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創作と牢獄と陰謀1

 がやがや亭の夜の営業は二十時までだ。酒を売りにしている店ではないので、日が暮れても飯を提供している事を誉めてもらいたい。


 もちろんこれはマーサの言い分だ。

 この意見には、もちろんルリアも大賛成なわけで、がやがや亭の女主人とその養女は、生活するうえでの感性はぴったりと息があう。そうでなければ二人で繁盛店を切り盛りするのも難しかっただろう。


 店の片付けも終わり、自室で小遣い稼ぎの下準備の時間だ。


 薄く揺れるランプの灯りの下、ルリアは紙束を眺めながら考える。

(さてさて、この騎士様たちをどのような構図で描いたらご婦人がたが喜ばれるかしら?)


 最近は顔のいい男と、顔のいい男が親し気にしている姿絵が流行りらしいが、ルリアとしては筋肉美を描きたい。しかし、女性たちには筋肉ばかりが目立つ姿絵は不人気なのだ。


 ルリアが筋肉に憧れるのは自身の運動の不出来さによるものだと自覚はしている。無いから欲しい!筋肉!!

 だが、自分の欲を前面に出しては小遣いも稼げない。今回も筋肉は諦め、顔のいい男が語りかけてくるような構図の絵を数枚描き上げた。



「よし、これは売れる。……で、問題はこれよね」

 ルリアは、紙束の最後に残った「金色のたてがみの馬と、布面の男」の下書きを引っ張り出した。

(線が細くて、私の好みの筋肉ではないけれど……顔が見えない分、逆にめちゃくちゃミステリアスで、顔のいい男オーラが出てたのよね)

 創作意欲がむくむくと湧いてくるが、夕飯時にテオが言った物騒な言葉が頭をよぎる。


『一生冷たい牢獄に監禁とかかもよ?』

(……うーん。やっぱり高貴すぎる方を勝手に描いて侮辱罪とかになったら洒落にならないし、これだけは売りに出さず、引き出しの奥にしまっておこうっと)


 ルリアは金色の馬と、顔を布で覆った男をササっと描き、自分用のコレクションに閉じた。



 次の日、ルリアは簡単に朝食をすませ、時計塔の近くにある集会所へと足を運んだ。

 朝の空気はまだ冷たく、吐く息の白さが春はまだ先だと物語っている。


 今日は騎士団ファンクラブの会合がある日だ。

 騎士団に恋心も憧れもないルリアだが、ルリアの描く騎士団の姿絵はかなり人気がある。


 特に語りかけシリーズの絵は、まるで恋人気分が味わえると人気のシリーズなので、ルリアも張り切って時間を作っては新作を描いている。


 ふとルリアは思った。テオの居る警備兵たちにはファンクラブなんてものは無い。

(騎士団と比べると、地味だから仕方のない事だよね。)

 一人納得し、今度テオの姿絵でも描いてやろう。細っこいテオを筋肉隆々に描いてやるか。そんな事を考えていたらなんだか可笑しくなってきて、ルリアはニヤケていた。


「ルリア、お早う!何一人でニヤついてるの?」

 声をかけてきたのは、パン屋の娘のベリーだ。ルリアとそう年は変わらないはずだが、たわわな膨らみのある容姿はルリアよりずっと大人っぽい。

「ベリーお早う!今日はこれを持ってきたんだ。会合で販売して貰えないかな?いつもみたいにさ」

 ルリアは昨晩仕上げた新作の姿絵たちをベリーに渡した。


 ベリーは、一番最初に買える権利を手に入れた!と喜んでいる。

 明るくカールした髪が跳ねる度、ぴょこぴょこ踊っている。


 ルリアは、がやがや亭の開店前には戻らなければならないので、早々に集会場を出ようとしたが、ある言葉が耳に入ってきた。


「……ねえ、聞いた? 最近、領主様の屋敷に夜な夜な出入りしてる馬車のこと」

「ああ、あの『音のしない馬車』でしょう? 気味が悪いわよね。夜中なのに、幽霊みたいにスーッと通り過ぎていくらしいわ」

「あれ、特別な加工をした馬具を使ってるんじゃないかって噂よ。でも、そんなの普通は王族の許可がなきゃ手に入らないはずなのに。一体どこから持ち込んでるのかしら……」


(足音のしない、馬……?)

 ルリアはふと、昨日時計塔の下で見かけた、あの布面の男が乗っていた綺麗な馬を思い出した。

 言われてみれば、あの馬が広場に入ってきたときも、周囲のざわめきに紛れて蹄の音がほとんど聞こえなかったような気がする。

(……きっと、美しい馬は動作も美しくスマートなんだろう。さて、マーサが怒る前に帰らなきゃ!)

 ルリアはそれ以上深く考えることなく、足早に集会所を後にした。



 ――しかし、ルリアはまだ気づいていなかった。

 美しい刺繍の布面と金色の馬の、その描き殴りの下書きが、ベリーに渡した束の中に一枚だけ紛れ込んでしまっていたことに。



 ◇◇◇

 その日の夕刻。

 がやがや亭のカウンター席で、テオは出されたスープに口も付けずに考えこんでいる。

 手元にあるのは、部下が「街の市場で奇妙なものが流行っています」と秘密裏に回収してきた、一枚の紙片。

 鉛筆で丁寧に描かれた一枚の絵だ。

 しかし、そこに描かれているのは――間違いなく、昨日テオが身分を隠し、布面をつけて騎士団を率いて巡回していたときの姿だった。

 顔は布で覆われている。それなのに見る者が息を呑むようなミステリアスな色気が恐ろしいほどの精度で表現されていた。

 さらに、王室が国の各方面より技術者を動員し開発した「消音馬具」の細かな形状までもが、正確に描写されている。


(……なんで、こんな物が出回ってるんだ……!?)

 テオの背中に、じっとりと汗が伝う。



 領主の人身売買を暴くため、騎士団に細かく命令を下し、自らも極秘の馬を駆ってこの街で調査しているのは、メイブル王国第3王子である自分だ。

 テオは、ルリアの表情を盗み見る。

 彼女は厨房の奥から「お待たせしましたー!」と、いつも通り呑気に皿を運んでいる。

(まさかルリアは、俺の正体が警備兵テオではなく『第3王子』だと、最初から気づいていたのか……?)


 昨日、彼女はあの紙束を「売り物の下書き」だと言って慌てて隠した。

 そして今日、その一枚が下町の市場に、あえて流された。

(わざわざ顔を隠した俺の絵を、このタイミングで流すなんて……。そして騎士団の目に止まれば必ず俺の元へ届くと……これはルリアからのメッセージか?『私はテオの正体、すべてお見通しだよ。消音馬具の馬に乗って、何をしているのかもね』と……)

 ルリアの観察眼と情報網に、愕然とする第3王子であった。


 身分を偽り、下町の食堂に入り浸っている王子は、スープから立ち上る湯気の向こうで、一人考え込んでいた。

(あいつ変な奴らと与してたりしないよな……)


 一方、厨房に戻ったルリアは「今日のテオ、またスープを睨みつけてるなー。冷めちゃうのに」と、やっぱり呑気にカチャカカと皿洗いを始めているのだった。

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