零の世界
二月前に更新できてよかったです。わーい!
残り少しなので、もう少しだけお付き合いください。
誤字脱字を発見次第、変更するつもりであります!
世界を再誕させてから、早くも幾数年――。
千年経ったのか、はたまた億年なのか定かでないほどに私の中から時と言う概念が消えた。緩慢に流れに従い、世界樹を管理する日々なのだから当然なのかもしれない。
そんな日常を過ごしていても、私の中からオルフェ達の記憶が色あせることはなかった。
むしろ鮮明に、瞼の奥に焼き付いて離れてくれない。我ながら、本当に未練がましい。
失笑して、私は世界樹を見上げた。
世界がまた滅びた。――これで8度目だ。
世界樹に支えられた九つの世界が、音を立てて壊れて行く。流石は硝子の球体世界。割れる姿もまさに硝子そのもの。ならば光に煌めく欠片は星屑が如く・・・かな?
泉へと落ちて行く球体世界を見送り、私は息をついた。
創っては千年も経たない内に壊れるから、心中複雑でならない。
「これはあれかな・・・? 私に対する嫌がらせ、ととって良いのかな」
それならば、世界にではなく私個人に苦情を言えと文句を言いたい。てか雪の乙女のことで何故、私が、苦労しないといけない! 判っていたけど、解っていたけど理不尽だろ。
まぁ、極一部の神がそうなだけでその他は寛容と言うか、同情的と言うか・・・。うん、とりあえず友好的な関係は築いているはず。あの神には後々、何かしらの報復はさせてもらおう。
例え時の三神だと言え、やって良いことと悪いことがあるからねぇ・・・。あはははははは、覚えていろよ。恨み辛みは後で、きっちりと、清算させていただこう。
おっと、思考がそれた。戻して、戻して。
時の三神以外で、滅ぶ原因は考えられる限り一つ。――刈り取る者の魂である。
「魂となっても執念で世界を壊した、とか?」
だとしたら、恐ろしい。
そんなこと、神々の王でもたぶん、きっと、おそらく、出来ないはず。
いや、それ以前に魂なんて代物を神々の王は持っているのか・・・? やめよう、考えたら抜け出せなくなりそうだ。
「――――私の言祝ぎは、意味をなさなかったな」
永久を願ったのに、それは無意味に終わってしまった。
「オルフェ達は・・・」
幸せを願った彼らは、私の願いどおりに幸福に生きられただろうか? それとも・・・。
考えると憂鬱になってきて、心が沈みそうになった。頭を横にふって、思考をはらう。ぱちん、と軽く手を叩いて、切り替えるように言葉を吐き出した。
「ともかく、世界を継続させる方法を考えないと」
呟いた直後、ざわりと世界樹の葉が揺れた。風は、吹いていない。
不自然な風に揺られて数枚の木の葉が落ち、泉に波紋をつくった。
ざわめき、心を不安にさせるような奇妙な空気。居心地の悪さを感じつつ、泉へと眼を向ければ壊れたはずの球体世界の欠片が独りでに浮かんでいた。――何で?
金色がかった青い光を纏い、鼓動するように脈打つ球体世界。
けれど形は歪で球体にも亀裂が入り、寿命が尽きていることは一目瞭然。なのに何故、創造主の意思を受けず、泉から現れた? そんなこと、世界に出来るはずがないのに。
訝しみながら球体世界を凝視し、そう言えばとふいに思い出す。あの世界は、世界樹の下から数えて二番目にある世界。名前は確か――。
「Vinculum、だったような」
神々の王が、やけに楽しそうに名付けた名を呟けば呼応するように世界が光った。
他の世界は未だ、泉の底に沈んでいるというのに何故、あの世界だけ。疑問を抱くも、答えがでないのだから考えるだけ時間の無駄だ。今は、現状を理解することが先だろう。
「あの世界が、私に何か伝えたいのかな」
世界に意思はあるが、言語は存在しない。
そうあるべきだと神々の王が定めたから。だから、私は世界が何を訴えたいのかを大凡でしか判らない。やはり、世界を守護する存在を創るべきだろうか。
思考が逸れかけた時、世界が一際強く輝いた。
眼を開けるのが辛くて、右腕で傘を作って難を脱がれる。硝子が壊れる音がした。ああ、世界はやはり滅んでいる。ならば何故、こんなことを――?
疑問が浮かんで、消えることなく胸に蟠る。
けれど、考える時間は残念ながら与えてくれないらしい。
壊れた世界から、黒い塊が飛び出すように現れた。球体世界と共に泉へと落ちたソレに眼を向け、愕然とする。ありえないと、告げたいのに喉が張り付いて言葉が出てこない。
境界線を引いて、世界から誰も来られないようにしたのに何故――!
雪の乙女の二の舞はごめんだと、他の神にも協力してもらって張った防壁をまさか、世界自身が壊すとは想像しなかった。いや、出来るはずがない。そもそも世界が、そんな力を持っているはずがない。けど、現実を見れば世界はそれを行った。
壊れていたはずの世界が、どうやって・・・。
ぐるぐると思考が回って、言いようのない不安が身体を支配する。
まさか、龍皇のような存在が現れたのか? 世界を味方につけるような輩が?
「・・・・・・冗談、だよね」
泉をじっと見て、呟いた声はやけに弱々しい。
情けない、これぐらいで怯えるな。私を害することが出来るのは、そうそういないんだ。いや、闘神系の力を持った神相手なら余裕で死亡フラグだけれども。いやいやいや、そうじゃないから。今は関係ないから。
だって相手は、世界から現れたつまりは人間! の、はず!!
だから恐れることは何もないっ。女は度胸だ、私、頑張る!!!
「浮いて、こない」
意気込んだは良いが、泉から黒い塊は浮いてこない。まさか、溺れた? 人間だと思ったけれど実はただの黒い塊だったとか? そんなオチがいいなー。
願望を抱きつつ、確認のために泉へと近づく。そろそろと忍び足で行き、最大限の警戒で持って泉を覗きこんだ。光に反射する硝子しか見えない。黒い塊、どこへ行った? 首を傾げるほどに、姿形が見えないぞ。
「―――――――――っぶは!!」
若干の不安を抱いていただけに、声と水音がして安堵した。
よかった、あれは黒い塊ではなく言語を話す種族らしい。・・・・・・・・・・・・あれ?
「ごはっ、たす、ごぼぼぼっ!」
泳げないのか、お前は。バタバタと不様にも水面でもがく人影――黒髪の少年に、呆れよりも目眩がした。
何故、ここにいるのか。理解できなくて、一瞬だが意識を失いかけた。
「なんでここに」
呟いた声は、掠れて小さい。
「オルフェ」
紛れもなく、泉で足掻くのは懐かしきオルフェウス・ネロの姿。
私が忘却できなかった、追憶の住人。
しかし、かの人が私の知るオルフェウス・ネロではない。
同じだけれども、まったく異なる人物。そう自分に言い聞かせ、ゆっくりと泉へと足を進めた。どうやら私は緊張しているらしく、動きがぎこちない。それを他人事のように悟り、失笑した。
神々の王が見たら、「もっとやれ!」等々と囃し立てそうだ。
・・・・・・いや、この状況をすでに見ていそうだ。あの神々の王ならばやりかねない。仕事をしないで遊び呆けている屋からだからねっ!
何て、神々の王に悪態をついているうちに泉へと辿り着き、未だ水にもがくオルフェを見やる。これ、助けるべきなのかな? 何か、段々と力尽きているような・・・。
「・・・・・・・・・・・・、大丈夫?」
若干、悩んだが私は助けることにした。
泉の中へと足を踏み入れ、オルフェの傍に近づく。底が判らないほどに深い泉だけれど、神の力でもってすれば沈むこともない。本当なら、水の中に入る必要もないんだけれど、それじゃあ流石に救助は無理だろうな。と思ったから、入ったんだけれど。
「っあ!」
「ちょっ」
早まったかもしれない。
「っ――――――――!」
差し伸べた右手をオルフェが力強く掴み、私の身体が斜めに傾いた。巻き添えかっ! なんて思ったが、不思議と身体は泉の底に沈まない。反射的に閉じた眼を開ければ、間近にオルフェの顔があった。
何、この状況? 疑問符を浮かべるのは、当然だろう。
私は今、オルフェの腕の中にいます。向け出すのが困難なほどに、きつく抱きしめられております。逃げようともがいたら、腕の力が増しました。
縋りつく、と言うよりも逃がさないというような抱きしめ方だ。
まさか、まさかとは思いたいけれど・・・・・・・・・記憶がある?
いやいやいやいやいやいやいや、流石にそれは考えすぎだよね! ご都合主義って奴? そんなのがあるはずがない! あってたまるかっ。だってほら、私と言う例外がいたけど大抵の人間は前世の記憶なんて持ってないし、あったとしても忘れるはず。だからこれはあれだ、逃がさないという抱き方だけどきっとたぶん、浮き輪的な存在を逃がしてたまるかって言う、そう言うアレに違いない! そうであってくれっっっ!!
多大なる願望と若干の懸念を抱きつつ、私は口を開こうとした。
そう、開こうとしたのだ。
「逢いたかった」
耳元で呟かれた言葉は、気のせいだろう。
「捕まえたよ、ルキア」
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
あ、世界樹の葉に花が咲いた。珍しいなー。・・・って、痛い痛いよ。現実逃避をして、聞こえないふりをした私が悪いのか?! 泣くぞっ!!
だって、反応したら私の嫌な予想が的中することになるじゃないか!! 嫌だよ、認めたくないよ。断固拒否させてよ。本気で、土下座するからさぁー。あ、涙出た。
「もう放さない。どこにも行かせない。俺がいる場所で、俺の眼が届く範囲に縛り付ける。ああ、それとも鎖で固定した方がいいかな? それとも両足を切って動けないように・・・いや、それじゃあ可愛そうか。足枷に重しをつけても、神になったんじゃあまり意味がないだろうし」
怖い、怖い、怖い、怖いっ。
あれ、オルフェってこんなキャラだっけ? 性格が変わってない? 気のせい? 気のせいだよね? 誰か気のせいって肯定しておくれ!
私を抱きながら、耳元でぶつぶつと恐ろしいことを話すオルフェに恐怖しか感じない。
「なぁ、ルキア」
いや、私はルキア・クルーニクスではなくてですね。
「俺は名前を呼んだんだよ?」
「っ?!」
く、首を噛んだっ! 思いっきり、がぶりって!! くくくくくくく、喰われるかと思った・・・・・・っっっ。
反射的に首元を押さえれば、ぬるりとした感覚が伝わって・・・。お、恐ろしい。オルフェが恐ろしいぞっ!!
「返事は?」
「は、はい」
こくこくと、壊れた人形のように首肯した。
逆らったら、今度は何をされるんだろう・・・。うう、オルフェが怖いよぉぉぉぉぉぉおおおぉぉぉおぉぉぉっ。誰かー、神々の王でもいいから本当、この現状をなんとかしてー!
「良い子だね、ルキア」
ひぃぃぃ、優しい声で言いながら首の傷を舐めるなぁぁぁあああぁぁっ。ゾワゾワする!
あああああああ! さり気なく尻を撫でるな! こんなのオルフェじゃよぉぉぉ!! 誰だよ、これ! 記憶はあっても、こんなのオルフェだって認めてやるもんかぁあああああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁっ!!
はっ!! 今思えば、あの溺れたのは演技か?! 私を油断させて、逃げられない状況を作るためのものなのか?!!
いやだって仕方ない。
あの時点ではまだ、オルフェが記憶を持っているなんて誰が想像できる? 私には出来なかった。だからこの状態なんだよ、畜生!!
・・・。
・・・・・・ん?
まて、ちょっと待とう。
落ち着いてみようか、私。
オルフェはどうして、記憶を持っている? それ以前に、どうやって世界からこちらへ来た?
――まさか、刈り取る者の魂を持っている?
疑いの眼でオルフェを見るが、どう見てもオルフェの魂は刈り取る者のそれではないようだ。いや、たぶん。私、そう言うスキルは持っていないから大体でしかないけど、うん、きっと違う。・・・・・・たぶん。
え、じゃあ何?
オルフェは自力で私のことを思い出して、世界を渡ったと?
――そんな馬鹿な!
「いつまでやってんだよ、この変態がっ」
「へ・・・? ちょ、ま!」
オルフェが顔を上にあげた瞬間、どこからか現れた人物の左足がオルフェを踏みつけた。だけならいいのだが、何を思ったのかその人物はオルフェの両肩に手を置いて逆立ちになり、勢いを殺さぬまま顔面へと膝蹴りをした。
うわ、痛そう。
防御も出来ず、攻撃も避けられなかったオルフェは蛙が潰れたような声を出して泉へと沈む。気泡だけが、オルフェが生存していることを知らせて・・・・・・。
「油断も隙もない奴め」
「・・・」
出来れば、知らない声であって欲しかった。
オルフェを攻撃した人物を見るのが怖くて、顔があげられない。に、逃げたい。逃げていいかな? いいよね! よしっ!!
「久しぶりにルキアにあって、理性が切れたか。ケダモノめ」
がっちりと右腕が掴まれました。畜生、私に何の恨みがあるんだ!!
てか、何なの? なんで私の名前を覚えているの? 私、ちゃんと忘却かけたよね? 世界が変わったら、普通は忘れるモノだよね? あれか? 神々の王の気まぐれか? だったら許さないぞ、この野郎! 私の努力を無駄に返しやがってぇええぇぇぇぇぇ!!
私に出来る範囲の、最大限の嫌がらせと報復をしようじゃないか!!
「それ、ルキアを抱きしめて頬ずりしている君が言うには説得力無いよ?」
「煩い。ルキア不足なんだ、俺は」
「・・・・・・・・・変態」
「オルフェよりはマシだ」
声が増えた。しかも、聞き覚えのある声だ。
あーもう、いいよ。頭が痛くなったから、神々の王が仕出かしたご都合主義にしよう。・・・・・・・・・全てを神々の王のせいにして、いいよね?
がっくりと項垂れて、私は視線を下から上に向けた。やはり、記憶と違わぬ姿のレーヴェとロイドがいた。泉へと沈んだオルフェが浮上し、レーヴェに喰ってかかる。その際、私からレーヴェを引き離すことを忘れずに。懐かしい動作だ。
ぎゃんぎゃんと犬が吠えるように言い合う二人に、呆れつつも宥めるロイドの姿。
それらは色あせた過去の追憶でしか見られなかった光景で、懐かしさに胸が痛んだ。彼らがどうしてここにいるのか解らない。けれど、来てしまった事実は変えられない。
どうやって来たのかは、聞けば解決することだから今は――。
今は、彼らに声をかけよう。
忘却出来なかった過去のまま、口喧嘩と仲裁する三人に向かって。
「―――――――――――逢いたくなかったけど、久しぶりだね」
私は嘘をつきながら、笑う。
「呼んでいないけれど、ようこそ。神々が住まう零の世界へと」
頬を伝って流れた涙の意味を、私は知らない。




