眼がさめても異世界 2
スローペースです。
訂正しています。
悪夢であり、地獄の時間が終わって――私は今、川に来ている。
いやはや本当、聖職者が子供に対して暴力を振るい(教会近くの人間は全員そうだけど)、あまつさえ、最後までしないけれど性的暴力を行うのは如何なことか。
口で~とか、手を使え~とか、やめてよ。気持ち悪い!
と、叫べればいいのだが、生憎と、本当に残念なことに私の味方は初老の笑顔が素敵な、シスターモニカしかない。――と、言っても何でも助けてくれる訳ではない。
シスターモニカも司祭に逆らえず、司祭の眼がある所では沈痛な表情で私を見ているのだ。他のシスター達がいる場合でも同様だけど・・・。味方と言っても、他のシスター達みたいに暴力を振るわない、だけで・・・。なんだか、再確認してあれだけど・・・味方、いないや。
見て見ぬふりが一番、きついよ。うん。
シスターモニカも味方じゃない。改めよう。
「・・・・・・冷たい」
つらつらと思考を動かしながら、川で身を清める。
本当なら、温かいお風呂に入って沐浴したい。でも、私は何故だか、そう、何故だか入浴を禁止されている。物心つく頃から、お風呂に入ったことがない。ずっと、川で身体を清める日々が続いているんだよね。冬でも・・・。
私としての記憶があるから、これがおかしいことだと解る。ここまでくるともう、虐待の度が過ぎている気がした。あれか? いっそ、凍死しろと言う無言の訴えか?
力の暴力、言葉の暴力、性的暴力・・・と、理不尽な眼にあっているのに、さらにこれだ。
古い記憶を探りだせば、司祭や若いシスター達に川に放り投げられたことを思い出す。
「・・・彼女はよく、耐えられたな」
私だったら、無理だ。
誰かに助けを求め、頼ろうとする。
――でも、他の大人に頼ることは出来ない。
「・・・・・・・・・。この色じゃなきゃ、助けてくれたかな?」
白銀の髪に触れ、指に巻きつける。
この世界で白は、不吉の象徴とされている。それはかつて、世界を混乱に陥れ、滅びの危機を与えた悪夢が関係しているから。
龍皇が存命していた時代に現れた、六つの悪夢。
黙示録に綴られた、災厄の象徴。
お伽噺に、黙示録の内容は書いてある。
曰く――
『最初に訪れたのは悪夢に相応しい暗闇だった。
暗闇は世界から光を奪い、希望を喰らってしまった。
次に現れたのは悪魔だった。
悪魔は風を操り、すべてを切り刻み吹き飛ばした。
風は暗闇の中を自在に駆け、暗闇と共に妖精を呼び寄せた。
妖精は焔を使って周囲を煉獄とし、地獄から魔女を招きいれた。
魔女は剣で切り刻まれても、矢に貫かれても、斧に押しつぶされても、何度でも地獄から舞い戻ってきた。
魔女は妖精の焔が作った災厄の灰を空へ巻き、夜を生み出した。
濁った夜に歪な月を浮かべ、魔女は妖精と悪魔と暗闇とでかつてこの世に君臨した女王を復活させた。
女王は焔でも解けぬ雪を操り、世界を極寒の地へ変えてしまった。
そして生きとし生けるもの、すべてが無へと帰した世界で女王は、かつて病で亡くした愛し子の姫を再び蘇らせた。
けれど蘇った姫は無へと帰した世界を見て嘆き悲しみ、女王たちの傍から逃げ出した。
姫は生き残った存在を探し、龍皇と遭遇した。
姫は白雪のような清い心で龍皇に六つの悪夢を止めて欲しいと懇願し、龍皇はこれを引き受けた。
龍皇は仲間と共に六つの悪夢と対峙し、血で血を洗う死闘は千年続いた。
終に六つの悪夢に勝利した龍皇は世界樹に強固な結界を張り、再び悪夢が訪れぬよう厳重に封印をかけた。
その後、姫は龍皇と共に悪夢の再来を防ぐため魂を持って封印の楔となった』
と、言う内容だ。
これはゲーム内でも結構、重要な内容だ。
彼女が殺された後、六つの悪夢は蘇る。そしてなんの因果か、彼ら悪夢は求める姫が罹った奇病、雪の呪いが発症した者を狙う。
雪の呪をカッコよく言うなら、ネーヴェ・マレディツィオーネなんだけど・・・舌が噛みそうだと言う理由で制作者サイドが却下したらしい。おっと、余談だった。
この雪の呪は体力・免疫力を著しく低下し、一定体温を奪う不思議な奇病だ。
何が原因で、どのように発病するか不明。特効薬となるモノもなく、治すための術もないが死病と言う訳でもない。
ただ、この病にかかったのは姫と――そして、未来のアーシェだけ。
設定上、それがヒロインに相応しいと考えたんだろうけどさぁ。なんかこう、ありきたりだよね。展開としては。
でもちょいちょいと、ゲームの回想で出てくる姫も、ヒロインに相応しい容貌で・・・同じ女でも庇護欲にかられた!! なに、あの可憐さ。天使のような神秘さを持つって表現が、すっごく似合ってた!!! これもまた、ありきたりな設定だけど。
・・・まぁ、そんな可愛く可憐な姫を溺愛し、依存していたのが姫の母である雪の女王とその配下。彼女が死んだ後は狂って心を壊して・・・後はま、黙示録に書かれた通り。
肉体が死んだ後も魂だけが残り、狂気を具象化して現れたのは驚きだけど。それだけ姫を愛していたんだ、とは、ゲーム内で出てくる彼らの姫に対する想いでよぉぉぉぉぉぉぉく、解る。
てか、倒しても倒しても、ボウフラの如く現れ、ラスボス戦では当然のように雪の女王につき従い、「あれ? お前ら倒したよね? 別のステージで倒したよね? かっこいい台詞言って倒れたよね? 姫に対する想いを叫んで、死んだよねぇ?!」と愕然としたものだ。そして何と言うか、ラストバトルに相応しい、攻略の難易度の高さに涙したよ。
六つの悪夢は倒しても、また復活して、なら雪の女王から倒せば、と思ってもまた復活して、なにコレ。鬼畜!!! と何度叫んだだろうか・・・。ふふ、懐かしいなー。
遠い眼なんてしてませんよ? ええ、してません。
で――なんで私の髪が不吉の象徴とされているかと言えば、だ。実に簡単明確。その姫の髪が、奇病に罹った後に白く抜けたからだ。
故に、この世界に住む者たちはこう思った。「姫がいなければ世界は滅亡の危機にさらされることはなかった」とね。だから、白は不吉の証。
白髪も、銀髪も、灰色の髪も、白に近いモノはすべて・・・・・・禍の色と言われている。
「でも、それは正しくないんだよね」
レーヴェが言っていた。
姫がいなくても、悪夢は世界を終わらせようとしただろう――と。
むしろ、姫がいたからこそ、彼らは行動を起こさなかった。姫は一種の、抑制剤だったのだ、と。だから白が不吉だとは思わない。禍の色とは見えない。
そう、九歳の子供が言うには不相応な台詞を、レーヴェは言ってくれた。
たぶん、彼女にとっての救いの言葉・・・だったんだと思う。だから私にも深く、心の中に根付いている。
「懐かしい、な・・・」
川の水を両手ですくい、夜空を映し出す。
この世界の夜は不思議なことに、満月か新月の二つしかない。四季は日本と同じようにあるのに。24時間で、365日の十二カ月あるのに・・・。
これだけが、異なっていた。
私は身体を川の中に沈め、ゆっくりと力を抜いた。浮力に従い、浮いた身体が川の流れにそって動く。ゆっくりと、眼を閉じた。
「還りたい」
そう思うけれど、私には帰る場所がない。
「帰れない」
けれど私は、教会に戻らなければならない。
矛盾した思いが胸に巣食って、気持ちが悪い。私は彼女ではないのに、何故、彼女でなければいけないんだろうか。
「・・・・・・死にたくないよ」
五年後に迫る、運命の日。
その運命を変えたとして、私は――。
「死にたくない」
私は果たして――生きているのだろうか?
続く・・・。