奇怪な村2
はぁ、はぁ、はぁ……。
「ちょっと、これ、完全なる山登りじゃない!」
人が踏み潰して出来たであろう草むらの道を抜けると、木も草も見当たらない、生命の息吹のない土肌へとルリアは、たどり着いた。
昨晩見えた灯りのあたりは、もう少し上の方だろうか。
足元の石粒が滑って、うまく前に進めない。
ふと見下ろすと、眼下には白い煙がところどころ立ちのぼっている。目を凝らせば、セリーヌさんの馬車も見つけることができた。
そんなことに夢中になっていたのがいけなかった。
ルリアは、背後から忍び寄ってきた男の存在に気づかず、あっさりと捕まってしまった。
両腕を縄で縛られ、岩肌にぽっかりと空いた洞窟へと押し込まれる。
(こんな形で、ここに来る予定じゃなかったのに!! え?ヤバい? 私、今回はマジでヤバくない!?)
バクバクと、心臓がうるさいほど警報を紡ぐ。
だが、洞窟の奥へと進むにつれ、
ルリアの目は、別のものに釘付けとなった。
そこには不気味なほど美しい朱紅色の岩石が散らばり、舞い散る朱の粉塵が朝の光に照らされてキラキラと艶めかしく輝いている。
入口から少し入ると、岩壁に沿って点々と篝火が置かれている。
奥に進むと、広間のようなひらけた空間たどり着いた。
そこには禍々しい炉のようなものがあり、その周辺だけ黄色い煤のような粉末が、壁や床にべっとりと層を成してこびりついている。
(うわ、何あれ……あの炉から出た汚れ? 誰も掃除してないのね……って、そんなこと考えてる場合じゃないか)
観察する間もなく、ルリアは洞窟内にある、木で出来た小屋へと連れていかれた。
(……縄は、やっぱり解いてくれないよね)
空気に混ざる粉塵を遮断するためだろうか、そこには窓がなく、がっしりとした木の扉だけで閉ざされている。
連行してきた男がその扉を乱暴に開けた。
しかし中には入らず、開いた隙間からルリアの体だけを突き出す。
「山腹に怪しい女がいたんで、とりあえず捕まえておきやした」
男が報告している相手は、奥の椅子に座っている青白い顔の男だ。
その男は、ちらりとルリアを見たが、すぐに視線を机上に戻し、ルリアを小屋から出し、扉を早く閉めるよう指示を出した。
青白い顔の男の傍らには、黄色味がかった液体の入った大量の瓶。そして机の上には、細かな線が引き込まれた地図のようなものがある。
ルリアはすぐさま、小屋から引っ張り出され、近くの岩柱に体ごと縄でくくりつけられた。
(なんだか嫌な予感がする……)
洞窟の中では、朱紅色に輝く粉塵が舞い踊り、
頭と顔を隠すように巻いていた羊毛のストールごと、
ルリアは塵にまみれていた。
けほっけほっ……
……なんだか喉がイガイガする。
◇◇◇
同時刻。
集落に到着したテオと騎士団たちは、騎乗したまま村を視察していた。
すれ違う村人たちの目は虚ろで、活気というものが微塵も感じられない。
不気味な静寂が這い回る光景に、部下が声を潜めて告げた。
「殿下……この村の住人たちは……」
テオは鋭い視線を周囲に走らせ、重々しく口を開いた。
「もう、手遅れだ……」
(くっ、ここまで酷い状況になっているからには、何か原因があるはずだ)
テオが手がかりを探して辺りを見渡していると、少し離れた場所から、緊迫した空気には不釣り合いな、にぎやかな女性たちの声が聞こえてきた。
「ルリアー!もう、どこ行っちゃったのよ!」
「こんな不気味な村から早く移動したいのにぃ」
「あの子、呪いの話を聞きたがってたから、村人に突撃してるかもよ」
「「「ルリアなら、突撃しかねない」」」
テオは思わず、声のする方へと馬を向けた。
(ルリアが突撃……? 呪い……?)
集落の隅には、二頭立ての幌馬車と、三人の娘、そして御者と思しき男が二名。
テオは眉をひそめながら、彼女たちの元へ向かう。
一応、テオも王族の端くれだ。
社交の場での会話術も、ひととおりは叩き込まれている。もっとも得意かと問われれば、素直に首を縦には振れないのだが。
そんなわけで、耳にした名に気を取られたテオは、社交用の笑みを作る事すら忘れ彼女たちに歩み寄る。
「今、ルリアと聞こえたが―― 」
すると三人は、そろってテオの顔を見つめたまま固まった。
(騎・士・団・様ーーー!?)
(私、推しには認知されたくない派ですの)
(私も、ひっそり妄想で楽しむタイプのオタクなので)
(わ、私たちの存在に気づかないでぇ)
(((ひぇーっ!これ以上、見られるとは私たち消滅するかもしれません!!!)))
三人の心の声が聞こえたわけでもないのに、
テオは固まる3人を前に、どう反応すべきか一瞬わからなくなる。
そのときだった。
「殿下、こちらにおられましたか」
「この男が何やら知っているようなのですが……」
部下が一人、村人を引き立ててやって来た。
村人は、曲がった指先で岩山を指差し、
「昨日の夜なぁ、お偉いさんがな、来てたでぇ。女ぁなら、あそこの採掘場つれてかれてるかもなぁ。ひひっ」
涎を垂らし、まともではない村人の言う事だ。
真実かはわからない。
だが、その言葉が脳に触れた瞬間――テオの中で、何かが静かにキレた。
碧色の瞳から一切の光が消え、底冷えするような覇気が周囲を圧倒する。
「……全隊員、採掘場を制圧する。直ちに向かう」
岩肌のむき出しになった採掘場の方角を、テオは数秒見据えた。
次の瞬間、激昂を押し殺したまま馬上へ飛び乗る。
メイブル王国第3王子率いる精鋭部隊は、採掘場へ向けて一斉に駆けた。




