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滅びの兆し

 人生にうんざりしたからと言って、短絡的思考にはしることはしない。

 そんなことをしたら、何のために死亡フラグを回避しようとしていたのか解らなくなるじゃないか。脱・死亡フラグ。ようこそ、生存フラグ。

 もう、訳の解らないことばかりでほとほと嫌気がさすが、これは私の人生だ。

 誰に何を言われても、私が決めて、私が選ぶ。それ以外は断固、拒否だ。神様だろうが、悪夢(オッセッスィオーネ)だろうが、私の意思と反したことはさせない。姫の器にはならないし、役目なんて果たさない。


 誰が、雪の乙女の尻拭いをするか!

 誰が、姫の器として身体を差し出すか!!

 徹底的に、拒否して、拒絶して、逃げ切ってやる。無駄だと笑われても、最後の最後まで足掻き続けてやろうじゃないか! そんな決意を抱いて、私はベッドから降りた。


 昨日、隣で寝た暗闇の姿は部屋のどこにもない。

 私が朝食を食べ終わるのを見届けた後、何処かに出かけて行った。また、どこぞの国か村を滅ぼしにでも行ったのかもしれない。どうでもいいけど、聖王国・王冠(レアーメ)には手を出すなよ。

 薄情で、非道だと言うのは自覚したけど、聖王国・王冠だけは駄目だ。あそこにはオルフェ達との思い出があるし、ラルフレア達がいる。

 そう言えば・・・オルフェ達はどうしているだろうか。ふいに思い出して、視線を窓へ向けた。窓から僅かに見える空から、おそらく今の時間は朝。いや、あれは実は月の明りって言うオチも・・・。ううん、時間も日付感覚も完全にマヒした。おのれ、悪夢め。時計ぐらい、置いてもいいだろうがっ。

 裸足のまま窓に近づき、霜がついた窓に手を触れる。予想通り、冷たい。

 刈り取る者が現れて以降、窓に霜がつくようになった。なんでやねん、と思わず声もなくツッコんだのが昨日のように思える。


 余談だが、私が靴を履いていないのは魔女のせいだ。

 あの後、再び現れた魔女は私の私物を持っていった。何でも、悪魔と妖精から同衾を禁じられたとか。文句を言う魔女に、暗闇も悪魔たちに同意して禁止していた。「欲求不満はどこかで解消しろ」なんて言葉は、きっと気のせいだ。

 ふてくされた魔女は、なら何か物を貰うといい・・・・・・どうしてか、靴を持っていった。服じゃないだけマシだけど、靴って・・・靴って。何に使うのかと、戦々恐々したよ。変なことに使われていないことを、切実に祈るしかないけど。


 まぁ、魔女による貞操の危機はないからいいんだけどね。

 本当、命じゃなくて身の危険を感じるなんて恐ろしい。あの時のことを思い出しても、身体が震えて・・・。あ、鳥肌が。ついでに悪寒がする。


 ふるりと震えた身体を両手で抱き締め、窓を覗き込む。

 窓から見える景色は、変わらず黒く焦げた白の都・永久凍土(ペルマジェーロ)

 周囲が雪で白いから、焦げた場所がやけに眼につく。眼を閉じて、息を吐きだした。

 ここから聖王国・王冠が見えるはずがないのに。馬鹿らしい。浮かぶのはすでに懐郷となった場所のことばかり。他の国がどんな眼に遭っても、なんら情を抱かないのに故郷には念を抱く。

 我ながら、思いやりもない冷酷な、無慈悲な人間だなー。自嘲して、窓から離れた。こんな人間だったっけ。過去を思い出しながら、ベッドへ向かう。女子高校生(むかし)の私はそれなりに、思いやりがあったと思うけれど・・・果たしてどうだっただろうか。

 摩耗した記憶じゃあ、はっきりと断言出来ないのが悲しい。ベッドへ腰を下ろし、そのまま後ろに倒れる。ばふん、と気の抜けた音がした。


 違うことを考えよう。

 そうだな・・・。魔女が行った場所についてでも、思考しよう。とは言え、空中要塞・第七天国(セッティモ)が魔女によって壊滅させられた。本人が恍惚の表情で語っていたので、嘘ではないだろう。しかし、何で悪夢はいちいち、私にそう言う報告をするかな。

 別段、精神状態に変化はないから良いんだけど・・・。多少、気分が落ち込んだりするけど、まぁ、大丈夫だ。転生して、神経が図太くなって鋼の心でも手に入れたかな?

 内心で笑って、瞬く。


 さて、何の話だっけ・・・?


 ああ、そうだ。空中要塞・第七天国が滅んだことだ。とすれば、神族の誰かが魔女の器になったのだろうか?

 脳裏に浮かぶのは、黒に近い赤の髪を二つに結った、頭部に光る三連の輪を持った少女の姿。レーヴェの嫁候補の一人である、ステファヌス・ドニャーが器となった可能性があると、否定しきれないのが悲しい。けど、魔女の身体にステファヌスを連想させる物は何一つなかった。

 ならば別人かもしれない、と思って、眼を閉じた。どちらにしろ、死んでいることは確かだろう。魔女が、遺恨を残すようなことをするはずがない。

 ゲーム知識だが、何故だかはっきりと断言できる。


 かちゃりと、ドアが開く音がした。

 視線をそちらに向ければ、嘘臭い笑顔を浮かべた悪魔が立っている。しかも珍しく、右手に酒瓶を持っていた。気のせいじゃなければ、頬も僅かに上気しているような・・・。

 血色がよくなっていますね、悪魔。白い眼を向けて、緩慢に身体を起こす。

 酔っ払い特有のふらつく足取りではなく、しっかりとした歩調でこちらに向かってくる悪魔は、嫌に上機嫌だ。ニマニマニマと笑う顔が、胡散臭さを増している。


 正直に言おう。――気持ち悪い。


「聞こえたか?」

 訳の解らない台詞を口にして、悪魔が私の隣に腰を下ろす。かと思えば身体を横に倒して・・・・・・そして所謂、膝枕を悪魔にするはめになった。叩き落としていいかな?

 ぐいっと酒を仰ぎ、口端から赤い液体・・・たぶん、ワインを零しながら喉を動かして飲む悪魔は、酒瓶から口を放すと唇を舌で舐めた。イケメンがやると、やたらと色気があって嫌だわー。どきりとは、しないけど。

 オルフェ達で鍛えた、イケメン耐性を舐めるなよ! 

「国が滅ぶ音が、聞こえなかった?」

 左手で私の頬を撫でながら、悪魔が楽しげに聞いて来た。

 知らないと首を横に振れば、つまらなそうに唇を尖らせて、仕方ないと言わんばかりに口を開く。

「空中要塞・第七天国と魔都・伏魔殿(パンデモーニオ)が一緒に滅びたんだよ」


 ・・・・・・・・・えっと、どう言うこと?

 魔女が空中要塞・第七天国を壊滅させたのは知っているよ? それが何で、魔都・伏魔殿も滅ぶ原因になるのさ? 訳が解らなくて、疑問符が頭の上を飛び交ってしまう。


 悪魔が楽しげに笑って、私の頭を左手でぐいっと引き寄せた。あわわわわわわっ! あ、危ないじゃないか!! これ以上近づいたら、ぶつかるだろうっ。どこがとは言わないけど、それは断固阻止だからな!!! 

 ぐぐぐっと身体に力を入れ、悪魔から離れようとするけれども・・・。どこからそんな力があるのさ。一向に離れない距離に、泣きたくなってきた。畜生、男女の力の差が恨めしい。

 結局、私は諦めて間近にある悪魔の瞳を凝視した。ものの数秒で、眼を逸らしたけど。


「空中要塞・第七天国と魔都・伏魔殿は繋がっている。鏡合わせのように、双子のように、どちらかが欠ければ、もう一方も壊れる。危うい均衡を保ちながら、存在していた」

 成程、納得。

 魔女が空中要塞・第七天国を滅ぼしたから、芋づる式に魔都・伏魔殿も滅んだと。

 被害が半端ないな。生き残りは・・・・・・いる訳ないか。悪夢がむざむざ、生存者を残すとは思えない。今まで襲った国も、一人残らず殺したらしいし。

 ああ、胸糞悪い。

「これで、世界の綻びは酷くなった。あとは――世界が勝手に、滅びに向かう」


 ・・・・・・ん?

 今、何かスルーしたら駄目な台詞を聞いたような。気のせいか? ・・・気のせいにしていいかな?


「喜劇だな」

 悪魔が眼を細め、実に楽しげに口角をつりあげて語る。

「僕達が手をかけなくても、世界が終わるなんて。龍皇はこのことを、予想できたかな?」

 悪魔が私の頭から手を放し、持っていた酒瓶を手放した。小気味いい音をたてて、硝子が割れた。視線を向けた先に、赤い液体が床に広がっているが見える。

僅かに、酒の臭いがして顔をしかめる。

「ああでも、世界が滅んだら姫が悲しむな。どうしようか。でも、世界が終わるのは決められた予定調和だし。もう、滅びへと向かっているんだから僕達にはどうにも出来ない」

 困った声は最初だけで、後は言い訳のようにつらつらと言葉をただ並べている。

 悪魔は眼を閉じて、薄く笑った。

「滅びは自然なことだからって、姫には納得してもらおう」


 世界樹の管理者である姫が、納得するとは思えないんだけど。

 呆れた眼で悪魔を見下ろし、膝の上から問答無用で叩き落とした。すかさず距離を取り、部屋の端っこへ逃げる。悪魔が非難がましい視線を向けてきたけど、知らない。

 悪魔が溜息をついて、ベッドから降りた。


「どうも、機嫌を損ねたようだ」

 肩を竦め、私に背を向けて扉に向かって歩き出す悪魔。

「今日は、退散するよ」

 ドアノブを握り、ゆっくりと扉を開ける。

 半分ほどドアを開け、悪魔は振り返った。瞬き、一瞬。青年から少年へと姿を変えた悪魔はにたりと不敵に笑う。


「暇だから――――聖王国・王冠に行ってくる」

「!?」

 思わず、悪魔を凝視した。唖然とする私に気を良くしたのか、悪魔が嬉しそうに笑う。

 笑みを浮かべたまま、悪魔は私が聞きたくない言葉を口にした。

「適当に首を刈って、ここに連れてくるよ。その中に、見知った顔があるといいね」

「っ!」


 やめて! 叫んだ言葉は、音にならなかった。叫びと共に腕を伸ばし、慌てて悪魔を止めようと、駆けだすも遅く。無情にも悪魔は扉の向こう側に姿を消した。

パタン、と音を立ててしまった扉に身体がぶつかる。

 必死になってドアノブを回すけど、扉が開くことはない。扉を何度も叩いたけど、壊れる様子も誰かが反応する気配もない。言葉が出ない口を動かし、叫び続ける。


 やめろ! 扉を叩き続けた。

 お願いだから! 再度、ドアノブを回した。


 何度、叫んで。

 何度、扉を叩いても。

 ・・・・・・・・・扉の向こうから、返事は聞こえない。

 悪魔はもう、行ってしまったのだと否応に知らしめた。ごんっと扉に頭突きをした。痛いだけで、何の意味もない。


「・・・っ」

 足の力が抜けて、床に座り込む。

 右手で拳を作り、力任せに扉を叩いた。手が痛む以外、変化はない。それが悔しくて、拳を握る手に力をこめた。爪が皮を裂き、血が流れる。


 大丈夫。――自己暗示のように、胸中で呟いた。

 オルフェ達は、大丈夫。そう何度も自分に言い聞かせるのに、心は不安で埋め尽くされる。・・・・・・全然大丈夫じゃないって、本当は解っている。

 だってこの世界は、ゲームじゃない。リセットが効かない、現実なんだ。死んだら、そこで終わりなのに・・・。しかもこの世界は異様に、死亡フラグが多い。そんな世界で、大丈夫なんて根拠のないことは言えない。言えるはずがない。

 涙があふれて、視界が滲む。溢れた雫がぽたりと、床に落ちた。


 世界の滅びなんて、どうでもいい。

 けど、聖王国・王冠だけは・・・。オルフェ達だけは、殺させる訳には行かない。


 だけど、私に何が出来るんだろうか――――?

 結界術も使えなくなった非力な小娘に、出来ることはあるんだろうか?


 絶望が心をしめて、涙が次から次へと溢れてくる。嗚咽がこぼれた。


 嫌だ、嫌だよ・・・。オルフェ達が死ぬのは、嫌だ。失いたくない。亡くしたくない。死なせたくないのに・・・私は何も、出来ない。悔しい、歯痒い、腹立たしい。何で私は、無力なんだろう。

 泣くのが嫌で、必死に涙を堪えようとするのに意思と反して流れ続ける。

ああ、嫌だ。こんなことをしても、意味がないのに。泣いていたって、何も解決しないのに。誰も、救われないのに。いい加減、泣きやんでよ・・・私。

 

 乱暴に涙を拭い、それでも止まらない涙に苛立つ。涙で歪む床を睨み、拳を叩き付けた。

「自虐趣味でもあるのか、あんた」

 背後から声が聞こえて、振り返った。ぼやける視界に、刈り取る者の姿が映り込む。

 刈り取る者が不思議そうに私を見て、ゆったりと足を動かす。そして私の傍らに歩み寄り、目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。

 仮面越しの眼が、私を静かに見つめる。

「自分を傷つけても、何も変わらないと思うけどな」

 煩い、解っているよ。

 視線を刈り取る者から逸らし、床に叩き付けた手をそっと隠す。今更、ジンジンと痛みだしてきた。溜息が聞こえた。と思えば、隠した手を刈り取る者が掴んで持ち上げる。やめろ、地味に痛いんだ。

 ・・・・・・・・・自業自得だから仕方ないんだけ、痛いから離せ。


「世界が滅びに向かっている」

 そうらしいね。悪魔が言っていたから、知っているよ。

「管理者がいない世界は、簡単に終焉へと向かう」

 それは、仕事を放棄した雪の乙女のせいですね。

 刈り取る者が掴んだ手が、ほのかに熱を持つ。痛みによる熱ではない。神霊術(アルカナ)で怪我を治した時に似た、温かさだ。事実、傷が治っている。

「もう、時間はない」

 役目を果たせって言いたいのか。・・・残念だけど、その役目については何も思い出していないから、無理だよ。不可能。

「世界を滅ぼしたいのか」

 滅ぼしたくはないよ。

 だってここには、この世界には、大切な幼馴染がいるんだ。彼らを失いたくはないよ。でも、出来ないものは出来ないんだ。

 顔を俯かせた私に、刈り取る者は何を思ったんだろうか。掴んだ手を放し、私の顎を掴んで顔を上げさせる。何か、デジャブだ。


 刈り取る者が静かに、口を開く。

「失うのが嫌なら、泣く前に行動に移せ」

 移せないから、泣いていたんだよ! 解れ、馬鹿っ。

 文句を言いたいのに、喋れないのがもどかしい。両手でボカスカと、何度も刈り取る者の胸板を叩く。まったく、ダメージを受けた様子がない。

 声が出れば、言葉さえ話せば・・・結界術が使えるのにっ。結界術が使えたら、未熟だけどゲームでノアがやったようなことが出来るんだ。なのに・・・っ。

「言っただろう」

 刈り取る者は私の顎から手を放し、胸板を叩く両手を掴んだ。顔を近づけ、ゆっくりと続きを言葉にする。


「自由を求めるのならば、俺の手をとれ――――と」


 ・・・手をとれば、オルフェ達は救えるのだろうか?

 世界なんてどうでもいい。でも、幼馴染は・・・助けたい。


 掴んだ手を放し、少しだけ距離をとった刈り取る者を見上げる。差し出された手を見てから、双眸を閉ざした。

 この手をとれば、嫌だと逃げることはもう出来ない。知らないと、無関係でいることも不可能だ。でも、それでも――――オルフェ達が救えると言うのならば。


 私は、押しつけられた役目を果たそう。


 やり方は解らない。役目を思い出すことも出来ない。それでも、オルフェ達は助けられるだろうか?

「不安になることはない」

 私の気持ちを察したのか、それとも読んだのか、刈り取る者がそう言う。

「近いうちに、役目を思い出す。そして役目を思い出すと言うことはつまり、神として眼覚めるということ」

 嫌いな神様になるんですか、憂鬱だわー。心に余裕が出来て、思わず笑った。


「神ならば、大抵のことは出来る。不安がることはない」


 ・・・そうだね。万能でも、全能でもないけれど、神様なら大抵のことは出来るよね。人間には不可能でも、神様なら・・・オルフェ達を救えるよね。

 眼を開けてから、ゆっくりと右手を持ち上げる。


 本当、ルキア・クルーニクスの人生って散々だ。

 白銀だからって理由で、「不吉の証」だ「禍」だと差別されるわ。十五歳で死ぬフラグがたつわ。生き延びたら、悪夢に狙われるわ。兄だとキャラクターに言われるわ。しかも、姫の末裔だと告げられるわ。最悪なことに、その姫が世界樹の管理者で神とか・・・本当、ないわー。失笑した。

 止めとばかりに、私の魂が雪の乙女の物だって・・・なんて言う悲劇だ。笑えてくる。実際には、笑えないけど。


 刈り取る者の手に、私は手を重ねた。しっかりと、私の手を握り締めた刈り取る者の手はやはり、冷たい。死神だからか? なんて、馬鹿なことを考える。


 ああ、そう言えば――。

 六つの悪魔はどうして、世界を滅ぼすんだろう。かつては白の六騎士と言われた彼らが何故、雪の乙女が管理する世界を壊すんだろう。

 ふいに、過去にレーヴェが告げた言葉が蘇る。

『姫がいなくとも、悪夢は世界を終わらせようとしただろう』

 それは・・・何故? 悪魔が告げた、予定調和と言う台詞も気になる。

 一つ、疑問を抱けば次から次へと不信が現れる。私の役目って・・・・・・何?

 怖くなって、刈り取る者から手を放そうとした。けど、硬く握られた手はどんなに動かしても離れず、逆に身体を刈り取る者の方へ引き寄せられる。


「さぁて、籠の鳥。あんたはもう、役目を受け入れた」

 低い声が、楽しげに告げる。

「役目を果たし、世界を終わらせろ」


 頭が真っ白になる。

 刈り取る者は今、何って言った・・・?


 世界が終わる前に役目を、ではなくて、役目を果たして? 何で、どうして? 私は、オルフェ達を救いたいから、世界を終わらせたくないのに。


 私が――――世界を終わらせるの?


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