夜会話 密談
一日で二話更新できました。偉大なるクーラーに感謝です。
密談=人に知られぬようにひそかに話すこと、秘密の意味で使っています。
時計が夜中の零時を差したのを確認してから、シメロンはベッドから上半身を起こした。隣には最愛の妹が穏やかな顔で、昨日の出来事が嘘のように静かに眠っている。
ルキアの前髪をそっと払い、シメロンは最後の最後まで一緒に寝ることを許さなかった妹の幼馴染達を思い出した。兄妹なんだから別に良いだろうと言うシメロンに対し、ぱっとでの奴がと可愛らしい顔立ちは真逆の、苛烈な言葉を浴びせた少女の名前は・・・何だっただろうか。首を傾げて、記憶を探るも思い出せない。
ルキアは何と呼んでいただろうか?
妹以外、興味がないからべつに思い出さなくてもいいんだが。
「あの餓鬼も煩かったな」
呟いて、眼帯をした少年を思い出す。名前を覚える気もないから、クソ餓鬼と呼んでいるがあの態度はまさに餓鬼と形容できるとシメロンは思っている。
「俺が妹と一緒に寝て、何が悪い」
少年に向けて告げた台詞を、また口にすれば、数時間前の出来ごとがありありと浮かんできた。
やけにシメロンに噛みつき、ルキアを引き離そうとした桃色の髪の少女。食えない顔で、正論ともとれる言葉を語った灰色の髪の少年。それに便乗しつつ、ルキアの無茶を叱る金髪碧眼の青年。頭ごなしにシメロンと一緒にいることを否定し、危険だと諭す黒髪の――クソ餓鬼。
他の人間はこれからについて話し合うとかで、機械王と会合を開いていたこともついでに思い出す。
ルキアの髪を指先に絡めながら、ゆっくりと顔を近づける。
「ルキアが俺を選んでくれて、よかったよ」
収拾のつかなくなった場を治めたのは、ルキアの「おにいちゃんと寝たい」だった。それに衝撃を受けた幼馴染の顔は、今思い出しても傑作だ。くつくつと喉を鳴らし、ルキアの頬に唇を落とす。
『私の知らない家族のことを教えて欲しいの』
なんて、もっともらしいことを言っていたが、ただ単に説教から逃げたかっただけどシメロンは知っている。だが、それでも別に構わなかった。
ルキアが自分を選んでくれたことに、意味があるのだ。指に絡めた髪を解き、ベッドを軋ませてシメロンはルキアに近づく。
「――――――覗きとは、良い趣味だな。機械王」
ルキアの左肩に手をかけながら、シメロンは冷やかに言葉を続ける。
「何か要件があるなら、普通は扉から来るものだろう。ああ、成程。ここには常識と言うモノがないのか」
<確かに、非常識じゃった。申し訳ない>
冷笑するシメロンに、立体映像で室内に現れた機械王が頭を垂れた。
「で、何かご用でも?」
ルキアの上体を動かし、自身の身体に凭れかけるようにすると、満足気にシメロンはルキアの髪を指で丁寧に梳いた。その間も視線は一切、機械王に向けない。
機械王相手に無礼な態度を取っていることを知っていながら、シメロンは態度を改めない。機械王自身もまた、その対応に怒りを覚えず逆に畏縮していた。
過去の所業を悔いているからだと――機械王は重々、理解している。
「まさか、姫が身ごもった子供を隠蔽し、生まれた子の存在を隠匿したうえ、衣食住を与えただけで後は何もせず、放置していたことを謝りたい――なんてこと、言わないよな?」
<・・・>
「図星かよ」
シメロンが舌打ちをして、ルキアに起きる気配がないことを確認してから漸く、機械王に視線を向けた。蔑んだ瞳が、機械王を映し出す。
「俺達を助けると言ったのも、罪悪感からの行動か? はっ、くだらない」
吐き捨てるように告げて、シメロンはルキアを抱きしめた。
「ふざけるなよ。お前の加護なぞ、いらん」
<・・・>
「ああ、でもお前は罪悪感から逃げたいんだったな」
シメロンが黒い炎を瞳に宿し、機械王を静かに見やる。口角をつりあげながら、ルキアの頬に頬ずりした。
「ぅ・・・ん」
身じろいだルキアはしかし、眼を覚ます気配はない。
「可愛いな、ルキアは」
シメロンは愛おしげにルキアを見つめ、首筋に顔を埋めた。シメロンの髪のくすぐったさにか、ルキアがまた身じろぐ。
その様子に、機械王は歪なモノをみた。
兄が妹に向けるにしては過剰な愛情行動。妹にすると言うよりも、恋人にする行動に似た行為。強すぎる愛着や執着は、まるで無意識に妹を異性と見ているように感じた。
<そうか>
機械王はシメロンの様子を見て、納得したように眼を閉じた。ゆるりと首を横に振り、短く息をつく。
<君達の髪が先天的に白い訳や、遺伝子に欠如がある原因は――近親相姦じゃな>
眼を開けてシメロンを見るも、シメロンは何も言わないでルキアの首筋に顔を埋めている。髪を撫でる手を見るからに、寝てはいないようだが・・・。
機械王はこれも自分達の罪かと受け入れ、かつて姫が産み落とした二人の子を思い出す。摩耗した記憶では、名前も顔も現れなかった。あれほど姫のことを可愛がっていた癖に、その子供のことは何一つ、思い出せない自分が恥ずかしくなった。なんて――後悔しても後の祭りだ。
気持ちを変えるように、深呼吸をしてから口を開く。
<血を色濃く残すのが目的じゃな>
確信を持って尋ねれば、シメロンは漸く顔をあげた。
「すべては、祖の願いのために」
そのために、遺伝子が欠如し、短命になることが解っていながらも近親相姦を続けてきたのだ。ルキアの頬を撫でながら、シメロンは眼を伏せる。
<祖・・・? 姫のことを言っておるのか? 姫は何を願ったのじゃ>
「さて、ね」
それ以上、語るつもりはないとばかりにシメロンは口を閉ざし、ふいに何かに気づいたように目線を扉に向けた。口をへの字に歪め、不快に顔をしかめる。
「お前に客のようだぞ、機械王」
<客? ・・・・・・エステル>
怪訝に眉をよせた機械王だがしかし、扉の向こうにいる気配を探ると呆れたように脱力した。ぽりぽりと額を掻き、肩を竦める。
ちらりとシメロンを見てから、機械王はエステルを呼んだ。
<入ってこい>
「お話中に、すいません」
音が鳴らないようにゆっくりと扉を開けたエステルは、機械王とシメロンに向かって頭を下げた。
「報告いたします」
事務的な声で、エステルは言葉を告げた。
「主様がおっしゃった、白の都・永久凍土にある六つの悪夢が暮らしていた雪の城には誰かがいた痕跡はありませんでした。極寒の大地にしては珍しいくらい、埃とクモの巣だらけで私、思わず掃除をしそうになりました」
<力説して言うことか?>
最後の方だけ拳を握って熱く語ったエステルに、機械王は疲れたように項垂れた。
「よって、悪夢達の所在は今尚、不明です。お力になれず、申し訳ありません」
九十度の角度で、深々と頭を下げるエステルに機械王は何も言わない。エステルに向けていた視線をシメロンに映し、眠り続けるルキアに動かす。
「妹を見るな、変態」
<誰が変態だこのシスコン!!>
叫んでから機械王は慌てて口を両手で塞ぎ、恐る恐るルキアを見た。変わらず、熟睡している。その様子に安堵し、害虫を見る眼で自分を睨むシメロンに胃が痛みだした。
おかしいな。人造人間になってから一度も、身体を壊したことがないのに。乾いた笑みを浮かべつつ、機械王はシメロンから眼を逸らした。
「要件がすんだんなら、さっさと消えろ」
<・・・・・・もの凄く、その子の貞操が心配じゃ>
「合意がなければ何もしない」
<ご・・・貴様が一番の変態ではないか!!>
言い終わると同時に、眼の前に枕が迫って来た。立体映像故に避ける必要はないと解っていても、条件反射で身を捩っていた。
壁にぶつかった枕は、不思議なことに羽毛を宙に散らしている。
機械王はその様子を数秒見てから、エステルを見た。エステルがあからさまに顔をそむける。
「では、私は朝食の下ごしらえがありますので失礼いたします」
軽やかな動作で一礼し、エステルは颯爽と――逃げた。
機械王は薄情な機械人形に心中でそっと涙を流し、諦めたようにシメロンに向き合った。
<貴様を見ていると、龍皇を思い出すわい>
「へぇ」
<龍皇も・・・姫に対してはだけ、独占力が強かったのぉ。嫉妬深かったし>
「なら、血だな」
<薄れてしまえ>
悪態をついてから、機械王は苦笑した。
こういうやりとりは、いつ振りだろうか。龍皇が死んでから、久方ぶりな気がして楽しいと思ってしまう。
シメロンが思い出したように、言葉を紡いだ。
「罪悪感から逃げたいなら、俺の言葉に頷け」
<何を唐突に>
「契約しろ。魂に誓え――けっして、俺達を裏切らないと」
真摯な眼と言葉を機械王に向けるシメロンに、機械王は沈黙した。
「俺達を――ルキアを死んでも護ると誓え」
<貴様はいいのか>
「ルキアが生きている限り、俺も死なない」
迷いのない声で、しっかりと答えたシメロンに機械王は眩しいものを感じた。かつて、龍皇に抱いたものに似ている気がして懐かしくなる。
久しく感じなかった高揚が、身体を支配する。まるで龍皇がいた頃に戻ったかのように、血がざわめいた。
魂に誓えば、けっして裏切ることは出来ない。裏切れば最後、その魂は未来永劫、地獄へ縛り付けられる。それを知っていながらも、心が躍って仕方がない。
<よかろう>
機械王が双眸に覇気を携え、不敵に笑う。
<来世を犠牲に、この魂ある限り姫の末裔を護ると誓う>




