眼がさめても異世界
ノリと勢いだから、そのうち失速しそう・・・。
たゆたう水に似た風景。
完全なる闇でもなく、かと言って明りが在るわけでもない不思議な空間。
そこが夢なのだと、直観的に知って、眼の前に人影が現れたことに驚いた。私はすぐに警戒を抱いたが、それが無駄なことだとすぐに解った。――現れたのは、女子高校生の私だ。
夢の中で、女子高校生だった私と、今の私が鏡合わせに向かい合っている。
お互い、何も話さない。否、話せない。それに居心地が悪いと思うことはなく、ただじっと、静かに見つめ合う。
言いたいことも聞きたいことも山ほどあるのに、何も言葉に出来ない。
静寂が場をしめる。
ふと、女子高校生の私が右手を上げた。つられて左手を持ち上げれば、知らず両手が触れ合う。女子高校生の私の手は、凍ったように冷たい。
・・・そうだよね。死んでるんだし。
冷たくて当然だと頭では思うも、心が納得しない。
私はどうして、死んだんだろうか。
車に撥ねられたのは解った。だが、何故、撥ねられる状況下に陥ったのだろう。
思い出せない。
ついでに言えば、かつての名前も思い出せない。
それは家族の名前や友人の名前も同様で、こちらは顔すら解らない。ぼやけたように顔の輪郭を隠し、思い出すきっかけすら与えてくれない。
「×××××」
女子高校生の私が、何かを告げた。
だけど残念なことに、その声はノイズが混じっていて聞こえない。唇の動きを読み取ろうとするも、不思議なことに眼が霞んで見えなくする。
・・・読唇術なんて使えないんだから、見えてもわからないんだけど。
「××××」
似たような言葉を、言われた気がする。
そして女子高校生の私は、私から手を話してゆっくりと、静かに後退していく。慌てて手を伸ばすも、その指は空をひっかくだけ。
女子高校生の私の身体が、闇に消えていく。
今の私とは違う、少し大人びた表情で柔らかく微笑み、どこか子供っぽさを含んだ瞳で私を見つめる。ゆっくりと唇を動かし、何事かを呟く。
「×××、×××」
やはり、声は聞こえない。
問おうにもその姿は完全に闇に解け、影も形もない。
途方に暮れた気持ちになった。
それは声が聞こえなかったからだけではなく、記憶から消えていくことに対して。
至って平凡な容姿だった、女子高校生の私の姿。その姿を眼に焼きつけたはずなのに、頭の中から泡沫に消えていく。
留めておくことが出来なくて、恐怖が心を覆った。
駄目だよ、これぐらいで怖がってたら。これから死亡フラグをへし折るのに、こんな気持ちのままじゃそれすら出来なくなる。
だから私は硬く眼を閉じ、生まれた恐怖を心から消えるよう暗示をかけた。
大丈夫。
怖いことなんて何もない。
忘れたのだって、当然のことなんだ。
だって私は――死んだんだから。
前のことが解らなくて、当然なんだ。
そう、暗示をかけて心が落ち着くと同時に、冷えていくのが解った。
思わず失笑した。
ああ、私はどうしようもなく、酷い人間だ。
生きるために、生きたいがために、女子高校生の私を捨てる癖に、知識だけをそのまま残そうとするなんて。女子高校生の私の両親を、友達を、忘れたままでいるんだから。
この世界で生きようと覚悟を決めた訳でもないのに。
「・・・?」
ふっと、何かに引っ張られる感覚がした。
ああ、眼覚めるのかと、どこか他人行事に思う。抗うことなくその感覚に身を委ね、口にするはずなかった本音がこぼれた。
「どうせ転生するなら、記憶全部、消してくれればよかったのに」
そして目覚めれば、視界いっぱいに広がる美形の顔。
何これ、悪夢? と戦いたのは秘密だ。数秒して、そこにいたのが幼馴染だと知って、知らず詰めていた息を吐き出す。
ゆっくりと身体を起こして、私は右手で双眸を覆った。
「・・・大丈夫か?」
何も話さない私に不安になったのか、オルフェが心配そうに私を見やり、左手に手を重ねた。その手をやんわりと外し、私は笑ってみせる。
両眼を隠した手を放し、こっそりと布団を握った。
「大丈夫だよ、オルフェ」
「でも」
「ありがとう、ごめんね。心配掛けて・・・。寝不足と貧血で倒れちゃったみたい」
倒れた理由を聞かれる前に、適当に嘘をついておく。
追及されたら、嘘をさらに重ねて騙そう。良心が痛むが、仕方ない。前世の記憶を思い出して、頭の許容量を超えたから倒れました。なんて、誰が信じるか。私なら信じられないし、精神でも病んだかと怪しんでしまうから。
ただでさえ教会の人間からも、教会近くの街人からも快く思われていないのに。これ以上、疎まれても困る。
同じ孤児でも、オルフェはまだマシ。少なくとも、教会の人間には疎まれていないから。
「本当に、私は大丈夫。あまり気にしないで、ね?」
「なら・・・いいけど。無茶はするなよ?」
「うん、ごめんね」
納得はしていないものの、一応、私の言葉を受け入れたオルフェにそっと安堵の息をつく。
どうにもオルフェは、人の嘘を見破り、機微を知るのが上手くて困る。主人公だから当然だろうと言われれば、「ああ、そうか」と納得できてしまうのが不思議だ。いやいや、それでも騙し続けなければ!!
少なくとも、私が、天寿を全うするまで!!!
目指せ、老衰!
・・・・・・・・・十歳で願う夢かな、これ。何だろう、眼がしらが熱くなる。
「ルキア?」
「ううん、なんでもない。寝すぎてぼーっとしてたみたい」
顔を覗きこむオルフェからさり気なく距離を取り、次いで周囲を見渡した。視界に映った窓から見えるのは、黄昏の空。
この部屋にはオルフェ以外の姿が見られないのは、ロイドとレーヴェがそれぞれ、家に帰ったからだろう。心配、させたまま帰宅させるのはちょっと・・・精神的年上としては申し訳ない。
もっとも現在、一番の年上は十四歳のレーヴェ・・・ごほん、レオンハルトだけども。
「・・・アーシェは?」
アーシェこと、アーシェリカは孤児ではないけれど、両親によって教会に預けられている。一緒に住んでいるのだから、この場にいてくれてもいいのに・・・。
アーシェは両親が存命なのに、何故、教会に預けたと疑問に思うだろうが、両親がお家騒動に娘を巻き込みたくないから、だと言うのだから仕方がない。
設定資料でもアーシェは貴族の娘で、だけど家同士の仲が悪く、両親は駆け落ち同然で結婚した。とか書いてあったな。
ちなみにその両親、現在、互いの親を説得しているため出てこない。ついでに言えば、物語が終わっても出てこない。一応、生存しているらしいけど・・・それでいいのか? と思わずツッコんでしまったのが懐かしい。
「アーシェは・・・・・・。ルキアに回復魔法をかけて、体調崩した」
「ちょっ! アーシェは身体が弱いんだから、魔法を使わせないでって言ったのに」
「俺達は止めた。やったのはアーシェだ。『私だって役にたてるものー!』って言って、水の神霊術使って、数分で気絶したけど」
「・・・気持ちは嬉しいけど、神霊術使うと反動で寝込む子に無理させたくなかったよ」
気だるげに淡々と起こった事実を語るオルフェに呆れればいいのか、はたまた寝込むと解って力を使ったアーシェに怒ればいいのか判らずに、私はただただ、項垂れた。
けどまぁ、アーシェが無理してまで力を使おうとした理由は何となくだけど、解る。
私の眼の前にいる、オルフェが原因だ。
昔からオルフェに恋心を抱き、一途に、それはもう一途に想い続けているのだ。気づかないのは当人ばかり。いや、もしかしたら気づいた上での、スルーなのかもしれない。だって本編でも、好意に気づいているけど知らないふりをする場面があったし・・・。
ん? 何が言いたいって?
つまりだね――。
アーシェリカ・ヘイネルはゲーム上、オルフェと結婚可能な嫁候補三人の内の一人である。
――と言うことだ。
だが特定のルート、好感度、選択や戦闘の状況、勝利回数がクリアーされなければ嫁候補と結婚することは出来ず、アーシェはオルフェと結ばれることなく他の好感度のみ高い男性キャラと結婚することとなる。
それを知った時、何この面倒くさいシステム!
何この鬼畜仕様!
もうちょっとさ、ユーザーに優しくしてよ! 初心者にはきついよ!! と言う声が公式サイトに上がり、炎上させた事件があった。
いやぁ、懐かしい。
攻略本も攻略サイトもまだ出ていなかったから、解らないで進めたら誰とも結婚しないルートが出て吃驚したよ。説明書や公式サイトには結婚システムが乗ってたのに・・・さ。
思わず炎上に参加しちゃうぐらい、驚いたよ。
あ、ちなみにそれはオルフェだけではなく、ロイドやレーヴェ、まだ出ていないキャラにも結婚システムがあるんだよね。上記の三人は、嫁候補がそれぞれ三人いるのに、他男性キャラはおこぼれと言うか、何と言うか・・・・・・うん。プレイしてて複雑な気持ちになっちゃった。
それはともかくして、だ。
アーシェにあれだけ好意を向けられているのに、オルフェは何故か、ルキア・クルーニクスに恋をしているのだ。いや、今現在は恋を恋とは知らず、純粋な家族愛だと認識している。こうして私を心配するのも、同じ孤児仲間基、家族だからだ。それならアーシェもいれろって?
アーシェは孤児じゃないから家族じゃない。としか言えない。聞いたことはないけど、雰囲気がそう物語ってた。
オルフェがルキアに向ける感情が恋だと自覚したのが、ルキア・クルーニクスが死んだ時だと言うのは悲劇だろう。
初めて解った気持ちは、結局、伝えることができないまま終わりを告げてしまう。ああ、なんて悲哀! と、ルキア生存ルートを作れと騒ぐユーザーがいたほど。
ちなみに制作者サイドはルキアの死亡フラグを折るつもりはなく、死んでこそ物語が始まるのだと得意気にゲーム本に乗せていた。ついでに言えば、その本にちょっとした選択ミスで仲間が死ぬルートもあると断言するほどの鬼畜だった。
事実、選択ミスで仲間が死にました。
他ユーザーも同じようなことが多々あり、一部ユーザーは今までのセーブを消して最初から始めるという暴挙に出たほど。それでも次々と仲間や果ては主人公の死亡フラグがたって、GAME OVERの文字を何度見たことか。
難易度ハードすぎる!
ハードどころか鬼だ!!
エンドが三つあるって言うのに、バッド以外見れない!!
初心者にプレイさせる気がないな、畜生!!!
――と荒ぶるユーザーがいたのは仕方がない。
失礼、余談だった。
ルキア・クルーニクスのことではなく、重要なのはアーシェのことだ。
「私はもう大丈夫だから、アーシェの傍にいてあげて」
嫁候補であるアーシェを大事にすべきだよ、オルフェ。
「・・・」
そこで黙るな。素直に頷いて!!
「本当は私が傍についてあげたいんだけど、司祭様に呼ばれていて・・・。だから、私の変わりに。・・・ね? お願い」
司祭に呼ばれて、は嘘ではない。
夕食時に呼ばれるようになったのは、五歳が過ぎてから。五歳以降、私はオルフェとアーシェの二人と夕食は共にしていない。だから、これが本当だとオルフェは解っている。
「・・・・・・・・・・・・。わかった」
「ありがとう」
たっぷりとあった間が気になるが、了承は得た。
これは未来での会話イベントに繋がる、大事な布石だ。いつのことかは解らないが、アーシェが力を使って寝込むと言う話がある。それを十六歳のオルフェと十五歳のアーシェが語り合う、見ていてじれったくなるイベント!!
駄目だ、熱くなる。
くーるだうん、くーるだうんだよ、私。
おちついてー、はい、深呼吸。
「後でまた来る。久しぶりに一緒に寝よう?」
「来なくていいから、部屋で寝なさい」
何を馬鹿なことを・・・。呆れた表情で言って、私はオルフェを部屋から追い出した。
添い寝が必要な子供じゃないんだから。と言うよりも、私の部屋じゃなくてアーシェの部屋で寝なさい! むしろ寝て!! 私はオルフェ×アーシェ推進派だから!!!
・・・ごほん、失礼。
本音がこぼれた。
私は緩慢な動作でベッドから起き上がり、軽く服を直した。
ああ、憂鬱だなー。司祭の所に行きたくないよ。何をされるのかこの五年で十分、骨身にしみて解ってるから、余計に。
でも仕方がないよね。
私がいかないと、他の誰かが餌食になるだろうし・・・。
「教会の人間の癖に、欲望を捨てられないなんて馬鹿馬鹿しい」
本当のルキアならばそんなことを思わず、諦観に身を任せるのだろうが残念。今、ここにいるのは私だ。
同じルキアでも、私は彼女ではない。
「――と、カッコつけても、今の私に何ができるはずもない・・・よね」
失笑して、重い足を動かした。
ああ、憂鬱で仕方がない。
十一歳の男の子って・・・こんな感じだっただろうか?ちょっと生意気だったような、気が・・・。




