闇夜の討伐
深夜、騎士団の詰所。いつもがやがや亭で見せるゆるい姿とは一変し、テオは王族としての圧倒的なオーラを放ちながら作戦机を叩いていた。
「これより『南の街道』にて、領主の密輸馬車を完全包囲する。敵の荷台には双頭の鷲の紋章が隠されているはずだ。――一人も逃すな!」
「そ……、双頭の鷲……ですか?……」
戸惑いを隠せない年長の騎士。
「すでに逃走ルートまで特定されているのですか!?」
興奮気味に声をあげる年若い騎士。
詰所にいた騎士たちがそれぞれ感嘆の声をあげる。
「さすが殿下、恐るべき情報網です……!」
「これで領主のどもの鼻を明かせます!」
「夜討ち朝駆けの強行軍だが、殿下の完璧な作戦があるなら何の問題もない!」
口々に殿下への崇拝を口にする熱い男たちを前に、テオはそっと視線を逸らした。
(……俺じゃない。あの下町娘の情報網だがな)
テオは心の中でそう毒づきながら、漆黒の外套を翻した。
同時刻、夜の南の街道。
闇夜を引き裂き、猛スピードで逃走する領主の密輸馬車があった。
その時、テオの脳裏に、がやがや亭の裏口でルリアが言った言葉が蘇る。
『あの歪み方なら、南の街道のデコボコ道を通るときに、絶対に右側に傾いてガタつくはずだから』
――ガタッ!!!
次の瞬間、ルリアの予言通りに馬車の右後ろの車輪が泥に足を取られ、大きく傾いた。
「今だ、突撃しろ!」
テオの鋭い号令と共に、伏兵の騎士団が一斉に飛び出す。完全に不意を突かれた密輸団は、一瞬でパニックに陥った。
「おのれ、第3王子ふぜいがぁ!」
御者台から飛び降りて斬りかかってきた領主の用心棒に対し、テオは愛剣を抜いた。
激しい金属音が夜の静寂を切り裂く。大振りな敵の剣筋を、テオは最小限の動きでいなした。
(ルリア……お前には、こうなる展開までも見えていたのか……!?)
テオは手綱を握り締めていたあの強靭な前腕を、今度は剣を振るうために鋭くしならせた。
ズバァンッ!と峰打ちの鈍い音が響き、用心棒は一撃で地面に転がった。勝負は文字通り一瞬だった。
「ふぅ……」
テオは乱れた息を整えながら、剣についたわずかな脂を拭い、鞘へと収める。その一連の動作に合わせて、手首から前腕の筋肉が、月の光を浴び彫刻のように美しく躍動していた。
「殿下! 馬車の荷物に、ご指摘通りの紋章を確認しました! すべて殿下の言った通りです!」
年若い騎士が興奮気味に報告する。
テオは報告をうけ、じっとりとした汗を夜空を見上げ拭いながら一人呟いた。
「双頭の鷲……か」
――周囲が畏怖するような、完璧な立ち振る舞いの第3王子だが、部下たちの姿が見えなくなった瞬間、微かに揺らぐ。
「……はぁ」
テオは外套の下で、張り詰めていた長い息を吐き出す。
剣を握っていた右の手のひらは、冷気の中にありながら、異様なほど熱く汗ばんでいた。
先ほど、ルリアを自身の馬の前に乗せたときの、片腕に収まる重みと気配がまだ肌に残っている。
(本当に、すべてあいつの予言通りになった。もし今日、俺ががやがや亭にルリアの様子を探りに行っていなければ、この事件は闇に葬られていた。あいつ、俺をがやがや亭に呼び寄せるために、最初から仕組んでいたんじゃないか……?あんな華奢な下町娘に、第3王子が動かされるとはな。)
領主一味を壊滅させたというのに、下町で皿を洗っているはずの少女が、テオの思考を乱す。
彼女への底知れない畏怖と――そして、
自分の目の届く範囲に……手の届く範囲に……傍に……
蓋をしているテオの想いを刺激していた。




