受け付け拒否の真実
さめざめと現実の非情さに泣きながら、犬に噛まれたと思って忘れよう。それが一番、精神的に楽だろうし。気分的にもいいはずだから・・・。うん。
未だぎゃーぎゃーと喚くシメロンの声をBGMに、薄らと滲んだ涙を拭ってからルカとノアを見た。シメロンに詰め寄られ、若干鬱陶しそうにしている嫁・・・違う。ノアが不機嫌をあらわにしていた。
美形がそんな顔をしたら、駄目だよ。放送禁止的な表情は、どうかと思う。言えないけど、心の中では自由に話させて欲しい。――美形の般若顔、恐ろしい。
胸中でひっそりと戦いている中、ルカがシメロンの額にチョップした。え、何がどうなってチョップ? 背伸びをしてまでやる必要、ある? 唖然としながらルカとシメロンの様子を見ていると、ルカが心底面倒くさそうに溜息をついて、腰に両手をあてた。
・・・・・・子供が威張る姿に見えるのは、どうしてだろうか?
「そんな、つまらないことは置いといて」
「置くな!」
叫んだシメロンの腹部に、音もなく近づいたノアの肘鉄が綺麗にはいった。うわ、痛そう。シメロンの身体がくの字に曲がり、悲鳴もなく唸っている。どれだけ力が加わったんだろう? 脂汗、浮かんでない? 気のせい? 気のせいにしよう。
薄情な妹を、恨まんでくれ。南無阿弥陀・・・は、違うな。
「ルキア。君に、話したいことがあるんだ」
ルカが真面目な顔をして、私に話しかけてきた。
はて、何を言うつもりなのかな? 要望を言えば、これ以上面倒な展開になることだけは避けたい。頭がパンクするし、精神的にかなりきつくなりそうだから。
「君は自分がどう言う存在か、知っているか?」
刈り取る者曰く、世界樹の管理者である雪の乙女の魂を持った存在です。って、正直に話していいモノか・・・悩む。
唸る私に、ルカが苦笑した。傍らに立つノアがぽん、と手を叩いて朗笑する。笑いながらシメロンの背中に蹴りを入れたのは、眼の錯覚かい? ・・・床に突っ伏しているシメロンから、そっと視線を外した。
「立ち話もなんですし、座って話しましょうか」
「ああ、そうだな」
「さぁ、座って。今、お茶とお菓子を持ってきますからね」
二人に促されるまま、椅子に腰を降ろせばノアが素早く、ティポットとクッキーが入った皿を持ってきた。瞬く間って、このことを言うんだね。初めて知ったよ・・・。
「どうぞ、気分が落ち着きますよ」
「はぁ・・・ありがとう、ございます」
差し出された紅茶を手に取り、おずおずと口に含んだ。ハーブティみたいだけど、何だろう? 後味がいいし、何より美味しい! 迷わず、二口目にいった。うん、美味い。
「俺達は姫の末裔って言うのは、知っているか?」
こくりと頷いて、シメロンが教えてくれたことを伝えた。あ、そう言えばシメロン。まだ床と仲良くしているんだろうか? ちらりと視線をそちらに向けたが、シメロンの姿はなかった。
・・・どこに行った? なんて、愚問か。
四人掛けのテーブル。手前はノアとルカが座っているから、確実に私の隣に奴がいる。そろりと視線を向ければ、案の定。何食わぬ顔で椅子に座り、ノアに淹れてもらったハーブティを飲んでいる。私はティカップを置き、ふっと遠い眼をした。
もう、シメロンの行動については、何もツッコまないぞ!
「俺達の共通点である銀色の髪。だけど、ルキアだけが白銀の理由は?」
知らないと、素直に首を横に振った。
クッキーに手を伸ばし、一口齧る。程良い甘さが、丁度いい。いい仕事ですなー。
「両親のことは聞いた?」
聞いてないと、また首を横に振る。ノアが非難がましい眼をシメロンに向けているが、向けられた当人は素知らぬ顔をして煙草を吸いだす。が、ノアに煙草を奪われてしまう。そして始まる、ノアによるシメロンに対する説教。・・・仲が良いですね。流石は嫁。早く結婚してしまえ。・・・いや、従姉弟だから駄目か?
ぼんやりとしていると、ルカに名前を呼ばれた。おっと、失礼しました。どうぞ、話を続きを語ってください。真面目に聞く体制だけ、とっておく。
「はぁ・・・」
溜息をつかれた。丁度、ノアの説教も終わったらしい。シメロンがぐったりしている。
「あーいいか?」
おっと、失礼。はい、話を聞きます。どうぞ、続きを語ってください。
ルカが呆れた眼で私を見てから、口を開いた。
「君が姫・・・世界樹の管理者の魂を持っていることは知ってる?」
「!」
眼を見開いて、ルカを凝視した。何で、知っているの? ルカが知っていると言うことは、シメロンも知っていたと言うこと? 疑いの眼差しでシメロンを見たが、表情からは何も読み取れない。ポーカーフェイスが憎らしい。
表情を険しくした私に、ルカが「それも含めて」と言葉を切りだした。
「今から説明するよ、シメロンが」
「俺かよ・・・」
呆れた顔をしながらも、シメロンは一つ息をつくと、私に視線を向けた。何を言われるんだと、思わず、身構えてしまう。
そんな私に、シメロンが困ったように笑った。
「何から話すか・・・・・・・・・・・・・・・」
シメロンは暫し唸って、さらりと告げた。
「俺達、ホムンクルスなんだ」
「は・・・い?」
「何代か前の祖先に番がいなくて、それだと血を濃く残せないと言うことから、ホムンクルスを作成した。結果――唯でさえ狂った遺伝子がさらに異常をきたし、欠如して俺達は近親者以外とは子を残せず、短命となった」
え、何? 何なの? ここに来て、新しい情報? いらない。心底、いらない。激しく、聞かなかったことにしたいんだけど。と言うか、ホムンクルス? 近親者以外と子は残せないって・・・。頭が痛くなってきた。そもそも何で、そんなことをしたのさ? ああ、血を濃く残すためか、うん、理解不能だ。
血が濃く残せないからって、何故にホムンクルスを作った先祖よ。これ以上、私の頭を痛ませないでくれ。雪の乙女の魂と役目でもう、一杯一杯で他は受け付け拒否なんですけど。・・・目眩がしそうだ。
かちゃりと金属がぶつかる音がして、そちらに眼を向ければノアが優雅にハーブティを飲んでいた。短く息をつき、眼を伏せたままノアが口を開く。
「姫の子である二人は、姫が世界樹の管理者・・・つまり、神であることを知っていたそうです。故に、血を薄めることも絶やすことも出来ないと考え、近親婚を行ったと伝えられています」
言葉を切って、ノアは伏せた眼を上げると私を真っ直ぐに見た。
感情が見えない眼が、酷く怖い。
「それから何代にも渡り、近親婚は繰り返されてきました。けど、番が生まれなくなったんです。これでは血が残せないと危惧した祖先の前に、一人の神が現れたそうです」
その神って・・・まさか。いやいや、そんなはずはない。
「神は自らを刈り取る者と名乗り、祖先にホムンクルスを作ることを提案しました」
元凶はお前か、刈り取る者。
やはり、一発や二発は殴らないと気がすまない・・・。
「ホムンクルス作成方法を祖先に教えた刈り取る者は、それから百年後にまた、現れたそうです」
聞きたくない。物凄く、聞きたくないんですけど。
「『雪の乙女の魂を、ホムンクルスに定着させろ――』。そう告げた刈り取る者は更に、こうも言いました。『コレから生まれる子は皆、銀色を持っている。その中に、白を持った者がいればそいつが姫の魂を持つ存在。だがそいつは生まれ変わりではなく、まったく異なる者。限りなく近いが、まったく別の存在だ』と」
それはあれか。
女子高校生の私の記憶を持っているから、別の存在だと言いたいのか? や、別に同じ存在になりたい訳じゃないけど・・・・・・。微妙な言い方だ。
ああ、しかし。これで謎が一つ解けた。
黙示録には姫と龍皇は魂を持って封印の楔になったと書かれていたのに、どうして件の姫の魂が私にあるのかずっと、疑問だったんだよね。あー、すっきり。
刈り取る者が職権乱よ・・・ごほん、どこからか雪の乙女の魂を見つけ、ホムンクルスに流転させたのか。そして生まれたのが、この私・・・と言う訳か。何だかな―。
・・・あれ? だとすると、いや、まさかとは思うけど、悪夢が蘇ったのってそれが原因だったりする? ・・・おのれ、刈り取る者。何をしてくれるんだ! 封印の楔を弱めなきゃ、世界崩壊フラグはたたなかったんじゃないの?! 本当、やらかしてくれたよ。・・・今度あったら、私の拳が唸るよ。仮面が砕けるほど、殴らせてもらうおうか。
ああしかし、告げられた情報に頭が追いつかない。
「えっと・・・。姫の魂を定着させたから、髪の色が銀になったの?」
「いや、違う」
さらりとルカが否定した。
「定着させたホムンクルスは所謂、母体だ。番となる者を生み、その魂を刈り取る者が回収し、別の場所に流転させないように術を施した。結果――ルキアが誕生する」
まて、端折るな。
私にも解る様に、ちゃんと懇切丁寧に説明して。本当、土下座するからお願いします。
「論より証拠。研究施設を見れば、否応にも解るさ」
「・・・はぁ」
そんなものなのかな?
・・・・・・って、研究施設? どこにあるの、それ? 首を傾げた私に、シメロンが手を差し出した。何、掴まれと? 断る!
椅子から立ち上がったルカに続くように、私も後を追いかけた。後ろで、シメロンが暗雲を背負っていようが、構っていられない。だが、ぼそぼそとネガティブ発現はやめて。こっちの精神も鬱になりそうだから。仕方ない・・・。大好きだよ、お兄ちゃん!
嘘だけど・・・心でそう言っても、伝わらないよね。いや、伝わった。恐るべし、シスコン! 滅茶苦茶、良い顔していて気味悪い。あー、ノアが膝かっくんした。
不様に体勢を崩したシメロンを綺麗に無視し、ノアが私の右手を掴んで歩き出した。目指す場所は・・・・・・は?
どうして、キッチン?
いやはや、キッチンの収納庫に長い石の階段があるとは思わなかった。
そして今更だが、ここが何処だか判明したよ。ここはユーザーが地龍の遺跡と呼んだ龍族の神殿。――と言う名の、古びた小屋があるだけの周り、森。
その小屋の下に遺跡が在ったために、地龍の遺跡と呼ばれた場所。窓から見える景色と場所で、漸く判明するなんて・・・遅いな、私。いやー、しかし・・・。この灯り、どう言う原理でついているんだろう? 何もしてないのに、勝手に明るくなるよ。
それよりも・・・・・・・・・この階段、どこまで続くんだろう? ゲーム知識が当てにならないのは、よぉぉぉく解っているけど、長すぎない? ちょっと、疲れてきたよ。
前を歩くシメロンとノアを眺め、ふぅと息をついた。すると、何かを思い出したように後ろを歩くルカが告げる。
「気をつけて」
「ひやっ?!」
「階段、脆くなってた」
そ、そそそそそれを先に言っておくれよ! 踏み外したし、落ちかけたし、ルカが身体を掴んで助けてくれなきゃ、目的地まで一直線だったんだけど!! し、心臓に悪い・・・。
がくぶるがくぶると震えた私に、ルカがぽつりと呟いた。この際、ルカの腕が胸に当たっていることは不問にしよう。命あっての物種、気にしてられない。
「胸、ないな」
ほっとけ馬鹿ぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁああぁ! て、ちょっと、やめ・・・っ。うわぁぁぁぁああぁぁん、胸を揉むなぁー!! 訴えて勝つぞ!!!
じたばたと暴れる私を物ともせず、何を思ったのか抱き上げた。やめてー、姫抱きはいやぁぁああぁぁぁぁっ。不埒なこの、手を、どうにかしろ! もうやだぁ、こんなのが従姉弟なんてー!! 人生が酷過ぎるよぉぉぉおおぉぉ。
「もう少し、大きい方が好みだけど」
なら揉むな! 放せ!! 降ろして!!!
「ま、約得だからいいけど」
「おい、いい加減・・・妹を離せ」
前を歩いていたシメロンが、鬼の形相でルカを睨んだ。うう・・・、シスコ、違う、シメロンでいいから、助けて。この変態から、助けて。もう、私のライフはゼロよ。
シメロンに救出(?)され、名残惜しげなルカから離れるべく私はノアに駆けよった。ルカとシメロンを制することが出来るノアの傍が、一番安全だと思う。たぶん。
何となく、ノアの服の裾を掴んでみた。ノアが足を止め、驚いた顔をしながらまじまじと私を見る。え、何か変なことした? こちらが吃驚して、服から手を離した。のに、その手をノアが掴んでやけに嬉しそうに歩きだす。
背後でシメロンとルカが何やら言い争う声が聞こえたけど、知らない。巨乳はロマンとか、貧乳は宝なんて言葉、知らないよ。変態は滅べ。
「母体は私達の母であり、貴方達の母でもあります。・・・私達は父親が違うだけの、腹違いの姉妹と言えるでしょう」
ふいに、ノアが語りだした。
いきなり何だ、とは思ったが、ルカの説明不足を補ってくれるなら有難い。ここは素直に、耳を傾けよう。
「気の遠くなるような年月を生き・・・、いえ、生かされたせいでしょうか? 母体は私達を産み出した後、生命機能が著しく低下し、活動を低下させました。けど、今思えば魂が欠落した状態だったんでしょう」
あ・・・と。私が体内に宿ったから、生命機能が低下したのかな? いや、それ以前に凄く長生きだね、母体。刈り取る者が何か術をかけたのか、はたまた、先祖がSFチックな何かをしでかしたのか。
あんまり、いい気分じゃないなー。
「ルキアが生まれた直後、役目を終えたようにその命は消えました。ですが、父達は母体を埋葬することなく、研究施設に閉じ込めたまま。私達に持ちえるだけの知識と技を教え、役割を終えたとばかりに父達は命を絶ちました」
あれ、おかしいぞ。シメロンは、両親は何者かに殺されたって話していた。ノアの話を聞く限り、あれは真っ赤な嘘なのか? 何のために、嘘をついたのさ。
・・・・・・素直に話されても、受け取らなかったけど。
それについて、聞いてみた。
「シメロンに嘘をつくように頼んだのは、私です。そうすれば、行方不明になったルキアもすんなりとシメロンについて来てくれると思ったので」
成程なー、ノアの策略か。申し訳なさそうにされると、文句も言えな・・・行方不明?
「貴方が行方不明になったのは、なんてことはありません。――――迷子です」
なんか・・・すいません。
「好奇心旺盛だった貴方は、私達が眼を離した隙に家を出て、森を抜けて、どこをどう歩いたのかは定かではありませんが、聖王国・王冠へ辿り着きました」
凄いな、三歳児。
いくらこの遺跡から聖王国・王冠が近いとは言え、子供の足で辿り着ける距離じゃないよ。いやはや、我がことながら吃驚だ。そしてすいません。ご迷惑をおかけしました。
「四方八方探して、漸く・・・逢うことが出来ました。長かった・・・」
遠い眼をするノアから、そっと眼を逸らした。居た堪れない。
無言で、階段を下りる。それが何分続いただろうか? ノアが立ち止まった。
「――――さぁ、つきましたよ」
眼の前にあるのは何の変哲もない、普通の木製の扉。いや、カビと苔がついている。うん、古い扉だ。
ノアがドアノブを掴む。
耳障りな音をたてて、ドアノブが動いた。力を込めるためか、繋いだ手を放してノアが扉に手をそえる。不愉快な音と共に、扉が開いた。
「ここが、研究室です」
開いた扉の向こうは、見事に真っ暗だった。何も見えないよ・・・。
きょとんとする私の手を引き、ノアが部屋の中に立ち入った。瞬間、灯りがついて眼が眩む。うぅぅ・・・眼が痛いよ。
ノアは何ともないのか、私の手を引いたまま歩きだした。
そして、一つの大きな機材の前で立ち止まる。
「彼女が――母体です」
漸く明るさに慣れた私の眼が映したの、機械王が眠っていた場所に似ている水槽・・・? とにかく、そこに入った黒髪の裸体の少女。
歳の頃は、十六か七ぐらい。
朽ちることなく、水槽の中で眠る少女。
ルカが少女が眠る水槽に、そっと両手をそえた。焦がれるような眼で、少女を見ている。まるで、恋をしているような・・・いや、違う。母親を求める子供の眼だ。教会でよく見た、あの瞳。
「ただいま・・・母さん」
そっと、囁くように告げた声は憂いを帯びている。
ノアが私から手を放し、少女の元へ近づく。ルカと同じように、「ただいま」を口にした。シメロンが私の傍を通り過ぎ、二人の後ろから少女を見上げる。やはり、「ただいま」と言葉にした。
三人にとって、この少女は特別なのだろう。
何を持って特別なのか判断出来ないけど、態度から見るにそうなのだろう。まるで神を崇めているようで、薄気味悪い。神様なんて、理不尽で無能な存在なのに・・・・・・。
その神の魂を、私が持っているんだった。自分の言葉に、凹みそうだ。
がっくりと肩を落として、溜息を吐きだした。下に向いた目線を上げて、はたと気づく。
「あ・・・れ?」
眼を閉じて眠る、少女の顔。まじまじと見て、唖然とした。
摩耗した記憶が、鮮明に蘇ってくる。息が荒くなって、動機が激しく音を鳴らす。頭が痛い。
事故の瞬間が、通っていた学校が、黒く顔を塗りつぶされた友人が、家族が、記憶の奥底から現れては消える。頭が痛い。
これは皮肉か? 自嘲した。
少女を凝視したまま、私は後ずさる。頭が痛い。脂汗が額に滲む。
――人生は非情だ。
――運命は薄情だ。
――神様は無情だ。
ああ、なんて喜劇だ。馬鹿馬鹿しくて、笑えてくる。頭が痛い。
あそこで眠る少女は、女子高校生の私とそっくりではないか。もしかしたら、同一人物なのかもしれない。
もしかしたら、いや、たぶん。間違うことなく、そうなのだろう。
あれが異世界の私、だとしたら――。
私がルキア・クルーニクスになったのは、覆すことの出来ない必定だったんだ。




