兄と妹
閑話ではなく、本編になりました。兄と妹のタイトルだけど、あまり関係ない気がしています。でも、気にしないでください。
※誤字を見つけたので訂正しました。
誰の気配も感じなくなって、私は恐る恐ると眼を開けた。そこは先程までいた場所ではなく、研究室の屋上で。シメロンが空間転移した先だと知る。
快晴の空から降り注がれる日差しが、眼に痛い。
「降ろして・・・」
シメロンに頼めば、やけにすんなりと降ろしてくれた。
コンクリートの床に足をつけ、ぼんやりと空を仰ぐ。何だかなー。溜息をついて、頭を振る。
混乱していたとはいえ、あれはないよ。数分前の自分を殴りたいぐらいだ。
諦め癖も、治していかないと駄目だな。いや、思い直すことは多々あるぞ私。感情に支配されやすい所とか、死を形容しようとする所とか、好意を無碍にする所とか。本当、色々あるじゃないか。あのままだったら、下手なフラグがたって即、ジ・エンドじゃないか。やめろ、真面目に。
・・・情けない。死亡フラグを回避するって決めたんだから、それぐらいで簡単に心をぐらつかせない。鬱状態にならない。落ち込まない! 目指せ、生存フラグ!!
「落ち着いたようだな」
「あ・・・ごめん」
存在を綺麗に忘れていた。けど、それを素直に言う私じゃない。・・・申し訳ない気持ちはあるよ?
「なぁ、ルキア」
改まって何だろう? いや、何だ、じゃないか。シメロンが私に言う台詞なんて、限られているじゃないか。
私はシメロンに向きあい、顔を上げた。真剣な眼で私を見下ろすシメロンがいる。
「このまま二人で――逃げよう」
ほら、やっぱり。
「機械王の話を聞いて、思ったことがある。ルキアが悪夢の手に落ちたら、確実に彼らを殺す。ルキアはそれに耐えられるのか?」
それは私も考えた。
手っ取り早く私の感情をマイナス方面に向けるには、自我を残したまま幼馴染達をこの手で殺させることだろう。容易に想像出来て、失笑する。オルフェ達に私を殺せないだろう。自惚れではなく、確信。
シメロンもそれを言いたいんだろうなー。短い時間だけど、オルフェ達のことは何となく解っただろうし。
もし、万が一の場合でそれが起きた時、カリステゥスに頑張ってもらおう。彼なら汚れ仕事をしてくれるだろう。国のために、愛する者のために。
いや、死にたくないから万が一とか起こさないけどね。意地でも起こしてたまるか!
「無理だよ」
「なら、彼らから離れるべきだ」
「それも無理」
やんわりと拒否し、首を横に振る。
シメロンが複雑な顔をしているが、仕方がない。約束を破る訳にはいかないんだ。だから、私はシメロンの手を取れない。いや、取らない。
「シメロンこそ、私から離れた方がいいよ。私がシメロンを殺しかねないから」
「そんな未来は起こさない」
即答ですか。根拠は何?
「兄は妹を護る者だからな。どんな手を使っても、妹を護りきる。他を犠牲にしてでもな・・・」
ほの暗い眼をしていますよ、シメロンさん。
てか、妹に対して執着凄いな。出逢ってから今まで、薄れるどころか強まっていませんか? 正直、逃げ腰になりかけている。過保護と言うには度を超えているし・・・・・・そうか、これがシスコンと言うやつか。成程なー。
病的なシスコンなイケメン。
うわ、やだ。想像しただけで無理だ。ああでも、これがお兄ちゃんなんだよね。受け入れるしかないのか・・・。病的の部分を意図的に意識しないで、今まで通りに接すれば大丈夫かな? あーもー、考えるんじゃなかった。
「ルキアの意思は固そうだな。今日は、諦めよう」
おや、機械王と似た台詞だね。
「彼らの元に戻って、大丈夫か?」
そんな不安な顔をしなくても、大丈夫だよ。・・・・・・さっきまでの色々を謝ってすませるか、なかったことにしてスルーしておくかが問題だけど。
あわわわわわっ。今、思い出してもオルフェ達に対する態度が悪すぎる。呆れられたかな? 嫌気をさしたかな? ・・・身捨てられる? いやいやいや、今まで傍にいてくれたんだからそれはないよね。ないはずだよね! ・・・もしも身捨てられても、仕方ないよね。むしろ今まで一緒にいてくれてありがとうって感謝すべきだよね。
うん、覚悟はしておこう。
「アレだったら、別の場所に飛ぶぞ」
そのまま機械神から離れそうなんで、遠慮します。
無言で首を横に振ると、シメロンが小さく舌打ちをした。するつもりだったんだな、お前。よかった、頷かなくて。しかし、油断ならないなー。これからも気をつけないと。
要注意人物が兄って言うのも、何だか嫌だな。
「ルキア」
はいはい、何ですかー?
「一人で抱え込むなよ?」
抱え込んでいる・・・のか? 首を傾げれば、シメロンが私の頭を撫でた。押さえこむような撫で方に、イラっとしたものを感じて頭からはたき落とす。
落とされた手をぷらぷらとさせながら、シメロンが苦笑する。
「何かあったら、他の誰でもなく俺を頼れ」
「いきなり、何・・・?」
「兄としてのプライドがあるからな」
ごめん、意味が解らない。
疑問符を浮かべる私にシメロンはまた苦笑して、壊れ物に振れるようにそっと私を抱きしめる。だから、動作の意味が解らないんだってば。
「今まで護れなかった分、護らせて欲しい」
「・・・・・・罪悪感からの行動なら、いらないよ。私はそんなの、望んでいない」
首を横に振って、シメロンの腕の中から逃れようとする。が、少しの距離も取れない。どんだけ力を入れているのさ! え、ちょっと、さらに腕の力を強めないでよ!!
ふぐっ。鼻が胸板に当たって痛い・・・。てか、待って。お願いだからっ。息が出来ないくらいに抱きしめるなぁぁぁぁあああああぁぁぁっ。
「ルキアがそう思っているなら、それでもいい。俺は俺で、ルキアを護るだけだからな」
自己完結するなら、聞くなよ。そして腕の力を緩めて欲しい。
あ、何か変な幻覚が見える。あれは・・・・・・三途の川? 綺麗だなー。あ、教会の皆がやけに良い笑顔で手を振っているよ。あはは――渡りたくない。
べしべしべしべしとシメロンの胸板を叩き、離せと訴えて漸く、私は新鮮な空気を吸うことが出来た。あー、酸素が美味しい。
「名残惜しいが、戻るか」
シメロンが空間転移を発動させる。空間が歪む。
今度は眼を開けているからか、奇妙な感覚に目眩がした。三半規管がぐるぐるする。車酔いに似ていて、吐き気がしてきた。意地でも我慢するけど。
瞬き一回で、場所が移り変わる。
「ルキア」
聞きなれた声に、身体が跳ねる。振り向くのが怖い・・・が、行動しないと何も始まらない。緊張で顔が強張っている気がする。根性で治そう。笑顔、笑顔って、駄目だろう。さっきの今で笑顔って、どれだけ空気読めない人間なのさ!
えっと、えっと・・・。とりあえず、俯いておこう。
私は俯いたままゆっくりと、静かに背後を振り返った。か、顔が上げられない。仕方なく眼だけ上げようとして、断念した。私の臆病者ー!!
「あの・・・えっと」
何か話そうとするけど、言葉がうまく出てこない。脳内だとこんなに一杯、出てくるのになー。なんて、現実逃避している場合か!!
靴音が鳴って、誰かが私の傍に近づいて来た。おおう、身体が竦む。オルフェ達なのに、何故に竦む?! 怖いのか? え、オルフェ達に恐怖しているの私? 確かに拒絶されたらと考えたら怖いけど、近づいたからって反応するなよ身体!
ほら、足音の主も立ち竦んでいるじゃないか。ああもう、私の馬鹿。くっ、こうなったらウジウジするより、行動あるのみ。女は度胸だ!! 玉砕覚悟で行こうじゃないか!
「さっきは嫌な態度を取って、ごめんなさい」
顔を上げて、オルフェ達を見る。
私に近づいて来た足音の主は、オルフェだった。何だか、奇妙な感じだ。私と最初に関わったのはオルフェだから、そう思うのかな? 一部を除いて平和だった過去が懐かしい。
過去を追想しかけた意識を振り払い、私はふいに思う。
このまま、オルフェ達と縁を切れば私の事情に巻き込まなくていい。それが一番、オルフェ達を長生きさせる方法だし。あーでも、世界は滅亡するか。出来るなら私と関わらず、世界を救って欲しいな。――なんて願望だ。
「私はまだ・・・・・・・・・、君達と一緒にいてもいいのかな?」
そう思っているのに、私の口から出たのは違う言葉。心の奥底にある本音に、笑いたくなった。
「もう少しだけ、一緒にいたい」
「少しと言わず、ずっといればいい」
「そうだよ。どうせなら死ぬまで一緒にいる?」
「死ぬまでって・・・それはちょっと、駄目じゃない?」
と言うよりも、だ。
「許してくれるの?」
二人は顔を見合わせ、肩を竦めて苦笑する。
え? 何で? 私変なことを言った? あ、おい。何で頭を撫でる。そんなに私の頭は撫でやすい位置にあるのか? え、ちょっと。そこんとこ、詳しく話してもらおうか。小一時間ほど。・・・冗談だよ。
「許すも何も、情緒不安定だった奴に怒っても意味がないだろう?」
「でも、次はないよ」
ロイド、それは脅しじゃ・・・。でも、いつも通りの二人の対応に、気負っていたのが馬鹿みたいに感じて、私は自然と笑っていた。そしたら、更に髪をわしゃわしゃとされる。やめろー、と言いたいけど、ここはされるがままになっておこう。
しかし・・・。これはやっぱり、友情を超えた絆の力かな? 人と人との強い結びつきによって生まれた、強固な結束力。絆は全てを許すのだ! ・・・恥ずかしくなってきた。
そう思いながら、私はちらりとオルフェを見た。あの場から一歩も動かず、じっと私を見る瞳は何かを探っているように感じる。・・・私は未だ、頭を撫でる二人を眼で制し、オルフェに近づく。
「オルフェ・・・あの」
腕を伸ばせば、びくりとオルフェの身体が震えた。・・・地味にショックだ。
伸ばした腕を引っ込めることも出来ず、私は愕然とオルフェを見上げる。これは嫌われた。確実に、嫌われた。覚悟はしていたはずなのに、凄く胸が痛い。謝ってもどうにもならないことって、確かにあるんだね。・・・自業自得か。あははは・・・はぁ。
「クソ餓鬼」
シメロンの声と共に、何かを殴る音が聞こえた。
「お前がルキアの手を離すなら、俺は二度とお前にルキアを近づけない。それでもいいなら、今、ここで、ルキアと別れを告げろ」
二人称が君からお前になりましたね。統一して欲しい。
――そうじゃなくて。
気配に敏いオルフェに気づかれず、どうやって近づいたの? そしてオルフェの頬が赤く腫れているのは、ビンタじゃなくて拳で殴ったから? だから拳を握っているのか、シメロン。
「ほら、誓えよ」
抑揚のないシメロンの声で、冗談抜きの本気だと解る。
「――――――――断る」
オルフェがはっきりと、拒絶を口にした。
「俺はルキアの傍から離れないし、手を離すつもりもない」
「なら、何で今、ルキアを拒絶した」
「してない」
「しただろう」
「幻覚だ」
・・・・・・・・・普段通りに戻ってよかったけど、オルフェ。別に意地を張らなくていいよ。気にしてないから。うん、気にしないから。
まだ言いあいを続ける二人がおかしくて、笑ってしまう。声に出ていたのか、二人の視線が私に向いた。おっと、失礼。
「ルキア」
オルフェが少し緊張した声で、私の名を呼ぶ。
「なんでも自分のせいにするなよ。溜めこむぐらいなら、不安を吐き出してくれた方がいい。別に、俺は気にしない」
「嘘こけ。気にして凹んでたくせに」
「してない!」
ロイドのちゃちゃに、オルフェがすぐに噛みついた。
・・・・・・何だかなー。
このままだと私、本気で甘えたになりそうだ。一人でも大丈夫なようにしたいのに、どうしてこうも上手くいかないんだろう。あ、だから人生か。難しいなー。
しみじみと頷いていると、ポンっと肩に手を置かれた。誰だろうと視線をむければ、レーヴェが苦笑している。
「兄上も心配していたぞ」
本気で存在、忘れていた。ごめんよ、ラルフレア。
謝罪の意味も込めて、ラルフレアを探せば機械王と話している。物凄く、ぎくしゃくとした様子で、初めて逢った時以上にどもりながら会話をしていた。弱気な態度に、機械王が呆れている。あ、何か説教を始めた。王としての心得でも伝えているのかな?
これで少しは、弱気をなくして立派な聖王様になっておくれ。・・・あの様子を見るからに、無理か。いやいや、億が一の可能性があるし、大丈夫だよね! 人生、何があるか解らないし。大丈夫、大丈夫。聖王国・王冠の未来はたぶん、明るいぞ!!
「手を繋ごう、ルキア」
だから、気配がないんだってシメロン。そして、脈略が解らない。呆れつつ、私はシメロンが差し出した手に手を重ねた。途端、ぐいっと身体が引かれる。やめろ、倒れるじゃないか!
やすやすとシメロンに抱きしめられ、もう溜息しか出ない。本当、何がしたいの。てか、手を繋ごうといいながら抱きしめるなよ。意味が解らない。
「残念だ」
何が? 不思議そうな顔をする私に、シメロンは笑ってごまかした。
いや、言えよ。気になるじゃないか。
「機械王」
声を張り上げて、シメロンは言った。
「俺達はもう、行っていいか?」
「――ああ、ワシの用事はすんだ。後はこの男に王として少し、教育するだけじゃ」
「うひぃぃぃぃいいいぃぃぃいぃぃっ! か、かかかかかかかか勘弁してくださいごしょうですから私よりも弟のレーヴェの方が優秀です彼に王としての教育をしてください!!」
顔を青ざめたラルフレアの言葉に、機械王は一切、耳を傾けていない。好々爺みたいな顔で笑う少年に、ラルフレアが悲痛の叫びをあげた。
レーヴェが笑顔で止めを刺した。まぁ、諦めろ以外の言葉はないから当然だけど、何でそんなに晴れやかなのさ。やっぱり、聖王の称号が嫌いなんだね。第二王子にこうも嫌われる聖王家業って一体・・・。
「姫抱っこで行こうか、ルキア」
「歩くから離して」
誰がそんな恥ずかしい格好をするか! 馬鹿も休み休み言え!! ほら、腕を離す。何でそんなに残念そうなのさ、お兄ちゃん。もう、迷惑なシスコンってレッテル貼るぞ。
・・・あ、これは私にもダメージが来る。シスコンって考えないようにしよう。
仕方なく、私と手を繋いで歩きだしたシメロンにまた、溜息が出た。普通だとイケメンで、カッコいいのに。どうしてこう・・・変にキャラ崩壊した。
考えるのも馬鹿らしくなって、あっさりと思考を放棄。頭痛の元は綺麗に消そう。
そう言えば・・・――。
私は摩耗した記憶から、頑張ってゲームイベントを思い出す。
プロローグイベントは終わった。その次である、この機械神で起こるイベントは確か・・・・・・。暗闇との邂逅だ。でも、それは聖王国・王冠で済ませている。なら、次に現れるのは悪魔だ。
そうか、あの悪魔がこの機械神に来るのか。あくまで可能性だけど、限りなく高確率で当たりそうだ。げっそりと、精神がすり減った気がする。
あの悪魔は他人の身体を奪い、自我を残したまま殺戮を起こす。ただ殺すだけではなく、血肉を啜り、貪って、自我が崩壊する様子を見るのが大好きという変な性質を持っている。
奪った身体は、最後には痛覚を残したまま破裂させる。その血飛沫の中で高笑いする悪夢を思い出して、身震いした。ついでに思い出したけど、悪魔は拷問も好きだ。死ねない呪いをかけて、口でも文字でも表せないようなことを平然とする。
ゲームでは映像をぼかしていたけど、台詞は・・・・・・思い出すのも嫌だ。
悪夢が現れることで、機械神が受けるダメージは多い。
例えば、機械人形の損傷。電脳の損害。電子機器の爆発。建物の倒壊。機械王の死亡。
うん、最後のは阻止しないと駄目だ。機械王は私に対して、友好的に見えたし、生きて味方になっていてもらわないと。いざと言う時、頼れる相手がいないと大変だからね。打算が多いけど、生きて欲しいと思うのは事実だよ。
機械王が死亡することで、王の一部である複製人形が機能停止になる。これで機械神は中から崩れることになるだろう。内部が壊れれば、外部が壊れるのも時間の問題だろうし。
何だろう。
さっきまでの鬱々とした、負の感情が綺麗になくなってすっきりしたこの感じ。これが生きると言うことなんだろうか? それともただ単に、私が単純だから? 生きる活力を得るためだと思っておこう。
シメロンと手を繋いだまま、私は思考を巡らせる。周りで何か騒いでいるけど、そんなのに構っている余裕はこれっぽっちもない。
私に出来ることと言えば、結界術で護ることしかないけれど。それでも、ないよりはマシだろう。
問題は、どうやってこの場所に留まり続けるか――だ。
悪夢がいつ来るか解らない現状、下手にこの場から立ち去ることも出来ない。かと言って、悪魔が現れると馬鹿正直に話す訳にもいかない。何か、何か手を考えないと。
機械王を死なせる訳にはいかないんだ。
「!?」
大きな破壊音が聞こえて、意識が現実に戻る。
「ねぇ、あれを見て!」
ロイドが窓に近寄り、灰色の煙を指差した。近くの建物が連鎖するように崩れ、煙がまた上がる。次から次へと、ドミノ倒しのように崩れる建物に、誰もが言葉を失くす。
「まさか」
シメロンが顔色を変え、私の手を強く握りしめた。
「ああ、クソ。――悪夢が来たんだ」




