操られた幼馴染
サブタイトル変更しました。
オルフェは焦点の定まらない視線を彼方へ向け、緩慢な動作で右足を動かした。その足が地面につくと同時に、オルフェの姿が視界から消える。
風を切る音がすぐ傍で聞こえた。
直後、誰かの苦痛の声と何かが壊れた音がした。
「テオ! ピセル姉さん!」
建物の壁に身体をめり込ませ、口から血を吐き出すテオ。崩れた建物から足しか見えないピセルは、身じろぐこともしない。気を失っているのだろうか。
壁から出ようともがくテオの前に、オルフェが現れた。
「オル・・・フェ」
「・・・」
吐血しながらも、何事か言おうとするテオに無情にも剣が振り下ろされる。
肉が斬れる音がして、鮮血が宙を舞う。
テオの身体は壁から離れ、力なく地面に倒れ込む。ぴくりとも動かず、傷口から血が流れ続けた。
オルフェはテオが動かないのを確認して、次の獲物を狙うようにその場から立ち去る。すぐに剣戟が聞こえ、機械人形の断末魔が響いた。
「テオドォォォォオオォォォオォォル!!」
レーヴェが叫び、テオに近づいて水の神霊術で傷を塞ぐ。しかし、いかんせん出血量が多い。危険な状態と瞬時に悟ったレーヴは、すぐさま医療型機械人形の存在を探し出した。けど、その存在はどこにも見つからない。
他の機械人形を治療しているのか、それとも・・・。焦燥が胸を駆け巡る。
「!! すいません、ちょっと来てください!」
私は視界に入った看護型機械人形を見つけ、有無を言わせずレーヴェの所へ連れて行った。状況を理解しきれない看護型機械人形だったが、額に脂汗を滲ませながら水の神霊術を使うレーヴェと、致命傷を負って意識がないテオの姿に正しく状況を知ったらしい。
「どいてください!」
水の神霊術を使うレーヴェをどかし、看護型機械人形はすぐに的確な治療を始た。けれど、自分の力だけでは完治に至らないと判断したのか、体内にある内線で医療型機械人形を呼び出している。
その間にも、オルフェは攻撃を続けていた。
一気に距離を詰め、カリステゥスに斬りかかる。その顔は能面じみていて、感情らしい物が見られない。主人公なんだから、意地と根性で身体の所有権を取り戻せ!
無理だと解っていても、叫びたい。
「俺は武道派じゃないんだがなっ」
悪態をつきながらカリステゥスはオルフェの攻撃を避け、武器である歴史書を開いた。
「弱みをさらせ」
本が自らの意思を持ったように、自然とページをめくる。
対象の情報を読み取り、苦手属性の攻撃を発動させる――詩の密酒。
オルフェの苦手属性が土であると読み取ったのか、オルフェの頭上に石の礫と岩石が現れる。さらに足元の地面が揺れ、大地の槍がオルフェを狙う。
寸分の狂いもなく、放たれた術をオルフェはいとも簡単に破壊した。
避けた訳ではない。神霊術で術を対抗させた訳でもない。純粋に、剣だけで固有スキルを破壊した。
思わず、我が眼を疑ってしまったよ。
そのあり得ない事態に、カリステゥスは冗談じゃないと頭を抱えながら叫んだ。
「おいおいおいおいっ、反則だろう!」
いくら主人公で、潜在能力が高いとは言ってもそれはあり得ないことだ。何か裏があると勘繰ってしまう。
「オルフェ、ごめんっ!」
ロイドは謝罪を言ってから、銃の引き金を引いた。
放たれた銃弾をオルフェは剣で弾き、標的を変えぬままカリステゥスに向かっていく。
「なんで俺ばっかりっ!!」
叫びつつ、カリステゥスは雷の神霊術を発動させた。
「切り裂け、雷撃!」
無数の雷撃が地面を走り、オルフェを直撃する。砂埃がまって、オルフェの様子が見えないけれど何かが焼ける臭いがして顔をしかめた。
「おまけだ」
カリステゥスは更に、雷の神霊術を発動させた。
「吼えろ、雷電」
狼の形をした雷が、オルフェがいるであろう方向へ、まさに電光石火の勢いで向かった。衝突音、続いて破壊音が聞こえる。衝撃が地面を走り抜け、大地を揺るがした。
堪らず体勢を崩した私の身体を、シメロンが支える。
「ありがとう・・・」
「怪我がないなら、いい」
言いながらもシメロンの視線は、真っ直ぐオルフェがいる場所に向いている。安心していない様子から見て、何かがあると思ってしまう。でも、いくらオルフェでも連続の雷の神霊術を捌くなんてこと、出来ないだろう。
「っぐあ?!」
砂煙が晴れるより先に、カリステゥスの身体が後方に飛んだ。それに追撃をかけるように、砂煙の中から人影が現れる。左腕を腹部に炎症を負い、口元から鮮血を流すオルフェだ。
オルフェは防御を取るカリステゥスの頭部を回し蹴り、無防備な背中にさらに蹴りを入れた。カリステゥスの身体が地面につく前に、顎を蹴り飛ばして止めとばかりに腹部をけり上げる。
戦闘型機械人形を巻き込みながら、カリステゥスは壁にぶつかった。
「ごほっ」
吐血を吐き出し、それでも意識を失わなかったカリステゥスは忌々しそうにオルフェを睨みつける。
悠然と歩くオルフェは、無造作に剣を振り上げた。
「駄目だ、オルフェ!」
ロイドが叫び、オルフェの身体を突き飛ばす。崩した体勢をすぐさま整え、銃口をカリステゥスに向けると躊躇わず引き金を引いた。
「癒しの旋律」
放たれたのは銃弾ではなく、温かな光。
仲間のHPを上げる補助スキル――グローア。
ゲームではそうだったが、ここでは怪我を治療する術になっているようだ。光に包まれたカリステゥスの顔から、苦痛の色が消える。
その様子を離れた場所で見ていた私は、言い知れない悔しさに襲われた。
戦う力もない人間が、あの場所に行って何が出来る。解っていたけど、無力な自分が恨めしい。非戦闘員で神霊術や戦略技能を持たない自分に、苛立ってしまう。
このまま、ロイド達にオルフェを頼むのか? 他力本願すぎるだろう。
「待て、ルキア」
駆けだそうとした私の腕を、シメロンがやんわりと掴む。
「足手まといになりたいのか」
否定できない事実に、口を閉ざした。
「冷静になれ。いくら結界術が使えるからと言って、どうにかなる相手か」
判っている。私程度が、オルフェを止められるはずがない。唇を噛みしめ、視線だけオルフェ達に向けた。
「いい加減に、眼を、覚ませこの馬鹿がっ」
テオの傍らにいたレーヴェが大剣を振い、オルフェに突撃をかけている。大振りになりがちな大剣を器用に使いこなし、最小限の動きで最大限の威力を作っていた。
「自分の状態も解らないのか!!」
レーヴェの咆哮に触発されてか、オルフェが血を吐きだした。
そうだよ。オルフェは肋骨を折っている可能性があるんだ。そんな中であれだけ動けば、骨が肺を刺してもおかしくない。私は血の気が引く音が聞こえて、身体を硬直させた。このままじゃ、間違いなくオルフェは死ぬ。
口から血を滴らせながら、オルフェは剣を構えて攻撃を続ける。顔色がどんどん悪くなって、死相が見えそうだ。
「人間は脆いな」
傍観していた悪魔が、そう呟いた。
「ほんの少しの怪我で、些細な病で、簡単に死に至る」
悲痛な顔をしたのは一瞬で、すぐに無表情に戻る。
「さぁ、姫の器。もう一度だけ、聞こう」
ゆっくりと右手を伸ばして、悪魔の瞳が私を射抜く。
口角をつりあげ、悪魔は甘い声で尋ねた。
「こっちへおいで」
ぞくりと、身体に寒気がはしった。
「ほら、早く。じゃないと・・・死ぬよ」
誰が、とは聞かなくても解る。視界の端で喀血を続けるオルフェに、ありありと死相が浮かんでいた。体力の限界か、はたまた悪魔がわざとそうしたのか、オルフェは自身で作った血だまりの地面に膝をつき、苦悶に唸っている。
血を吐き続ける口が、何か言葉を形作る。けど、声は聞こえない。
「さぁ、おいで」
悪魔が凄艶に笑った。
躊躇ったのは、一瞬だった。
作った拳を爪が肌に食い込むほど強く握りしめ、私は腕を掴むシメロンを見上げた。私がすることを察したシメロンが、無言で首を横に振る。そっちの都合なんて、知るものか。
力任せにシメロンを振り払い、私は悪魔に近づいた。
「ああ・・・良い子だ」
至極嬉しそうな悪魔に、吐き気がした。
悪夢を怖いと思う気持ちは、当然ある。けれどそれを上回る怒りで、恐怖がマヒしていた。その心境が、今は丁度いいとすら感じる私はやはりどこかおかしい。
感覚がマヒした以上に、精神がぶっ壊れたのかと考えて――自嘲する。
「残念だけど、私は良い子じゃないの」
壊れたのなら、壊れてしまえ。
そうすれば何も感じなくて、楽になれるだろうか? 心の中で、誰かに問いかけてみた。当然、答えは返ってこない。
足を止め、地面に落ちていた硝子の破片を拾う。私の行動に悪魔が首を傾げた。反対に、ロイドとレーヴェが何かを叫んでいる。耳もおかしくなったのか。よく、聞こえないや。
でも、今はそれが有難い。
迂闊に声を聞いたら、決意が鈍ってしまうからね。
「かごめ」
こちらに近寄ってこようとする彼らを、結界術で閉じ込める。必死に結界を叩き、何事かを叫ぶ幼馴染とお兄ちゃん、愕然とするカリステゥス。
それを後目で確認してから、悪魔に眼をむけた。
硝子の破片を首に近づけ、私は笑った。
「誰が行くか」
冷たい感覚が、首をはしる。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・初めに言っておこう。
――死亡フラグを回避したい私が、死を望むはずがない。
故に、眼の前にいる見知った存在に、私は賭けに勝ったのだと安堵した。あー、よかった。これで何も行動がなきゃ、間違いなく死んでいたよ。考えたら心が竦みそうだ。あ、恐怖が今更やってきた。身体が震えて仕方ないや。少し切れた首元も、血がドクドク流れて怖いけど。今は、色んな恐怖よりも眼の前の人間に言わなきゃいけないことがある。
私は硝子で手を血で染め、悲痛の表情を向けるオルフェに笑いかけた。
「おかえりなさい、オルフェ」
身体の支配権を取り戻せたようで、何よりだ。
「ありがとう、助けてくれて」
私が硝子を握る手の力を緩めれば、オルフェの手の力も緩まった。
いやー、本当。一か八かの賭けなんて、やるもんじゃないね。心の中で笑う私に、オルフェが頭突きをした。痛い!!
「心臓に悪いことをするな、馬鹿ルキア!」
そ、そんなに怒らなくても・・・。 私も死んでないし、オルフェも自由の身になったし。ほら、結果良ければ全て良しって言うでしょ? それじゃ、駄目?
頭突きの体勢のまま、オルフェを見上げれば後ろから同意する声が聞こえた。
「あまり、無茶はするな」
結界術は空間転移を阻めないのか。
シメロンが軽く私の頭を叩き、オルフェの肩に手を置いた。
「一応、礼は言っとくが・・・」
ぐいっと私からオルフェを引き離し、鋭い眼を向ける。あ、結界術を解いてロイド達も解放しないと。ぱちん、と指を鳴らして結界術を壊した。
「お前のせいだってこと、理解しろよ」
「解ってる」
オルフェは肩を掴むシメロンの手を払い、風の神霊術で傷を癒し始めた。
「ルキア! お前っ」
ひぃ、本気でレーヴェが怒っているよ!!
「後で、説教だね」
勘弁してください、ロイドさん!!
もう、二度と、自分で死亡フラグをたてない。怒られるのなんてごめんだ!! でもやらなきゃよかったと後悔する気持ちがないから、なんとも心中複雑でしかたない。
ところで・・・。どうしてカリステゥスが、微妙な眼で私を見ているんだろうか? あ、溜息をついた。何で!?
「まさか、自力で僕の術を破るとはね」
オルフェは主人公だ、当然だろう。こう、危機的状況かでは主人公補正が働き、レベルアップやらなんやらするのがお決まりだ! ・・・本当、自力で術を破いてくれて助かった。思い付きで行動なんて、もうしたくない。
「方法を知りたいから、キミを解剖しよう」
悪魔が黒い霧を斧槍へ変貌させ、切っ先をオルフェにつき付けた。
「絶望しろ」
空間に波紋が生まれ、切り裂くようにありとあらゆる無数の武器が姿を現れる。
「刃の雨に踊れ」
即死効果がついた回避不能の、悪魔の固有スキル――暗黒遊戯。
頭の中でGAME OVERの文字が浮かんで、頭を振った。そんなことさせるものかっ。私はまだ死にたくないし、オルフェ達を死なせるつもりはない。
豪雨のようにオルフェ達を襲いかかる武器に、私は即座に叫んだ。
「かごめっ」
発動した結界術は武器とぶつかりあい、弾くことも貫くこともなく均衡を保つ。こっちは必至なのに、悪夢は余裕でさらに力を込めた。力負けしそうだ。
歯を食いしばり、両手を突き出してさらに意識を集中させる。ぱりんと、何処かが壊れる音がした。
「ぎゃああああああああぁぁぁああああぁぁ」
「いやぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁああぁあ」
「助けっ」
次々と聞こえる、見知らぬ声。結界術が壊れた部分にいた機械人形が、暗黒遊戯の餌食になっている。
救いを求めるように、手を伸ばした姿で倒れているのを眼にしてしまった。
「っ」
壊れた結界を張り直し、さらに強度を高めた。そして――暗黒遊戯の餌食になった機械人形達を結界の外に弾きだす。心が痛まないと言ったら、嘘になる。
けど、あのままにしていたら武器が生き残った者まで襲う。それを知っているから、私は非情な決断をした。
後で罵倒も非難も、覚悟しておこう。
「ああ、姫の器。抵抗をしないでくれないか」
「ごめん、だよ」
「そんなに疲れた顔をして、強情だ。ますます、姫に似ている」
うっとりと頬を染める悪魔は、私を通して姫を見ていた。
いくら私を見ても、姫は蘇らないぞ。と言うか、見るな。私の何かが減る。
「ルキア」
オルフェの声が聞こえ、視線を向ける。
「合図をしたら、結界術を解いてくれ」
「何をするつもりなの?」
「身体を操ってくれた借りは、返さないとな」
暗い眼をして笑うオルフェが怖いです。
私は顔を引きつらせたまま、首を横に振った。結界術を解いたら、もれなく暗黒遊戯の餌食になる。即死効果を舐めるなよ、オルフェ! 掠っただけでお陀仏なんだから!!
「同意見だ」
レーヴェが近づき、オルフェの味方をした。お前もか!
「このままいても状況は変わらない」
「でも、レーヴェ」
「解ってる。あのスキルをどうにかしてからだ」
言って、レーヴェはちらりとシメロンを見た。それだけで悟ったシメロンは嫌だと、無言で首を横に振る。空間転移を使いたくないらしい。
「男に触れるなんてごめんだ」
「俺もごめんこうむる」
こんな時に喧嘩するな! 殺意を向ける相手が違う。あっち、敵はあっちにいるんだってば!!
「だが、ルキアにばかり頑張らせるのは兄として恥ずかしい」
空間転移を使ってくれるの!
「閃光の煌めき、降り注げ」
違った!
天上から無数の光の矢が現れ、暗黒遊戯と反目しあうとどちらともなく消滅した。
光属性の貫通スキル――ヘイムダル。
上空で次々と起こる破壊音に、身体が竦んだ。こんなスキルがあるなら、早く使って欲しかったよ!! 身体を縮ませながらシメロンを睨めば、素知らぬ顔で悪魔を見ている。
「さて、後は任せた」
動く気ゼロか!!
「言われなくても」
オルフェが剣を構え、駆けだした。続くようにレーヴェ、ロイドが後を追い、カリステゥスが呆れながら私の隣に立つ。
歴史書を開き、身体強化のスキル――ドラウプニルを発動させた。
後方支援に徹するんですね、カリステゥス。武闘派じゃないからか?
私は結界を解き、悪魔に向かっていく幼馴染を静かに見た。
彼らには悪いが、悪魔が負けるとは思えない。圧倒的な経験値の不足と、実力差から考えれば誰だって解る。だと言うのに、どうして向かっていけるのか。
正常な感覚を取り戻した私から見れば、不可解でならない。
<まぁ、待て>
どこからともなく、機械王の声が聞こえた。
<勇気と無謀を履き違えているぞ、若人>
ぐにゃりと空間が揺れたと思えば、立体映像の機械王がその場に現れた。今の今で、何をしに来たんだ? オルフェ達も勇み足を止め、機械王を見ている。
あの悪魔ですら、機械王を見ていた。
<久しいな、悪魔>
機械王は親しい友人に向けるような笑みを浮かべ、悪魔に告げた。
<申し訳ないが――――ここから消えてもらおう>




