幕間1 冬の灯をともす
本編、1話目の数3ヶ月前〜本編で布面テオのラフ画を、ルリアが描いちゃいました辺りまでの描写です。
テオ視点です☆
黄金色に染まっていた秋も、そろそろ終わりを迎える頃。
メイブル王国の第三王子テオバルトは、自身が率いる第三騎士団を引き連れ、王国の東の端にある街へと足を踏み入れていた。
名目は、この地の治安改善。
だが本当の使命は、この地を治める領主の不正を暴き出すことだ。
住人に身分が知られれば領主側に警戒されるため、テオバルトは素性を伏せ、一介の騎士団指揮官として潜入することにした。
街に入り、数日が経った頃。
拠点の中を歩いていたテオバルトの耳に、部下たちの静かな会話がふと留まった。
「あの娘、今日も俺たちのことをジッと見つめてきたよな」
「ああ、あのアメジスト色の瞳の子だろ? 確か下町食堂の『がやがや亭』の娘らしいぞ」
(アメジスト色の瞳――)
その言葉に、テオバルトの心は激しく揺さぶられた。
記憶の片隅によみがえる、あの日の光景。
(あの娘……? 会ってみたい)
翌朝、テオバルトは部下に手配させた警備兵の服に袖を通した。
「なかなか良い着心地だ。少し出かけてくる」
そう言い残すと、テオバルトは一人で詰所を後にした。
向かうは、下町食堂『がやがや亭』だ。
◇◇◇
すっかり『がやがや亭』の常連になっていた街の警備兵――こと、テオバルトは、低く垂れ込めた冬の空を見上げていた。
(この辺り、灯りが少なすぎるな。月の無い夜なんて、とくべつ暗い闇じゃないか)
そんな苦々しい思考を抱えながらも店のドアを開けると、中はパッと明るく暖かい。
それだけで、テオバルトの胸のいら立ちは幾分か和らいだ。
「お疲れ様! テオさん、ここのところ毎日だね! マーサの料理、気に入ってくれた?」
首をかしげ、興味津々な目で覗き込んでくる、あのアメジストの瞳。
その瞳でジッと見つめられると、妙にそわそわして落ち着かなくなる。頼むからやめてもらいたい。
そんなこちらの身悶えを知る由もない娘は、今日も無邪気に笑いかけてくる。
……なんだか、無性に悔しい。
(いつかこちらの正体を明かしたときに、うんと驚かせて仕返しをしてやる)
そんなことを、ひっそり心に決めるのだった。
◇◇◇
うっすらと白い霜が足元の土を隠した日、詰め所には数人の騎士達が集められた。
「この街の治安改善点だが、下町の外灯が少なすぎる。早急に外灯の増設を行う」
「殿下、しかし治安改善は建前上でして、我々の優先すべきは領主の……」
年若い騎士が進言しかけたが、テオバルトの碧眼から放たれる凍てつく視線に、言葉を飲み込んだ。
(バカ、おまえ、黙れ! 殿下は毎晩のように下町に視察に行かれているんだぞ)
(その殿下が仰るのだ。何か深いお考えがあってのことに決まっているだろう……!)
知的で思慮深く、冷徹な切れ者――。
騎士達にとっての第三王子テオバルトは、常に完璧な主君であった。
(実際のところは、食堂の娘が夜道で危なくないようにしたいだけである)
その後、街への視察の際。
テオバルトは王族としての顔を晒さないよう、布の面で顔を隠して歩いていた。
だが、その布には王家の証である紋章が刺繍されている。我ながら矛盾だらけだと自嘲していると、ふと、人だかりの中に見慣れた姿が目に入った。
(まずい……! まだ正体を明かすべきではない!)
とっさに顔をそむけた。
周囲の喧騒に紛れたはずだから、きっと大丈夫なはずだ。多分。
だが――それ以上に、気に入らない光景が目に付いた。
あのアメジストの瞳が、自分ではない、別の男を捉えていたように思えた。
胸の奥が、どろりと焼けるように熱くなる。
この不快で、狂おしい感情は、一体何というものかテオバルトはまだ知らない。




