眼覚めた悪夢 魔女
仮面さん・・・いや、刈り取る者は項垂れる私を無視し、掴んだ腕の力を強めて、より一層、身体を密着させてくる。やめろ。傍から見たら、誤解される状況だぞ。
「役目を思い出せ」
思い出すも何も、知らないんだからどうしようもない。
そもそも、本当に私は姫、基、雪の乙女の魂を持っているのか? 疑心を抱くが、告げた相手は刈り取る者――つまり、死神だ。
死神が魂を間違うとは思えない。いや、間違っていて欲しいと言うのが本音だが、相手が相手だから期待出来ない。でも、認めない。認めてたまるか!
・・・溜息が出た。
今まで散々、神様に対して悪態をついて来たが、よもや不在とは。いないなら救いもないし、何かしらの奇跡を起こすはずもない。何がどうして、雪の乙女が役目を放棄したのか解らない。知りたくもない。
「雪の乙女としての記憶は、思い出さなくていい」
恋にはしって、仕事を放棄した奴のことなんて頼まれても思い出したくもない。
「だが、世界樹の管理者としての役割を思い出せ」
知らないよ、そんなもの。
「雪の乙女の魂を持つ、あんたにしか出来ないことだ」
無理、不可能、出来ない。
そもそもどうして私が、雪の乙女の尻拭いをしなきゃいけないのさ。魂を持っているからって、そんなことをしなきゃいけない義理はないでしょう。子が親の不始末を何とかしようとするのと同じぐらい、義務はないとおもうんだけど?
なのに、出来ないことをやれと? ――――ああもう、最悪だ。
訳の解らない展開も、押しつけられた役目も、知らない事実にも。どれもこれも、私をイラつかせて心を乱す。勘弁して欲しい。このままだと確実に、悪夢が喜ぶ事態になりそうだ。
そんなの、意地と根性で阻止してやるけれども。
「拒むか・・・」
溜息をついて、刈り取る者は頭を横に振った。僅かに眼を伏せ、私の足の間に自身の足を入れてさらに距離を縮める。
だから何で、こんなに近づくのさ。神は過剰な接近が好きなのか?
「だが、いくらあんたが拒んでも無駄だ」
顔を近づけて、刈り取る者は言う。
吐息が頬に当たって、くすぐったいと言うより鳥肌が立つ。やめろ、気持ち悪い。
「泣いても、叫んでも、嫌っても――――役目を果たすことになる」
やけに実感がこもったその台詞は、実体験故か。だからと言って、私に押し付けるな。私、無関係。雪の乙女の血を引いているだけの、赤の他人。魂を持っていたとしても、当人じゃないから。そこんとこ、よくよく理解してよ。
刈り取る者が私の耳元に顔を近づけ、吐息と共に言葉を告げる。仮面越しの双眸が、私ではない誰かを映した気がした。過去の自分とでも、対面したか?
「逃げることは出来ない」
耳に鈍い痛みがはしる。噛まれたと条件反射で肩を竦め、信じられない眼を刈り取る者に向けた。こいつ、今・・・何をした!?
動転する私を無視して、刈り取る者は掴んだ手を放して何事もなかったように私に背を向けた。かと思えば、ベッドに腰を降ろしてそのまま仰向けに倒れる。何がしたいんだ、こいつは? 思わず、怪訝な眼を向けた。
「悩む時間もないんだ。決断は、迅速に」
片眼を閉じて告げた刈り取る者に、私は苦い顔をした。
拒否権がないって、理不尽だ。不満を吐き出しかけて、硬く口を閉ざす。じっと、恨みがましい眼を刈り取る者に向ければ、刈り取る者がくつくつと喉を鳴らして笑いだした。嘲笑だ。
ベッドから上半身を起こし、私を見る刈り取る者が右手で仮面に触れた。
「俺を恨んでも意味がない。解ってるんだろう?」
「・・・」
「解ってても、恨みたくなるか。・・・まぁ、それはどうでもいい」
肩を竦め、刈り取る者はベッドから降りた。すっと自然な動作で右手を差し出し、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「役目よりもまず、この場所から逃げることが先決だろう? 籠の鳥」
逃げられるの・・・? 訝しむ態度が顔に出たのか、刈り取る者が口を開いた。
「俺は神だぞ?」
刈り取る者は不敵に笑う。
「大抵のことは、何でも出来る」
それってつまり・・・。
「だがまぁ、神は万能じゃない。全能でもないからな。できないこともある」
ああ、やっぱり。
けたけたと笑って、刈り取る者は手をひっこめた。
「そんなことが出来るのは、神々の王であり姿なき創造主である混沌ぐらいだ」
混沌・・・? 知らない名前だ。詳しく聞きたいけれど、残念なことに私は一言も、喋れない。ああ、口惜しい。
そう思っていると刈り取る者は私に背を向け、ゆっくりとした歩調で窓に近づく。窓越しに映った刈り取る者の姿は、酷く不安定でそこにいるのにいないような錯覚を抱いた。神だから、鏡なんかに姿が映りにくいのだろうか?
「ああ、そうそう」
刈り取る者は何を思ったのか、楽しげな声と共に振り返った。
「無関係、赤の他人なんて言葉で逃げ続けることは不可能だ」
心を読んだのか。何と言う、プライバシーの侵害。神だろうと訴えて勝つよ。そしてフルボッコ! ・・・・・・最後のは、出来そうにない気がしてきた。
頬を引きつらせる私を無視し、刈り取る者は窓に手を伸ばした。
「籠の鳥が自由を求めるのならば、俺はいくらでも手を貸そう」
ならばと、その手をとろうとした瞬間、空ぶった。
刈り取る者が手を引っ込めたのだ。え、何事? と眼を瞬かせて、刈り取る者を凝視した。
「だが、時間切れだ」
時間切れとは、一体どういう意味だろう? 首を傾げる私に、刈り取る者は窓に触れながらコンコンっと人差し指で窓ガラスを鳴らした。見ろ、と言うことだろうか?
恐る恐る刈り取る者に近づき、窓を覗いた。そして絶句。
白の都・永久凍土に不釣り合いな赤が、轟々と生き物のように蠢いている。空には黒い何かが飛んでいて、必死に火を消そうとしているように見えた。とすれば、あれは龍族か。納得しかけて、いやいやと首を横に振って現実をしかと見る。
ここが六つの悪夢が姫と共に暮らしていた、湖畔の城なんて嘘だ。自分でそうだと決めつけていたことに、頭が痛い。窓から下を見る。
ゲームで見たことのある白の都・永久凍土が真っ赤に燃えていた。相変わらず、龍族が消火に当たっているが、まったく消えそうにない。炎に一匹・・・いや、一人の龍族が巻き込まれて姿を消す。
その様子を、私は某有名アニメの空に浮かぶ城と同じように宙を漂う、この場所からただただ眺めていた。――――むしろ、見ている以外に何も出来ない。
「あんた達が悪夢と呼ぶ者が眼覚めたんだろう。空を見てみろ」
促されるまま、視線を上に向けた。
雲と雲の隙間から差し込む光。そこから降りる、和服に似た服を着た、美しい金髪の女性の姿。煉獄と化した白の都・永久凍土に招かれるように現れたその女性――魔女。
ストゥレーガと呼ばれる、六つの悪夢の一人が現れた。脳裏に黙示録が蘇る。
『妖精は焔を使って周囲を煉獄とし、地獄から魔女を招きいれた。魔女は剣で切り刻まれても、矢に貫かれても、斧に押しつぶされても、何度でも地獄から舞い戻ってきた』
その黙示録通りならば、魔女を殺すことは出来ない。現にゲームでも、魔女を撃退できても倒すことは不可能だった。HPが0になって、終わったと思った瞬間に蘇る。それを数度繰り返して、これはバグだ! と騒ぐユーザーがどれだけいたことか。
現実逃避しかけた意識を、魔女に戻す。
空にいたはずの魔女の姿は、すでにそこにはなかった。白の都・永久凍土に降り立ったのだろうか。だとしたら、龍族の未来はない。彼女は邪魔な者を無慈悲に、無情に、淡々とした動作で殺す。悪魔や妖精とは違い、殺しを楽しむことはないが そのやり方は悪夢の名に相応しく非情で冷徹。
見眼麗しい女性が行うことだから、殊更に女子高校生の私はそう感じた。
「流石に、俺もあいつら・・・白の六騎士とかつては呼ばれた奴を相手にするのは厳しい。だから、俺はここから姿を消す」
白の六騎士に、神なのに勝てないの? 怪訝に首を傾げた私に、刈り取る者は思考でも読み取ったのか返答した。
「神の眷属には勝てる。だが、神の眷属から外れて魔に堕ちた者とは、難しい。俺も無事では済まないし、ただでさえ均衡が崩れかけているこの世界が危うくなる」
普通ならば、そんなことは起きないと言いたげな刈り取る者の言葉に、耳を塞ぎたくなった。私は無関係だと主張出来たら、どれだけよかったことか・・・。
やっぱり、恨むよご先祖様。雪の乙女め、何をしてくれるか。
「世界を救いたいなら、役目を思い出して果たせ」
それでも、私には無理だよ。何も出来やしない。
顔を伏せた私に、刈り取る者は溜息をついた。
「悩めば悩むほどに、世界は終わりに近づいていく」
刈り取る者が靴音を鳴らし、私に近づいてくる。伏せた視界に、刈り取る者の靴が映った。頬に冷たい何かが触れる。・・・刈り取る者の手以外、何があるって言うんだ。
「時間はもう、ない」
切羽詰まった声に、事実なのだと否応にも知る。
「あんた以外に、役目を果たせる存在もいないんだ。逃げるな、受け入れろ」
するりと、頬から手が離れた。靴が、視界から遠ざかる。ゆっくりと眼を上げれば、そこに刈り取る者の姿はなかった。変わりに、声が聞こえてくる。
<また、来る>
頭に直接響く、声だった。
<その時には役目を受け入れろ。逃げずに、な>
逃げられるものなら、今すぐ、面倒を全部捨てて元の世界に戻りたい。溜息をついて、出来もしないことだと自嘲した。
ふらふらとベッドに近づき、うつ伏せの体勢で倒れこむ。ほぶん、と間抜けな音がしたが、気にしない。布団を握り締め、眼を閉じた。知らず、息を吐き出す。ああこれは・・・相当、ストレスが溜まっているんだな。冷静な自己判断に、苦笑した。
姫の末裔と言われたと思えば、姫とは世界樹の管理者である雪の乙女だと言われ。あまつ、その雪の乙女の魂と持っていると言われた。しかも役目を思い出せとか、果たせとか、無理難題をさらりと告げられて・・・・・・どうしろって言うのさ。また、溜息がでる。
双眸を開けて、寝返りを打つ。じゃらりと、鎖の音がした。
時間がないから、決断は速めになんて・・・・・・無理だって。眼を閉じようとした瞬間、けたたましい音が響いてベッドから飛び起きた。何だ、敵襲か?! ・・・悪夢の居住区を、そうそう襲えるはずないか。空に浮かんでいるし。
ならば何だと、扉に視線を向ければ・・・・・・・・・見覚えのない女性がいた。いや、ゲームでなら見覚えがある。六つの悪夢の一人、魔女だ。
その魔女が、この部屋の中にいる。それは別段、おかしくはないのだけれども・・・。はて、どうやって入って来た? 扉が開いた音はしなかったけど。まさか、あのけたたましい音が扉を開閉させた音か? 首を傾げれば、女性が私に突進する勢いで抱きついてくる。
「っ?!」
豊満な胸が私の顔を覆って、呼吸し辛くさせる。しかも、ぎゅうぎゅうと抱きしめる腕の力が強くて抜け出せもしない。窒息死する! 脳裏に浮かんだその文字に、血の気が引いた。
じたばたと手を動かし、もがく私を無視して魔女は喜色に満ちた声で告げた。
「なんて言うことかしら。姫の器に相応しい人間の中に、姫の魂があるなんて。ああ、ああ。この偶然に感謝しなければ」
流石は魔女。
私の魂が雪の乙女の物だと、よく解ったな。
けど、認めたくない事実を悪夢によって認めざるを得ないと言うのが、こう、何と言うか・・・・・・・・・。泣きたくなるほどしょっぱい気持ちにさせる。
「うふふふふふ」
魔女は妖しく笑って、私を抱きしめたまま身体を押し倒した。・・・・・・え?
「ちょっとぐらい、いいわよね」
私からほんの少し身体を放し、魔女は妖艶に笑った。
息が出来ることに安堵しかけた心が、最大限の警報を鳴らして注意を促す。逃げろと訴える本能に従おうとしたけど、両手を魔女に抑えられてそれも出来ない。しかも、片手で一つにまとめられた。あれ、刈り取る者と似た状況? ならば足は、と動かしたら足の間に魔女の身体が挟まって・・・・・・何、この展開。
いや、それ以前にちょっとぐらいって何? 何をするの? 唇を舌で舐めて、食事を待つ肉食獣のような獰猛な眼は何? 答え、考えたくないんだけどもっ!!!
冗談抜きで、身の危険を感じた。
貞操の危機だ。
暗闇や悪魔、妖精では感じなかったそれに鳥肌が立つ。顔から血の気が完全に引いた気がする。身体が硬直して、動いてくれない。いやいや、動け身体。そして逃げるんだ!
本気で、刈り取る者の時より悪い。現状が悪すぎる!!
固まった私に、魔女が顔を近づけてくる。ひぃ、手つきが怪しいよぉ!
滑るように私の太腿を撫でる手に、寒気が止まらない。身体が震えて怯える私に、魔女が実に楽しげに笑った。近づいた魔女の唇が、私の頬に触れる。ぎゃあ!?
「ふふ・・・美味しい」
べろんって、べろんって舐められたぁぁぁぁぁああぁぁぁっ。う、うわーん。誰でもいいから助けてー。嫌だー。私、ノーマル。普通なの、ソッチ方面には行かないの! 行きたくないよー!! 否定はしないけど、ソッチに私を連れて行かないでぇぇぇえええぇぇぇぇぇ!!!
助けてー!!!!
激しく身じろぐ私を、魔女が面白そうに見下ろす。ひぃぃぃぃっ。
「大丈夫」
魔女が優しく、諭すように告げた。
「痛くしないから」
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!!!」
男性ならば見惚れる笑みも、私には恐怖でしかない。
いーやー! 助けて、本当に後生だから助けてぇぇぇぇぇぇぇえええぇぇぇ。刈り取る者、カムバック、戻ってきて。そして私を助けて! もう、役目がどうとか否定しない。一応、無理矢理、たぶん、受け入れるから助けておくれ!! この状況から、私を奪取してぇぇぇぇええぇぇぇぇぇぇええぇぇええええぇぇぇっ。
「何をしている、ストゥレーガ」
扉が開く音と共に、静かな声が聞こえた。救い主か!
視線を声がした方へ向ければ、そこにいたのは暗闇で・・・。暗闇は魔女に押し倒された私を見て、深い溜息をつくと足早にベッドへ近づいて来た。助けておくれ!
「もう一度、聞くぞ。何をしている」
「あらやだ、野暮なことを聞かないでよ」
「・・・・・・欲求不満なら、そこらへんの女でも襲ってこい。姫の器に手を出すな」
「極上の餌がここにあるのに、我慢しろって言うの? 酷なことを言うのね、テネブローレ」
ありありと不満を顔に出して、けれど逆らうつもりはないのか魔女が私の身体からどいた。助かったー!! と思いつつ、魔女から離れようとじたばたじたばたともがきながらベッドから降りる。そして、ベッドの傍に立つ暗闇の後ろに隠れた。
暗闇が来てくれてよかった。なんて思うのは、この一時だけだ。それ以外で感謝なんて、絶対にしない。無理だ。ああでも、本当に助かった。ありがとう、暗闇。今だけなら、いくらでも感謝の言葉を言えるよ。
言葉には出せないけど。だって、話せないし。
「怯える姿も、可愛い」
ひぃ、鳥肌がっ。
うっとりと頬を染める魔女に、もう恐怖しか出てこない。思わず暗闇の服を握る程、怖いんですよ。
「けど、残念。テネブローレがいたんじゃあ、味見も出来ないわね」
ほっぺをべろんって舐めた癖に、何を言うか!
「さて、と」
ベッドから降り、暗闇の脇を通り過ぎた魔女がふいに足を止め、ぐっと身体を伸ばした。おおう・・・何かするのか? 一挙一動に眼が放せないよ、怖くて。
「ああもう・・・そんな顔で私を見ないで。虐めたくなっちゃう」
「!!!?」
「ストゥレーガ」
呆れた声の暗闇に、魔女が肩を竦めて「半分、冗談よ」と言った。半分は本気か。本気なんだな。眼がそう言っているよ! 暗闇が溜息をついて、魔女を追い払う様にしっしっと手を振った。
犬猫か。いや、身の危険がなくなるから追い払ってくれるのは、凄く、有難い。
魔女は私に背を向け、左手の人差指で宙に何かの模様を描き出した。魔女らしく、魔法陣でも描いたのかなんて思ったら、正解だった。宙に浮かぶ、不可思議な紋様が輝き、そこに魔女が左手を添える。
視線だけを暗闇に向けて、魔女が微笑んだ。
「少し、遊んでくるわ」
また、どこかの国が滅ぶのか。簡単に想像できるそれに、酷いことだが何も思わなかった。
私はここまで薄情だったかと、胸中で失笑する。
「器も手に入れて来い」
「言われなくても」
暗闇の言葉に魔女が薄く笑って、音もなくその姿を消した。
残ったのは暗闇と私だけ。
暗闇は私の身体を何も言わずに抱き上げ、ベッドへと連れて行く。魔女に感じた危機感は、暗闇には感じない。私を、私として見ていないからだろうか?
身体がゆっくりとベッドに押し倒される。馬乗りになった暗闇が、何か言いたげに私を見て、そして足枷に視線を向けた。じゃらりと、鎖が揺れる音がする。
「逃げようとしたのか」
無駄なことを。そう言いたげな暗闇が、身体を横にしてベッドに寝転がる。私を抱きしめるように腕を回し、ぎゅっと腹部に回した手に力を込めた。子供がお気に入りのおもちゃを放さないような、そんな態度に似ている。
「逃げたとしても無駄だ」
暗闇が低く、告げた。
「姫の器と言う運命からは、逃げられない」
刈り取る者の言葉同様に、私は逃げることすら許されないのか。
眼を閉じて、現実逃避をした。
――――こんな人生、もううんざりだ。




