終焉を歌う
現実逃避は素晴らしいです!勉強はもう嫌だっ。
残り、(予定として)五話で終わりますのでどうぞお付き合いお願いします。
お使いを頼むような気安さの神々の王に、目眩と頭痛がした。
「どうしてここに」
呟いて、途中でやめた。
理由なんて至極簡単で明確だ。だって相手は退屈嫌いな快楽主義的な神々の王。聞いても「面白そうだったから」とか「退屈だったし」なんて言われるのがオチだ。
そんな気持ちで来て欲しくないんだけどな・・・。
言葉を切った私を、神々の王がにやにやと笑って見ている。こっち見んな。そんな度胸ないから、言わないけど。はぁ・・・。大人しく神々が住まう場所にいるとは思ってなかったが、何でこのタイミングで現れるのかな・・・。
愉快犯的な神々の王が乱入すると、この後の展開がどうなるか解らなくて困る。いやでも、刈り取る者を排除してくれたことは感謝しよう。私の活躍を掻っ攫われた気もしないでもないが、うん、感謝はしておこう。
一応。
しかし、他の神は神々の王を止めなかったんだろうか? ・・・無理か。雪の乙女の記憶からして、神々の王を止められた兵は一人としていない。
今頃、同情と憐れみを私に向けているんだろうな。
「どうした、白銀の光」
その名で呼ばないでください。
恥ずかしいし、居た堪れないっ。顔を俯かせた私を、神々の王が楽しげに笑っている。悪趣味め。
「具合でも悪いのか」
解っている癖に、聞くとは性質が悪い。面白ければそれでいいのか! ・・・・・・それでいいんだった、この神は。がっくりと、肩を落とした。
脳内から声が聞こえないなーとは思ったけど、まさかここに来るとは思わなかった。微塵も、想像してなかったよっ。でも、退屈嫌いで面白ければそれでよしなこの神の性格を考えれば、この舞台に出ようと考えるのは当然だ。
だってこの物語は――神々の王にとって、喜劇でしかないのだから。
雪の乙女の死も、白の六騎士の狂気も、刈り取る者の妄執も全てが、劇をより楽しめるスパイスでしかない。
そして、用済みとなった者を容易く排除する。
・・・・・・いや、違う。刈り取る者が神々の王が定めた境界線を越えたから、だ。いくら快楽主義者な神々の王でも、面白くないからと言って神を殺すはずは・・・・・・・・・ない。と、思う。多分。きっと。おそらくは。
「おいおい、白銀の光」
神々の王が呆れつつ、私を呼んだ。その名で呼ぶな! 言えたらどんなに楽か・・・。
「何をそんなに、疑わしい眼を我に向けている」
「いえ、別に」
「嘘をつくな。嘘を。まったく、面白い神だ」
何がどう面白いのか、さっぱりだ。
神々の王の笑いのツボが解らない。解りたくもないけど。知らず上げていた顔を横にそむけ、短く息を吐き出した。胃が痛い・・・。
「仕事をする前に、聞いてもいいですか?」
「気色悪い」
不気味なモノを見る眼を、私に向けるな。
「敬語キャラじゃないから、やめろ。寒気がする」
ぶるりと身体を振わせた神々の王に、殺意しか湧かない。ふるふると無意識に震えた拳を、意思と気力で抑え込む。
「で、何が聞きたいんだ。この魂のことなら、教えないがな」
まさに、その魂について、聞こうとしたんだよ!
・・・・・・落ち着け、落ち組んだ私。怒りに任せて叫んだら、神々の王の思うつぼ。アイツを楽しませるだけだから、冷静に。冷静になるんだ、私。
例え――神々の王の仕草や目線が鬱陶しくてイラっとしても、怒りに我を忘れないようにしよう。
「ルキア・・・、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないっ」
オルフェの言葉に、反射的に本音をこぼしてしまった。失敗だ。畜生、神々の王が爆笑している。あー、腹が立つ。笑いすぎて呼吸困難で苦しめっ。
ずきずきと痛む胃に、泣きたくなってきた。ついでに頭も痛い。誰か胃薬と頭痛薬をください。切実に。ほろりと、涙が出た。情けない。
「やはり我は、白銀の光が好きだ」
「おもちゃとして好き、と言われても嬉しくない」
「そこは頬を赤く染めて、恥ずかしげに『う、嬉しくないんだからね』が正解だ」
「何のだよ!」
何処の恋愛だそれは! そしてそんな反応をするのはツンデレだ! 私にそんな属性はないっ!!
「安心しろ。白銀の光は十分、素質がある」
「心を読むな!」
叫んで、神々の王に手玉に取られたことに気づいて舌打ちをした。不敬だと言われるだろう態度に、神々の王が愉快だとばかりに肩を震わせている。
成程、怒られない程度には気に入られているのか。好き、と言うのもあながち嘘じゃないようだ。
「それで、白銀の光」
手元にある魂をお手玉のように扱いながら、神々の王が言葉を紡ぐ。
さっきまでのおどけた空気を消しての、真面目な態度に呆気にとられた。流石は混沌、場の空気すら自由自在か。妙な所で感心してしまった。
「仕事はしないのか」
「しますよ」
姿勢を正して、私は一度だけオルフェ達を見てから神々の王へ視線を向けた。
オルフェ達は訝しげに私達を見ているけど、会話に乱入することはなかった。それは神々の王の言動に畏縮して、と言うのもあるだろうけど・・・・・・。人間には近寄りがたいモノを放つ存在に、気圧されて口も満足に動けなかった。が、正しいのかもしれない。
オルフェが私に声をかけられたのは、たぶん、神々の王がそうしたら面白いと思ったからだろう。全ての事象も現象も、神々の王の心次第で簡単に変わるのだから。
ゆるりと頭を横に振って、一度、眼を閉じた。
脳裏に蘇る過去を思い出して、思考の隅に追いやる。
ゆっくりと、双眸を開けた。
「でもその前に」
神々の王に向かって、右腕を伸ばす。
「その魂をどうするのか、お聞きしても?」
「仕事が先だ、白銀の光」
何が楽しいのか、神々の王がくつりと喉を鳴らした。
要するに、今は言う気がないと。果たして本当に、仕事を終えたら教えてくれるのだろうか? それとも試しているのだろうか?
私が本当に、この世界を終わらせるかどうかを。
だとしたら、随分と見くびられたものだ。
嘲笑を浮かべ、伸ばした腕を引っ込めた。代わりに、冷めた眼を神々の王へ向ける。
私の願いは変わらない。
――オルフェ達を救う。
例え今と言う時間を壊そうとも、次なる世界で作られた時間にオルフェ達がいる。そこに私がいないだけで、彼らはそこで生きているのだ。・・・・・・この時間軸の記憶も、想いも零にしてだけれども。
今言ったら、怒られるよなー。でも次の時間軸では私のこと知らないから、怒られないかー。他人事のように考えて、笑えてしまう。
苦笑してから、私は神々の王へ言葉を投げた。
「今、この時を持ってこの世界を終わらせることを神々の王へ宣言します」
オルフェ達が息を飲んだ気配が伝わったが、そちらは見ない。悪いね。私はもう、決めてしまったんだ。
君達が生きる未来を創るために、今と言う時間を消滅させてもらう。
それがオルフェ達にとって、不本意な未来だとしても。私はそれを成させてもらう。
「駄目だ!」
オルフェの叫びに、かなり吃驚した。
だって、神々の王に威圧されて喋られるはずがない。また、気まぐれかと神々の王を見たが、こちらもこちらで驚いた顔でオルフェを見ている。とすれば、気まぐれではなくてオルフェが気力と根性・・・かな、それで威圧感を跳ねのけた、と?
そんな馬鹿な! いくらなんでも、あり得ないだろう。
「世界が終わったら、ルキアはどうなる」
喋るだけじゃなくて、重い足取りで私に向かって歩いてくる。
おかしいな。
神々の王の威圧は、空間にすら影響を与えるのに。今、この場の重力は通常の倍はあるはずなのに。どうしてオルフェが、人間が歩けるのだろう。立つだけしか出来ないように、神々の王が調整をかけているとは言え、あり得ない。
主人公補正か? 馬鹿馬鹿しい考えだけど、否定できなくてさらに困惑した。
「俺はっ」
がしりと、痛いほど強く両肩をオルフェに掴まれた。
「ルキアがいない世界で、生きたくない!」
「・・・オルフェ」
泣きそうな顔で、けれど確かな意思を持った言葉に二の句が告げない。そう思ってくれるのは嬉しいのに、受け入れられない自分がいて困惑した。
オルフェの視線から逃げるように、眼を伏せた。
私は、そんなことを言われるに値する者ではない。そもそも、人ではなくなった私のことを、消すのは神となった私として当然なことで。・・・いいや、言い訳か。明確な言葉がでなくて、ただただ、あやふやに濁しているだけ。
馬鹿みたいだと、自嘲した。
肩を掴む力が弱まった隙に、私はオルフェの拘束から抜け出した。
求めるように伸ばされた腕を交し、神々の王へ近づく。双眸が、つまらないと語る神々の王を無視し、ゆっくりと口を開いた。
「終焉の歌を奏で、世界よ眠れ」
「ルキアっ」
オルフェが叫ぶけど、返事はしない。
世界に残された時間が少ないから、手早く仕事を済ませてしまいたい。
何より、未練が残って覚悟が揺らぎそうで怖かったから。だから、逃げるように口を動かした。叫ぶ声が聞こえないように、耳を押さえて。
「再誕の詩にて眼覚める、その時まで」
聴覚が遮断された世界。
刈り取る者も、オルフェも・・・。邪魔をする存在はもういないから、役割を果たすことが出来る。・・・思い出してみるけど、あれは上手い具合に邪魔が入っていたな。
よもやとは思うが、神々の王が何かをした・・・な。うん。あのにやにやした笑みはそうに違いない。どうせ、「そうした方が面白そうだし、展開を長く見られる」何ていう理由だろうが、傍迷惑だ。
けど、現在進行形で大人しい所をみるともう、何もしないんだろう。多分、きっと。
さてはて、それはともかくとして。
本来は、くそ長い台詞を告げないといけないんだけども、刈り取る者のせいで途絶えさせられた経緯からそれも必要がない。
世界を終わらせる言葉を口にしたからか、オルフェ達は石のように固まって動かない。五感全てを封じ、時が停滞しているのだから当然か。私に向かって伸ばされた手の数に、笑ってしまった。耳から手を離す。
大地が揺れた。
空間にヒビが入り、暗闇が隙間から見える。
ああ、終わりが近づいて来た。ちらりと神々の王を見る。刈り取る者の魂を掌で弄びながら、口笛を吹いていた。威厳も何もないな。
呆れるがこれが神々の王なのだから仕方がないと諦める。が、溜息はつかせてもらった。
「・・・」
何となしに、オルフェに近づいた。
伸ばされた右手に手を重ね、左手を伸ばして硬い頬に触れる。冷たい感触に、まるで死んでいるような錯覚を抱いた。世界が終われば、必然的に死ぬと解っていてもゾッとする。
自分で招いたことだというのに、覚悟が足りなかったかと失笑した。
「ありがとう」
別れの言葉ではく、感謝が口から出た。
「オルフェ、レーヴェ、ロイド、アーシェ、シメロン・・・・・・。私を見捨てないでくれて、最後まで味方でいようとしてくれてありがとう」
頭を横に振って、流れそうな涙をぐっと耐えた。
硝子に映し出された映像のように、空が割れた。
闇が空間を支配し、大地を飲みこもうとする。
「愛している」
オルフェを見て、頬に頬を寄せて私は告げた。
「愛していたよ」
猫が甘えるように頬ずりをして、両腕をオルフェの首に回す。
「私もオルフェが好きだったよ。だから――――幸せになって」
次の世界で。
次の時代で。
次の時間で。
私ではない誰かと――。
胸の痛みに呼応したように、涙が流れる。それを拭うことをしないままオルフェの唇に口付けて、名残を惜しむことなくオルフェから離れた。
眼許を乱暴に拭って、オルフェ達に最後の言葉を告げた。
私は上手く、笑えているだろうか――――?
「世界が変わっても、異なる時間でも、私は君達のことが大好きだよ」
言葉を言い終わるのを待っていたかのように、オルフェの身体が崩れて消えた。
オルフェだけではなく、全員が私の前から姿を消してしまった。粒子になった訳ではない。身体が崩れた訳でもない。存在そのものがなかったかのように、眼の前から失せたのだ。
喪失が胸を締め付けるけど、知らないふりをして私は踵を返した。
込み上げてくる感情を、息を吐き出すことでやり過ごす。大丈夫、悲しむことは何もない。だってオルフェ達は次の世界で、幸せになれるんだから。
ルキア・クルーニクスがいない時間軸でなら、不幸にはならないはずだ。
確信はないけど、そう願うしかない。
・・・いや、違う。
私がそう創るべきなのだ、世界を。
歴史を。
時代を。
それにはまず、世界の境界線を作らないと。雪の乙女と同じ道は歩みたくないし、龍皇みたいな奴に恋慕を抱かれるのもごめんだ。
ああ、その前にこの想いを捨てないと。抱いた気持ちを零にして、何もなかったことにしよう。自然と足が止まって、無意識に後ろを振り返ってしまった。馬鹿馬鹿しい。そこには誰もいないというのに。自嘲して、神々の王へ近づいた。
「・・・あ」
そう言えば、刈り取る者の魂をどうするか聞いてない。
事が済めば教えてくれると言ったが、果たして真実かどうか。疑心を抱きつつ神々の王へ問いかけた。
「その魂、どうするつもり?」
気色悪いと言われたから、敬語をやめたけど本当にいいんだろうか? 他の神に袋叩き・・・・・・は、雪の乙女関係でされそうだな。うん。神々の王に対する口調で怒る神はいないだろうけど、面倒事を引き起こした代償として殴られそうだ。
私が原因じゃないのに、理不尽だ。
「新たに器を作るのも面倒だし、当分は他の神に代役をさせる」
「いや、他の神も仕事があるから無理だよ」
「我が決めたことだから、決定事項だ」
「解っていたけど横暴だ」
真顔で告げれば、神々の王がくつりと喉を鳴らした。
ああ、嫌な予感がする。
「ならば、人間にこの魂を喰わせてみるか」
「魂喰なんて、人間に出来るはずがないよ。・・・まさかとは思うけど、オルフェ達に喰わせようなんて考えてないよね? だとしたら、私は神々の王だろうと容赦なく攻撃させてもらうよ」
「おお、怖い。怖い」
笑いながら言われても、嘘としか思えない。
「冗談だ。ただ、白銀の光の反応が見たかっただけだ。そう怒るな、怒るな」
けたけたと笑い、神々の王はその姿を空気のように自然に消した。
神がいる場所へ戻ったと解るが、せめて挨拶ぐらいしてから行って欲しかった。期待は最初からしてないけど。
「・・・・・・」
眼を閉じて、息を吐き出す。
「私はルキア・クルーニクスだった」
双眸を開けて、崩壊した世界を映した。
ルキア・クルーニクスが生きていた世界は、これで終わる。だけど、私と言う存在は生き続ける。この時代の世界から、永劫に。
「私は、白銀の光となった」
まだこの名に違和感があるけど、そうなのだから仕方がないと受け入れた。
地面が崩れて、身体が宙に浮く。落下することがないのは、神だからか。どうでもいいことを考えて、闇に身をゆだねた。
「さようなら、ルキア・クルーニクスがいた世界」
ゆるりと瞳を閉ざして、脳裏に浮かぶ世界を記憶から消した。
――終焉は、実にあっけなく済んだ。




