逃走
ゲームに夢中で、更新を忘れかけていた自分を殴りたい。
世界が滅びるのが予定調和なのは、もしかしたら均衡の崩れた世界のために行う救済処置なのかもしれない。白の六騎士がどんな役目を持つ存在か知らないけど、おそらく彼らが世界を終焉に招く者なのだろう。
だとしたら、神々の黄昏に例えられるかもしれない。
やたらとスキルを北欧関係にしていたから、好奇心で調べた結果が今に繋がるとは人生、何があるか解らないな。刈り取る者に腕を引かれたまま、右も左も解らない闇を歩く。
どこかのRPGを連想させるこの空間には灯りと言う物が一切なく、足元も道なのか正直言って解らないから不気味だ。ふにふにとした奇妙な感触がするし・・・。
まぁ、そんな些細なことはともかく。
世界を滅ぼさないために、思考を巡らせようじゃないか。こんな奴の好き勝手にされるのも、腹が立つしね。ちらりと刈り取る者を見て、すぐに視線を下に向けた。
しかし――――私が世界を滅ぼすって、何の冗談さ。
限りなく本気の声で告げられた言葉を、嘘だと否定できなかったものアレだけど。その事実にどれだけ、私が愕然としたことか。軽くネガティブ状態に入りかけたよ。根気と根性と、反骨精神で精神状態を意地で戻したけど。
怒りで思考が乱れるから、考えないようにしよう。怒りは後で、何かに、ぶつけようじゃないか! ストレス発散は大切です!!
えーと、何だっけ・・・。ああ、そうだ神々の黄昏だ。
あー・・・六つの悪夢の眼覚めである、皆既日食。それを世界の終焉を知らせる笛の音に当てはめ、次々と眼覚める悪夢達を巨人族の襲撃とする。世界を焼き尽くす炎が、予定調和の滅びだとして・・・。世界樹の管理者が行うのは、名の通りの世界の管理と、滅びに因る再生。所謂――再誕。
それによって、世界は再び動き出す・・・と言うことだろうか?
しかし、解せない。
さっきの考えは、六つの悪夢に該当すること。白の六騎士はまったく見当出来ない。どうやって、世界を終わらせるんだろうか。よもや、似たようなことをやるとか言わないよね?
魂の奥底に刻まれた役目を、六つの悪夢に堕ちても行おうとしていると? あながち、的外れじゃないかもしれない。だとしたら、やはり解せない。
堕ちてもなお、世界を終わらせようとしたのならば何故、龍皇存命時代に滅びが起きなかったんだろうか。堕ちたとは言え、彼らは神の眷属。龍皇達がどう足掻こうと、勝てるはずがないのに・・・ああ、雪の乙女の仕業か。彼女が白の六騎士、基、六つの悪夢にそれをさせないように何らかの術を使ったんだろう。
恋とは恐ろしいな。神の役目を放棄して、愛する人のために行動するんだから。
おかげでとばっちりだ、恨んでやる。
・・・・・・そう言えば、どうして白の六騎士は六つの悪夢になったんだろう? 龍皇に雪の乙女を奪われたから? 殺されたから? 堕ちた故に? どれも正しい気がしてきた。けど、それらは全て想像でしかないから、確信はない。
でも、限りなく正解に近い気がする。あの短いようで濃密な時間の中、嫌々ながら悪夢と一緒に過ごした私が言うんだ。間違いない。彼らの執着はもはや――病気だ。
精神科に行けと、何度叫びたかったか・・・。ヤンデレじゃなかったから、良かったけど。それでも怖いんだよ。あの、狂気の瞳は。
「ぼんやりして、道をそれるなよ」
それたらどうなるのさ。落ちるの? アリスのような展開になるのか? いくらここがファンタジーでも、それは認めないぞ。
「どこに落ちるか、俺にも解らないからな」
何それ、不安しかない。
ここを作ったのは、刈り取る者じゃないのか? 疑問に首を傾げるも、刈り取る者の視線は先程から、前に向いたまま。それでよく、私がぼんやりしているとか解ったな。
神だからか? 神故になんて言ったら、脛を蹴るぞ。男の急所を蹴らないだけ、感謝しろ。・・・・・・・・・何で何も言わないのさ。よもや、不吉な予感がして口を閉ざした。なんてことは・・・ないか。
しかし、どこに連れて行く気なんだろう。
・・・人攫いに連れられる子の気持ちになったのは、何故だ。似たような状況だからか? それとも刈り取る者が人攫いみたいだからか? 馬鹿なことを考えた。やめよう。
「世界樹の根元に行く」
それって何処さ。
「雪の乙女が世界を見守っていた、泉がある場所だ」
だから、何処。疑問符が頭の上に沢山浮かぶ。
刈り取る者の視線は、変わらず前を向いたまま。おい、人と話す時は眼を見て話せ。何か、イラっとするんだけど。・・・・・・殴っていいかな?
「世界樹が何処にあるかぐらい、予想はつくだろう。それとも、わざと考えないようにしているのか」
相変わらず、心を読んだような台詞。正直、腹が立つ。
だがまぁ、刈り取る者の言葉は事実だ。大凡の見当がつきながらも、私はあえて考えないようにしていた。だってさ・・・。世界中の根元だよ? 硝子の球体世界を支える本体の元に行くんだよ?
つまり――この世界から出るってこと。
冗談じゃない。
私の意思を無視して、そんな場所に誰が行くか。
「? どうした」
足を止めた私に、刈り取る者が漸く振り返った。
「役目を受け入れたんだ。今更、抵抗するな」
ふざけるなと、未だ声が出ない口で言葉を紡ぐ。
思い出していないけど、役目は確かに受け入れた。だからと言って、神だろうが世界だろうが、私を自由にしていい権利はない。勝手を許してやるものか。
私の人生だ。
好き勝手にされてたまるかっ!
私の手を掴む、刈り取る者の腕に噛みついた。
「っ! 何を」
私を振り払おうと、頭を押さえる刈り取る者の腕に更に力を加える。血の味が口内に広がったけど、気にしない。
刈り取る者が私の手を放し、身体を突き飛ばした。――これを待っていたよ。
にやりと笑って、私は崩れた体勢を即座に直して後退した。目指すは、刈り取る者が言った道外れ。落ちたら何処に行くか、一種の賭けだけど今はこれ以外に、刈り取る者から逃げる方法が解らない。
命を賭けることはしないと誓ったけど、こんなに早く破ることになるとは。苦笑した。
確かにあったはずの道が、なくなった。その瞬間、足を踏み外した。例えるなら、階段から落ちるような感覚。身体がゆっくりと、後ろに落ちて行く。回る視界。
「待てっ」
刈り取る者が腕を伸ばすのが見えた。けど、腕は私に届かない。
視界から、刈り取る者の姿が遠ざかる。ざまあみろ。音の出ない口を動かして、そう告げた。聞こえていないだろうけど、気分的には良しとしよう。
身体が落ちる。
何処までも、果てがないように、落ちて行く。落下速度も速いのか、遅いのか解らない。
闇は未だ続き、光すら見えない。奈落の底のようだと感じて、流石は刈り取る者が通る道。嫌な感情を抱かせると嘲笑した。ああ、馬鹿らしいことを考えた。
「・・・?」
ふいに、声が聞こえた。
刈り取る者が追って来たのかと思ったが、姿は欠片も見つけられない。どうやら、落ちる勇気はなかったようだ。はっ、神の癖に臆病者め。・・・追いかけてこなくて正直、助かった。
「―――!」
また、声が聞こえた。
刈り取る者の声でないなら、誰だろう? 何だか、聞き覚えのある声だけど・・・。まさか、悪夢か? 神の作りだした道にまで現れたのか?! 執念が恐ろしいっ。
と、思ったけどどうやら違うらしい。
くるりと身体を反転させ、変わった視界に映ったのは私を妹と呼ぶ兄の姿で・・・。何故、ここにいる? 正直、疑問が浮かんだ
空間転移で来られる場所なのか? シスコンのなせる奇跡か? どちらにしろ、あり得ない。
唖然とシメロンを注視すれば、シメロンが再度、何かを叫んだ。え、何?
「お兄ちゃんの胸に飛び込んで来い!」
嫌だ!
反射的に拒絶し、必死に首を横に振ってしまった。何を叫んでいると思ったら、馬鹿か。馬鹿なのか。どうしようもない、馬鹿なんだな。
私の反応が見えたのか、あからさまに落ち込むシメロン。・・・おい、距離がもうないんだけど。このままだと、ぶつかるんだけど。と言うか、何時の間に地面があった! そして明るいと思ったらここは外じゃないか!!
久しぶりの外の陽射しが眩しいとか、外の空気が懐かしいとか、思う余裕もなく、地面と衝突するじゃないか! 新たな死亡フラグかっ。おのれ・・・回避せねば。
私にはまだ、やることがあるんだ。こんなこ所で――死んでたまるかっ。
「大丈夫だ」
落ち込んでいはずのシメロンが、優しく告げた。
「ルキアは死なせない。俺が――助ける」
ここに来いと言うように両腕を伸ばすシメロンが、穏やかに笑う。
「だから安心しろ」
何を根拠に安心しろと言っているのか、いまいち理解できないけれど。ここはシメロンを信じよう。今までだって、シメロンは呆れるほどに私を護ってくれた。
だから共倒れにならないことだけを、気にかけよう。いや、切実に!
返答の変わりに両腕を命一杯伸ばせば、シメロンが手を掴んで私の身体を引き寄せた。重力とか衝撃とか、結構あっただろうにそれを物ともしない、軽い動作で。・・・どうやったら、あの状況から姫抱っこになるんだろう? 誰か教えて。
もう、驚けばいいのか呆れればいいのか、解らないじゃないか。
「よかった・・・」
泣きそうな顔で私を見つめ、シメロンが私を強く抱きしめた。待て、待って! 体勢が厳しいから、苦しいからっ。本当、待て!!
ぐえぇとか言いそうだ。声が出ないから、言えないけど。
シリアス空気、壊したいと言う衝動が湧くのは、何故だろうか・・・?
悪夢や刈り取る者のせいで、シリアス鬱展開はもういらない! ってなったからか。そうか。よし、怖そう。
意気込み、私の身体をぎゅうぎゅうと抱きしめるシメロンの頭に打撃を与えようと、拳を握った瞬間。シメロン越しに衝撃がはしった。何事だ?! 痛みに呻くシメロンだけど、それでも私を離そうとしない。ある意味、尊敬するよ。
いや、それよりも・・・敵襲か? まさか、刈り取る者が来襲したのか!? 慌てる私とは裏腹に、シメロンが痛みに呻きながら仕方なさそうに息をはいた。それはけっしてオルフェ達には見せなかった寛容的な態度に、正直、戦いた。こいつは本当に、シメロンなのだろうか? 疑ったけど、どう見ても私が知るシメロンでしかない。
で、そのシメロンは、私を抱き上げたままゆっくりと、身体を反転させた。それにより、私の視界も一緒に動いて・・・・・・。
外は外でも、ここは何処の草原ですか? ゲーム画面でも見覚えのない場所に、途方にくれそうになった。
思わず遠い眼をした私の耳に、シメロンの言葉が飛び込んでくる。
「気配もなく攻撃するな、ルカ」
え、ルカ? ルカですと!? さっきの衝撃の元凶は、ルカなのか! いや、それ以前にノアの兄がここにいるんですか!! 反射的に、姿を探してしまった。
ゲームでは故人として名前だけしか出ない存在が、生存しているとはコレ如何に! ああでも、この展開は大歓迎だ!! ゲームと違うって、素晴らしいね!!! ロゼットがいたら、この喜びを分かち合えるだろうに・・・心残りだ。
ルカがいるなら、シメロンの嫁であるノアもいないかなー。なんて、呑気に考えていた罰だろうか? 視界に映ったルカはどうみても・・・・・・ゲームのノアよりも年下に見えた。童顔だからか、それとも小柄だからか。え、何で? と正直思ってが、それよりも問題点があるだろう、私。
「最愛の妹との再会を邪魔するな」
「いやいや、度を越したシスコンは排除すべきだと思ってね」
「誰がシスコンだ。妹を愛しているだけだ」
「シスコンだろうが」
軽口を叩きあう二人よりも、ルカの髪色に眼が行ってしまう。
ルカの髪色はシメロンと対抗しているのかと、ツッコミを入れたくなるような、赤みがかった銀の髪。これ、何の因果?
まさかとは思うけど・・・・・・血縁関係、ないよね?
「ルキア、こいつはルカ・オラクル」
シメロンと違って、名字持ちですね―。あははは・・・現実逃避はまだ早いぞ、私。
「俺達の従姉弟だ」
「初めまして、白銀の子。君のことを、ずっと待っていたよ」
切れ長の眼を細め、癖なのかやたらとマフラーを弄りながらルカが朗笑した。否定はなしですか・・・そうですか。やってられっかー!!!
何? 何なの?! 原作崩壊やキャラ崩壊はもうしているけど、さらに訳の分かんない展開に持ち込まないでくれない? 刈り取る者の台詞で私、一杯一杯よ!! 勘弁してっ。顔を覆って泣きたくなったけど、フリーズした身体はぴくりとも動いてくれない。
衝撃・・・強かったんだね。他人事のように自己分析してみる。
頬が引きつりながら、口をパクパクと動かす。すると、シメロンがまったく言葉を発しない私を訝しみ、ルカと眼を合わせた。すいません、悪夢によって声、封じられています。
喋れないから、状況も説明できない。ああ、もどかしい。
思案するように、ルカが顎に手をあてた。本当にもう、美形って何でも絵になるから憎らしい。馬鹿なことを考えながら、シメロンの腕の中でジタバタと暴れて、降ろしてと態度で意思表示した。だと言うのに、シメロンは知らんぷりをする。
おい、いい加減に離せ。降ろせ。溜まりに溜まったストレス、お兄ちゃんで発散することになるよ・・・? 殴るぞ、コラ。
おっと、柄が悪くなった。いかん、いかん。落ち着け、私。
「とりあえず」
ルカが顎から手を放し、ポケットを漁りだした。何、何か入っているの? 某猫型ロボットみたいに、何か出てくるのかな? ちょっと、ワクワクしながらルカの様子を見守る。
暴れなくなった私に、シメロンが嬉しそうに笑っている姿なんて、視界の隅にも映らないよ。ああ、知らないな。
「・・・あった、あった」
ポケットから出てきたのは、何の変哲もない青い硝子の薬瓶。
ルカが手を動かすたびに、ちゃぷんと中の液体が揺れている。けど・・・あの。薬瓶のラベルに、赤い髑髏が描かれているんですけど。それ・・・毒?
毒殺されるのか、私・・・。ひぃと、胸中で悲鳴を上げてシメロンに縋りつけば、だらしない顔をしたシメロンがさらに抱く腕に力を込めた。や、違う。抱きしめるな。あの毒らしき薬瓶を、どうにかして!!
「あー・・・何か、警戒された?」
するわ!
「まぁ、とりあえずそれはいいとして」
いやいやいやいや、良くない。良くないからね!?
必死になって首を横に振るけど、ルカは気づかないのか・・・いや、気づいた上で無視してシメロンに声をかけた。
「姉さんのいる家に飛んでくれるよね」
「疑問形ですらないのか・・・いいけど」
命令形でしたよね、言葉。
戦々恐々とルカを見ながら、シメロンの様子を伺えば素直に空間転移を発動させていて・・・。オルフェ達とはまるっきり違う態度に、何だか複雑になる。これが血縁者と他人の差か。
シメロンの身内贔屓に、ほとほと呆れてしまう。
なんて考えていたらはい、見知らぬ家にいました。
至って普通の内装に、必要最低限の物しかない室内。簡素すぎる。ここに誰が住んで・・・・・ルカは確か、姉さんって言っていたよね? まさか――――ノアか!
え、ここにシメロンの嫁がいるの? マジで? うわ、みたい。みたいぞ!!
ゲームビジュアル通り、尻尾のように髪を伸ばしているのかな? 眠そうな顔に、とろんとした眼なのかな? なんて・・・考えないぞ。ルカを思い出せ。思いっきり、裏切られただろうが。
しかもノアはルカの姉だ。つまり、私の血縁者になるんだよ?
シメロンやルカを見てみろ、私。あいつ等の髪の色は何だ? 銀色だろう。そうするとほら、ノアだって銀色の可能性が高いでしょうが。
「ただいま、姉さん」
ルカがぼそりと、呟いた。声が小さい、やり直せ。
「帰ったぞ」
夫の帰還です。出迎えてください、奥さん!
ノアに期待しないと思っていても、シメロンと夫婦であって欲しいなーと言う願望は消えなかったようだ。これは、裏切られたくないな・・・うん。
三つのある扉の、キッチンに近い方の扉がゆっくりと開いた。
おおう、ノアのご登場ですね。
「おかえりなさい」
静かな声と共に、灰混じりの銀髪が視界に飛び込む。
「そして――――いらっしゃい、待っていたわ」
ゲーム通りの姿なのに、色が違うノア・オラクルがそこにいる。
ノアは私に微笑んだ後、呆れた眼でシメロンを見た。頬に手を添えて、溜息をつく。困っている態度だけど、眼が冷ややかだ。絶対零度の冷たさだよ、あれは。
「降ろしなさい、シメロン」
「嫌だ」
「降ろしなさい、シメロン」
同じ台詞なのに、込められた感情が違う気が・・・。嫁、怖い。
シメロンが渋々と、名残惜しげに私を腕から降ろし、そっと手を離した。ああ、久しぶりの地面。何だか懐かしいや。
「初めまして、私はノア・オラクル。そこの愚弟の姉で、その馬鹿の従姉弟です」
台詞が酷い・・・。
従姉弟ってことは、結婚はしてないのか。がっかりだ。・・・あれ? 従姉弟同士って結婚できたっけ? 近親婚って何処からだっけ?!
あ、いやいや、そんなことで思考を飛ばすな。ほら、今は眼の前で頭を下げて、自己紹介してくれたノアがいるじゃないか。私も挨拶を・・・・・・出来ない。うう・・・すいません。物凄く、失礼ですよね。でも、声が出ないんです。ごめんなさい。すべて、悪夢が悪いんです。声を封じた悪夢のせいであって、私は悪くない! はず。
申し訳なさに項垂れる私に、ノアが優しく声をかけた。
「気にしないで。貴方のことはよく、知っていますから」
シメロンから聞いたのかな? 顔を上げてノアを見たが、ノアの視線はルカへ向いていた。何となく、そちらに向けて絶句。何でまた、その薬瓶を出す!?
ひぃ、髑髏マークが怖いっ!!
戦く私を放置して、ノアがルカに声をかけた。
「やりなさい」
「はいはい、わかりましたよ」
肩を竦めて、私に近づいてくるルカ。シメロンが怪訝な声を出したが、笑って流している。え、何? 何をする気だっ。
身構える私にルカが穏やかに笑い、薬瓶の蓋を開けた。異臭は・・・しない。いやいや、口に入れた瞬間、駄目だろう。だって、髑髏マークがあるんだよ? どうしても脳裏から、BAD ENDの文字が消えてくれない。あわわわわわ、ルカが飲んだぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁ!?
ああ、でも口に入れても大丈夫な所を見るからに、毒じゃないの・・・か? 首を傾げて、警戒を解いた私の両肩に、ルカの手が乗った。と思えば、限りなく零なほどに、近づいて来たルカの顔。何、この展開。どうしてだか、嫌な予感がする。
「おい、ルカ。何を・・・っ!?」
シメロンの言葉が、途中で切れた。
いや、それも無理はないだろう。だってさ・・・私、ルカにキスされています。シスコンのシメロンにとっては、衝撃がはしっても仕方がないだろう。私も、動揺から身体が硬直してしまった。
どうして私、ルカにキスされる状況になったんだ? 声か、声が原因か! 薬瓶の中身は、私の状態を治してくれる物なのか? だとしたら、言えば素直に飲んだよ。こんな展開にはならなかったよね?
何故に、キスをするんだ! したかったから、なんて言い訳にもならないぞ!! そもそも私、許可してないしっ。って言いたいのに、キスされてて言えないしそもそも声が出ないから無理だ・・・。
ああ・・・絶句するシメロンと、微笑ましそうに見ているノアの視線が、居た堪れない。離れてくれ、切実にっ。
なんて願っても、ぴくりとも指が動かないんだからどうしようもない。くそ、早く立ち直れ、私。こんなことで動揺するほど、乙女的な思考は持っていないだろうが!! あれ・・・? なんか、え? 口の中に何か入って来たぁぁぁああぁぁぁぁあぁぁっ。
「む・・・ぅん」
ひぃ、誰の声だ! 私か、私なのか?! やったね、声が出たよ・・・って、違うだろうがぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁっ。ひぃ、勘弁して。舌を入れないでおくれ。
ああ、舌だけじゃなくて、何か液体も入って来たよぉぉぉぉおおおぉぉおぉぉっ。これは薬ですか? 滅茶苦茶、苦いんですけどっ!!
「ぅぅ・・・」
飲めとばかりに、口内を刺激する舌に泣きたくなってきた。うわぁぁぁぁん、飲むから、飲むからやめてー。私のライフがゼロになるから、勘弁しておくれよっ。
ごくりと、喉を鳴らして液体を飲めば、漸く唇が離れてルカの顔が遠ざかっていく。
う・・・うう。ルカに身体を支えられていなければ、私は今、床に座り込んでいただろう。無駄に気が利いて、まるで紳士だ。
いや、紳士はあんなことはしない。近所にいた、紳士的なおじさんはもっとこう・・・。いや、それはどうでもいいだろうが。私の馬鹿。
シメロンが何やら、喚いているようだけど気にかける余裕がない。反論しているノアの言葉も、ルカの台詞も一切、耳に入ってこない。
衝撃が、でかすぎるよ。
なんで、何でよりによって・・・従姉弟とキスせねばならんのだ!! 誰かこの事実、嘘だと言っておくれよ・・・・・・。