朱紅
採掘場の入口、岩壁は部分的に黄色く粉吹いたような場所がいくつかある。
洞窟の中を覗いてみると、砕かれたような朱紅色の小石が転がっており、目を凝らすと、朱い粉塵が空気中を漂っている。
ここは危険だ。
「全員、水を含ませた布で口と鼻を覆え!」
テオの指示と同時に、各々が首に巻いた布をほどき、水筒の水で湿らすと、すぐさま顔の下半分を覆った。
テオの前には、2人の騎士が護衛として歩く。
はやる気持ちを無理やり抑えつけ、慎重に奥へと進む。
もどかしいが、国の王子でもある自分は、守られなければならない立場でもある。
この場に、自分たち以外の人の気配が感じられないことに、テオは焦りを募らせていた。
(ルリアはこの場所に本当にいるのか?……しかし、ここに身を置くこと自体が危険だ。居てくれるな!)
テオは祈るよう辺りを見渡す。
ルリアが、ここには立ち入っていない。という確証が欲しくて。
しばらくすると、ひらけた空間になり、
そして、そこには毒々しく輝きを放つ、炉があった。
テオが危惧していたことは確信へとなる。
肌が爛れ、虚ろな村人。
硫黄の匂い漂う土地。
朱紅色の岩石。
熱せられた炉に、はびこる黄色い鉱物。
ここは、毒物を精製している毒ガス兵器の工場だ。
誰が何の目的で……
いずれにせよ、ここの施設は差し押さえる必要がある。
国の目を盗んで、このような施設を作るという事は、紛れもなく重罪だ。
(木の小屋?この中に人はいるのか?)
テオは小屋に目を向け、そちらに向かおうとした瞬間、全身を冷水が凍いたように身動きが取れなくなった。
顔から血の気が引いていくのが自分でもわかった。一気に指先が凍る感覚だ。
(ルリア?)
小屋のすぐ近く、篝火に照らされ岩柱にうずくまる人物。
頭から顔まで厚手のストールで覆っているが、テオには、それがルリアだとわかる。
「ルリア!無事か?おいっ!!」
声をかけると、ピクリと動いたそれに、テオは安堵するも束の間。
次の瞬間テオは、またもや絶望へと落とされた。
ルリアの体中には、朱い塵が付着していた。
迷っている時間はない!
テオはルリアに駆け寄ると、朱い塵にまみれた、ストールと外套を脱がせ、
自身のシャツを切り裂き、その布に水を含ませリルアの口と鼻を覆った。
「いいか、ルリア、この布で鼻と口を覆うんだ、ここの空気を直接吸うな」
「テオ……?、喉痛い……」
「いいから、喋るな!必ず助ける!」
そう言うと、テオはルリアを抱き上げ、駆け出した。
部下にあとの処理は任せると伝え。
異様な洞窟は抜けたが、安心はできない。ルリアは全身に朱紅色の塵を付着させていた。
テオは、ルリアを抱え、無我夢中で山腹を駆け下りる。
最悪な事態を頭を掠めるたび、全力でその最悪を回避する手段を探す。
テオはこの瞬間、1秒も無駄にする気なんて無い。
ルリアは絶対に助ける。
テオは、麓に着くまでの道すがら、目星を付けておいた煙の沸き立つ湯の元へ、ルリアを腕の中に閉じ込めたまま向かった。
湯煙がたちこめる中、ルリアを湯の中へと導き、自身も外套を脱ぎ、湯の中へ入る。
テオは、何も言わずに、付着した朱紅い塵を確認しながら、丁寧にルリアを洗い続けた。
首のねもと、首すじ、うなじ、
丁寧に確認しながら、指を擦りつけながら、付着している塵を落とす。
ルリアの長い髪も丁寧に、湯をかけ、塵ひとつ残すものかと、洗い続ける。
下着姿に近い薄いシャツは、湯で肌に吸い付いており、ルリアの肉も筋肉もない貧相な体が、テオの瞳に映ってしまう。
ルリアは、なんだか恥ずかしい気持ちになり、抗議しようとテオの方に視線を移すが、テオの碧い瞳は、あまりにも真剣で言葉を発することができなかった。
テオのシャツも、ルリアと同じくお湯で肌に張り付いており、体の線が透けて見え隠れしている。
(目のやり場に困るぅ〜!テオって腹筋もヤバい!!ずるい!!!こんな時にこんな事を考えちゃダメなのに考えちゃううう!!!)
「そうだ、ルリア、喉が痛いって言ってたよな?念のためやっておこう」
ルリアが、気まずい雰囲気に溺れている中、それを解ってなのか、テオが耳元で囁く。
「ひぇっ!え?な、何をでしょうか?」
人差し指と中指を向けてくるテオに、ルリアは逃げ腰だ。
(い、嫌な予感しかしない!)
そんなルリアの事など気にもせず、テオは、意地悪げに言い放った。
「念のため、胃の中の物も吐き出すぞ!」
「え?えええーー!!」
ルリアの吐瀉物を平然と湯で流していくテオを見てルリアは心の中で叫んだ。
(テオに無理やり……もう、わたし、お嫁に行けないーーーっ!!!テオのばかーー!!!)
恥ずかしさと戸惑いを隠すように、ルリアはテオに背を向け、そして尋ねた。
「ねぇ、テオ……、私、死んじゃうとこだったの?」
「……あのまま、あそこに居たら危なかった」
おもわずルリアは、振り返りテオを見つめた。
テオの瞳が、とても力弱く見えて、ルリアは心臓のあたりがキュッと痛む。
「あの洞窟内で舞っていた、朱紅色の塵を吸い込んでいたら危なかったと思う。」
「あの厚手のストールで顔を覆っていなかったら……」
ぽつりぽつりと、テオはルリアに伝えた。
(羊毛の厚手のストール)
とたんに、ルリアの瞳から涙が溢れだした。
唇ははくはく動くだけで、言葉を紡げない。
しゃくりあがる息で、えづきが止まらない。
「マーサが……」「わた、しを」
「また、助け、てくれ、たんだぁ」
「マーサーが、ストールをね、わたしに……」
ルリアは、いつの間にかテオのシャツを握りしめ、テオの腕の中、むせび泣き、訴えかけ続けた。
テオは「そうだね」と優しく小さく呟き、むせび泣くルリアの小さな体を、強く腕の中に抱きすくめた。
その背中に回された手のひらから、どこか痛いほどの熱をルリアは感じた。




