喪失
もう一話、更新できたらします!
眼を覚ましたシメロンは、即座に最愛の妹の姿を探し、その存在がないことに絶望した。ふらつく身体を叱咤し、手近にいたオルフェウスの襟首を掴み上げる。手に力がこもり、オルフェウスの足が僅かに宙を浮いた。苦しげな顔をするオルフェウスを忌々しげに睨み、罵倒を浴びせる。
「なんでルキアを見捨てた。どうして助けない。弱いからなんて言い訳、使うなよ? はっ、それとも罪悪感から動けないのか?」
「・・・」
「だったらルキアを犠牲にして、逃げんじゃねぇよ!!」
オルフェウスは、反論も反抗もしなかった。
二人の様子に慌てたシクストゥスがシメロンを押さえこみ、ロイドがオルフェウスからシメロンを遠ざけた。ロゼットが、悲観混じりに溜息をつく。
「命より、ルキアが大切」
「ああ、そうだ」
即答された言葉に、尋ねたロゼットが絶句した。
シメロンのルキアに対する想いが異常なことは、短いながらも触れて知ることが出来たが、よもや命以上だとは思わなかった。妹に向けるには重すぎるそれに、やはりゲームとは違うからかと頭を横に振る。
しかし、解せない。いくらゲームとは異なるとは言え、シメロンはその中で群を抜いて違う。髪の色も、性格も、態度も、神霊術を使わない所も。
悪夢がルキアに言った、姫の器と言う言葉も気になった。
「ルキアは一体、何なの?」
率直に尋ねれば、レーヴェが歯切れ悪く答えた。
「姫の・・・末裔だそうだ」
その言葉に、ロゼットだけではなく傍観していたシクストゥスとアニマも眼を見開いた。唖然と口を開けるシクストゥスに変わり、アニマがおどおどした声で尋ねる。
「それって、つまり・・・悪夢の血縁者ってこと、ですよね?」
「・・・」
「なら、悪夢に渡して正解じゃないですか。よかったじゃないですか、これで世界は救われて」
「救われない!」
アーシェリカが叫んだ。拳を強く握りしめ、鋭いまなざしをアニマに向ける。
「碌に知りもしない癖に、勝手なことを言わないで。ルキアちゃんを犠牲にして、世界が救われるはずがないっ」
激怒をあらわにするアーシェリカの珍しい姿に、オルフェウス達は瞠目した。同時に、機械神で教えたルキアの秘密に一番、憤怒していたのもアーシェリカだったことを思い出す。曰く、悪夢のふざけた姫の蘇らせ方が気に食わない。そもそも、そんな方法で蘇らせて、件の姫が喜ぶはずがない――と、怒っていた。
ロイドは思い出して、失笑した。
つい最近の出来ごとのはずなのに、随分と、昔のように感じた。
「なんで・・・。禍なんですよ? 不吉の証なんですよ? 白を護って何になるっていうんですか!!」
「ルキアちゃんは禍じゃない! 不吉の証でもない!!」
「十分、禍ですよ! あの人のせいで、神域は滅茶苦茶じゃないですか!! あの人がいたから、あの人が生きているから・・・・・・。死ねばいいのに。死んでくれたら。そうよ、死ねばいいの。そうすれば世界はっ」
乾いた音がした。
アニマは叩かれた右頬を押さえ、呆然と眼の前にいるロゼットを信じられないとばかりに見上げる。叩かれた意味が、解らなかった。
アニマの戦慄く口が言葉を成す前に、ロゼットは冷やかに告げる。
「何でもかんでも、ルキアのせいにするのはやめなさい。見苦しいわ」
「でもっ」
「神域が滅んだのは、ルキアのせいじゃない。悪夢が眼覚めた以上、遅かれ早かれこうなることは解っていたことでしょう」
静かな声音で、諭すように語るロゼットにアニマは沈黙した。不満を隠すように顔を俯かせ、ロゼットから逃げるようにシクストゥスの傍へ駆けだす。
その姿にロゼットは呆れ、困惑したシクストゥスと眼が合った。首を横に振り、甘やかすなと動作で伝えれば首肯し、シクストゥスが淡々とだがアニマに語りかける。
場の空気を返る様に、ロゼットは手を叩いた。
オルフェウス達の視線が自分に集まったことを確認してから、深々と頭を下げた。憮然とした表情のアーシェリカが、硬い声音で呟く。
「貴方が頭を下げても、怒りは収まらないんですけど」
「娘の失言を詫びるのは、親として当然だと思ったからよ」
「・・・・・・・・・・・・え?」
ロゼットの言葉に、シメロン以外が瞠目した。
意外な言葉に、アーシェリカも怒りを忘れて間抜けに口を開けてロゼットを凝視する。視線を動かし、アニマを見てからもう一度、ロゼットを見た。首を傾げ、震える指でロゼットを指差す。行儀が悪いと、ロゼットが叱ったが気にならなかった。
「むす・・・め? え、だって・・・伴侶探しで忙しいってルキアちゃんが言ってた、よ?」
「探してたわよ、何年も前に」
さらりと告げられた言葉に、アーシェリカは二の句が継げなかった。
「で、シクストと出逢って結ばれて、子供が出来て、アニマが育ちました」
恥ずかしげに頬を染めて語るロゼットに、言葉を失くす。思わず、シクストゥスとアニマを見た。三十代前半のシクストゥスと十代後半のアニマ。どう見ても、親子には見えない。有翼人はエルフのように長寿だったろうかと、ロイドが小さく呟いた。
アーシェリカはふるりと、頭を横に振った。
外見詐欺だ。胸中で呟いて、眼を閉じる。ロゼットとシクストゥスと馴れ初めも、結婚した歳も、シクストゥスやアニマの歳も、全部聞くのが怖くてアーシェリカは視線を彼方に向けた。変わりに「外見詐欺だ」と、今度は口にして呟く。
残っていた怒りも、動揺が上回って霧散する。
「どうでもいいが」
ロゼットのカミングアウトにも動揺せず、我関せずを貫いていたシメロンがふと、口を開いた。遠くへ向けていた視線を、オルフェウス達に向ける。
冷やかな双眸が、感情なくオルフェウスを映した。
「お前達は、神霊の意味を正しく理解しているか」
「万物に宿る、神の力・・・だろう? 突然、どうした」
怪訝に尋ねるレオンハルトを一瞥してから、シメロンは視線を空へ向けた。どこからともなく煙草を取り出し、口に咥えると同じようにどこからか出現させたライターで火をつける。
紫煙が宙へのぼった。
「世界樹の神は不在なのに、何故、神の力がある?」
問われた言葉の意味が、誰も解らなかった。
「この世界の神は、随分と前からいない。行方を眩ました訳ではない。存在が消えた訳でもない。ただ、世界樹から喪失した」
煙草を吸いながら、シメロンは言葉を続けて行く。
「なのに神霊術はある。神がいないのに、何故、使えるのか疑問に思わないか?」
「それ・・・は」
「答えは簡単だ」
シメロンは煙草を口から放し、地面に落とすと足で踏みつぶした。冷めた眼でオルフェウス達を見渡し、口角をつりあげて笑う。
「死んだ人間の魂を、変わりに使っているからだ」
「まさか、ありえない」
即座に否定したシクストゥスに、シメロンは嘲笑する。
何も知らない奴は、気楽でいい。胸中で馬鹿にして、哄笑したくなるのを必死に押さえた。変わりに抱いてもいない、憐憫を瞳に宿してオルフェウス達を映す。
「信じたくないよな。自分達が、死者の魂を神の御霊・・・つまり、力の変わりに使っていたなんて。だが、残念なことに事実だ。もっとも――――お前達が嘘だと思うなら、思えばいい」
「つまりは真実、なのか」
オルフェウスは思わず、自らの両手を見つめた。ぎゅっと手を握り締め、深呼吸するために眼を閉じる。吸いだして、息を吐く。それを数度繰り返してから、ゆっくりと眼を開けた。
動揺が濃いレオンハルト達を一瞥してから、悠然と立つシメロンを凝視する。
「どうしてそれを、知っている」
「むしろ、知らない理由を逆に聞きたい」
反問され、オルフェウスは沈黙した。
そんなこと、誰も知らないのだから教えてもらえるはずがない。言葉にしないのは、シメロンならば「自分で知ろうとしないからだ」と返答すると予想して。事実、シメロンは小さな声でオルフェウスが思った言葉通りの台詞を、口にした。
シメロンが溜息をつき、馬鹿にした眼でオルフェウスを見てから、双眸を細めた。ゆるりと頭を横に振って、先程とは違う言葉を口にする。
「世界樹の根元に、神々の一柱であった女神がいた。女神は世界樹の管理者だった」
語られる言葉に、オルフェウスが怪訝な顔をした。
「さて、問題だ。女神とは――――果たして誰だ?」
謎かけに似た問いに、答えを持たないオルフェウスは口を閉ざす。
最初から返答を期待していなかったが、落胆が胸に宿った。それを隠すようにシメロンは肩を竦めるとオルフェウスに背中を向け、ゆっくりと歩を動かした。緩慢な動作で歩き出し、遠ざかるシメロンにロイドが声をかける。
「貴方は何を知っている?」
「お前達よりは、多くを知っている」
足を止め、シメロンは一切笑っていない眼で、口角だけつりあげて言葉を紡ぐ。
「無知は罪で、既知は罰だ」
「どう言う意味だ、それは」
「自分で考えろ」
レオンハルトの問いに冷たく返し、シメロンは再び足を動かした。
「罪も罰も、いずれ償われる」
思わず呟いた言葉に自嘲して、シメロンは誰にも届かなかったことに安堵する。これをオルフェウス達が知ることは、ない。
歩きながら、空を仰ぐ。
考えるのは、悪夢に捕まった妹のこと。無事だと解っているが、心配でならない。不安を一刻も早く払拭するためにはやはり、あの二人に頼むべきかとこれからのことを思案する。
「待て」
駆けてきたオルフェウスが、シメロンの行く手を阻んだ。
「ルキアの居場所を知っているのか?」
「知らない。――だから探しに行くんだ」
オルフェウスの身体を横に押しのけ、シメロンは苛立ちに言葉を告げた。面倒くさそうに舌打ちをし、いつの間にか背後に立つロイドとレオンハルトを後目で確認する。
無駄な時間を過ごしたくない。その思いで、シメロンは空間転移を発動させた。
ついでとばかりに、冷たく警告した。
「お前達はもう、ルキアと関わるな」
「何を突然・・・ふざけたことを」
「ルキアとお前達は、相容れない」
表情を険しくさせたオルフェウスを無視し、シメロンは淡々と言葉を語っていく。
「お前達じゃあ、ルキアを救うことは出来ない。だからもう、関わるな。近づくな。記憶の中からも、妹の存在を消せ」
「なっ?!」
絶句するオルフェウス達から、シメロンは興味を失せたように視線を外した。
足元の空間が歪み、ゆっくりと裂け目が出来るのを確認してから不敵に笑う。ルキアを同等の存在と見ているオルフェウス達が、馬鹿馬鹿しくて堪らない。
「無知は罪だ、既知は罰だ」
同じ台詞をまた、口にする。
「罪も罰も、いずれ償われる」
意味を知らないオルフェウス達が首を傾げるのを一瞥し、シメロンは軽く跳躍した。裂けた空間に身体が呑みこまれる。アーシェリカが制止の声を上げたが、聞こえないふりをする。
これ以上、彼らに割く時間はない。
オルフェウスは愕然としていた。シメロンによってもたらされた、知らない事実に。語られた、意味の解らない言葉に。
ルキアを救えないとは、どう言う意味なのか。
ルキアと相容れないのは、何故なのか。
ルキアの記憶を消せとは、横暴ではないか。
沸々とした怒りが湧き上がるも、それを理性で必死に抑え込む。
理由を聞きたくとも、当人はすでに空間転移でこの場から姿を消してしまった。言い知れない虚無感と、抑えきれない苛立ちが胸中に宿る。無意識に、顔を俯かせた。足元を一匹の蛇が通り過ぎていく。
シメロンはルキアについて知っている。長年一緒だった幼馴染よりもずっと深く、ルキア本人すら知らない事実を。それが、先程の言葉で明確に理解した。だからこそ、悔しい。
ルキアを一番良く知っていると思ったのに、結局は、何も知らなかったことが。
一体、ルキアに何があるんだ。姫の末裔以上に、何が隠されているのか。知りたいけれど、知る術をオルフェウスは持っていない。歯痒い思いを抱く。
「一度、戻ろう」
「?!」
レオンハルトの言葉に、驚いて顔を上げた。
眼を大きく見開いて、苦い表情をする幼馴染を見る。
「なん、で・・・」
唇から出た言葉は、酷く弱々しくて掠れていた。これが自分の声なのかと、冷静な部分が失笑する。
レオンハルトがオルフェウスに視線を向け、諭すように言葉を告げた。
「俺達がここにいて、何が出来る? 何もないのに、無駄に時間を浪費するのは得策じゃない。ルキアを探すにしたって、同じだ。何の情報も、探す手段もない俺達じゃあどうにも出来ない」
オルフェウスは口を閉ざし、悔しげに唇を噛みしめた。事実なだけに、言い返せない。
「だから、戻ろう」
「戻って、どうするのさ」
ロイドが困惑に尋ねれば、レオンハルトは緩慢な動作で空を仰いだ。つられてオルフェウスとロイドも、空を見上げる。白い隼が視界を横切った。
悠然と流れる雲。変わらぬ空の色が、つい先程までの惨劇を夢だと錯覚させた。
「ルキアが帰る場所を護ることは、出来る」
強い意志のこもった声で、レオンハルトがはっきりと告げた。
「俺達は、ルキアが帰る場所を護るんだ」
視線を空からオルフェウス、ロイドへと向け、レオンハルトは確かな決意を胸に抱いた。一度眼を閉じ、深呼吸をしてから再度、眼を開ける。
魔物や悪夢から他の何を失っても、ルキアの居場所だけは護りきる――――。
第二王子としては国よりも民を護るべきなのだが、レオンハルト自身は民よりも国――正確には大切な存在を護ることしか考えていない。だからこそ、自分が聖王に相応しくないと理解していた。
その大切な存在の一人であるルキアを護れないのならば、ルキアの居場所を護ればいい。安易にそう考えて、実行することを決意した。その結果、民が死んだとしてもレオンハルトは些細な犠牲としか考えていない。このことをラルフレアが知ったら怒るだろうなと他人事のように考えて、思わず失笑した。
「俺達は俺達の出来ることをする。だから――――戻るぞ」
拒否を許さないその声に気圧され、傍観していたアーシェリカ達が頷いた。それを満足気に眺めてから、レオンハルトは微動だしないオルフェウスとロイドを注視する。
オルフェウスは双眸を固く閉ざし、ロイドは探る眼をレオンハルトに向けていた。
「そうだね・・・」
ロイドがゆっくりと、口を開いた。
「そこの親子達と別れて、聖王国・王冠へ戻ろう」
ちらりとロゼット達を見てから、アーシェリカを手招く。困惑しながらも近づいて来たアーシェリカの頭を撫で、決意の眼でレオンハルトを映す。
「レーヴェ。君が考えることに、僕も協力するよ。・・・ルキアの帰る場所は、僕達が護らないといけないよね?」
「わ、私も手伝いますー!!」
挙手するアーシェリカに笑って、ロイドは未だ沈黙するオルフェウスに視線を向けた。
「オルフェはどうする? ・・・なんて、聞く必要もないか」
「ああ」
オルフェウスは頷いて、瞼をゆっくりと開けた。
「戻ろう」
静かな声で、オルフェウスは告げた。
「ルキアを救えなくとも、帰ってくる場所を護るために」




