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6 おわりに 1 過去は変えられない

6-1

 

 君の後悔の先取りとして、この節を残しておく。

 同じような苦しみ、哀しみ、虚無感を、君には味わってほしくない。


 一つ、深呼吸を。

 ・・・では、始めよう。


 過去は変えられない。

 時間は平等に失われていく。

 これは私の懺悔。再生のための独白。


 漠然と不安があった。生活の不安、仕事の不安、家庭の不安、将来の不安。自分には何もないという感覚。

 もちろん、持っているものもある。けれど、それを持っているから自分は大丈夫なんだとは、どうしても思えなかった。



 生活を見直して、働き方を捉え直して、家族との関わり方に悩んで、来たる未来に必要な備えを始めて、そのうちに分かってきたことがある。


 私は幼い頃から、失敗に対する不安が強かった。失敗して、誰かに否定的にみられることに対する忌避感がとても強い。だからこそ、それなりに順調そうな人生を歩んでこれたという側面もあるが、逆にそのレールに嵌り過ぎてしまったようにも思える。

 それから、特定の何かに対する熱が、どうにも続かない。実際、一番形になってほしいと思う音楽ですら、何もない自分を脱却するための手段として義務的に、”これは私にとって大切なんだ”と思い込もうとしている節があると、少なからず自覚していたりする。

 不安から来る焦燥感の裏返し的な要因を感じるために、のめり込めない、という理由もあるだろうが、本質的には違うように思う。


 もしかすると、自覚される自己肯定感の低さ(自己評価の高さとは相反する)も、それらの原因と負のループを形成して悪さをしているかもしれない。人生というレールの上で、自分で道を選んできたという自負が十分に持てないために、自分を褒める手立て、自己を肯定する正当な理由がないわけだ。

 そして良くも悪くもレールを歩めてしまったがゆえに、副次的に育ってしまった承認欲求の大きさやプライドの高さも、同様に厄介な楔になっている気がする。


 夢が、理想がないのだろうか。あるように思えても、本当にそれを求める心になれていないか、なる気がないのかもしれない。

 現状に満足していないくせに、何故満足できないか具体的に理由を挙げられない。いや、挙げることはできるのだが、その前に、レールを降りることによる損失の方に目を奪われ続けてしまっている。


 人生を取り巻く仕組みに気付かないまま、学業や仕事、家庭に関わるあれこれを盲目的にこなしていくうちに、いつの間にかリスクを取れなくなってしまったらしい。

 18歳の時、20歳の時、24歳、25歳、27歳、30歳・・・。様々な仕組みに気付いていなかったことは今更言っても仕方ないので諦めるにしても、思い返せばその時々で、その時点までに積み重ねたモノは、その当時の自分にとってはどうしたって代え難いモノで、ゆえにリスクを取る方に舵を切れなかった。

 時間経過とともに私はあれこれと修飾され、その重さのためレールからの離脱はより困難になり、結果、天秤の反対にあった熱中の火種が遠ざかっていったのだと思う。


 そういうことが、ようやくわかってきた。


 結局のところ、持っていないのは、持とうとしなかったから。持つことのリスクを恐れ、心から持ちたいものを探さず、気付いても目を逸らし、求めないまま何となく流され、手を伸ばさなかったから。

 いつまでも不安が、焦燥感が消えないわけだ。

 ずっと空っぽのままなのだから。

 熱中が、熱狂が必要だ。それは今や、遠い過去の中にしかない。

 誰か火種をくれと、叫んで、喚いて、しかしそんなことをしても誰も相手にしない。

 私はどうすればよかったのだろう。誰も答えを教えてはくれない。


 けれど、そんなことは最早どうだっていいのだと、実感として知れた。未来永劫過去は変えられない、その事実を現実そのものとして受け入れられた。

 娘たちの未来を案ずる傍ら、自身に取り憑いた不安と薄目ながらも向き合った。生活を、人生を構成する全てに順番に手を付けることで、不安の根源が少しずつ浮き彫りになり、不安は消し切れないにせよ、健全に前進するための新たな道標が現れ、そこに意欲を沸かせることができた。

 夢の輪郭が、具体的に見え始めた。


 だいたい人に説く前に、自分に言い聞かせる必要があったのだ。

 いや、そんな事は当然わかっていた。わかっていて、そのくせ曖昧な態度で、まだわかり切っていないフリをしていた。全てを理解する必要すらなかったのに。

 愚者を演じているつもりの、ただの愚者だったわけだ。


 なぁ”お前”。それなりに働いて、それなりに生活して、そしてそれなりのまま年老いていく自分を、お前は本当に肯定できるか? 5年後、10年後、20年後、死の間際に、今を振り返って、後悔しないと胸を張って言えるのか?

 多分、少なからず後悔するだろう。

 ・・・嘘だ、きっと、猛烈に後悔する。

 ある程度やっていると体裁を取り繕っても、それが本気かどうかは、自分自身のことだから痛いほどに理解している。

 本気じゃない。全ッ然、本気じゃない!


 環境のせいにも、これまでに積み重なった人生のせいにも、口達者なお前は誰かに話す上でなら、できてしまうだろう。そこに何一つ意味はないと知っていても。

 結局全てが言い訳。

 ともすれば言い訳のために生きているようなもの。何のために言い訳しているのかすら、いつか分からなくなる、そんな人生。

 嫌だ。悲しい、寂しい。みっともない。惨めで、哀れで、絶望的だ。

 書いていて泣きたくなるほどに、実際目が潤んでしまうほどに、虚無感でいっぱいだ。


 やるしかない。やるのは他の誰でもなく、お前自身でしかありえない。

 人に言う前に自分がやってみせろよ。それが道理だろう?

 行動する最善のタイミングは、いつだって今この瞬間と言ったのはお前。

 興味を持って手を伸ばし、目の前のことに注力しろと言ったのもお前。

 逆算で考えろと言ったのも、等身大の自分を見つめろと言ったのも、当然お前。

 夢を持て、理想を掲げろ、箱庭を創造しろと焚き付けたのは、お前! お前だろう!?


 そもそも本当に今のお前は、何も持っていないのか?

 ネガティブな側面に意識を奪われすぎていると、前提として認識していなかったから、そう考えてしまった可能性は?

 あるいは、足るを知らなかった頃の、身の丈に合わないお朧げな理想像に、囚われたままではいないか?

 今のお前の等身大を、嘘偽りないありのままを、真摯に直視すべきだ。ダメなところばかりに目を向けて不貞腐れても無駄しかない。

 剥き出しの自分自身との対面を、恥ずかしがっている場合ではない。


 何十万文字と積み上げて完成させ、世に出した小説(誰も読まないけれど)。

 少しずつ数を増やし、投稿してきた自作曲(誰も聞かないけれど)。

 ともに歳を重ねてきた妻と娘たち。

 辛い思いをしながら取得した複数の資格。

 なんだかんだで習慣化した筋トレ。

 不要な物は殆ど売るか捨てるかした。

 苦労の末に収支を見える化できた。

 この文章だって、もうすぐ書き上がる。


 ほら、例え十分に本気でなかったとしても、それでも、できたことだってあるじゃないか。

 素直に褒めていいんだ。精一杯認めてあげよう。すごい! 素敵だ! 素晴らしい!

 そして褒めてみれば、気付けただろう。

 あぁ、そうか。結局、自分の意思で動いて形にしてきたものだけが、自分を支えてくれる可能性を秘めている。

 形になったものは、小説も、自作曲も、この体も、環境も、どれもこれも自分の幸せを後押ししてくれる、過去からの贈り物だ。


 虚無感に苛まれながら、否定したからこそわかったことがある。

 けれど一方で、肯定が、賞賛が、容認が、私には足りなかったようだ。

 内なる祝福が必要だったのだ。

 今更ながらそのプロセスを丁寧に辿る時間を持てた。

 おかげでようやく、積み重ね続けることが何より大切だと、心の底から実感できた。


 過去は変えられない。

 ならば、幸いにも気付きを得た今を喜ぼう。

 過不足ない等身大の自分を捉え、夢を掲げ、理想に進もう。

 箱庭を創造し続けよう。


『虚ろな庭に形を、形あるモノに想像の自由を、理想の修飾を。

 退屈の幻想に囚われないよう、生きよう。』


 とはいえ、まだまだ言い訳がましく怠惰な自分のために、区切りを一つ設定しておく。

 1年、3年、5年、10年・・・何となくだが、5年でどうだろう? いいんじゃないか?

 では5年後、また会おう。

 健闘を祈る。

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