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眼覚めた悪夢 女王

やはり、悪夢のターンなのに悪夢の出番が薄すぎる。次、次に女王には頑張って・・・・・・うん、出番を増やそう。

 聖王国・王冠(レアーメ)――。

 神域(ペリボーロ)から戻って来たオルフェウス達は、先に戻っていたラルフレア達と合流し、ルキアが作った結界を護ることに専念していた。

 不思議なことに、ロゼットとシクストゥスまでついて来た。ルキアに悪態をつき、今尚、嫌悪をしているアニマまで一緒だ。両親の傍から離れるのを嫌ったからか、はたまた別の何かが理由なのか。オルフェウスは早々に考えるのを放棄した。

 そう言うのは、別の誰かの仕事だと投げ捨てて。


 帰郷して一日目。

 結界を壊そうとする魔物を退治した。何度倒してもきりがない魔物だが、悪夢(オッセッスィオーネ)に比べれば子供の手を捻るように簡単だった。地面を赤く染め上げ、それが見えなくなって漸くオルフェウスは手を止めた。

 傍にいたロイドが、何とも複雑な顔をして「大丈夫?」と聞いて来たが、返事をしなかった。

 魔物の血を浴びたまま帰れば、王族として仕事をしていたレオンハルトに捕まった。何やら説教をされたが、最後には「明日は俺も行く」と溜息まじりに言われる。無気力に首肯したオルフェウスに、二人はそろって肩を落とした。

 アーシェリカが夕飯を知らせに来たのは、すぐだった。


 二日目。

 昨日と同じように、オルフェウスが魔物を退治して帰ると思わぬ知らせを耳にした。カリステゥス曰く、獣王(レー・ディ・ベスティア)が滅んだらしい。生存者は、今のところ皆無だと告げるカリステゥスの顔は暗く、少しの不安を感じた。

 その時、謁見の間にレオンハルトの名を呼ぶ人物が現れる。黒に近い灰色の髪を三つ編みにした、男物の騎士服を着る男装の麗人だ。麗人はフレームのない眼鏡をかけた顔で、忙しなく周囲を見渡し、レオンハルトの見つけると躊躇なく抱き付いた。叫んだのはアーシェリカとロゼット、そしてアニマだけ。

 麗人はクラウディア・エノク・ハーヴェと名乗り、レオンハルトの婚約者だと告げた。それに驚いたのは、やはりアーシェリカとロゼット、そしてアニマのみ。

 形だけだと告げるレオンハルトの表情には、ありありと鬱陶しいと書かれていた。だが、それにクラウディアは気づこうとせず、この事態を引き起こした元凶を批判しだす。その言葉に即座に反応し、真っ向から否定したのはアーシェリカとロゼット。

 姉貴分だったピセルは口を噤み、長い付き合いのテオドールは困ったように顔をしかめる。

 オルフェウスはそんな二人の姿に、「そんなものか」と小さく呟いてその場から立ち去った。

 その姿を、レオンハルトは無言で見送った。


 三日目。

 機械神(デウス・エクス・マキナ)が滅ぼされ、機械王が見るも無残な姿で死んだらしいとテオドールから知らせが入った。

 どうやって知ったのかロイドが尋ねれば、生き残りである黒金の髪をした旅人の中年男性から聞いたと言う。

 その中年男性――シド・アルデリスを呼び出して詳しく聞けば、悪魔が現れて一方的に惨殺を始めたと言う。その台詞にクラウディアはレオンハルトの右腕に抱き付きながら、ルキアのせいだと罵倒しだす。それに便乗し、アニマもルキアを否定した。殺せばいいのに。そう告げた二人に、アーシェリカとロゼットが激怒した。

 レオンハルトがルキアを悪く言うなと告げたが、クラウディアは聞く耳を持たない。逆に強く、ルキアについて糾弾し始めた。

 カリステゥスもラルフレアも、あまりの言葉に顔をしかめ、けれどルキアを庇護する言葉を一切、口にしなかった。

 ロイドが眼を伏せ、ゆるりと首を横に振る。「ルキアが悪い訳じゃないのに」呟いた声に、ロゼットの夫であるシクステゥスが解っていると言わんばかりに首肯した。

 我慢の限界に来たレオンハルトはクラウディアの腕を乱暴に外し、オルフェウスを伴ってこの場から立ち去った。

 魔物退治に行くのだろうと判断し、ロイドも後を追いかけた。


 四日目。

 海洋都市・海霧(フォスキーア)が滅ぼされたと、レオンハルトの執務室でピセルから聞かされた。

 当然の顔で執務室にいるクラウディアをアーシェリカは冷えた眼差しで睨み、実の子であるアニマをロゼットが無表情で見つめている。夫であるシクストゥスは壁に寄りかかり、静かに双眸を閉ざしていた。

 眠ってはいないようだと、ピセルは呼吸で確認した。それから海洋騎士団の首が皆、無かったことを告げると、クラウディアとアニマが全てルキアのせいだと喚きだした。

 アーシェリカとロゼットが憤怒し、反論を言葉にするのをレオンハルトは冷めた眼で見ていた。それに気づいたロイドがレオンハルトに声をかけるも、何でもないと言うように首を横に振って仕事に戻る。どうかしたのかと不安になり、オルフェウスに声をかけようとしてロイドは気づいた。

 オルフェウスもまた、昨日から沈黙を保っている。

 普段ならばルキアを擁護すると言うのに、それが一切見られない。かと言って、怒りがないと言う訳でもないようで、ロイドは当惑した。

 黙って執務室を出たオルフェウスから、計り知れない憤りを感じた。

 それは、無言で仕事をするレオンハルトも同じだった。


 五日目

 空中要塞・第七天国(セッティモ)が滅ぼされたとロゼットから聞いた。時を同じく、魔都・伏魔殿(パンデモーニオ)も滅びたと言う。空中要塞・第七天国と魔都・伏魔殿は繋がっており、片方が欠ければ残りも壊れると伊達に長生きしてないのかロゼットが解りやすく皆に教えた。

 ラルフレアが生存者の有無を確かめることをカリステゥスに命じる中、アニマとクラウディアがルキアを激しく罵った。曰く、ルキアが元凶だ。彼女が生きているから、悪いことが立て続けに起こるんだ。その言葉にアーシェリカとロゼットが激昂し、二人に喰ってかかる。

 姦しくも喧しく喚く四人をレオンハルトは感情のない眼で見やり、「仕事がある」と告げ、謁見の間から立ち去った。それに続くように、オルフェウスも魔物退治へと出かける。

 ロイドは明らかに様子がおかしい二人に、何も言えない代わりに溜息をついた。

 テオドール、ピセル、カリステゥス、ラルフレア・・・。長い付き合いもあれば短い付き合いの存在だが、彼らは容易くルキアを切り捨てた。正確に言うならば、ルキアを見捨てたと言うべきか。言葉を変えて、ロイドはまた息をつく。

 オルフェウスとレオンハルトがおかしいのは、あっさりと態度を変えた彼らが要因だろう。確信はないが、ロイドはそう思った。

 ルキアは悪くないのに――。

 胸中で思いつつ、ロイドもまた、謁見の間から姿を消した。


 六日目。

 常夜の国・不死鳥(ファニーチェ)から二人の使者が訪れた。

 悪夢によって国が滅ぼされた訳ではない。これからのことを話し合うため、先遣隊として出されたのだろうとロイドは考えた。同じことをレオンハルトも思っていたらしく、しかし、感情のない眼で先遣隊である十代後半の見た眼をした少年二人を見ている。

 明るい紫の髪をした、小柄ながらも丸い体型をした、ラグナ・ガルム。右隣に同じ髪色を持つ、血色の悪い顔をした華奢な体型をした、リルド・ガルム。双子は似た声で、似たタイミングで次々と言葉を紡いでいく。その間、双子は一切表情を変えなかった。

 兄が王である吸血鬼に使える召使いの一人だと告げ、続いて弟が悪夢に対抗するために手を組みたいことを吸血鬼の王が望んでいると語る。

 それにラルフレアは歓喜した、反対に渋い顔をしたのがレオンハルトだった。

 レオンハルトは意味深にオルフェウスとロイドを一瞥し、息を吐いてから「企んでいることを話せ」と威圧感を隠さず述べた。すれば、弟がさらりと、実に何でもないように「禍を殺す」と告げる。

「禍を殺せば、すべて丸く治まる」言葉を続ける兄に、ロイドはこの場に、アーシェリカとピセルがいなくてよかったと安堵した。いたら確実に、双子を敵視して悪意を向けていただろう。容易に想像出来て、頭が痛くなった。

 レオンハルトは禍が何を示すのか尋ねれば、兄が険しい表情で「白銀の髪をした少女」だと言う。それを殺せば、全ては終わると吸血鬼の王が言っていたことを伝える兄の言葉に、ラルフレアは信じた。

 それで平和になるのならば、ルキア・クルーニクスを殺すことを約束する。

 即座に、カリステゥスが否を唱えた。確証のないことを、約束する王が何処にいるのかと叫ぶカリステゥスに、ラルフレアは一切耳を傾けなかった。愕然とするカリステゥスを放置し、ラルフレアは常にない強気で、聖王に相応しい覇気を持って 謁見の間に集まった騎士に命じる。


 ルキア・クルーニクスを見つけ次第、殺せ――。


 落胆、あるいは失望した表情するオルフェウスとレオンハルトは静かに、謁見の間から立ち去った。ロイドも後を追い、扉を閉めて消沈した気持ちで嘆息する。


 七日目。

 正午に差しかかる前に、ラルフレアは白の都・永久凍土(ペルマジェーロ)が滅ぼされたと言う。

 それを教えてくれたのが、深い紫の髪をしたエレン・バルバロッサだとも知らせる。興味が薄いのか、反応が鈍いオルフェウスは謁見の間にいるにも関わらず鞘から剣を抜き、磨きだした。無礼だと、騎士が批判したが聞く耳を持たない。

 レオンハルトはエレンの姿を一瞥し、「龍族か」と一言発するだけで口を閉ざし、どうでもよさそうに眼を閉ざす。当たり前のように腕に抱きつくクラウディアを、乱暴に遠ざけて近づくなと威圧感を放って。クラウディアが困惑にレオンハルトを凝視し、近づけないもどかしさに唇を噛みしめた。

 ぽろりと流れた涙は、悲しさか悔しさか。

 二人のあまりの態度にテオドールとピセルが叱咤するも、右から左へ聞き流しているのか二人は何の反応も返さない。どうにかしてくれとばかりに、ロイドに視線を向けるがロイドは肩を竦めて助力することはなかった。

 三人はもう、ラルフレア達を見限っていた。

 ルキアを簡単に見捨てた者に、かける情を残念ながら持ち合わせていなかった。

 三人は約束があろうと関係なく、ルキアを見放すことは出来なかった。それはアーシェリカも同じだろう。何かとアニマ、クラウディアに喰ってかかる姿はいつにもまして勇ましい。

 ロゼットがルキアを擁護するのは、同じ転生者と言う繋がりだけではなく友人になったからだ。それを知らないながらも、四人はロゼットを同士と見なしている。

 白の都・永久凍土は空中要塞・第七天国より先に滅びたと告げるエレンに、ロイドは何故、「生き延びたのか」を問うた。「国の外にいた」あっさりと疑問に答えたエレンに、釈然としない何かを感じながらロイドは口を閉ざした。

 次は聖王国・王冠が危ないかもしれないと言う危機感に、ラルフレア達が慌てるのをオルフェウス達は冷めた眼で見ていた。


 八日目の今日――。

 アーシェリカが解りやすく怒りながら、ロゼットと伴ってレオンハルトの執務室に来た。即座にクラウディアの姿がないことを確認し、テオドール、ピセルもいないことを知るとわんわんと泣きだした。

 ロイドがどうしたのかと問うより先に、アーシェリカは叫ぶ。

「ルキアちゃんは悪くないのに、どうして皆、ルキアちゃんを見捨てるの!」

 悲観を抱き、ルキアは被害者なのにと泣くアーシェリカをロゼットが優しく抱きしめる。そっと、母親が子供を慈しむように頭を撫で、背中をさすった。

 その様子を見ながら、レオンハルトはすっかり冷えてしまった紅茶を口にした。アッサムかと、心中で呟いて一気に飲み干す。やや乱暴にカップを机に置き、背もたれに体重を預けた。ギィっと椅子が音を鳴らす。

「誰がどう言い、思おうが、俺達はルキアの味方であればいい。けして裏切らず、見捨てず、離れず・・・一人にしない」

 その言葉に、オルフェウスは過去を思い出すように眼を伏せた。

「うん。ルキアは、寂しがり屋だからね。一人にしたら、きっと泣いちゃうよ」

 ぽつりと、ロイドが告げた。

「でも、それを上手く隠して何でもないように振る舞うから困るよ。嘘をつくのも得意だし・・・。見抜くのが難しくて、本当に困る」

「ああ・・・そうだな」

 ぽつりと、オルフェウスが同意した。伏せた双眸をゆるりと開き、強固な意思を宿す。

 座っていたソファから立ち上がり、窓へ近づく。それを、ロイドが眼で追いかけた。

「俺はルキアの傍にいる。例え、ルキアが嫌がっても・・・俺がいたいから、いようと思う。その先に何があろうと、自分が選んだんだから気にするなって言って」

「それ、下手をすると変態発言よね?」

 ロゼットが苦笑した。

「けど、あの子にはそれぐらいが丁度いいのかもしれないわね」

 しみじみと呟いて、ロゼットはアーシェリカを抱く腕の力を弱めた。

 ぽんぽん、とアーシェリカの頭を軽く数回叩き、泣きやんだのを確認してソファに座り直す。向かいに座るロイドを見やり、流れるようにレオンハルト、オルフェウスを視界に映した。うん、と一つ頷く。

「貴方達の心が変わらない限り、ルキアはけっして一人じゃないわね」

 穏やかに微笑んで、小気味いい音をたてて手を叩いた。

「目下の頭痛の種は、ルキアを排除しようとする馬鹿二人と聖王よね」

 確認するように尋ねたロゼットに、アーシェリカが即答した。

「そうです、そうですよー! あっさりと掌を返したテオ達もあれだけど、あの男装おん・・・ごほん、ご貴族様が腹立たしい・・・っ。レーヴェ、あれが婚約者って冗談だよね? 本当なら、今すぐ破棄すべきだよ!!」

「形だけだから強制力はないし、そもそもクラウは俺の趣味じゃない。俺はルキアが良い」

「まさかの告白?! それ、いる!!」

 さらりとルキアが好きだと告げたレオンハルトに、ロイドが頭を抱えた。別の意味で頭が痛くなってきた。

 窓際に立つオルフェウスがブンっと音がしそうなほど、勢いよくレオンハルトを凝視した。敵視を宿すその瞳に、ロゼットが「あらあら」と楽しげに笑う。いいわね、青春。呟いた声は、誰にも届かなかった。

「ルキアを害する馬鹿どもから、ルキアを護ることを専念しましょうか。それで世界が滅んでも、私は後悔しないわ。結婚したし、子供・・・馬鹿だけど出来たし。長生きしたからもう、十分よ。旦那も・・・シクストも私と同じ気持ちらしいわ」

 不敵に笑ったのは最初で、最後は穏やかに微笑んで眼を瞑った。


「ところで貴方達は」

 言葉を曖昧に切って、ロゼットは息を吸い込んだ。吐き出すと同時に、双眸を開ける。

「世界を滅ぼす覚悟、ある?」


 アーシェリカは沈黙したが、オルフェウス達は笑った。

「人類全てが敵になっても」

 ロイドが困ったように呟き、オルフェウスとレオンハルトを見た。

「世界を滅ぼす結果になっても、裏切りたくないよ。僕は」

「そもそも、ルキアを救う=世界の滅びと言う方程式がおかしい」

 仏頂面で、くだらなそうにレオンハルトが呟く。

「借りに、万が一、そんな方式があるのならば、それごと壊してルキアと一緒に幸せに老後を送ればいいだけだ」

「さらりと幸せな老後、とか言わない。オルフェも無言で睨まない。殺気が痛いから」

「・・・睨んでないし、殺気も出してない」

「そんな不機嫌丸出しの顔で、何を言っているのさ」

 呆れた声で、ロイドは肩を落とした。

 反対に、ロゼットが嬉々とした顔で発破をかけるように告げる。

「その勢いで、ルキアの心を射止めなさい。いっそうのこと、既成事実を作って逃げられない状況にして」

「犯罪だよそれは!」

「でも、それぐらいしないと・・・逃げるわよね、ルキア?」

 その言葉に、残念ながらロイドは否定できなかった。

「ルキアちゃんを幸せにするのは、この私です! 野郎になんて渡さない!!」

「いや、アーシェは女だから普通に無理だよね? 同性同士で結婚は出来ないよ? 何言ってんの? ねぇ、何言っちゃってんの!!」

 場の空気を見事に壊した女性二人と幼馴染に、ロイドは胃が痛くなってきた。

 もう嫌だ。そう頭を抱えて項垂れた時、地面が大きく揺れ動く。座っているのに、それも難しい状況で身体が左右上下に動いた。短い悲鳴をアーシェリカがあげ、揺れる視界の中で様子を伺えば、床にへたり込んでいる。

 揺れは五分もしないで止み、窓の外から何人もの悲鳴が聞こえてきた。

 窓辺にいたオルフェウスが外の様子を眺め、慌ただしくも逃げ惑うメイドや執事の姿を視界にとらえた。時折、後方を見ながら必死に走る姿は恐怖を如実に表している。


 ふいに、隣の窓に何か硬い物が当たる音がした。

 刹那、アーシェリカが悲鳴を上げる。

 窓を割り、床を転がって室内に侵入したのは若い男の首。驚愕に眼を見開き、切断面から生々しい鮮血を流し続けるそれから眼を逸らし、アーシェリカは込み上げてくる嘔吐を耐えた。

「・・・様子を見るに、悪夢でも現れたのかな?」

 焦燥も動揺も見せず、ロイドはオルフェウスの隣に並び立って外を見た。

 現れた悪夢が何かを探るように眼を細め、周囲を見渡した。窓から見える範囲では、それらしい姿はない。


「現れたとしたら、灰燼」

 ロゼットが床に転がる生首を嫌そうに持ち上げ、窓の外へ投げ捨てた。

「成仏しなさい。間違っても、私達を呪うんじゃないわよ」

「もしくは女王・・・レジーナと呼ばれる、姫の母親か」

「どちらにしろ、面倒な相手なことに変わりはない」

「それはないわよ。だって、女王は最後に現れるんだもの」

 ロゼットの否定を聞きながらレオンハルトが椅子から立ち上がり、床に乱雑に散った書類を無感情に見下ろす。そしてオルフェウス達がいる場所へ向かい、同じように窓を見た。

 暫し視線を彷徨わせ、すっと右手を持ち上げる。人差し指で、騎士が蔓延る場を示す。

「あれが悪夢じゃないか?」

「え・・・? あ」

 ロイドが慌てて人差し指の先へ視線を向け、燃えるような赤い髪を持つ熟女を見つけた。遠目でよく解らないが、一見すると高貴な婦人に見える。だが、その手に持つ血濡れた鞭。楽しげに騎士達の骨を曲げ、首を千切り、鮮血を浴びる姿は間違いなく悪夢だ。

 現れたのは灰燼ではなく、女王。

 その事実に、ロゼットが顔をしかめた。

「おかしいわ・・・」

「おかしい?」

「言ったでしょう、女王は最後に現れるのよ? 灰燼はまだ現れていないのに、どうしてここにいるの?」

 疑問を口にしながらも、視線は愉楽に騎士を殺す女王に向けている。

 レオンハルトはロゼットに視線を向け、その背中に縋りつくアーシェリカを視界に治めた。すぐにそらし、窓へ戻す。

「決まっているだろう」

 オルフェウスが小さく、呟いた。


「俺達が知らないだけで、灰燼は眼覚めているんだ」

「もしかしたら、同時に眼覚めたのかもしれないけどね」

 ロイドが同意しながら、別の可能性を言葉にする。


「それで、どうする?」

 オルフェウスはレオンハルトに眼を向けて、何気なく尋ねた。レオンハルトの視線は、真っ直ぐに外へ向いている。

「このまま見捨てるか、それとも助けるか」

 告げてから、どうでもよさそうに息をつく。

「俺達が悪夢に勝てる可能性は限りなくゼロに近いし、ルキアを殺そうとする人間を助ける理由もない」

「そう・・・だけど」

 アーシェリカが渋い顔をして、けれどそれ以上、何も言葉を紡がなかった。

 一際大きく、絶叫が響いた。何事かと声がした方を見れば、クラウディアとアニマが女王と遭遇している。

 逃げ惑う人々の群れの先に、興味をひかれての行動か。はたまた偶然か。どちらにしろ、早計だ。その背後には、ラルフレアと召使いの双子もいる。テオドールとピセル、カリステゥスがいないのは女王と対峙しているからだろうか?

 視線を外し、ロイドは思考を閉ざした。

 息を吐き出す。吸って、浅く吐いた。

「恩は売っておいて、損はないと思うよ?」


 ロイドの言葉に、億劫そうにレオンハルトが視線を向けた。鈍い光を宿す双眸は、先程どころか常とは違って異質だった。

「恩を売って、僕達に逆らえないようにすればいい」

 意地悪く笑い、ロイドはレオンハルトからオルフェウスに眼を向けた。


「命の恩人を、無碍に扱うほど無知も愚者もいないだろうし。それでもまだ不安なら、助ける前に、言質をとればいい。聖王たる者、一度口にしたことは撤回できないでしょう? ほら、そうすれば――ルキアを殺せなくなる」


「・・・・・・ロイドが黒い」

 ぽつりと呟いたアーシェリカの言葉を、ロイドは妙に煌びやかな笑顔で黙殺した。

 ひぃっと怯えるアーシェリカを尻目に、オルフェウスは溜息をついた。レオンハルトも呆れたように肩を竦め、立てかけていた大剣を手に取る。

「それが一番、手っ取り早いな」

「問題は、俺達がどこまで女王相手にやれるかだ。死んだら元もこうもない」

 腰に差した剣の存在を確かめながら、オルフェウスは窓のサッシに足をかけた。

「ああ、それなら問題ないよ」

 ロイドはさらりと、言葉を述べた。

 騎士の姿がだいぶ減り、奮闘するテオドール達の姿を目視出来た。女王の高笑いが聞こえてくる。同時に、赤い花が周囲を待った。倒れた騎士を見るからに、その騎士の血だろう。楽しげに笑い続ける女王に、テオドール達が何やら喚いている。

「負ける前に、僕達は撤退すればいいんだから。聖王達を犠牲にして」


「ああ、成程。それなら確かに、死なないわね。うん、いいんじゃない?」

「え、あの・・・一応、娘さんもその犠牲の中に入っているんじゃ・・・?」

 恐る恐る尋ねたアーシェリカに、ロゼットは疲れた眼をした。

「正直、旦那が生きていればいいわ。あの馬鹿で、阿呆で、考えなしのどうしようもない娘にはもう、ほとほと愛想が尽きかけて・・・。ああでも、ほんの少し残った親子の情で助けそうで怖いわ」

「その場合、ロゼットも置いていくから心して」

「命って大切よね!」

 あっさりと娘を見捨てたロゼットに、アーシェリカが何とも言えない顔をした。けれど、アーシェリカ自身、アニマを好いていないどころか敵意しかないため、浮かんだ憐憫をそうそうに捨てた。

 仲の良かったテオドールとピセルすら、今はルキアを害する敵なのだ。下手に情けをかけて、大切な親友を失いたくない。

 否、大切な存在の思い人を、殺させたくない。


 アーシェリカはひらりと、軽い動作で窓から飛び降りたオルフェウスの背中を見送った。

 初恋は実らない――。

 誰かが言った台詞は、事実だ。

 幼心に抱いた思いは、花を開く前に枯れてしまった。オルフェウスがルキアを思う気持ちが強ければ強いほどに、その感情は薄れていった。

 ルキアだからこそ、オルフェウスはあんなに必死になる。ルキアだからこそ、オルフェウスはあんなにも求める。ルキアだからこそ・・・諦められた。


 眼を閉じた。

 思いを口にしないまま、終わってしまった恋。それでいいとさえ、今は思う。

 アーシェリカにとってオルフェウスは大切な存在で、ルキアは大切な親友だ。それにルキアには幸せになって欲しいと、心の底から願っている。あれほど理不尽な眼にあったのだから、尚更に。


「よし」

 心の整理を簡単につけて、アーシェリカは眼を開けた。部屋にはもう、自分しかいない。置いていかれた状況に物悲しさを覚えつつ、慌てて窓へ近づく。飛び降りようとして・・・高さを実感して止めた。

 回れ右をして、一直線に扉へ向かう。

 足が遅いから出遅れるものの、オルフェウス達が怪我をする前に間に合うように必死になった。

「皆して、酷いよー!!!」

 恨み事を叫びながら、アーシェリアは女王がいる場所に向かって駆けだした。


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