幻惑の踊り子
翌朝――。
ラルフレアとカリステゥス。負傷したテオドールとピセルと機械神で別れることとなった。
オルフェは操られていたとは言え、二人に怪我をさせたことを申し訳なく思っていたらしく・・・真正面から馬鹿なことを言った。その言葉に負傷した二人は激怒し、怪我をしていることを忘れるほど元気な声で説教をしていた。まぁ、最後は「気にしていない」と言う大人の返答で場を治めることとなったけど。
変わったことと言えば、もう二つ。
機械王が少年の形をした複製人間で見送りに来た際、シメロンとアイコンタクトを取っていたことだろう。怪訝がるレーヴェとロイドに、二人は含む笑いで答えなかったが・・・隠す気がないことだけは判った。
機械王がやたらと私の周りをウロチョロしだした時は、「変態」やら「シスコン」やらお前らいつのまに仲良くなったの? と思うほど生き生きと互いを罵り合っていたっけ。
で、もう一つはその場に旅仕度をしたエステルが現れたこと。かなり大量の荷物を持っていたけど、半分は私達の旅道具らしく笑顔で拒否権なく渡された。残りの 半分は自分で使うらしいが、聞いても笑ってはぐらかされた。
「主様の命令ですので」
なんて言っていたから、機械王を見たけど素知らぬ顔をされた。言うつもりがないのは、よぉぉぉく、解った。で、エステルは挨拶もそこそこに駆けだした。人間には出来ない速度で、「東はこちらですね」と真逆の方角に向かって駆けて行った。必死になって叫ぶ機械王が見物だったな。うん。
まぁ、そんなこんなで機械神から出ました。
手段は勿論――――転送陣です。
いやぁ、あれって本当に楽だね。徒歩で歩いていたら五日はかかるであろう距離を、半分とは言え省略してくれる。
あ、今回行くところは機械神から最も離れた場所にあるエルフと有翼人が住まう、偉大なる龍皇の躯を護る国――神域。
他種族との交友・交流が少なく、神域自体を隠して暮らしているから魔族からは臆病者の国と呼ばれているんだけど、今はまったく関係ないので流す。
神域に行くことを勧めたのは、機械王だ。
曰く、『龍皇を知っている者と先に逢うべきだ』とかなんとか。
そう言えば。はたっと思い出して、胸元で揺れる不可思議な紋様で作られた歯車のネックレスを見た。機械王からお守りとして貰ったけど、不気味だ。
裏がありそうで怖い。
「ちょっと休もーよー!」
疲労を身体全体で表しながら、アーシェが叫んだ。
私の隣を歩いていたシメロンが呆れた顔でアーシェを見やり、次いで気遣うように私を見た。腰を屈め、私と目線を合わせる。
「ルキアは大丈夫か?」
「少し・・・疲れたかな?」
「よし、休むぞ」
普段、長時間歩くことがないから素直に言えば、シメロンが勝手に決めた。いやいや、オルフェ達にも聞かないと。私の都合で時間を無駄に出来ないでしょーが!
「そうだな。丁度、十二時になるみたいだし・・・昼食にしよう」
オルフェは同意して、背負っていた荷物を地面に降ろした。そして中を漁り、ピクニックで使えそうなシートを取り出して、地面に広げた。で、さらに何故か入っていた弁当を取り出す。エステルか? エステルの気遣いか!?
まさか、予想していたのか!! ちょっと、戦く。
「ここから神域まで、そう遠くないし。休憩しても問題ないよね」
唖然とする私に、ロイドが笑いながら我先にとシートに腰を下ろした。
「休める時に休むべきだな」
それに続くよう、レーヴェもシートに腰を下ろす。
気がつけば私以外、全員が休憩モードに入っている。
乾いた笑みを浮かべて、私もその場に向かう。隣に座れと手招きするオルフェやシメロン、言葉にして誘うアーシェを無視して私はロイドとレーヴェの間に腰を下ろした。二人が驚いた顔をしたけど、知らないふりをする。
「あ・・・まぁ、三人の誰を選んでも面倒事になってたよね。うん、仕方ない」
悟ったようで、ロイドが苦笑した。
「けど、よく見てみろルキア」
レーヴェに言われて、三人を見た。
「オルフェの隣にアーシェ。その隣にシメロン。――――すでに面倒事だ」
「・・・・・・ごはんは何かな」
私は考えることを放棄した。ついでに、見たモノも綺麗に消去する。
眼の前に鎮座するバスケットの蓋を開け、ビーフに生ハム、野菜が挟まったサンドウィッチを掴み取る。レーヴェは魚介類と野菜マリネのサンドウィッチを選んだようだ。ロイドは・・・・・・・・・え?
「それ・・・付け合わせのポテトじゃ」
気のせいじゃなければ、機械神でもやけにポテトを食べていたよね。そんなに芋が好きなの?
「腹もちがいいからね」
返答に困る。
「なら、これを食え」
レーヴェがロイドに手渡したのは、厚切りベーコンとチーズの入ったカルツォーレ。よくよく見れば、芋が入っている。それを目聡く発見したロイドが、嬉々として受け取った。うわ、どんだけ芋が好きなのさ。
いつの間にか、ポテト完食しているし。
ざわりと、風が吹いて私とアーシェ以外の四人の動きが唐突に止まった。それに驚くアーシェに構うことなく、シメロン以外が武器を手に取る。その動作で、私は察した。アーシェも判ったらしく、隣のオルフェにしがみついている。
いいぞ、もっとやれ! 目指せ、オルフェとアーシェの結婚!! 脳内で馬鹿みたいに囃し立てる自分に、ほとほと呆れた。そんな場合じゃないだろうに。
・・・今更だけど、ここって魔物が現れるフィールドだよね?
ゲームだとこのエリアの魔物はやたらと、状態異常攻撃をしてくる場所だよね? ピクシーとか、アルラウネとかモスマンとか出てくるってことか・・・。うわ、面倒くさい。異常を治す薬ってあったかな?
「誰か私を助けなさい! タダで!!」
・・・命令口調で女性らしき人が救いの声を上げた、ような。
「この羊なのか猿なのか、区別のつかない変な魔物を誰か倒しなさいよ!!」
あー、たぶんそれは・・・ひつじざるのことかな? 確かに、羊の体躯に猿の顔と尾をしているから区別つかないよね。変な魔物だって、女子高校生の私も思ったし。
いや、そうじゃなくて。
「あの・・・オルフェ、レーヴェ、ロイド?」
何で、武器を置いて食事に戻った?
「い、やー! 服を脱がすなこの変態ぃぃぃぃぃぃぃいいぃぃぃぃぃいぃ」
必死に叫んでいる声が聞こえないなんて、嘘は言わないよね? 思わず白い眼を向けるも、全員が綺麗に私から眼をそらした。
アーシェが侮蔑の眼で君達を見ているよ。確実に好感度、下がっているぞ。気づけ!!
「うわぁぁぁああぁぁぁぁあぁん!! こんなのに貞操、奪われたくないぃぃぃ」
駄目だ、放っておけない。
同時に立ちあがったアーシェと眼を合わせ、無言で頷く。
「打倒、変態魔物!」
「女の敵は滅ぶへし」
手と手を取り、私達は駆けだした。後ろでオルフェ達が制止の声をかけているが、知るものか!
意気込んできたが、さて――この現状は何だろう。
地面に倒れた、無数のひつじざる。気のせいじゃねければ、全員、恍惚の表情をしている。何、この展開。
「嫌だって言ってんのに、何してくれるの? アンタ如きが私に触れるなんて、思い上がらないでよね」
・・・・・・女王様?
一匹のひつじざるの頭をぐりぐりと踵で抉り、乱れた服を直す、透けるような緑色の髪をした少女の姿に私とアーシェは硬直した。
「まぁ、私が魅力的なのは解るけど、魔物が襲っていいほど私は安くないの。せいぜい、五億セル稼いでから挑みなさい。まったく、お金もないのに触らないで欲しいものね」
露出の激しい服。尖った耳。お金に執着した人物。摩耗した記憶にヒットが出た。
あー・・・この女性はあれだ。ロゼット・サーリャ。外見年齢十五歳の実年齢八百歳の御長寿さん。エルフの中では若い方に位置する、魅惑の踊り子の異名を持つオルフェの嫁候補の最後の一人。
わーお。アーシェ・ピセル・ロゼットでコンプリートだ。凄いなー。あはははは・・・・・・・・・いかん、現実を見ろ。逃避するな、私!
「まったくもう。魔物まで魅了するなんて、私ったら怖い」
・・・・・・・・・ナルシスト!!
「私より綺麗なのは、お金しかないんだから当然よね」
これ、関わらないと駄目なのかな? 今すぐに、オルフェ達の元に帰っていいかな? 硬直したままのアーシェに眼を向けると、縋るような視線を貰った。そうか、アーシェも逃げたいか。うん。逃げよう!
そろりと、音を立てないように後退する。
「で」
ロゼットがこちらを見た。
「さっきから何かご用かしら?」
「ひぃ、ばれてたー!」
「視線には敏感なのよ」
ただ首を傾げただけなのに、バックに花が舞っているように見える。アーシェが何度も眼をこすっているから、錯覚じゃあないらしい。え、怖い。
「やれやれ、モテる女は辛いわね・・・・・・え?」
ふさぁぁっと髪を払ったロゼットは何故か、私を見て眼を見開いた。はっ、そうか! 私の髪を見て驚いたんだな! あわわわわ、どうしよう。せめて隠しておけばよかったっ。
機械神でノーリアクションだったから忘れていた!
言われるのか、不吉の証と。蔑まれるか、禍と。
「貴方・・・」
慣れたとは言え、暴力と暴言は勘弁してください!
逃げ腰になる私の肩に、ふと重みが加わった。反射的に振り返れば、ロゼットを警戒した眼で見るオルフェがいて・・・安心した。
レーヴェが自然な動作で私の前に立ち、ロイドが右手を握る。シメロンが頭を撫でてくれた。・・・・・・安心するけど、これって傍目から見たら。
「え、何? 逆ハーレム?」
だよねー。
オルフェ達は疑問符を浮かべているけど、アーシェは解ったみたいで先程の態度が嘘のように、ロゼットに向かっている。順応が早いのね、アーシェ。
「そう見えますよね、見えますよねー」
「それ以外にどう、見えるって言うのよ。羨ましい」
「ルキアちゃんみたいに、儚げな美少女には美形を侍らせるべきなんですよ―。でも、ルキアちゃんの隣も未来も、そう簡単に渡しませんけどねー」
誰が美少女だ、誰が。
私より確実に、可愛い系の美少女の癖に何を言っている。正ヒロインが、何をほざく。やめろ、私の容姿を褒めるな。ロゼットも同意するな! 私よりも綺麗な奴に言われても、お世辞にしか聞こえないんだよぉぉぉぉぉおおぉぉぉおぉぉっ。
妙なことで意気投合した二人に、私はがっくりと肩を落とした。
どれだけ私が否定を口にしても、会話に花を咲かせた二人の耳には届かないだろう。ピセルと話している時だってそうだったし、間違いない。
うう、そんなに褒めないで。居た堪れないから。あ、おい。胸は残念とか言うな。自分だって、解っているんだから。やめて、後生だから。憐れまないで。
「大丈夫だ、ルキア」
シメロンが優しい声音で告げた。
「女の価値は胸じゃない」
「お兄ちゃんの馬鹿、嫌い、さいてー!」
真面目に耳を傾けた自分が、阿呆らしいじゃないか。
慰めのつもりか? え、慰めるつもりだったのか? 正真の馬鹿だろう。
私の言葉にショックを受けて固まるシメロンに、追い打ちをかけるオルフェとか、仲裁するロイドなんて知るか。私は何も見てない!
「これから成長するから、気にしない方がいい」
「うるっさい、ほっといて!!」
レーヴェなりの慰めらしいけど、逆に胸を射ったよ。ぐさりと、硬い何かが刺さりましたとも。
何なのさ、皆して。そこはスルーしてよ。
私の態度から、気にしていることを重々理解して欲しい。切実に。そしてその話題で下手な慰めをすると、私の逆鱗に触れると知ってくれ。
怒鳴られたレーヴェが項垂れ、シメロンを見てから「まさか、これと同類?」って言っている。ああ、そうだよ。今、間違いなく同類だよ。でもオルフェ。それ以上は弄らないで。二人の落ち込みようから後々、面倒くさそうだから。
「えーっと」
中立の立場にいるロイドが、困った顔で私を見た。すまん、今は味方してやれる余裕はない。怒りを落ち着かせるので、精一杯だから。
私の顔で何となく悟ったのか、ロイドが苦笑して首を横に振った。気にしていない、か。・・・良い人だな、ロイド。恋人にするなら、ロイドみたいなのがいいな。芋好きで星マニアだけど。
「国から滅多に外へ出ないエルフが、どうしてここに?」
無難な質問だね、ロイド。
アーシェも気になるのか、同じことを尋ねている。
「そんなの、生活費を稼ぐために決まっているでしょ」
至極当然のように語った、ロゼット。
「あ・・・と、ご、ご職業は?」
お見合いかっと、アーシェが突っ込んだ。
「踊り子よ。私が一晩踊れば、どんな貴族も破たんするわ」
「それは・・・凄いですね」
ありえないだろう。と顔にありありと書いているけど、本音を隠したロイドはそれ以降、口を閉ざしてしまった。落ち着きなく動く視線から察するに、ロゼットの服がアレすぎて直視できないんだろう。顔も赤いし。
健全な男の子ですね。生温かい眼で見てしまった。
「ところで」
ロゼットが腰に手をあてながら、首を傾げた。
「貴方達の名前を聞いてもいいかしら?」
ロゼットの言葉にアーシェはきょとんとした顔をしたけど、名乗っていなかったことを思い出したのか「はい!」と元気よく手をあげ、笑顔で告げた。
「私はアーシェリカ・ヘイネル。で、こっちのヘタレで認めたくないけど大好きなルキアちゃんの兄である変態シスコンさん」
「いやいや、違うでしょ。シメロン。シメロンだよ、アーシェ」
「わざとに決まっているでしょー」
ロイドのツッコみを、アーシェは冷やかに返した。
あ、ロイドが頬を引きつらせて「アーシェが黒い」って呟いている。うん、まぁ、否定はしない。
「で、獅子王子の異名を今すぐに返上して来いって程に落ち込んでいるのが、聖王国・王冠の第二王子でありながら王座に興味がなくて、面倒だからって兄に聖王家業を継がせたレオンハルト・シビル・アウラディア。愛称はレーヴェ」
説明が酷い。事実だけど、酷い。
レーヴェが恨みがましい眼で、アーシェを見ているよ。あ、ちょっとアーシェ。挑発しない。事実だから反論できないんだよ、レーヴェは。
「そんな二人をからかい、弄っていたのが物貰いでも隻眼でもないのに眼帯をつけて、私とルキアちゃんを争う中のライバルである、へたれで臆病者のオルフェウス・ネロ。愛称はオルフェ」
・・・・・・・・・アーシェさん。貴方、オルフェが好きなんだよね? その説明は、如何なモノかと思うんですが。あれですか? 本能でロゼットがオルフェの嫁候補と判断したから、良い所を言わないで人物紹介をしたのかな? そうだよね? そうだって言って!!
オルフェが何ともまぁ、複雑な眼でアーシェを見ている。隣にいたレーヴェがぽんっと、オルフェを慰めるように肩を叩いた。
「それでこっちが」
「僕はロイド・シュバイカー。で、こっちがルキア・クルーニクス。貴方の名前は」
焦ったようにアーシェの言葉を遮り、ロイドが自己紹介した。ついでに私のことも紹介してくれた。ありがとう、助かったよ。
「ロゼット・サーリャよ。よろしく」
営業用のスマイルが眩しいです。
「貴方達、これからどこに行くの? よかったら、か弱い私も一緒に連れて行ってくれない?」
か弱い・・・・・・?
首を傾げたアーシェが一言、余計なことを言った。
「一人で魔物、倒してましたよねー?」
「あら、その歳でもう眼が悪いの。可哀想に。今すぐ、医者に行くべきよ」
「え、あの」
「ああ、それとも長旅で疲れてしまったのね。そんな幻覚を見るなんて」
「ちが」
「今日はもう、休んだ方がいいわ。さぁ、私が添い寝してあげるから、一緒に寝ましょう。ほら、貴方達。早く野営用のテントを張りなさいよ」
オルフェ達はロゼットの有無を言わさぬ眼力と言葉に、渋々と従った。
黙々とオルフェ達がテントをたてている間、アーシェはロゼットに捕まって耳元に何か囁かれている。声を潜めているから台詞は・・・まぁ、大凡解る。アーシェの顔色も青くなっているし。うん、下手なことは言わない方がいいんだと改めて理解した。
おや? ロゼットがアーシェを解放した。ふらふらと覚束ない足取りで、アーシェがオルフェ達の方へ向かっていく。ぶつぶつと何か呟いているけど、大丈夫かな? 主に精神が。
「それで、これからどこに行くのか教えてくれる?」
命令形に聞こえるのは、気のせいだろうか。
私の傍に来たロゼットに失笑しながら、さらりと答えた。
「貴方の故郷ですけど」
「神域に? あそこ、有翼人とエルフ以外、許可がないと入れないわよ」
え、マジですか? ゲームだと、そんなことはなかったのになー。現実って、厳しい。
「それなら尚更、私が一緒に行ってあげる。私がいれば、神域に入国することなんてお湯を沸かすより簡単よ」
何故、お湯に例えた。
乾いた笑みを浮かべつつ、申し出にお礼を言えばロゼットは当然のように受け取り、優雅に笑いだした。何で?
いや、まぁ、別にいいんだけどね。笑うぐらい。でもさ・・・・・・・・。
何で、私を舐めるように見ながら笑っているの?
そこんとこ、教えて・・・いや、教えないでください。今、悪寒が背中をはしった。おおぅ、何だ? 凄く、寒気がっ。




