5 君の形 2 体験の価値
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箱庭づくりの第一歩は、とにかく何でも試してみることから始まる。
やったことがない事柄は、自分に合っているかどうか分かるはずがない。人がやっているのをみて、自分に合うか合わないか想像しても意味はない。
その際、君に求められるのは、躊躇わずやってみる勇気だろう。リスクをとる覚悟、と言い換えてもいい。
これは他の事柄でも同様に当てはまるが、何かをしようとするなら、殆どのことは早いほどいい。後回しにするほど、機会損失は大きくなってしまう。投資も、結婚も、習慣づくりも。
そうは言っても一歩を踏み出せないことは多いだろう。人間には現状を維持したがる性質があるので仕方ない。
・・・いや、仕方ないで済ませてはいけない。無意識下に現状維持を選択してしまうのは、これまた無意識下に瞬間的で直感的な判断が行われたためであり、意識すらしていないのだから、正しいとは限らない(現状バイアス)。
君は選択肢を目の前にしたとき、立ち止まってじっくり考えなければならない。何を? その選択をするリスクについて、だ。
これから書くことは、資産形成の部分と被る、あるいは相反する内容に読めるかもしれないが、とにかく読み進めてくれ。
君の人生にとって大切な要素として、3つの資本を挙げた。資産、体、人間関係。これら資本は社会の中の君を、他者との関係において相対的な存在として捉えるための指標、という見方もできる。
そうではない要素の一つが、閉じていて、けれど開かれた要素をもつ箱庭であり、これにもう一つ加えることを提案したい。
思い出を増やそう。
思い出はあればあるほど君の人生を豊かにする。そして死の間際まで、積み重なり、君を楽しませてくれる。
陳腐な提案だと馬鹿にせず、真剣に向き合ってほしい。
失敗談も、成功談も、武勇伝も、喜びも悲しみも、振り替えってみれば一様に喜劇的な側面を持ち、君はそれらを思い出すだけで大抵いい気持ちになれるし、誰かと分かち合うこともできる。
人生の先輩が、聞いている側は退屈なことも往々にしてあるだろうに、過去の話を繰り返し聞かせるのはなぜだろう? それだけ思い出が人生において大切だからとも言えるが、私はそこには、加齢による変化が関係していると思う。
歳を取れば取るほど、体は鈍化するし、家庭を持ったり立場が変わることでも、リスクをとった行動は取れなくなっていく。物理的にも、精神的にも。
けれど、それが出来た時を思い出すことで、過去の自分によって今の自分を肯定する感覚が得られるのだと思う。
加えて、一つ前の節でクオリアの話をしたが、思い出はその時の自分とのクオリアの共有体験とも言えるわけで、つまり自己肯定や自立の原資にもなる。
思い出のよい点は、褪せることはあるかもしれないが、消費してなくならない点だ。積み重ねれば積み重ねただけ、君は歳を重ねるごとに喜びの糧を得ていることになる(ある意味インデックス投資と似ている)。
ところで、思い出とは何だろう? リゾートに旅行に行くこと? 遊園地で遊ぶこと? 小学生の日記で、夏休みの思い出を書く宿題があったら、きっと何か特別なイベントを取り上げただろう。
けれど大人になった君は、それだけではないと知っている。どんなことも思い出になりうる。
毎日の朝ごはんや通学路といった、毎日繰り返したからこそ、君の中で概念的に一般化した事柄が、振り返って一つの思い出として呼び起こされる、そういう類のものもある。
ただ、やはり多くの場合思い出は、新しい発見だったり、特に印象的だったりすることが多いのではないだろうか。加えて、日常が思い出化する分には、思い出の引き出しに限界が来やすいということからも、思い出の種は積極的に蒔いてほしい。
思い出を増やすために必要なこと。それは、今だからできることを、すぐにやってみることだ。
体験し、経験する。思い出になったり、ならなかったりするけれど、思い出が増える可能性は高まる。
君は君が思う以上に何だって選択できる。そのことにまず気付いてほしい。
そして同じくらい重要なこととして、歳を重ねると、加速度的にできることが減るということにも気付いてほしい。
結婚に関する部分でも書いたが、いざ選択肢を目の前にした時には、逆算で考えると具体的な問題として捉えやすく、選択する意欲も湧きやすい。
20歳の君であれば、資産は少なく、言い換えれば失うものが無いために、大胆な選択もできる。それに体力も人生の中でmaxだろうから、身体的に多少無茶な条件でもチャレンジできる。
今の君が目の前にある特定の何かを選択しないとして、例えば1年後、5年後、10年後に、資産や時間の余裕ができるのを待った後、改めてそれを選択するだろうか? その時、今やらなかったことを後悔しないと、断言できるだろうか?
私や、君の周りの人生の先輩を見回して、その人たちの身体的、精神的な活動度を推測した時、君の目の前にある選択肢に耐えうると思えるだろうか?
生じうる損失(まだ生じていないし、生じないかもしれないのに)を過剰に評価していないか、目を凝らすことも大切だ。失敗による損失を具体的に試算してみるといい。見える化は色々なところで役に立つ。
若いうちであれば大抵、案外なんとかなるし、君の選択を遮るほどの損失ではないだろう。加えて、ほとんどの不安は杞憂に終わるものだ。
箱庭に取り込むための、趣味的な側面を持つあれこれだけではない。旅行も、転職も、親や子供との関わりも、君が選択できる体験や経験の全てには、君に個別に用意された賞味期限がある。
実を言えば、資産形成すらそれら選択肢の一つであり、君が手を伸ばすべき思い出の種のために、資産を後回しにした方がいい時だってある。
君は歳を取る。歳を取れば、身体的に、精神的に衰え、意欲は減退し、許容できるリスクは減っていく。
若いうちは資金形成なんてせず、とにかく何にでもお金を使ってみろと言いたいわけではない。足るを知り、身が持たなくなる可能性の高い選択は避けるべきだ。
けれど、その時々でしか君に価値を付加できない体験や経験は確実にあると意識して、いつか思い出として君の内面を彩る、色々なことに挑戦してほしいと思う。
ちなみにこの考えは、中年期以降ではむしろ資産の面から捉えなおすことで、いつ頃からどのように資産を取り崩すべきか検討する指針の一つになる。老年期では遅い。
質素な生活が身に付くのはいいことだが、せっかく築いた資産を死後の世界に持ち込むことはできない。
何のために働き、資産を築くのか。君や、君の周りの人の、夢や箱庭を豊かにし、思い出を増やすためだろう。そのための資本の一つが、資産だったはずだ。
使わない習慣は、”使えない”になりかねない。今何が出来て、未来では何が出来ないか、その時々で考えて、お金を使うコツを覚えておく必要がある。
具体的にいつ頃かは、資産形成をしている前提で、早ければ30代後半、遅くとも50歳頃には、資産の取り崩し方と真面目に向き合う必要性が出てくると思う。
資産の節で書いてもよかったが、文脈を加味してこちらで詳述することにした。
さぁ、リスクを取るべきはいつだって今だ。
君が手を伸ばせる選択肢と向き合おう。勇気と覚悟を持てるよう、具体的に逆算して考えよう。




