閑話 アーシェリカ・ヘイネル
気分転換に閑話を投稿しました。
なんだかすいません。今まで以上に、意味不明な文章になった気がします。
ルキア・クルーニクスとアーシェリカ・ヘイネルとの出逢ったのは、アーシェリカが両親に手を引かれて教会に来た六歳の頃だった。
両親が教会の人間に頭を下げ、「娘をどうぞよろしく」と事務的な挨拶をしているのを傍で聞きながら、アーシェリカは興味津津に周囲を見渡していた。その時、窓の外で煌めく白銀を見つけたのだ。思わずお星様見たいと思ったアーシェリカはしかし、はっとして恐怖した。
あの色は、両親がよく言う「不吉の証」で、「禍」の証拠だと気づいて視線を下に落とした。あれがいる所に、これから暮らすのかと思うと怖くてたまらない。あれが近づいてきたらどうしよう。ぐるぐると不安が思考をしめて、自然と涙があふれてきた。
唐突に泣きだした娘に、両親は離れるのが寂しいのだと勘違いして慰める。「大丈夫」・「すぐに迎えにくるから」・「良い子にして待っていてね」等、優しく頭を撫で、語りかける両親にアーシェリカは、不吉の証がいることを言えなかった。
恐怖に言葉が出なかっただけかもしれないし、言って、両親に被害が行くかもしれないことに恐怖したからかもしれない。どちらにし、怖くてアーシェリカは口を固く噤み、泣きながら両親の言葉に頷くしかできなかった。
アーシェリカは両親が教会を去っても涙を止められず、その日は一日、割り当てられた自室にこもってこれからの生活に恐ろしさを感じて一晩中、泣き続けた。
翌日、不思議なことにアーシェリカはあの白銀の髪をした少女とは出逢わなかった。変わりに黒髪の少年と出逢い、彼に強く惹きつけられた。他の孤児達と交流を持ちながら、彼――オルフェウスの後を追いかけるようになって、アーシェリカは抱いていた恐怖を忘れるようになっていた。
あの時見た白銀はきっと、気のせいだと思える程に。
それから四日後――。
「っ!!!」
アーシェリカは恐怖に身体を強張らせた。
眼の前には傷ついた身体を小さくし、地面に座り込む白銀の髪の少女――ルキアがいた。
出そうになった悲鳴を咄嗟に両手で塞ぎ、恐る恐る後退する。早鐘を打つ心臓が口から出そうなほど煩くて、あまりの恐怖に意識を手放したくなった。四日前まで流れなかった涙が瞳から溢れ、頬を伝って落ちる。
怖い。その思いしか、アーシェリカにはなかった。
別にこの少女に何かされた訳ではない。けれど白銀と言うだけで、存在が恐ろしい。
どうしよう。近づいてしまった。不幸になってしまう。怖い。不吉の証と眼が合ってしまった。この人が怖い。早く逃げないと。白が怖い。誰か助けて。この人をどこかに遠ざけて!
アーシェリカは恐慌状態に陥り、思わず近くにあった木の棒を掴んでルキアに向けて投げた。次いで手近にあった小石を拾い、同じようにルキアへ投げる。
木の棒がルキアの頬を傷つけ、小石が頭にあたって痛いはずなのに、ルキアは何も言わずに身体を小さくして耐えている。その様子を見て、アーシェリカが動きを止めた。
自分が何をしたのか理解して、血の気が引く。
仕出かしたことの恐ろしさに身体が震え、地面に力なく座り込んだ。
「わ、私は・・・」
私は悪くない。
「私はっ」
悪いのは、不吉の証であるルキアだ。
白に近い髪をしているのがいけないのだと、ルキアを傷つけたことを正当化させるようとする心にアーシェリカは戸惑った。
怪我をさせたのは自分だと言うのに、どうしてルキアのせいにしようとするのか。アーシェリカは自分の心なのに理解できなかった。
視線を彷徨わせ、困惑したまま頭を下げる。
「ご、ごめんなさい」
溜まらず、アーシェリカはルキアに謝罪した。
ルキアが億劫そうに顔を上げ、アーシェリカを不思議な者を見る眼で見つめる。首を傾げ、口を開いた。
「どうして謝るの?」
「貴方を、傷つけて」
「傷ついて当然、って顔をしていたのに?」
「それ・・・は」
言われた言葉に、心を読まれた気がした。
アーシェリカは眼を伏せ、両手で硬く拳をつくる。
確かに不吉の証が傷ついて当然だと、思っていた。禍を罰して当たり前だと考えていた。
けれど、実際に手を出して罪悪感を抱いたのもまた事実で。
「それでも・・・ごめんなさい」
謝罪を言葉にしたアーシェリカに、ルキアはふるりと首を横に振った。
「いつものことだから、気にしてない。謝らなくていいよ」
諦めた顔で笑うルキアに、申し訳ない気持ちが膨れ上がった。
アーシェリカは立ち上がり、深々と頭を下げた。
「何もしていないのに、ごめんなさい」
常の間延びした口調ではなく、真剣な声で謝罪したアーシェリカにルキアが当惑する。
「私を許さなくていいです。憎んでくれていいです。恨んでくれていいです。それが貴方を傷つけた私の罰だと甘んじて受けます」
「・・・子供なのに、考えることが年不相応すぎる」
告げられた言葉に、ルキアは呆気にとられた。
「でもその前に・・・傷、治していいですか?」
「いらない。放っておけば、治るから」
「放って・・・化膿したら大変ですー!」
いつもの口調に戻ったことに気づかないまま、アーシェリカは言葉を続ける。
「女の子が傷だらけなのは駄目なんですよー!!」
ルキアに詰め寄り、有無を言わせず水の神霊術を発動させるため意識を集中させた。
詰め寄った際、ルキアが身体を強張らせたことに気づいたが敢えて無視をする。そんなことを気にしていたら、治療が出来ない。先程までの怯えを消し、変わりにアーシェリカは憤怒を覚えた。
それはルキアを傷つけてしまった自分に対してであり、ルキアを害した人間に対してでもあったが、一番の要因は自分に無頓着なルキアに対してであった。
諦観を覚えたからの無頓着だとしたら、性質が悪い。そう考えて、けれどそうさせたのが自分達なのだと理解して自己嫌悪した。
ただ髪が白に近いと言うことで迫害し、嫌悪していた自分が情けない。
アーシェリカは唇を噛みしめ、苛立ちを紛らわした。
「癒しの雫」
ルキアの身体を水色の光が包み、淡く輝きだす。ゆっくりと、けれど確実に傷を癒す様を確認してから、アーシェリカは息を吐き出した。
「汗・・・凄いけど、大丈夫?」
「あ、え、は、はい! 大丈夫ですよー」
身体は疲弊し、今にも気を失い状況だがアーシェリカは気丈に言葉を返し、何でもないとアピールした。
「・・・そう」
当然、ルキアはいぶかしんだ。けれどそれ以上追及することはなく、口を閉ざしてアーシェリカから眼を逸らした。
頭が酷く痛む。
動悸が激しくなり、息が苦しい。
神霊術を使うといつもこうだ。どうして自分の身体はこんなにも弱いのだろう。涙がこぼれるほどに悔しくなって、けれど今は泣くことも気を失うことも出来ない。
気を張り、ルキアが立ち去るのをただじっと待つ。
ルキアが短く息をつき、ゆっくりと立ち上がった。
「気丈であろうとする必要、ないと思うけど」
「え・・・?」
アーシェリカにそれだけを言い、ルキアはその場から立ち去った。ルキアが最後に告げた言葉の意味が、解らない。
ただルキアの背中が見えなくなるまで見送り、張っていた緊張の糸が切れて地面に身体が倒れた。吐き出す息が荒く、脂汗が流れる。
眼が霞み、このまま意識を失うのだと今までの経験で悟った。
「・・・?」
ふいに、誰かの声が聞こえた。
重い瞼を必死に開け、声がした方向へ顔を向けて息を飲む。
「大丈夫か」
どうしてここに、オルフェウスがいるのかアーシェリカには解らなかった。けれど、オルフェウスが自分の前に現れ、気遣ってくれることに嬉しくて、別の意味で鼓動が激しく鳴った。
オルフェウスはアーシェリカの様子を観察してから、言葉を紡いだ。
「歩ける・・・訳ないか。仕方ない、すこし我慢しろ」
そう言ってオルフェウスはアーシェリカを抱き起こし、両腕に抱えるとアーシェリカの顔を覗き込んだ。
その仕草に、呼吸が止まる。
「部屋まで連れて行くから、大人しくしていろ」
無言で首を縦に動かし、止めていた呼吸を再開させる。
胸が張り裂けそうなほどに、苦しい。--そうか、これは恋なのか。
始めて知ったそれを自覚し、心の中で悶える。ああ、なんて夢のようなのだ。うっとりとした気持ちでオルフェウスを見つめ、アーシェリカは熱のこもった息を吐きだした。
オルフェウスはそんなアーシェリカに気づかず、そのままアーシェリカに宛てられた部屋まで連れて行ってくれた。それが尚更、アーシェリカを夢心地にさせる。
頬を赤らめ、気を失うのが勿体ないとばかりにアーシェリカはオルフェウスを凝視した。
これは、良いことをした自分に対するご褒美なのではないか。
馬鹿馬鹿しいかもしれないが、アーシェリカは本気でそう思った。
「さて、と」
オルフェウスがアーシェリカをベッドに降ろし、その身を遠ざけた。それが名残惜しく感じて、条件反射でオルフェウスの服を掴んでしまった。
無意識にした行動に、アーシェリカは言葉にならない悲鳴をあげる。恥ずかしくて、視線をさまよわせてしまう。
嫌がられただろうか?
恐る恐る視線をオルフェウスに向ければ、オルフェウスが黙ってアーシェリカを見ていた。
その瞳に何の感情も探れなかったが、もしかして、オルフェウスも自分と同じ気持ちを抱いてくれているのかもしれない。淡い期待を持ち、アーシェリカは意をけっして口を開いた。
「あのっ」
「大丈夫なら、俺はもう行く。ルキアが一人でいるから」
やんわりと服を掴むアーシェリカの手を放し、オルフェウスが背を向けた。
アーシェリカは喉まで出かかった言葉を飲み込み、別の言葉を口にした。
「ルキアって・・・誰、ですか?」
情けないほどに、声が震えた。
オルフェウスの顔を何故だか見るのが怖くて、アーシェリカは顔を俯かせた。両手で拳を作り、膝の上に乗せる。
「ルキアはこの教会に住んでいる。お前も逢っているはずだ」
「遭って・・・?」
ここに来てまだ四日。
全員の名前を把握してはいないが、出逢った人間の中にルキアと言う名前はなかった。誰だろうと首を傾げて、はたと気づく。
「それって・・・白銀の髪をした」
「ああ、ルキアだ」
オルフェウスは頷き、言葉を続けた。
「お前が苦しんでいるから、助けてくれと俺にルキアがお願いしたんだ」
だからあの時、オルフェウスが現れたのだと知った。
道理でタイミングがいいはずだ。内心で自嘲し、こぼれそうな涙をぐっと堪える。
アーシェリカは顔を上げ、オルフェウスの眼を真っ直ぐに見つめた。オルフェウスはすぐに眼を逸らした。いつものことだ。
少なくともこの四日。
関わる中で知ったオルフェウスは、他人に対して言葉も態度も冷たい。
一通りの会話はしてくれるが、けして視線は合わせてくれない。人嫌いと思わせる程に、徹底して。
態度だって、良いとは言えない。誰がどんなに頼んでも、頑なに動こうとしない。知らぬ振りをして、そっぽを向く。
限られた極一部の人間以外には、その態度しかとらないらしい。
そんなオルフェウスが、ルキアのお願いを聞いた。
それが酷く衝撃的で、アーシェリカは思わず尋ねた。
「彼女はお願いを聞くほど、オルフェウスにとって大切な存在なの?」
「ああ」
オルフェウスは即答した。
「俺が護る唯一無二の存在だから」
そう語ったオルフェウスは、恍惚の表情を浮かべていた。
あれから二年――。
アーシェリカはその翌日からルキアの人となりをしろうと、接近を試みた。恋敵の事を知り、オルフェウスの心を掴もうと思ったのも理由の一つだ。
けれど、ルキアに近づくたびに自分の心の汚さを自覚させられ、落ち込むのが常だった。唐突に表情を暗くさせるアーシェリカを慰めるのは、決まってルキアだ。
オルフェウスも、知り合ったロイドもレオンハルトもアーシェリカを慰めたりはしない。
アーシェリカを慰める相手が沢山いることを知った上での態度でも、アーシェリカにとっては冷徹に感じてならない。
だから落ち込めば慰めてくれるルキアが、愛おしくて堪らなくなった。落ち込む原因が当人だとしても、関係ない。
「ルキアちゃーん」
勢いをつけて、ルキアの胸に飛び込む。
「今日は私と一緒にあそぼー」
「いいけど、何をするの? ままごと・・・は、昨日したよね?」
「今日はー、お昼寝ー! こんなに天気がいいんだから、ごろごろしよー?」
言って、ルキアを教会から外へ連れ出し、いつもの場所へ向かった。
教会の裏手ではオルフェウス達が木刀を構え、戦い方をテオドールに乞うていた。レオンハルトは近くの木に寄りかかり、楽しげに様子を見ている。
それらを確認してから、アーシェリカはルキアの手を引いてさらに歩きだした。
「え? どこに行くの?」
「秘密の場所だよー。だいじょうーぶ、危なくはないから」
困惑を見せるルキアに笑って告げれば、安心したのかあからさまに身体から力を抜いた。
「ねぇ、ルキアちゃん」
歩きながら、アーシェリカは言葉を紡ぐ。
「何?」
「大好きだよ」
きっかけは何であろうと、ルキアに向ける感情が親愛であることに変わらない。
唐突な告白にルキアは眼を白黒とさせ、次いで破顔した。
「私も、好きだよ」
「両思いだねー」
「そうだね」
くすくすと笑いながら、足を動かし続ける。
後ろから、オルフェウス達の声が聞こえた。それが更に笑いを誘って、二人そろって顔を見合わせて笑う。
――この恋が叶わなくとも、親友で在り続けようと願った日。
次こそは、本編を書こう。自分に渇をいれて、がんばります。




