ずっと、永劫に」
ぎゅっと胸元を握って、自嘲した。
「私はオルフェ達との思い出を、心に刻もう」
これじゃあ、余計に寂しくなるよ。解っていても、思い出を消すことが出来なかったんだから仕方がない。
やはりこれは罪なのだ。
私が背負い続ける、贖罪。
「自虐趣味があったとは、驚きだ」
「・・・・・・貴方か」
誰もいなかった空間に、神々の王の声が聞こえた。
別に、驚きはしない。
だってここは神がいてもおかしくない場所。そして神しか来訪出来ないようにした場所。だから、神々の王が訪ねてきたとしても・・・・・・うん、別に問題はない。
私は鬱々とした気持ちを隠し、後ろを振り返った。
にやにやと意地の悪い顔で笑う神々の王に、思わず顔が引きつる。嫌な予感しかしない。緩慢な動作で立ちあがる。
神々の王が私に近づいて来た。
無意識に一歩、後退する。あ、底意地の悪い顔になった。
「言祝ぎを贈る程に大切ならば、傍に置けばいい」
何を馬鹿な。思わず、呆れが表情に出てしまった。
「他の神が何と言おうと、我が擁護してやろう」
「遠慮します」
「即答か。少しは悩む素振りを見せればいいものを・・・面白い」
神々の王の「面白い」の基準が解らない。いや、解りたくもないんだけども。溜息をついて、視線を世界樹へ向けた。
枝が揺らめき、葉が落ちてくる。
・・・どうやら、世界は順調に育っているようだ。
この分なら、あと数分で歴史を刻み始めるだろう。
そうしたら、世界の運営だけに専念しよう。歴史は時の三神に任せて私は介入しないように気をつけようか。ああ、後は三貴人に空と海と大地の守護を頼まないと。でもその前に、それらを司る彼らに頭をさげないと。
――雪の乙女がご迷惑をおかけしました。
後継である白銀の光です。どうか末永くよろしくお願いします。
なんて、台詞も言わないといけないかな?
やることが多いけど、追憶をする暇がないんだから良いのかもしれない。寂しさも辛さも苦しさも、忙しかったら抱くこともないだろうし。
自嘲して、眼を閉じた。
足音が聞こえて、少しだけ瞳を開く。
「刈り取る者の魂だが」
告げられた言葉に、ゆるりと神々の王へ視線を向けた。
「どこかに消えた」
「は?」
「うっかり、誤って、落としたようだ」
「・・・はい?」
「ここに来る前に、手から落ちた。やはり、投げて遊ぶのは良くないな」
もはや、言葉もない。
え? 何? 刈り取る者の魂を本気で落としたの? 嘘でしょ、馬鹿でしょ、阿呆でしょ! 信じられない!! これが神々の王でいいのか?! 本当にいいのか!!
思わず頭を抱え、しゃがみ込んだ。頭が痛い。頭痛が酷い。これはもう、頭痛が痛いといっても過言ではないだろう。言葉としてはおかしいけど。
「まぁ、どこかの世界で生命として誕生するだろう。それまで放っておけばいい。ほら、子供は崖から落とせと言うし」
言わないよ。
何その危険極まりない言葉。
「適当な時期に魂を見つけて、連れてくれば問題ないだろう」
屈託なく笑う神々の王に、殺意しかめがえなかった。
どこかに消えたとか、うっかり誤って落としたとか・・・絶対に、ワザとだ。
世界を作った直後に、そんなことをするなんて信じられない。これは確実に、私で遊んでいるとしか考えられない。
殺気を込めた睨みに、神々の王は動じることも不敬だと叱ることもなく身体を振わせて笑い続ける。
ああ、畜生。
その端正な顔を殴りたい。原型が変わる程に、殴ってしまいたい。
震える拳を理性でぐっと抑え、「これは上司、偉い人」と言い聞かせて怒りを鎮めようと頑張っているというのに・・・。
「白銀の光が気にしていた奴らの誰かに、魂が混入したら面白い展開になりそうだ」
言い終わると同時に、神々の王のボディーを渾身の力で殴ってしまったが後悔はしてない。
例え、神々の王が吹き飛んで三回転がり泉に落ちたとしても、後悔は微塵たりともしていません。ええ、していませんともっ。
――後々、他の神から「よくやった」と褒められたのだけは複雑で、神々の王に気に入られたことに関して同情されたのは精神的にダメージをおったけれど。




