目覚めた悪夢 悪魔
更新できました。
やっぱり、戦闘が苦手です。でも、がんばろうと思います。
こんなにあっさりと悪夢が来るなんて、世界が予定調和として決めていたみたいで気持ち悪い。
――神様の采配か?
なら、違う仕事をしろ神様。理不尽な無能! 冷徹野郎め!!
暴言もそこそこに、私は窓に近づくと眼を凝らし、必死で悪魔の姿を探す。ここが大体、十階だから・・・。頑張れば見えるはず! 火事場の馬鹿力でなんとかなるはずだ!! 忙しなく双眸を動かし、オルフェ達が何かを言っているのも聞こえないくらいに集中する。
悪魔がいるとしたら――煙がある付近だろうか?
いや、高みの見物が好きそうな悪魔のことだ。周囲を見渡せる場所で、本人曰くの最高の舞台を見下ろしているはず。なら・・・。
「上・・・屋上にいる」
「ルキア?」
ロイドが名前を呼んだけど、返答する余裕はない。私は素早く階段を探そうと視線を動かし、けれど見つけることが出来なくて焦った。どうしよう、どうしよう。早く悪魔を止めないと、殺戮がっ。あれは見たくない。血の海とか、勘弁して欲しい。
「わぁっ!」
とか思っていたら、建物が揺れた。
立っているのも辛いその振動に、堪らずしゃがみこんだ。オルフェ達はよく、立ったままでいられるな。緊迫した中で、場違いなことを考えたら冷静になれた。
この揺れは十中八九、悪魔が起こしている。やっぱり、研究施設の屋上にいるんだ。確信を持てれば行動は早い。
揺れが治まってから私は立ちあがり、素早くレーヴェに近づいた。さっきの揺れの影響か、足元がふらふらする。が、頑張って歩け私!!
「ひにゃっ!?」
二度目の揺れです。いや、ひにゃってなんだよ。自分の出した声が恥ずかしい。
倒れかけた私の身体をレーヴェが難なく支え、何故か抱き寄せる。ここ最近、抱きしめるとか頭を撫でる行為が多い気がするんだけど。やめろ、そう言うのは私じゃなくて――。
違う、違う。そうじゃないだろう。それは一先ず横に置いておいて、だ。
<警報、警報>
喋ろうとすると何でこう、綺麗に邪魔が入るんだろう。
<施設に近づく不審な影あり。索敵分析――――悪夢と判明。これより研究施設を危険区域と認定します。速やかに退避してください。繰り返します>
・・・・・・屋上じゃ、なかったんだね。よかった、言う前で。
「またあの暗闇が来たのか?!」
「たぶん、違うよ」
オルフェの疑問に、ロイドが首を振って否定する。
「暗闇の行動にしては、些か派手すぎる。あの悪夢は生き物しか殺さない。けど、この状況を見るに――黙示録通りなら、現れたのは悪魔だ」
冷静に分析したロイドは窓から離れ、エレベーターに向かって歩き出した。けど、何を思ったのか途中で足を止め、きょろきょろと辺りを見渡す。と、思ったらまた窓に近づき、何かを呟きだした。
そんなロイドにオルフェが近づき、二人して何やら話している。
「テオドール達が心配だな・・・」
はっ!! そう言えば、アーシェ達と別行動していたんだっけ。さらりと忘れるなんて、若年性認知症にでもなったのか?! いやだ、果てしなく嫌だ。
「あの三人のことだ。この国の人間を助けに出ているだろう。そうすると・・・アーシェも一緒か。まさかとは思うが、水の神霊術を使ってないだろうな」
使いすぎるとぶっ倒れますからね! どうしよう、考えたら心配になってきた。テオがいるから、無茶はさせないと思うけど・・・。居ても立っても居られないって、こう言う時に使うんだ。心配で不安が増長する。
「兄上は機械王と一緒にいるから、まぁ、無事だろう」
・・・信頼が厚いから、出る言葉だと思っておこう。
「ちょっといいか」
徐にシメロンがレーヴェに近づき、腕の中から私を引っ張り出す。あー、抱きしめられていた状況を忘れていたよ。
「悪夢はすでに、この研究施設を包囲していると考えていい。ここから逃げることは不可能だ」
「シメロンさんの戦略技能を使えば、それも可能でしょ?」
ロイドが話に加わる。オルフェと話しあいは終わったのって・・・オルフェ?! 貴方、窓から乗り出して何をしているのさ!! 飛び降りるの? え、飛び降りるつもり?!
眼を見開いて驚く私と、オルフェの視線が交差する。
オルフェが笑って、ひらりと姿を消した。マジで飛び降りたぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ?!
思わず駆けだし、窓を覗きこむ。視線の先には、自然落下するオルフェがいた。ちょ、何を考えて?! 背中が小さくなって・・・っ。
「オルフェにはテオ達と先に合流して貰って、悪魔の足止めをお願いしたんだ」
「だ、だからって、とび、飛び降りっ」
「風の神霊術を使うから大丈夫だよ。それよりも――お願いできますか?」
ロイドはそう言うけど、私は心配で視線がオルフェから外せない。うぅぅ・・・段々と小さくなる背中が不安を駆り立てるよ。
本当に、大丈夫なのかな?
「今回だけだぞ」
「へ?」
シメロンが嫌々そうに何かを了承したのは判った。けど、何で私を肩に抱き上げた? それ以前に、みぞおちが肩に当たって苦しんだけど。姫抱きも勘弁願いたいが、これも止めて欲しい。
と言うより、何がどうなった? 誰か状況を教えてください。
「男と手を繋ぐ趣味はないが、仕方ない」
だから、状況を教えて。そして降ろせ!
「場所は・・・施設の外でいいか?」
「お願いするよ」
仲間はずれ禁止!!
文句を言うより先に空間が歪み、気がつけば外にいた。
・・・もういいよ。諦め半分に項垂れてかけて、はた、と気づく。戦闘独特の音が辺りから聞こえない。うわ、静寂が逆に不気味すぎて怖い。
最悪の結末を予想してしまう自分が、憎らしい。
「レオンハルト様!」
テオの声が聞こえて、そちらに眼をむける。身体中傷だらけだけど、生きている事実に安堵した。
テオがいるなら、他の人は・・・。視線をめぐらせれば、戦闘型機械人形を助けるカリステゥスの姿があって、その傍らに周囲を警戒するピセルの姿を見つけた。けど、アーシェの姿が見つからない。
不安になっていると、テオが教えてくれた。
「アーシェなら、他の機械人形と一緒に安全な場所に避難しています。レオンハルト様も、そちらへ避難してください」
「馬鹿か、お前は」
レーヴェが冷たく言う。
「ルキアがいるのに、避難できるか」
そうだよね。私が避難場所に逃げたら、もれなく悪夢も来るよね。そしてそこを襲うよね。簡単に想像出来る未来が怖いよ!
あぅぅぅぅ! ごめんなさい! もうあれですね。私は疫病神ですね。すいません、申し訳ないです。でも私のせいじゃないから!!
「状況を説明しろ」
「はい」
シメロンに担がれたまま、私は考える。
悪魔はまだ、誰の身体も奪っていないのだろうか? それはありえないだろうと、私の本能が叫ぶけど今のところ、それらしい存在は見られない。まさかテオやピセル達が乗っ取られたなんてことは・・・ないか。
戦闘中なのに、緊張感を一気に霧散してくれるカリステゥスとピセルのやり取りに、身体の力が抜ける。戦闘型機械人形も苦笑しているよ、お二人さん。気づけ。
この様子を見るからに、テオも論外だろう。
ならば誰が・・・。
「巡回型機械人形と警備型機械人形の一部が、この惨状を起こしました」
あちゃー。機械人形が乗っ取られていたのね。
しかも遠距離支援に優れた巡回型機械人形と、中距離攻撃に優れた警備型機械人形。最悪なことに、防御力が一番高い機械人形が悪夢の手に落ちたのか。うわ、うわー。面倒くさい。
「悪夢の姿はないのか?」
シメロンが聞けば、テオは首を横に振った。
「おそらく、どこからかこの様子を見ているはずなんですが」
「見つからない、と。・・・面倒だな」
まったくです。シメロンに同意しつつ、私は周囲に視線を巡らせた。あー・・・確かに、テオが言うように巡回型機械人形と警備型機械人形が暴れているね。それを戦闘型機械人形と支援型機械人形が押さえて・・・あ、建物が壊れた。
倒壊の原因は君たちか。
・・・・・・あれ?
「オルフェはどこ?」
「オルフェ?」
テオが首を傾げた。
「私達より早く、ここに来たはずなの。ねぇ、見てない?」
「いや・・・私は見てませんけど」
「私も見てないわよ」
「俺も」
いつの間にか近くにいたピセルとカリステゥスも、知らないと言う。じゃあ、オルフェはどこに行ったのさ。不安が押し寄せてくる。嫌な予感が消えてくれない。
「まさかとは思うけど」
ロイドが思案顔で呟く。
「悪夢を見つけて、そのまま戦闘・・・。なんてことはないよね」
「ああ、流石にないだろう」
即座に否定したロイドとレーヴェだけど、私はどうしても消えない嫌な予感にその可能性が十分ありそうな気がしてきた。
でも・・・一人で悪夢に挑むなんて愚の骨頂もいいところだし。オルフェだって、それは知っているはず。なのに何でこう、可能性を否定しきれないんだろう。
「なぁ、あれ」
シメロンが上を見上げたまま、誰ともなく呼んだ。
「クソ餓鬼じゃないか?」
「え?!」
慌てて視線を追えば、上空で黒い何かと戦うオルフェの姿を見つけた。何やってんのあんた!! 嫌な予感がドンピシャじゃないか?!
「空中戦か・・・。オルフェは不利そうだな」
「速さも、あっちが優れているみたいだし」
冷静に分析している場合ですか!!
「オルフェ!!」
何がどうなったのか、速すぎていまいち解らないけれど、オルフェの身体がくの字に曲がって建物と衝突した。瓦礫が地面に落下する。
ああああああ・・・っ! 大丈夫かな? 生きているよね? 死なないよね?
「落ち着け、ルキア」
オロオロする私に、シメロンが声をかけた。
いやいやいや、落ち着けませんってっ。
「風の神霊術で威力を弱めたようだから、簡単には死なない。まぁ・・・肋骨の一本か日本は折れただろうけど」
重症じゃないか! うっかり動いたら、骨が肺に刺さる危険性があると思うんですけど!!
悪魔がオルフェのいる建物に近づいていく。これには流石にロイドとレーヴェも焦ったのか、威嚇射撃と雷の神霊術で足止めを始めた。でも、まったく効果がない。
届いていない、と言うのも最大の要因だろうけど。そもそも悪魔は意に介さない。相手をする価値もないと言うことか、はたまたオルフェを相手取るのが先と判断したのか。どちらにしろ――状況は最悪だ。
距離が距離なだけに、オルフェを助けることが出来ない。それはつまり、オルフェは悪魔に身体を支配されると言うこと。未だ暴れる巡回型機械人形と警備型機械人形と、同じ末路をたどってしまう。
何とかしたいのに、気持ちが逸るばかりで行動に移せない。
「あ、ああぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁあああぁぁぁぁああぁぁぁぁああぁあああぁぁぁあぁっ!?」
天を裂くようなオルフェの叫びに、ロイドとレーヴェの足が止まった。
状況が理解できないんだろう。武器を手に持ったまま、唖然とする彼らにシメロンが叱咤を飛ばす。
「あの餓鬼が機械人形みたいになってもいいのか!!」
「っまさか?!」
ロイドは可能性に思い当たったらしく、銃口を悪魔がいるであろう場所へ向けると躊躇わず引き金を引いた。
戦略技能を発動させる。
「戒め、切り裂け」
風の鎖を使って敵を束縛し、無数の風の刃で切り刻む――ノルン。
銃口から放たれた魔力が形となし、悪魔の身体を束縛する。風が何かを切り刻む音がしたが、悪魔の悲鳴らしいモノは聞こえない。
回避されたと知ったロイドは舌打ちをし、レーヴェに目線を送った。だけど、レーヴェの持つ戦略技能は近距離ばかりで、到底、あの場所に届くはずがない。
それをロイドも思い出したのか、焦燥を滲ませている。
――なにも出来ないこの状況に、腹が立ってきた。
「降ろして」
「駄目だ」
「いいから、降ろして!」
身体を命一杯動かし、肩の上で暴れる。シメロンの拘束が緩まったのを見逃さず、素早く地面に降りてロイド達の傍に並び立った。二人が何かを言っているが、知ったことじゃない。
私はじっと、眼を凝らしてロイドがいる場所を睨みつけた。煙が酷くて、よく見えない。
苛立ちながらも右手に意識を集中させている間に、テオ達が合流したらしい。背後で会話が聞こえるけど、そっちに耳を傾けずに全神経を統一させた。
不自然に風が吹き、煙が霧散していく。
あらわになった建物に悪魔の姿はなく、当然、オルフェの姿も見えない。辺りを警戒しながら、私は唾を飲みこんだ。
「っかごめ!」
背後で慣れ親しんだ気配を感じて、結界術を発動させた。
長い付き合いだ。私がオルフェの気配を間違うはずがない。確信しながら振り返れば、結界に閉じ込められたオルフェがいる。しかもその手には、抜き身の剣を持っていた。
どうやってあの場から、ここに現れたのかなんてどうでもいい。
その剣で、誰を襲うつもりだったんだ。
怒りからか、自然と表情が険しくなっていくのが解る。私がどうこう出来る相手じゃないが、悪魔め。ぎゃふんと言わせてやる!
突き出した手に力を込めながら、さらに集中を高めた。
「どう言うつもり、ルキア!」
ピセルの怒鳴り声に、怖いと思わない私は神経がどうかしたんだろう。
「相手はオルフェですよ。結界を解きなさい」
諭すテオに、無言で返答する。
何も言わない四人は、事態を理解したのだろう。
カリステゥスはオルフェを最大限に警戒し、ロイドは顔を俯かせるオルフェに、躊躇いを見せながら銃口を向けた。懐に入れた相手に甘くなるのが、ロイドの欠点だ。
レーヴェは喚くテオとピセルを眼で制し、いつでも大剣を振えるよう構えを解かない。
「悪魔に身体を支配されたか」
シメロンがゆっくりと、私の傍に近づいてくる。その言葉に驚いたのは、理解してなかったテオとピセル。慌てたように、オルフェを凝視している。
「無様だな」
煙草の臭いがして、ちらりと眼を動かせば紫煙を燻らせて煙草を吸うシメロンと眼が合った。煙草を咥え、シメロンが左手を前に突き出す。
神霊術でも使うつもりなのだろうか? けど、結界で囲っている時点でそれは不可能のはず。何をするつもりなんだ。
「燃え盛る焔の中で眠れ」
ちょっとまてぇぇええええぇぇぇぇぇぇええぇぇぇえぇぇぇい!
空気中の酸素を燃やし、対象範囲内を焔で支配して焼き殺す火炎系スキル――ブリュンヒルドを使うな! それは戦略技能の中でも一・二を争う程、殺傷能力が高くて危険なスキルだろうっ。
オルフェを殺すつもりですか、お兄ちゃん!!
「やめてっ!!」
「安心しろ、手加減はする」
そういう問題じゃない! さらに言い募ろうとした瞬間、硝子が割れる音が聞こえた。
集中力を乱したせいで、結界術の強度が落ちてしまった。しまったと舌打ちをしながら、私は結界を壊した張本人を睨みつける。
無垢な少年の姿をしながらも、禍々しい狂気を瞳に孕んだ悪魔――ヴェント。
精悍な顔立ちは人形めいた美を見せ、生物特有の生命力を一切感じない。能面じみた顔が、薄らと笑みを形作る。
「暗闇が言ったことは、真実だった」
自らが発生させる黒い霧と戯れながら、悪魔は歌う様に言葉を紡ぐ。
「さぁ、姫の寄り代。器たる者。こちらにおいで」
右手を私へ伸ばしながら、視線はオルフェへ向けた。
「変わりに――そいつを解放してあげよう」
甘い睦言に似た囁きに、ぐらりと意思が傾きかけた。慌てて頭を振り、油断なく悪魔を睨みつける。悪魔が笑った。
「仕方ない」
楽しげに笑って、悪魔は腕を引っ込める。
私の身体を、シメロンが後ろに引っ張ってその背に隠した。
「自ら乞うまで、周りを殺そう」
悪魔の名に恥じぬ笑みを浮かべ、オルフェに命じた。
「殺せ――。お前の大事な者、全てを」
顔を上げたオルフェの眼は、鈍い色を宿していた。




