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命がけの逃亡

翌日の夕刻。

 がやがや亭のドアが開くと、カランカランと間の抜けた鈴の音が響いた。


 入ってきたのは、いつもよりも上等な服を着たテオだ。そして、その目には隠しきれない真剣な光が宿っている。


 カウンターの奥では、いつも通り呑気にお皿を拭いているルリアの姿があった。


 「あらテオ、いらっしゃい。今日もいつもの、おまかせ大盛りでいいかい?」

 奥から顔を出したマーサが、大きな声をあげる。


 「あ、ああ、おかみさん。いつも通り頼むよ」


(……信じられん。国を揺るがす大捕り物の直後だというのに、あいつはここで平然と何知らぬ顔で働いている。本当になんなんだ……!)


 テオは緊張で喉を鳴らしながら、いつものカウンター席に腰を下ろした。


「はい、お待たせー。テオ、いつもの大盛りね!あれ?今日はいつもと何だか雰囲気ちがうねぇ〜」


 ルリアが少しふざけた口調で皿を置くと、周囲に人がいないのを見計らってから小声で囁いた。



「ねえ、テオ。昨日の上手くいった?」

(無事に警備兵のお仕事できた?)という、ルリアなりの軽い応援のつもりだった。


 しかしテオはこれを(私の作戦通りに黒幕の証拠を掴めたか?)という、冷徹な確認だと捉えた。


 テオはルリアを真っ直ぐに見つめ、押し殺した声で答える。

「ああ、すべてお前の言う通りだった。……見事な手際だったな、ルリア」

「おかげで領主を捕らえ、王都の黒幕の尻尾も見えた」


「え?……あ、う、うん! そうでしょう!」

 ルリアは内心で激しく混乱した。


 黒幕とかよく分からないし、テオは何だかいつもと違うし、けれど、テオがめちゃくちゃ自分を買い被っていることだけは伝わってくる。


 ジモンさんから「国家反逆罪」の話を聞いたばかりのルリアの脳裏に、テオのあの言葉が過った。

『一生冷たい牢獄に監禁とかかもよ?』


(ひぇぇぇ!どうしよ、どうしよ!!昨日の夜……あの金色の馬に乗っていたのは……テオだった。え?テオって何者?私を牢獄に送ろうとしてる!?)


 ルリアは生き残るため、必死で脳細胞をフル回転させ、腹を括った。

 ルリア史上もっともミステリアスな笑みを浮かべながらこう言い放つ。

「ふふ、私の言ったとおりでしょ!(話しを合わせてみたけど、選択間違えてないよね?)」


(やはり、俺の正体も何もかも知っていて、あえて俺を動かしたのか……!)

 テオは完全に、この恐るべき下町娘に敗北を認めた。


「俺は近いうちに、領主の背後にいた黒幕を追いつめるべき王都に戻る。……ルリア、お前も一緒に来る気はないか?」


 それは、実質的なスカウトであり、ルリアを自分の手元に置いて監視し、そして誰にも渡したくないというテオの自覚無き独占欲だった。



(テオの近くにいるのは危険だ!布面の絵を描いた私を、テオはいつでも牢獄に送れるじゃん!……あれ?でもテオってそんな意地悪な奴じゃないよね?)



 ルリアは真っ直ぐアメジストの瞳で、テオを見つめた。

(……テオはいったい何を考えているの?)



 そして、もう会うことも無いであろう友人を、記憶に深く刻み込む。

(テオってば、また耳の後ろを指で掻いてる……威張った口ぶりが台無しね)



「……テオありがとう。でもね、私はここでマーサとお店を続けるよ。気が向いたら、王都の姿絵でも送ってね」

(王都のイケメン……というか先鋭部隊の筋肉の絵、たくさん見せて!)

 別れを惜しみつつもちゃっかり欲望にも忠実なのがルリアだ。



「……そうか。今は、この東の端から世の中を俯瞰してみる時なのか……。わかった、王都の事件が片付いたら、必ずお前を迎えに来る」

 テオはそう誓うと、スープを一気に飲み干して店を出て行った。


 嵐のようにテオは去り、ルリアはふう、と大きく息を吐き出した。


(ん???迎えに???来る????……)

(牢獄行きは回避できたはずだったのに。は?……迎え?)

 あまり考え無い方が良さそうなので、一旦忘れよう。瞬間記憶能力の持ち主は、忘れる能力も高……


(待って!テオ、あの金色の馬に乗ってたよね? 消音馬具のこと、めちゃくちゃ知ってたよね?テオがもしも騎士団のあの偉い人なら……私はガチで国家反逆罪で一生冷たい牢獄に監禁されるんじゃ……!?)

(……ダメだ!ここにいたら捕まる。とりあえず、逃げなくちゃ!!)


 あまり考えない方が良いどころか、考えれば考えるほど命の危機だった。



 がやがや亭の看板娘は、第三王子の正体にはまだ気づかないまま、翌朝、度胸と勢いだけで東の端の街を飛び出すこととなる。命をかけた逃亡だ。


 ◇◇◇


「レス…騎士団様レスなんですけどぉ!!」

「公式からの供給が途絶えて苦じぃ……」

「もう無理!王都へ遠征したい!!」


「それ、いいわね!皆んなで乗り合い馬車で行くの楽しそう!!!」


 騎士団不足で悶え苦しんでいたファンクラブの女性たちは、いつの間にか王都遠征計画をたて始め盛り上がっていた。


(第一部・東の端の街編・完)


つたない文面をここまでお読み下さり有難うございます!

初めての小説。一つの物語を書き切ろうという目標で、なんとか5話で区切りが付けられました!やったー!!!

ここから、わたし好みの執着系男をマイペースで綴れたらと思います。

己を刺すための自給自足作品ですが、ゆるっと読んで頂けましたら幸いです。


【10月16日追記】

いよいよ本日から、第2章を公開していきます!

今後の更新は、お仕事の都合もあり、週1~2ペース程のゆったり更新になります。

少しでも「面白いな」「この先の執着っぷりが見たい!」と思っていただけましたら、ぜひページ下のブックマークや評価(☆)で応援をお願いします。

初めての執筆なので、ブクマをいただけるとめちゃくちゃ励みになります!


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