テオバルトデンカ
◇◇◇
ルリアは戸惑っていた。
自身が、騎士団の天幕にいることに。
小遣い稼ぎに日頃、盗み見……。いや、拝見している騎士たちの姿がそこにある。
テオは当然のようにルリアを自身の隣に座らせているが、ルリアからしたら何とも居心地が悪い。彼らの姿絵で小遣いを稼いでいたのだから。
戸惑いは、それだけではすまなかった。
よくわからない獣二体を模した紋章の旗が、はためいている。
そう。布面の男と同じ紋章だ。
そんなルリアの心情など察するはずもなく、騎士団の一人がテオに跪き声をかける。
「テオバルト殿下、報告してもよろしいでしょうか?」
ちらりとルリアに目線を流し、この場で報告をしても良いかテオに確認をしていると思われる。
(テオバルトデンカ!? え? テオ、そんなに長い名前だったの?)
テオの隣にちょこんと腰をかけているルリアは、ここに居てもいいものだろうかとテオに視線を送るが、かわされてしまった。
(テオバルトデンカ! 私、席をはずしてもいいのかな? ねぇ! テオバルトデンカ!!)
テオがそのまま報告を促したので、隊員は続けた。
「洞窟内部より、十数個の瓶に入った液体が見つかりました。確認はできていませんが、おそらく精製された毒の液体かと」
「朱紅の毒石、リアルガー」
テオは予想をしていたのだろう。ぽつりと呟く。
「記録帳など、資料類は何もなく、施設の関係者と思われる男の刺殺体を発見」
「我々の突撃を察知して、証拠の隠蔽、口封じに及んだ可能性があります」
なんだか不穏な単語が耳を貫き続けるので、ルリアはこの場から逃げ出したくなっていた。
「さしずめ、この地は毒物を秘密裏に作る、精製工場の村というわけだ」
テオは、報告に来た部下に話しながらも頭を整理していく。
大量の毒物を秘密裏に作るために作られた村。村人は既に手遅れなほど毒に侵されていた。何も知らない者に、危険な抽出作業をさせ続け、ある程度の時間が過ぎれば、体中に毒が巡り死に至る。
最初から村を壊滅させ、証拠を消す計画だったのだろう。
いったい誰がこのような計画を……。
重苦しい沈黙が天幕を満たす。
手がかりとなる資料がすべて消され、テオたちが行き詰まったその時だった。
「あの……テオバルトデンカ?」
この不穏な空気から一秒でも早く脱出したい思いで、ルリアは手を挙げた。
テオは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに鋭い眼差しに戻る。
「……なんだ、ルリア」
「その、手がかりなら、ある……あります! さっき捕まってた時、小屋の机の上に、細かい線がたくさん引いてある地図みたいなものを見た……ました!」
「何だと!?」
テオが鋭く反応する。
「しかし、報告では資料はすべて燃やされるか、持ち去られたはずだ」
いつものよく知るテオとは違い、テオバルトデンカは少し怖くて、ルリアも緊張する。
「はい。だから、私の頭の中にあるやつを、今ここで描く……きますから。……紙と鉛筆を貸して……ください!」
テオは訝しみながらも、部下に命じて白紙と炭筆をルリアの前に用意させた。
ルリアは目を閉じ、脳裏にあるスクリーンを引き出す。
ほんの数秒だけ視界に入った小屋の中の残像。青白い顔の男、ランプの光、机の上の染み、配置、そして――そこに描かれていた、無数の緻密な線で構成された地図。
目を開けた瞬間、ルリアの手が迷いなく動き出した。
サラサラと、恐ろしい速度で白紙に線が引き込まれていく。
それは、ただの精密なスケッチではなかった。
ルリアが迷いなく走らせる線の先――そこに描き出されたのは、地方の街道でも王都の街並みでもなかった。
壁面の細かな厚み。張り巡らされた無数の小部屋。そして、複雑に入り組んだ地下道の隠し通路。
描き進めるルリアの横で、テオと騎士たちの顔から完全に血の気が引いていく。
「……バカな。これは……我がメイブル王国の『王宮』の構造図……!?」
騎士団長が、ガタガタと椅子の音を鳴らして立ち上がった。
ルリアの手は止まらない。地下の古い水路から、王族の寝所にまで繋がる隠し地下道のルートを正確にトレースしていく。
そして、その地下道の数カ所、ちょうど王宮の主要な水源や通気口にあたる場所に、元の地図にあった通り、不気味なバツ印を小さく書き加えた。
描き終えたルリアは、額の汗を拭いながら、これみよがしに胸を張る。
(よし! これだけ役に立つ情報をあげたんだから、チャラだよね! あの布面の絵の件も、国家反逆罪とかいうおっかない話も、全部無しだよね!)
しかし、天幕の中の空気は、ルリアの期待とは真逆の、底冷えするような緊張感に包まれていた。
「……狙いは王都の街ではなく、王宮そのもの。いや……王族の暗殺か……!?」
テオの碧色の瞳に、これまでにない鋭い光が宿る。
ここで精製された毒物は、王宮の地下道から密かに運び込まれ、王族とそれに与する者たちを確実に仕留めるために使われる計画だろう。
完璧な複写図を前に、平然と炭筆を置いたルリアを、テオはただ静かに見つめていた。
(ルリア……お前は、ただの一瞥で、国家最高機密である王宮の地下通路の構造をすべて頭に叩き込んだというのか……!?)
碧色の瞳の奥にある光は、がやがや亭でスープを啜っていた呑気な警備兵のそれではない。目の前の獲物を決して逃がさないという、強い意志を秘めた王族の目だ。
ルリアは、この場からそそくさと退出するタイミングを見計らっている。
そんなルリアの思考を遮るように、テオは机の上に広げられた王宮の地図を指先でトントンと叩き、ゆっくりと告げた。
「ルリア。国家最高機密である王宮の構造をこれほど正確に把握し、さらに暗殺計画の片鱗を知った者を、このまま見逃すと思うか?」
「え……?」
「お前の身の安全のためだ。――私と共に、王宮へ来てもらう」
「え?????は?????(なんでそうなるのーーー!? 助けてマーサーーー!!!)」
ルリアの「お手柄を立てて無罪放免作戦」は、
テオの有無を言わせぬ強引な『連行(保護)』によって、まさかの「王宮へ直行」という、最高に不本意な結末を迎えるのであった。
(第二部・朱紅の呪い編・完)
つたない文面をここまでお読み下さり有難うございます!
第9話の温泉ドボン!のシーンをどうしても書きたくて、ここまで一気に突っ走ってしまいました!
執着系イケメンを自給自足で補給していこうと書き始めた物語です。
次は、いよいよ舞台が王宮へと移ります!
下町娘のルリアが、テオの独断によって王宮に連行され……から始まる予定です。
新章突入の前に少しだけお休みをいただきますが、
その間に、ショートストーリーを何本か載せられたらなぁ~と考えております!
・温泉その後……
・王都までの道中(ファンクラブの護衛!?)
・テオ視点の物語
只今、絶賛執筆中です!
掲載順、タイトルは変わります(土下座)
【SS掲載予定日:10/26〜28頃】
もし「テオの溺愛執着、早よ!」「ルリアの筋肉オタクっぷりが可愛い」と思ってくださったら、
・【ブックマークに追加】をぽちっと押す
・【★評価】(☆☆☆☆☆を★★★★★にする)
・ 各話への【いいね!(リアクション)】で応援していただけると、執着テオを描く燃料になります!
それでは、ショートストーリーや第三部でまたお会いしましょう!




