女の密談
「ルリア、もっと背筋をのばしなさい!」
「は、はい!ローレンス夫人!! でも床磨きに背筋関係あります?」
「全てはエレガントによる、エレガントのための、エレガントなる王宮ルールです」
ローレンス夫人とは、女官長の事だ。エレガントメイドの指導をルリアにしている。
エレガントメイドって何なんだ!? と、疑問に思いつつも、テオの包囲網から救いの手を差し伸べてくれたローレンス夫人の教えに従い、ルリアは床磨きをエレガントにこなすしかなかった。
床に這いつくばりながらも優雅に拭き掃除をしていると、目の前に煌びやかに艶を纏った二つの靴先が見えた。
ルリアが顔をあげると、そこには薄緑色の良質そうなドレスに身を包んだ女性がいた。白く柔らかそうな肌に、亜麻色のカールがかった髪。瞳はドレスと同じく薄緑色。
そして、ピンと伸びた背筋……エレガントだ!!!
「ローレンス夫人、この娘を少しお借りしても宜しいでしょうか?」
その、エレガント(仮)さんは、ローレンス夫人にルリアを連れて行く承諾を貰いに来たようだ。
上位貴族のローレンス夫人に頼み事をするぐらいだ。きっとこのエレガント(仮)さんも、良い家柄のご令嬢なのだろう。
ルリアを見るエレガント(仮)さんの視線はまるで、マーサが市場で肉や魚の質を見てる時と同じで、ルリアは自身の珍しい容姿を揶揄われるんじゃないかと、少し目を伏せた。
エレガント(仮)さんはルリアの前を歩きながらも、時々ルリアの姿を確かめるように何度か振り向く。そしてルリアの全身を舐めるように眺め、また前を向く。
そういった行為を数回繰り返し、真っ白な扉に差し掛かると、エレガント(仮)さんは立ち止まった。
そして唐突に振り返ると、ルリアの瞳をじっと見つめながら、少し照れたように言葉を紡いだ。
「わたくし、フェルナント伯爵の娘、デイジーと申します。 わたくしの事はデイジー様とお呼びになって」
「……貴女の事は、ルリア嬢と呼んでも良くて?」
――!!??
この展開は予想していなかった。
ルリアは自分の見た目が、この国では珍しい事を知っている。
揶揄われたり、虐められたりする事を少しは覚悟していたが、令嬢……、いや、デイジー様の様子を見るかぎり、そんな雰囲気はみじんもない。
デイジー様はルリアを控えの部屋に招き入れると、「う~ん、わたくしのドレスだとサイズが合わないわね……」と、一人呟きながらルリアの肩をエレガントに押し、鏡台の前に座らせる。
されるがまま、そのピカピカに磨かれた鏡の前に座っているルリアの一つ結びの髪を、デイジー様は嫋やかにほどくと、「あなたの髪、とても綺麗ね。 黒くてサラサラ艶々でうっとりするわ」そう、ルリアに告げた。
デイジー様はルリアの髪をひとふさ手に取ると、大窓から差し込む陽にあたり、深海のような青にも、深い森のような緑色にも見える、その髪をうっとりと見つめている。
「ねぇ、ルリア嬢、 あなたテオバルト様とはどういうご関係なの?」
鏡ごしの急な質問に、ルリアはピクリと身構えた。
「ど、どういうって。 テオバルト様と私は……」
(あれ? どういう関係なんだ? 私が王宮の秘密とかを知っちゃったから……は、言ったらまずいよね?)
ルリアは、自身がこの王宮内に連れて来られた経緯を思い出しながら、真実を少しだけ隠す事にした。
「私、めちゃくちゃ記憶力が良いんです! そんな私を便利に使いたくて、テオバルト殿下は私をここに連れてきたのかと……。 なので、関係はビジネス? でしょうか?」
「あら? それは、テオバルト様が貴女を専属の秘書に望んでいるという事かしら」
「!!! ち、違います! 便利な雑用です!!」
テオの専属秘書になるなんて、とんでもないと、ルリアは即座に否定した。
「雑用……ですか。 ルリア嬢のような可憐な女の子を便利に使おうだなんて、テオバルト様ったら、 ……そうよね。考えてみましたら、テオバルト様の傍は、あの方のものだわ。うふふ、 女性の秘書なんて不要ですわね」
「……あのかた? とは?」 デイジー様の言葉に思わずルリアは反応してしまった。
「冬の月のような、凛とした美しいかたですの。 テオバルト様が太陽で、あの方は月……」
蜂蜜のような眼差しで答えるデイジー様。
デイジー様の声がだんだんと遠のき、耳の奥でこだまする。
(凛とした美しいかた……)
胸の奥の微かな痛みに、ルリアはそっと蓋をし、デイジー様のお喋りに相槌をうっていた。
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