旅立ちと追跡
【ここから第二部 スタート!】
前話(第一部・東の端の街編)までのあらすじ:
小遣い稼ぎのために騎士団の姿絵を描いていた下町娘・ルリア。
しかし、ただのスケッチが「国家機密を暴く完璧な予言」だと、第3王子テオに盛大に勘違いされてしまう!
テオの一言から「国家反逆罪で牢獄に入れられる!」と恐怖したルリアは、度胸と勢いだけで東の端の街を飛び出し、命がけの逃亡へ――!?。
☆第一部を未読の方も、ここからお楽しみいただけます!
「ルリア、本当に行くのかい?私はおまえが心配なんだよ……。この街では、おまえを悪くいう奴はいない。けど……」
「マーサ、私が虐められないか心配してくれてるのね!私は平気よ!」
「自分がまわりと違うことなんて気にしてない!それに私は、強いマーサの娘よ!」
「ルリア……」
「そんなことより、私がここに居るとマーサも牢屋に直行かもよ~」
マーサは呆れたように深くため息をつくと、ルリアをぎゅっと抱きしめ、羊の毛で編み込んだストールをルリアの頭に被せた。
「まだ寒いから、頭からこれを被っていきな。」
このメイブル王国には、まわりと違う容姿を持つ者を、奇異の目で見て差別する地域がまだ残っている。
ルリアの日の光を浴びて青く輝く黒髪と、サラサラと真っ直ぐな髪の毛は、この国ではあまりにも目を引きすぎるのだった――。
マーサは、小さくなっていく後ろ姿を見つめながら呟いた。
「どこへ向かってもいい。ここもあんたの居場所なんだから忘れるんじゃないよ。」
◇◇◇
立ちのぼるインク工場の煙。
朝の冷たい空気に、煤のにおいがうっすら混じる。
せわしなく行き交う職人たちの声をかき分けるようにして、ルリアは時計塔の下を抜け、街の外へ出た。
途中、見覚えある警備兵にも朝の挨拶をし、ふと思う。
(テオは、なんで警備兵のふりしてたのかな。)
(私を捕まえるため?……あの絵を描く前から私を牢屋に入れよう計画立ててたの!?怖っ!テオ怖っっ!)
ルリアは、大きくぶるっと震えた。
街を出て少し歩くと農村地だ。
どこまでも広がる牧草地には、モコモコとした羊たちが草を食んでいる。
大きな荷物を抱えてよろよろ歩くルリアを、大きな幌馬車が追い越してゆく。
(一番近い隣町まで今日中には辿り着くわよね?)
この永遠とも思える牧草地を眺めていると、不安な気持ちにもなる。
何しろルリアは、運動が苦手なことではなかなかのものなのだ。
野宿?野宿は絶対いや!凍える!!
一人、心の中で必死に叫んでいると、先ほどルリアを追いこしていった、大きな幌馬車がピタリと止まった。
「ルリア!?」
声の方へ顔を向けると、そこには馴染みの顔、
ベリーがいた。
「ベリー!!」
先ほどまでの絶望感は吹き飛び、ルリアはベリーのもとへかけだした。
こんな大きな幌馬車でどこまで行くのかと、率直な疑問を投げかけると、幌の隙間から、わらわらと聞き覚えのある声が降ってきた。
「私たち、王都へ向かうのよ」
「そう!騎士団様たちに会いに行くの〜」
「遠征よ!遠征!!ルリアも一緒に行きましょ!」
馬車からひょっこり顔を覗かせてきたのは、騎士団ファンクラブの面々だ。
え?遠征!!??
オタクの行動力に限界なんてものはない。
そんなファンクラブの皆さんの、ノリと強引さに押し切られるかたちで、ルリアも馬車に同乗させて貰ったが、控えめに言っても最高に快適だ。
積荷用の馬車だが、内にはふかふかのクッションが敷き詰められ、ちょっと揺れる移動部屋といったところだ。
「この馬車、セリーヌさんのおうちの馬車?」
セリーヌさんは、ファンクラブで一番のお金待ちのお嬢さんだ。この馬車も商売で使っているものだろう。
「ええ!王都での販路を見つけてくるからって、パパに貸してもらったの」
平然と言いのけるセリーヌさんの商魂は、なかなかのものだ。彼女なら本当に王都で大成功を収めてしまいそうだと、ルリアは心の中で呟いた。
馬車の中には、セリーヌさん、ベリー、そして町医者の娘ジョディがいた。
ルリアも加わることで、馬車の中の賑やかさに拍車がかかり、さしずめ女子会といったところだ。
護衛も兼ねている御者二人は、慣れた道のりらしく、王都の馴染の店の話をしている。ルリアの命がけの逃走は一気に和やかムードに染まりつつあった。
「そういえば、呪われた赤い石の伝説知ってる?」
不意に、お茶の入った水筒を片手にジョディが声を潜めた。その少しおどろおどろしいトーンに、ベリーがクッキーをかじりながら首を傾げニヤリと笑う。
「もー!ジョディの怪談ショーさっそく始めちゃう?」
ベリーも、セリーヌさんもわくわく顔でジョディを見つめている。もちろんルリアも。
「ふふふふっ、いい?その赤くて美しい石を見つけてもね、絶対に持ち帰ってはいけないの。人を狂わす呪いの……」
「セリーヌ嬢様、ここらで一旦、馬を休ませますぜ!」
御者からの一声で、馬車は道端にとまり、馬たちは湧き水を飲み、そしてジョディ―の怪談ショーは中断となった。
◇◇◇
その頃がやがや亭では―――
「テオ!あんたよくもまぁ、のうのうと顔を出せたもんだね!」
店に入れるものかと、テオの前に仁王立ちしたマーサが凄まじい剣幕で睨みをきかせていた。
領主の犯した、人身売買未遂事件の事後処理のようやく目途がたったので、
テオは疲れきった体に鞭をうち、がやがや亭に足を運んだのだが、出迎えは最悪だった。
「あんた、うちのルリアを投獄する気なんだって?大人しそうな顔をして、私らを欺いてたってのかい!」
その言葉に、テオの思考はフリーズした。
(は?俺がルリアを投獄……?)
身に覚えのない濡れ衣に呆然とするテオを余所に、マーサはふんっと鼻を鳴らし、さらに続ける。
「ルリアならもうここには居ないよ!間抜けなあんたになんて、あの子は捕まらないさ!」
己の全身から、すぅっと温度と色が落ちていく感覚。
テオはそれ以上なにも言わず、無表情のまま身を翻し、がやがや亭を後にした。
(は?あいつ何を考えているんだ?……迎えに行くと伝えたのに……)
テオの足取りは、怒りと焦燥で引きつっていた。
彼はすぐさま、王都へ帰還する準備を進めていた部下たちを集め、冷徹な声で命令を下す。
「王都への帰還ルートを変更する。これより、最優先で『重要参考人物』を確保する」
少数精鋭。もちろん、率いるのはテオ自身だ。
(絶対に、逃がさないからな。ルリア)
任務という名目で己の執着を覆い隠しながら、テオはルリアが向かったであろう街道を見据える。




