2 君の夢 1 君の夢は?
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義務教育中だけでなく、その前も、その後でさえ、何かにつけ問われたことがあると思う。
あなたの将来の夢は?
その時々で興味のあった事や、素敵だったりかっこよく見えた事柄を、想像上の未来の自分と重ねて、その時々で答えてきたことだろう。
ただ、それはそれとして、改めて今の君に問いたい。
君の夢は?
これはとても重要な問いかけだから、読み進める前に一旦この文章から視線を外して、ノートとペンを用意したり、メモアプリを開いて、できるだけ具体的な言葉で表現してほしい。
さぁ、じっくり考えて。
君が焦ってこの先に進まないよう、私の将来の夢を思い出せる範囲で書いてみよう。
十歳頃はサッカー選手になりたくて、中学受験の頃は何故か公認会計士になりたかった。
中高生になると特別コレと言える夢はなく、漠然と、安定した収入が欲しいと願う傍ら、カッコいいオジサンになりたいと思っていた。
成人してからは、先に伝えたように諸々の選択の結果、専門職としての道を歩み始めていたため、その道を踏み外さなければ人生は当分の間何とかなるだろうと、タカを括って生きてきた。
数行の文章にしてみて、何とも無味乾燥な、夢の変遷というには物足りない振り返りになってしまったが、正直に書いてみた。
今の私の夢については、後で書き記すことにしよう。
さて、君の夢を、具体的な言葉にまとめることができただろうか? できたなら話を進めよう。
君の夢について、あるいは夢について考えた君の心の中にある前提について、いくつか質問したい。
それは、君の夢が夢として機能し続けられるか、そして、人間の集合である社会の中で掲げ続けることで、真の意味で君の幸せに繋がるかどうかを、君自身に判断してもらいたいからだ。
順番に質問するから、その都度、今し方夢について考えた時のように具体的な言葉として、答えを考えてほしい。うまく言葉にならないなら、答えられない、としてもいい。
一つ目。その夢は達成されることで、あるいは時間経過によって、夢としての立場を失う可能性があるか、ないか。
例えば君の夢が「弁護士になる」だったとする。この場合、実際に弁護士になってしまうと夢は叶ったことになって、夢でなくなる。夢を「弁護士になる」の状態を続ける、つまり「弁護士であり続ける」に変えたらいいのではないかと思うかもしれないが、それにもいつか終わりがある。
私は、夢は人生の指針として思い描くのがよいと考えている。常に目指すべき理想と言い換えてもいい。それのために自分に何ができて、何をすべきかを考えるブレない基準だ。
そうなると特定の職業や立場は、夢ではなく、夢に向かう過程で設定する目標と捉えた方がしっくりくる。
二つ目。その夢は、君が想像する将来の君の理想の状態と、同じものか、あるいは違うものか。
もしかすると、一つ前の説明で君は違和感や疑問を覚えたかもしれない。私と君で、夢に対する認識がそもそも違うのではないか? と。その答えがこの二つ目の質問にある。
実のところ私が君に問いかけている夢は、理想像とか、理想の状態と表現した方が適切かもしれない。ただ、社会の中で夢を問われた時に、この理想を夢とほとんど同じものとして捉え、自信を持って答えてほしいという願いから、”君に持ってほしい夢”と書いている。
逆説的に、君が将来のある時点を想像したとき、あるいは将来のあらゆる時間において、君にとっての理想の状態が何かを考え、表現に落とし込むことができたなら、それは君の夢と言っていいだろう。
三つ目。その夢は君以外の人間の夢を叶えることにも繋がるか。
誰かに夢について問われた時、自信を持って答えて欲しいと書いた。これには二つの意味がある。
一つは、理想の状態とも言い換えられる夢に対して、他の誰かが言う夢と比べて頼りなかったり、問うた人の真意に沿わないのではないか? といった疑念を持ってほしくないということ。これは二つ目の質問で理由について触れた。
もう一つは、独善的な夢を掲げていないか、あらゆる角度から検討してほしいということ。
君の夢が誰かの幸せと天秤にかけられうるモノだった場合、夢を叶えた君は人の屍の上に立っていることになる。
少なくとも君が生きている間は、君は完全なstand aloneとして、真の意味で一人で生きることはできないだろう。そうであるなら、他者と関わり続ける人生において、君の夢の実現には必ず他者が関わることになり、逆に、君が誰かの夢を支える立場にもなる。
独善的な夢を掲げてしまうと、君は君を巻き込む誰かの独善を否定できなくなる。つまり君の夢は、その誰かに妨げられる危険を孕んでしまう。
君の夢が誰かに否定されても、それは気にしなくていいし、自信を持っていればいい。けれど、君の理想が他者の幸せを奪うものなら、君はそれを君の夢として持つべきではない。
だから君の夢は、遠回しにであれ、誰かの夢の助けになったり、人を幸せにしうるモノであるのがよいだろう。
ここまでの説明で君は、夢がどのようなモノであるとよいと感じただろう?
私の説明が漠然としていて、夢についてどういったアプローチで考え始めるとよいのかすら、分からなくなってしまったかもしれない。もし夢について今は考えられない、と思うならば、それはそれでよいことにしよう。
ただ、夢について考えるとき思い出してほしいのは、質問の二つ目で触れたように、それは君が目指すべき理想の状態そのものとほぼ同義であろう、ということだ。
君自身の状態かもしれないし、環境を含んだ状態かもしれない。それは君が君の人生を通して、人生の指針として根幹に据えるに相応しいか否かを、君自身で判断しなくてはならない。
一つ付け加えておくことがある。
君の夢が時間の経過とともに変化してしまうことを、恐れる必要はないし、否定すべきではない、ということだ。
夢は人生の指針として掲げられるモノを、と、強めの主張でここまで書いてきたが、時間の経過によって君は変わっていくし、それに伴って夢だって少しずつ変化しても何ら不思議ではない。
変わる、とは、知識が増え、技術や経験が積み重なり、人間関係が変遷することによって、君の視野が広がることだ。アップデートされた君は、それ以前の君が自信を持って掲げた夢の真意を上手に汲み取って、刷新することができるだろう。
だから、その時々の君の夢を、君は自信を持って掲げていこう。
さて、私の夢について後で記すと冒頭で書いたので、その点について触れておく。
私の夢の遍歴の中に、実は今考えている私の夢と近いモノがある。それは、かっこいいオジサンになりたい、だ。
当時、特定の誰かを思い浮かべたわけでもなく、なぜかそう思っていた。そして今も似たようなことを思っている。
かっこいいオジサンとは何か。あまりにも漠然としているし、人によって捉え方も違うだろうけれど、私の中には何となくコレというイメージがある。
物腰が柔らかく、聡明かつ物知りで、楽器を軽やかに演奏でき、最低限の料理を作れる。身なりと生活が整っていて、心身ともに余裕があり、人に好かれる。大体そんな感じだ。
今の私の言葉でコンパクトに表現するなら、夢は「人生を謳歌する紳士になること」。中々にいい夢だと思うけれど、どうだろう?
この夢、理想の実現のために、今後のキャリア、趣味との向き合い方、家族との関わり等々、細かいことを個別に考えるわけだが、それらの前提とするに値すると思う。少なくとも執筆時点の私は、この夢が自分の夢であることに腑落ちしているし、自信を持って夢だと言える。
もう一度問おう。君の夢は?




