動き出す物語
お気に入り、ありがとうございます。
亀更新にならないよう、努力します。
「さぁ、行こう。――私達がいるべき世界へ」
テネブローレは意識を失ったルキアの頬を愛おしげに撫で、ルキアの身体を抱き上げるとゆっくりと足を動かした。
子供のように抱き上げたルキアをうっとりとした眼で見つめ、空いた手で白銀の髪に触れる。指に絡まず、逃げるように滑った髪に双眸に熱を宿した。
「この顔、この髪、この身体・・・。どれも姫と同じだ」
睦言を語るように甘く、それでいて切なげな声でテネブローレは呟いた。
「もうすぐ、もうすぐだ。姫はまた・・・、私達と共にいてくれる」
眠るルキアの頬に唇を寄せ、そっと口付けを落とす。
唇の冷たさにか、ルキアの身体が震えた。けれど眼は覚まさず、眠り続けるルキアにテネブローレの笑みが深まった。
緩慢だった足を速め、ルキアを連れて拠点へ戻ろうとしたテネブローレの足元に銃弾が飛んだ。テネブローレ自身を狙ったにしては、甘すぎる狙い。
目的は自分の足を止めることだと悟り、仕方なく、その狙いに従った。
「・・・・・・・・・・・・はぁ」
足を止め、胡乱な眼で振り返れば視線の先に、傷だらけのロイドが立っていた。 どこから持ちだしたのか、右手には自動拳銃を持ち、左手で土の神霊術を展開させている。
ロイドが叫ぶように告げた。
「怒れ、大地っ」
地面が激しく揺れ動く。同時にテネブローレが立つ場所が盛り上がり、無数の鉾が生まれた。四方を取り囲むように大地の壁が現れ、テネブローレから逃げ場を失くす。
しかしテネブローレはそれを軽々と跳躍することで避け、バックステップをしてロイドから距離を置いた。ルキアを抱き直し、銃口を向けるロイドに首を傾げる。
「君は・・・誰だ?」
「誰だっていい。ルキアを放せ、暗闇」
「暗闇・・・暗闇。ああ、確かに俺は暗闇だ。でも、俺は女王の命令しか聞かない。姫のお願いなら、いくらでも叶えてあげるけれど」
それ以外は、仲間でも聞かない。
薄ら寒い笑みを浮かべながら、テネブローレが告げた。
「君の言葉に従う理由はない」
――闇が蠢いた。
テネブローレの魔力に呼応するように、闇がその存在を主張する。視認出来ないほどに濃い闇が、テネブローレの姿を隠した。
ロイドが閃光弾を投げる。爆発と共に辺りを照らし、テネブローレの姿を一瞬だけ見せた。代償として耳鳴りと目眩に襲われたが、ロイドは構わず銃口をテネブローレがいた方向へ向け、引き金を引く。
銃弾は――当たらなかった。
ふいに辺りを包む闇の色が薄くなり、テネブローレの眼前に不自然に止まった銃弾を見つける。苛立ちに舌打ちをした。
銃口をテネブローレに向けたまま、ロイドは油断なく周囲を観察した。第三者が訪れる気配は、ない。
援護を期待できそうにない状況が、さらに苛立ちを募らせた。
「ああ・・・」
切なげに呟いて、テネブローレは宙に魔法陣を描くと徐に左腕を上げた。
「俺の邪魔をしないでくれ」
愛おしげにルキアを見てから、テネブローレが掌に集めた闇を魔法陣へと放った。
「来たれ、来たれ、来たれ」
歌う様に、声を高らかに告げる。
「暗闇を具現化した、夜の恐怖―――――!!」
魔法陣が砕け、現れたのは黒い炎を身に纏い、十二の羽根を持った巨大な蛇。
蛇はテネブローレを護るようにとぐろを動かし、射抜く眼でロイドを見つめる。赤黒い舌が忙しなく動いた。
「――――・・・っ」
ロイドは息を飲み、竦みかけた身体を叱咤する。
恐怖に引きつる喉で、不様な笑い声を出す。
「は・・・はは」
それがきっかけで、次の言葉はあっさりと告げられた。
「流石は悪夢。龍皇が異次元に追放した邪龍を、異空間召喚で呼び出すなんてね。世界に修正の効かない亀裂が入ったら、どうしてくれるんだ」
「随分と、余裕だね」
テネブローレは左腕を動かし、サマエルの鱗に触れる。愛おしげに撫でた後、温度のない眼でロイドを注視した。
「さて、君の人生の幕引きといこうか」
「それはごめんだよ!」
テネブローレがサマエルに指示を出すより早く、ロイドは引き金を引いた。
銃声は四発。
しかしそのどれもテネブローレに当たった様子はない。闇が銃弾からテネブローレを護ったか、はたまたサマエルの鱗に弾かれたか。――どちらにしろ、ロイドには関係なかった。
引き金を引き、さらに一発。
やはり、銃弾はテネブローレに当たらない。
尽きた弾薬を捨て、新たに装填する。視線をテネブローレから逸らさないまま、ロイドは口を開いた。
「反撃もなし・・・。遊びにすらならないか」
僅かな悔しさを滲ませながら、ロイドは銃口をテネブローレに向ける。息を吸い、大きく吐き出した。
「捉え、貪り喰らえ」
戦略技能――ロイドの固有スキルを発動させた。
ロイドが発動させたスキルは、対象の素早さと防御力を奪う――グレイプニル。
グレイプニルは漆黒の鎖を大地や空から無数に出現させ、逃げる隙も与えずテネブローレの四肢を拘束した。残った鎖がテネブローレの身体に巻き付き、意思を持った獣のように動く。
テネブローレは四肢を拘束されたにも関わらず右腕に抱きあげたルキアは放さず、鬱陶しげにグレイプニルを見やった。小さく唇を動かし、何事を呟く。
それに反応し、サマエルが咆哮を上げた。
ロイドは耳を劈く音に、堪らず両耳を押さえて蹲った。
「無駄なことを・・・。たかだか人間如きが、俺に勝てると思っているのが馬鹿らしい」
嘲笑を浮かべ、ロイドは容易くグレイプニルを壊した。左腕を動かし、影を操ってロイドの身体を今度はテネブローレが拘束する。
逃げることも出来ず、影に動きを制されたロイドは必至にもがいた。けれどどれだけ足掻いても影は微動だせず、逆に拘束する力を強める。骨が軋む音がした。
テネブローレが憂鬱に顔をしかめる。
「低俗な技で、俺を縛れると思ったことが愚かしいと気づけ」
冷やかに言葉を切り捨てて、嫌そうに溜息をついた。伸ばした左腕を戻し、ルキアの頬にそっと指を這わせる。昏々と眠るルキアは、ぴくりとも反応を返さない。
「俺は一刻も早く、姫と二人っきりになりたいのに。いい加減、君の存在が鬱陶しい」
苛立ちげに告げて、テネブローレがサマエルに命じた。
「そいつに輪廻を許すな、サマエル。――魂すら喰らえ」
その言葉に、歓喜するようにサマエルが声を上げる。
「それは困りますね」
言葉と共に、大きく顎を開けたサマエルの口を、一太刀の剣が突き刺さった。
突然のことに眼を見開き、痛みに暴れるサマエルの胴を朱色の棍棒が叩きつける。口から血を吐き出し、悶絶するサマエルの体躯に光の渦が纏わりつく。
光はサマエルの放つ黒い炎を浄化させ、動きを抑制した。
「光の螺旋はどうだ、邪龍? 闇であるお前には苦しいだろう?」
こつり、と靴音を鳴らして建物の陰からカリステゥスが現れた。
カリステゥスが発動させた戦略技能――ダグ。
闇属性に最も効力のある、光の拘束スキル。
反属性に苦しみ、悶えるサマエルの姿を視認してからカリステゥスは右手に持った歴史書で肩を叩き、不敵に笑う。
「さっさと止めを刺せ。テオ、ピセル」
「解っています」
「命令しないで」
言葉に反応し、姿を消していたテオドールとピセルがサマエルの前に現れた。
テオドールはサマエルの顎を刺した剣を引き抜き、バックステップで数歩距離を取る。棍棒を握り直したピセルは不機嫌な表情でサマエルを睨み、悪態をカリステゥスに告げた。
カリステゥスが魔道書を開き、口角をつりあげて実に楽しげに言葉を紡ぐ。
「滴る程に強めろ」
身体強化のスキル――ドラウプニルが発動し、テオドールとピセルの身体を朱色の光が包み込む。
それを確認してから、真っ先にピセルが行動した。
「痛みと共に崩れなさい」
対象の防御力を低下させ、ランダムに状態異常を付属させる打撃スキル―リジル。
命中率の低いそのスキルをピセルは外すことなく成功させ、サマエルの胴や頭部を渾身の力で撃ちつけた。止めとばかりに右手を突き出し、土の神霊術を発動させる。
「大地よ、貫け!!」
地面が盛り上がり、サマエルを串刺しにする。
サマエルが雄叫びをあげ、唯一、自由に動く尾でピセルを襲う。眼前に迫った尾にピセルは逃げることをせず、構えを解いた。
尾がピセルの身体に触れる寸前、宙を舞った。
ピセルの前に現れたテオドールは剣を構え、すっと眼を細めて戦略技能を発動させる。重心を低くし、一気に駆けだした。
「終わりにしましょう」
二度攻撃を行える剣技スキル――月光。
テオドールは命中率の変わりに威力の低いスキルを三度使い、確実にサマエルの急所を狙って攻撃した。サマエルの動きが次第に弱まり、頭部が力なく地面に落ちる。
完全に沈黙したサマエルを見下ろすテネブローレに向かい、ピセルが駆けだした。
「ルキアを放しなさい!!」
駆ける勢いに任せ、勢いよく振り下ろした棍棒はしかし、容易く影に防がれた。力と力が均衡することなく、ピセルの身体は影によって弾き飛ばされる。
咄嗟に受け身を取るも、身体は二度程地面を跳ね、勢いを殺せぬまま住居の壁にぶつかった。衝撃に息を止め、咳き込む。
テオドールは素早くピセルに近づき、油断なく剣を構えた。
カリステゥスはテネブローレの視線がピセルに向いていることを知り、未だ影に拘束されたままのロイドの方へ駆けだした。
「放せ・・・放せ?」
テネブローレが、心底不愉快そうに顔をしかめる。
「私達から姫を奪うのか? 姫の依り代を手放せと言うのか!!」
大気を振わせる程の、怒号が響く。
「長い間、ずっとずっと待っていたいんだ。姫の器に成りえる人間が現れるのを、気が遠くなる程の歳月の中、待っていたんだ。漸く見つけた白銀の娘。姫の器になれる存在。姫と同じ身体、顔、髪をしたこの子を手放せと・・・? ふざけるなよ、人間。本来ならばとうの昔に世界と共に滅んでいるはずの君達が、偉そうに俺に命令するなよ」
テネブローレは冷笑し、ルキアに視線を向けた。
「君達が生きているのは、姫が望んだから。だから生かしていただけ。――――ああ、でも・・・姫がいない今、君達人間を滅ぼしても問題はないよね」
言い終わるより先に、銃弾がテネブローレの右頬を裂いた。鮮血が流れ、鈍い痛みが宿る。些か驚いた表情を浮かべ、左手で頬を触れた。指に、べったりと赤がついている。
テネブローレは指についた血を舐めとり、銃弾が来た方へ視線を向けた。
予想通り、影の拘束から解放されたロイドがいる。
「ちょ、君は何をいきなり!」
慌てるカリステゥスを押し抜け、ロイドが前に歩み出る。
「どうでもいい」
「ん?」
「お前の言葉なんてどうでもいい。ルキアを返せ、暗闇!!」
叫びと共に引き金を引く。
一発、二発、三発と銃声が響き、薬莢が地面に落ちる。弾薬が尽きれば即座に装填し、間をおかずに銃弾をテネブローレに撃ち込む。
「ああ、ああ・・・。姫に弾が当たったらどうしてくれるんだ」
テネブローレは執拗なロイドの攻撃に不愉快を抱き、ルキアを抱えたまま踊るように銃弾の嵐から逃げる。
「無駄な努力だ。いい加減、諦めろよ人間」
「お前がなっ!」
「!?」
頭上に影が現れ、顔を上げると上空からレオンハルトが長剣を振り下ろしていた。咄嗟に横に回避すれば、銃弾がテネブローレの左腹部と足を撃ち抜く。
思わず体勢を崩したテネブローレを追撃するように、真正面に抜刀の構えを取ったオルフェウスが現れる。
「ルキアを返してもらう」
抜刀術に光の付属攻撃をつけた剣技スキル――一閃。
オルフェウスは器用に右腕だけを狙い、切り裂いた。切り口から鮮血が噴出し、支えを失ったルキアの身体が宙に放り出される。
テネブローレは咄嗟に左手を伸ばすも、その手首をレオンハルトに切り落とされた。
「あ、あああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁああぁぁあああああああああぁぁっ」
痛みに絶叫するテネブローレ。
失った部分を驚愕の眼で見つめ、自身が作りだした血溜まりに膝をついた。
「ルキアっ」
オルフェウスは地面にぶつかる前にルキアの身体を抱きとめ、素早くテネブローレから距離を置いた。それに倣うようにレオンハルトも距離を取り、オルフェウスの傍らに立つ。
すかさずロイドが近寄り、ルキアの脈を確認する。
心拍は著明低下。
震えは筋硬直。
意識はなく、昏睡状態。
それらが意味することは――重篤の低体温症。
唯一の救いは呼吸をしていることだが、油断は出来ない。ロイドはルキアを抱きしめるオルフェウスを見やり、硬い声で告げた。
「ルキアは低体温症になってる。だからオルフェ、火の神霊術を使って、ルキアの身体を温めて」
簡潔に伝えれば、オルフェウスは無言で了承した。
普段、戦闘に使う神霊術を応用し、細心の注意を払ってルキアの身体に火の神霊を宿らせる。呼び出した火の神霊は上手くオルフェウスの意を汲み取り、ルキアの身体をゆっくりと温め始めた。
レオンハルトはその様子を一瞥してから、絶叫を止めたテネブローレに眼を向けた。さり気なく周囲を見渡せば、テオドールやカリステゥス、ピセルが警戒をあらわにテネブローレの一挙一動を窺っている。
「・・・・・・・・・ああ、ああ。この腕じゃ、姫を抱けない。抱きしめられない。姫に触れられない。触れない。姫、姫姫姫姫姫姫姫姫姫姫姫姫姫姫姫姫っ!!!」
狂ったように叫び、ゆらりとテネブローレが立ちあがった。
「残念だ、残念」
顔を俯かせ、不気味に告げる。
「この器はもう、駄目だ。使えない。いらない。不要。捨てよう。廃棄処分だ」
「何を・・・言って」
ピセルが問いかけるも、当然ながらテネブローレは返答しない。
俯かせていた顔を上げ、暗い色を宿す瞳でルキアを見つめる。その眼に異様なモノを感じ、咄嗟にレオンハルトとロイドはテネブローレの視界からルキアを隠した。
「待っていて、姫。別の器を手に入れたら、迎えに行くから」
テネブローレは甘く囁き、力なく地面に倒れた。
沈黙が場を支配する。
「・・・・・・確認してきます」
最初に動いたのは、テオドールだった。
テオドールは倒れて動かないテネブローレに近づき、驚いたように声を上げた。カリステゥスが慌てて駆けより、口元に手を当てて難しい顔をする。
「これは・・・エルフ?」
「どうみても、エルフの身体ですね」
二人の視界に映るのは、テネブローレの姿とは似ても似つかないまったく別の死体。エルフの特徴である耳を持ったそれに、そろって顔をしかめた。
「成程、だから器か。推測だが、このエルフの魂を生贄に暗闇が蘇り、肉体を器としてこの世に存在していたんだろう」
カリステゥスの仮説に、ピセルが複雑な顔をする。
「暗闇は別の器を手にいれて、って言っていたわね。つまり、暗闇はまた現れるってことでいいのかしら?」
「おそらくは、ね。君の妹を狙って、また現れるだろう」
やれやれと首を横に振って、カリステゥスは昏睡状態のルキアへ視線を向けた。体温は正常に戻ったのか、オルフェウスが火の神霊に礼を述べている。
「姫の器・・・ね。あの子を殺したら、悪夢達は諦めて冥府に帰るかな?」
「冗談でもそんなことを口にするな、カリステゥス」
「これは失礼。ですがレオンハルト様」
激怒を見せるレオンハルトに、カリステゥスは怯えるどころか真剣な眼差しを向けた。
「それで国が救えるのならば、支払う代償ですよ」
「友を売って得た平和なぞ、不要だ」
即答で切り捨て、レオンハルトは言葉を続けた。
「ルキアを・・・。姫の器を殺せば、確実に悪夢は激怒して千年前の悲劇が再現される。それでもいいのか、お前は。いいと言うのならば、すべての責を持ってお前が実行しろ。俺は全力で、ルキアを護る」
殺意を宿らせたレオンハルトに、カリステゥスは降伏した。
「申し訳ありません、レオンハルト様。少し、試させていただきました」
頭を下げて謝罪するカリステゥスにレオンハルトは何も言わず、幼馴染達の元へ戻っていく。その後ろ姿を見送り、息を吐き出す。
「眠れる獅子を起こすところだった。おっかない、おっかない」
額に流れていない汗を拭う動作をし、カリステゥスは空を仰いだ。
地面の死屍累々とは真逆の、澄み切った空が恨めしい。
「黙示録が現実に・・・か。それは実に困った。なら、彼女の身の安全を護りつつ世界を救う方法を考えるべきだよな」
――物語は主人公不在でも進んでいく。
戦闘シーンが漸く、漸く終わった。ゲームでよく出てくるスキルを使えて正直、嬉しいんですが、表現が未熟で不完全燃焼です。文章力がほしい。




