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籠の鳥

 悪夢(オッセッスィオーネ)に連れられた場所は、白の都・永久凍土(ペルマジェーロ)にあるどこかの古びた城。

 周囲は凍った湖に囲まれた、近世ヨーロッパ風の城。湖畔の城とゲームで呼んでいたその場所は間違いなく、過去に姫と六つの悪夢が暮らしていた場所。歴史上でも有名なこの場所だが、正しく知る者はいない。

 何故ならば窓から見える強い吹雪と、悪夢の力によって隔離されたこの場所を探すのは神技に等しい。ゲームでも龍皇の血族である、薄い紫の髪をしたエレン・バルバロッサの協力で漸く探し出すことが出来たのだ。もっとも、探す方法がシンプルに棒倒しなんだけども。それで解るのか、と多くのユーザーが愕然としたことか。制作者サイドも何を考えていたんだろう。

 ああ、そう言えばエレン・バルバロッサは不審者さながらの格好をしていたな。人見知りと女性恐怖症故に、誰も近づかない格好をしていたと設定資料に書いてあった。


 なんてことで、現実逃避をしている場合じゃない。いい加減、現実と向き合おう。うん、頑張るんだ。

 私は悪夢に案内された、天蓋付きのベッドと、別に浴室とトイレがある部屋を再度見渡した。そして私を真ん中にして眠る、暗闇と悪魔の姿を一瞥する。何でこうなった。やはり、現実と向き合えそうにない。

 この場に不在の妖精は「ちょっと出かけてくるねー」と言ってから、「間違えた。ちょっと、どこかを襲ってくるから」と何故か言い直し、一つしかない入り口から颯爽と、軽やかな足取りで出て行った。


 今頃、どこかの国が妖精によって滅びを迎えているんだろう。願わくば、苦しまずに死んで欲しい。そして私を恨むな。


 両サイドから強く、身体を抱きしめられて息が苦しくなった。逃避していた意識が現実に戻る。私の腰を抱き、至福そうに眠る暗闇と悪魔をちらりと見てから眼を閉ざした。

 何故、こうなった。存在を知らせるようにじゃらりと音を鳴らす鎖に、右足首につけられた拘束具、所謂、足枷を思い出す。

 行動を制限するためにつけたそれは、悪夢達にとっては精神安定なのだろう。つけた瞬間の、あの何とも言えないほっとした顔が物語っていた。ああ、そうだ。その後、何故かベッドに押し倒されたんだ。

 ベッドに押し倒された時はR指定か?! と戦いたものだが、よくよく考えればそれはありえない。姫に依存し、姫に固執する彼らがそんなことで姫を汚すとは思えない。しかも私は姫の器。容易に手出しはしないだろう。

 漸く、脳が現状を認めた。息をついて、眼を開ける。

 ――この状況、誰か何とかして。切実に。




 一日が過ぎて、予想通りどこかの国・・・いや、獣王(レー・ディ・ベスティア)を滅ぼしたと、子供が親に褒めてもらうような態度で語った妖精。その手に黒いゴーグルを見つけて、息を飲んだ。

 蒼白になった私に、妖精が誇らしげに告げた。

「虎の王の娘が、後生大事に持ってから奪ってきた。ああ、勿論――殺してから」

 ゲームでしか知らない虎の王の一人娘で、ロイドの嫁候補の一人であるセルジュ・アルカード。彼女が、妖精の手によって殺された。けれど、さらに驚いたのは妖精の両腕に無かったはずの赤い不思議な刺青があったことだ。

 あれは確か、狼の長の癖に狩りが嫌いで、平和主義を掲げる変人――ハティ・コールの両腕にあったモノ。

 それがどうして妖精の腕にあるのかなんて、考えなくても解る。

 殺されて、器として身体を奪ったのか。冷静な思考が答えを導き、同時に、ハティとセルジュが死ぬスチルを思い出した。


 四肢を切断され、背中に無数の武器を刺したまま息絶えるハティ。腹部を切り裂かれ、臓器をばら撒かれた状態で絶望の表情で死んだセルジュの姿。

 数ある死亡スチルの中で、残酷表現が多かったそれを思い出してしまい、吐き気がした。それに至るまでの展開まで思い出しかけて、必死に蓋をして記憶から消しさる。頭を振って、ついでとばかりに眼を閉じた。

 妖精はそんな私の態度に、興味がないとばかりに獣王での様子をその後も聞かせた。耳を塞いでも聞こえてくる声に、何度止めてと叫んだだろうか。妖精はその度に楽しげに笑って、早く壊れろと呪詛のように告げた。

そしてそのまま、妖精は私を抱き枕にして眠りについた。




 あれから暗闇、悪魔、妖精と代わる代わる部屋に来ては、私を抱き枕にして眠る。寝る前に足枷がしっかりと固定されていることを確認し、そしてその日、あったことを誇らしげに私へ語った。


 悪魔は機械神(デウス・エクス・マキナ)へ行き、機械王を殺してきたことを話した。機械人形を細切れにし、複製人間(オートマタ)を生きたまま解体してから痛覚だけを残して妖精の火で焼き殺したと。悲鳴が甘美なほど美しかったと語る悪魔は、無造作にハートの形をした歯車をベッドへと投げた。

 ベッドへ横になり、私を抱きしめる悪魔は愉快そうに喉を鳴らして言葉を告げる。

人造人間(ターロス)の心臓は、歯車らしい」

 そう言って、悪魔は投げた歯車を掴むと私の眼の前に持ってきた。思わず視線をそらせば、顎を掴まれて強引に顔を戻される。

「アイツが死ぬまでを、教えてあげるよ」

 嫌だと首を横に振って拒否しても、悪魔は素知らぬ振りで言葉を紡ぐ。

「右腕を千切った。次に耳をそいで・・・」

 語りだした言葉を聞きたくなくて、強く耳を塞いだ。なのに――声は聞こえてくる。

 直接、脳に語りかけているようなそれに、どうしようもなく泣きたくなった。嫌だ。知りたくない。聞きたくない。顔を俯かせたくとも、悪魔が顎を掴んでそれをさせてくれない。

 泣き出した私に、悪魔が優しく微笑んだ。

「壊れれば、悲しくはないよ」




 暗闇が、海洋都市・海霧(フォスキーア)を滅ぼしたと言う。その証拠に、海洋騎士団の首を持ってきたと語った彼の顔は、満足気だった。

 影から次々と現れる苦悶の表情で死に絶えた顔に、出ないと解っているのに悲鳴を押さえた。私の反応が楽しいのか、暗闇は影の範囲を広げ、部屋一面に生首を出現させた。噎せ返る血の臭いに、吐き気を堪えるために両手で口を覆う。

 暗闇が一つの首を掴み、私の眼の前に曝す。

 それは青銅色の髪をした、米神に振い傷を持つ青年の顔で・・・。彼もまた、殺されたのかと唖然と吐き気も忘れて凝視した。

 ゲーム内で面倒事が好きだと語った、アイザック・ロー。


 これで、四人目だ。

 女子高校生(むかし)の私が知る、ゲームのキャラクターが死んだのは。


 暗闇が語る。アイザックをどうやって、否、海洋騎士団をどのようにして壊滅させ、殺してのかを。それはもう、子供のように楽しげに笑って、ゆっくりと放しだす。

 武器が持てないように骨を砕き、指を切断した。逃げられないように足を切り落とし、声が煩わしいと舌を千切った。――行ったことを、アイザックの首を持ったままは話し続ける。

 私はもう、耳を塞がなかった。塞いでも無駄だと、数日で知ってしまったから。

 何の反応も返さず、静かに聞く私に暗闇は持っていた首を放り投げ、部屋一面を埋めていた生首も影の中にしまった。血で濡れた手で、私の頬に触れる。

「もう、壊れるのか」

 嬉々とした声で尋ねる暗闇に、私は何も返さない。

 それを是ととったのか、暗闇が嬉しそうに私を抱きしめた。真綿を包むような優しい抱擁は、つい数時間前に一国を滅ぼした存在とは思えない。

 ――ああ、違う。

 彼がこんなに優しく抱きしめるのは、私が姫の器だから。そうでなければ、私の末路は死んだ彼らと同じ。無価値な者として命を奪われるだけ。




「・・・」

 珍しく、部屋には誰もいない。

 暗闇も、悪魔も、妖精も、次の悪夢が眼覚める予兆がしたと告げてどこかへ行ってしまった。足枷が、しっかりと機能していることを確認してからだけど。

 ちらりと、視線を足枷に向けて、窓に動かす。

 外は相変わらず、吹雪いている。一寸先すら見えず、窓に触れた指はあまりの冷たさにすぐに放してしまった。指先を反対の手で包み込み、窓からベッドへ戻る。じゃらりと、存在を主張する鎖の音が耳障りで仕方がない。


 ベッドに座って、悪夢達が置いていった食事を見下ろす。持ってきたのは何の変哲もない、かぼちゃのスープとパン。温かいうちに食べろと言われたけど、口にする気もなくて床に置いたまま放置していた。

 ここに来てから、何も食べる気がしない。けど、頑なに何も口にしなければ悪夢の誰かに口うつしで無理矢理に、食べさせられる。実際に、暗闇にやられた。それ以降は嫌々ながらも、少しだけ胃に詰め込んだ。その後に吐き出したこともあったけど、そうするとまた悪夢達が食べさせようとするから、吐かないように無理をしている。

 ベッドに横になり、真っ白い天井を見上げた。

 何気なく、両手を伸ばしてみた。意味もなく、両手を開閉させる。眼を閉じて、伸ばした手をベッドに戻した。息を吐き出して、吸う。

「・・・」

 ごろりと、寝返りを打って身体を小さくさせる。胎児を連想させる格好をして、私はゆるりと眼を開けた。

 右手で喉に触れ、怖々と口を開く。

「・・・・・・、・・・」

 言葉は、やはり出てこない。

 溜息をついて、身体を起こした。胸元で揺れる、歯車のネックレスに触れる。


 お守りと言っていたけど、果たして何の効果があるのか。少なくとも、悪夢から救ってくれるとは思えない。歯車から手を放して、ベッドから降りる。

 他力本願はしない。

 そんなことをしていたら、本気で精神を病む。悪夢の願うように、心が壊れてしまう。それだけは断固阻止! 意地でも壊してたまるか。ぐっと、右手で握りこぶしを作る。

 ある種の反骨精神で脱・ネガティブ!

 鬱々とするぐらいなら、もういっそのこと、当たって砕ける勢いで行動すべきだ。もっとも、砕ける気はないけど。故に、ヒロイン要素はいらない。そんなもの、熨斗付けて欲しい人に贈呈してやる。

 だからこの、助けを待つだけの状況を打破せねばっ。

 その意気込みのまま、足枷についた鎖を引っ張ってみた。がちゃがちゃと煩く音を鳴らすだけで、変わった様子はない。綻びも見つけられなくて、舌打ちをした。鍵穴らしき物がないから、女子高校生(むかし)の私が近所に住む、色黒でマッスルボディをした職業・鍵師から教わった鍵開けの方法も使えない。

 

 あの鍵師さん、爽やかな笑顔が似合うおじさんだったな・・・。違う、そうじゃないだろう。

 何故か脳裏に蘇った鍵師さんの顔を振り払い、邪念を消す。


 あー、しかし、どうしようかなー。打開策も見つからず、苛立ちに闇雲に鎖を引っ張って、すぐに後悔した。・・・・・・足が痛い。足枷が擦れて、肌に傷が出来た。自業自得だけど、痛い。泣いていいかな・・・?

 鎖を握ったまましゃがみこみ、項垂れた。馬鹿すぎるだろう、私。


 床に座り込み、ベッドに寄り掛かった。足をだらしなく伸ばして、軽く鎖を引っ張る。重しがついていないことが、救いと思うべきか。はたまた、鎖で固定されていないことを喜ぶべきか。拘束されている時点で――どっちも嫌だ。

 馬鹿なことを考えた。溜息をついて、窓を見る。

 変わらず吹雪いて、今が夜なのか、それとも朝なのかまったく解らない。ゲームでは一応、太陽と月が出ていたのに・・・。ここはそれが一切、見つけられない。時計もないから、時間間隔が狂ってしまう。そのせいで、オルフェ達と離れて何日経ったのかも解らない。はっ!? まさかこれも私の心を壊すためにしているのか?! なんて面倒なことを・・・・・・て、流石にないか。

 声にならない言葉で、あーと呟く。声が出せないから、叫んでストレス発散すら出来ない。枕をボスボスと叩くのはもう、飽きたよ。


 立ちあがって、また窓に近づく。吐き出す息が白くなって、それだけ気温差があるのだと知った。・・・まて、おかしいだろう。

 この部屋には暖房器具なんて物、一つもないのに何で暖かいのさ。悪夢のやること、何でもありか? そうなのか? ・・・・・・駄目だ、考えるのを止めよう。ふるりと頭を横に振って、息を吐き出す。

「籠の鳥は、自由を望むのか」

「!?」

「ならば俺が、助けてあげよう」

 窓に映るのは、不気味な白い仮面を被った――――どこかで見覚えのある存在。

 どこだっただろうか。必死に記憶を探すも、中々思い出せない。老人のような、皺だらけの手が私に伸ばされた。・・・老人の、手?

 ぱちりと、ピースがはまった。

 これは琥珀の遺跡で見た、奇妙な存在。思い出して、けれどすっきりとしない。何故、ここにいるのか。まったく理解できなかった。よもや、悪夢の仲間・・・は、ありえないか。浮かんだ考えを即座に捨てる。

 何せ、眼の前の存在からは悪夢が抱く、狂気を感じないから。はっきりと断言は出来ないけれど、違うと思った。

 しかし・・・・・・。こんな時に思うのもアレだけど、何で今は普通に声が聞こえるんだろう。思わず首を傾げれば、眼の前の不審者・・・じゃなくて、えっと、仮面さんも首を傾げた。


「この手を取れば、籠の鳥は自由になれる」

 いや、そうじゃなくて。

「望むならば、どこへでも連れて行く。ただし、あんたには役目を果たしてもらう」

 あの、私何も言ってないんですけど。何故に、有無を言わさずに腕を取る。体温が冷た過ぎて、寒さから身体が震えるんだけど。

「戻ってこい」


 どこへだ。


「あんたはここにいるべきじゃない。思い出せ、全てを」

 訳の解らないことを言わないでくれ。もう、頭が痛くなってきたんだけど。

 戻って来いとか、思い出せとか、勘弁して欲しい。前世の記憶なら摩耗したけどあるし、戻れるものなら元の世界に帰りたい。けど、女子高校生(むかし)の私は死んだんだ。どれだけ望んでも、帰郷なんて出来ない。

 言葉が話せなくてよかった。もし、声が出ていたら思わずそう、叫んでいただろうし。今だけは、悪夢に感謝だ。すぐにその念も消すけど。

 掴まれた腕を無理矢理に放し、仮面さんから距離を置く。ずりずりと足を動かして、ゆっくりと後ろに下がった。背中が壁に当たって、逃げることが出来なくなった代わりに警戒を最大限にする。

「やはりまだ、その時ではないか」

 意味が解らない。

「だが、ここで俺の手をとればあんたはここから出られるのは事実だ」

 そう言って、再度手を伸ばした。・・・おい、気のせいじゃなきゃ、手が若返ってないか? さっきの皺はどこに消えた。と言うより、今更だけど声が若いな! え、声が若くて手が皺だらけの老人って、どんな存在だよそれっ。外見詐欺か?

 もう、何が何だか解らないんだけど!! 誰か、状況を一から詳しく説明しておくれ!!!

 頭を抱えたい衝動を、必死に押さえて私は頬を引きつらせながら仮面さんを見た。


「俺は刈り取る者」

 伸ばした腕を引っ込め、腰に手を当てて口を開く。

「つまり、神の一人だ」

 唐突に告げられた言葉に、反射的に拳が出た。

 捻りを加えた、会心の一撃は実にあっさりと回避される。おのれ、逃げるな。この恨み辛みの拳を受けるがいい! 神と名乗ったことを、殴られてから後悔しろ!!

「何だ、神に恨みでもあるのか」

 馬鹿にするほどありますが、何か。

「まぁ、それはどうでもいい」

 いいのか・・・。いいなら、殴られろ。

 私の殺気に気づいたのか、仮面さんは私の両手を拘束し、頭の上で一つに纏め上げた。何をするか!!


「神々の一柱であり、世界樹(ユグドラシル)の管理者・雪の乙女」

 淡々とした声で、仮面さんは言葉を続ける。

「白の六騎士と共に自らが管理する世界に降り立ち、姿を消した女神」

 ・・・待って。

「愚かにも恋をし、神としての役割を忘れて人として生きたいと願った存在」

 それって・・・もしかしなくても。

「名を持たず、命を奪われたこの地で、愛する者と共に眠ることを選んだ女」

 姫のことか。勘弁してくれ、本当に。姫の末裔ってだけでお腹一杯なのに、実は姫は神様でした? ふざけるなよ。

 しかも六つの悪夢が白の六騎士って何? 知らないよそんな情報。誰だ、これを隠蔽したのは。ああ、いやそれ以上に私は女神の血を引いているってことなのか。やめてくれ。

 あ、でもそれってつまり、悪夢とは血縁じゃないってことだよね。それはよかったー・・・でもないだろうが私! よく、考えろ。神だよ、神! あれだけ馬鹿にして、恨み辛みを向けた存在の血が流れているんだよ。うわ・・・やめてよ。


 仮面さん・・・なんてことをカミングアウトしてくれるんだ。

 真実かそうでないにしろ、精神的ダメージがでかいよ。


「雪の乙女が不在の今、この世界は滅びに向かっている」

 悪夢が原因じゃないんですね、それって。

 あはは・・・今まで姫は関係ないとか、直接の原因じゃないとか思っていたけど真逆じゃないか。何、自分の管理している世界を放って恋にはしった。あれか、神も恋をしたら徒人か? そうなのか?

 恋愛は自由だけど、仕事はしっかりとしろよ。部下の教育もしっかりとっ。だから白の六騎士が六つの悪夢になっちゃうんだよ。馬鹿、ご先祖様の馬鹿ぁぁぁああぁぁぁぁぁ。

「だから、あんたが変わりに役目を果たせ」

 や、私、末裔だから。

 結界術以外、何も使えませんから。無能ですから。役目なんて果たせる訳がないでしょーが!!!


「雪の乙女の魂を持つあんたにしか、出来ないことだ」

 ・・・・・・・・・もうやだ。



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