王子の密談
イチイの造園を抜けると、白と赤を基調とした建物が目の前に広がる。
兄王子、ギルベルト・フォン・メイブルの宮殿だ。
テオは愛馬を従者に預けると、慣れた足取りでギルベルトの執務室の、重厚なマホガニーの扉を開けた。
「テオ、今日も前触れ無しかい? この書類の山を手伝いに来たというなら歓迎するよ」
机に山積みにされた書類を前に、ギルベルトはテオを招き入れた。
「兄上、大事な話があります」
「東の端の街の領主の件かい? おまえが、あの地に行くとは驚いたよ」
テオたち騎士団一行が、王都に帰還したことは既にギルベルトの耳に入っている。
「ええ。領主の裏には黒幕が存在します。あの領主一人では何もできないのは兄上も予想していたでしょう?」
「その領主の馬車から、双頭の鷲の紋布が見つかりました」
「『双頭』の鷲だと……? それは叔父上の『裏』の紋章だぞ」
ギルベルトは思案しながら鋭い視線でテオに確認した。
鷲は王家を守護する紋。
その中でも『双頭の鷲』は、王紋守護者の証だった。
王弟大公の鷲の紋に隠された、裏の紋章。
それを持つ者に手を出すことは、王家への敵対を意味する。
テオは東の端の街で事件の顛末と、毒物精製の村の事、それに王宮の構造図が流出していた事を、この国の第一王子であるギルベルトに報告した。
ある人物の事は巧みに伏せていたのだが、ひと段落ついたところでギルベルトから「まだ重要人物がいるんじゃないのか?」と詰められた。
類稀な能力を持つ者がいると、ギルベルトには既に情報が入っているのだろう。
ルリア…… 彼女の能力は、国を揺るがすかもしれない。権力者はその能力を欲するだろう。
――テオは、ようやく手元におけるルリアを、自身の元から離したくなかった。
返す言葉がなかなか見つからず、口を真一文字に結んでいたテオは、我を通す幼き頃の姿を兄に思い起こさせたのかもしれない。
「おまえは昔から大切なものほど、隠したがる。誰に似たんだか……」
ふっと口元を緩ませ、ギルベルトはこれ以上は問わないから、そう身構えるなと六つ年下の弟に目を細めた。
執務室に陽の光がまんべんなく行きわたる頃には、緊迫した空気はいつの間にか無くなり、執務室は兄弟の小競り合いが鳴り響く、陽だまりの空間になっていた。
「叔父上は、昔から腹黒いじゃないか! 兄上はあの人のイカレ具合を知らないんだ!」
「そうかい? 俺は叔父上の知略は素晴らしいと思うけどね。テオだって子供の頃は懐いていただろ?」
「兄上、いつの話をしているんだい? それにね、俺は叔父上のようにはならないと決めている!」
「テオは、剣術でも叔父上に散々な目にあっているもんな!」
「!! ——あれは卑怯な手を……」
小競り合いの軍配は、ギルベルトにあるようだ。
その頃、テオが必死に隠そうとしている「重要人物」であるルリアは、王宮の別の一角で、思いもよらない事態に直面しようとしていた。
【ちょこっと補足】
双璧の獅子:王家の紋章(大地の獅子があらゆる角度からも国民を守る)
鷲の紋章:王弟公爵の紋章(広い視野で、王家を政敵などから守る)
双頭の鷲の紋章:王弟公爵の裏の紋章
なんか紋章が出てたな~って思っててくれたら大丈夫です。
この紋章絡みのエピソードは、当面は出てくる予定はないので~。
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