第一章 第21部 ――サイドストーリー:リュウ・セレスティア
俺の名前はリュウ・セレスティア。
生まれてからずっと、俺には誰もいなかった。
この孤独――空気の中に溶け込むような静寂は、ゆっくりと魂を蝕んでいく。
HeavLy王国で生きてきて、もう十三年になる。
赤ん坊の頃から孤児院で育ち、そこだけが俺の居場所だった。だが、王国を襲った経済危機は、その唯一の居場所さえ奪っていった。
今の俺はただの浮浪児だ。
十三歳の少年。
明日になれば食べるものすらなくなるかもしれない、そんな存在だった。
行く当てもなく街を歩く。
重い足を引きずりながら、仕事を探して店から店へと回った。
だが世界は、まるで最初から俺を拒絶しているようだった。
人手が足りないわけではない。
ただ――俺が子供だから。
後ろ盾もなく、家族もなく、名前だけしか持たない孤独な少年であること。
この街では、それだけで十分な呪いだった。
肩を落として歩いていたその時、不意に誰かとぶつかった。
「あっ……」
顔を上げる。
そこに立っていたのは、一人の女性だった。
その姿は、貴族の気品と底知れない闇が溶け合ったような存在だった。
鮮やかな紫の髪は腰まで流れ、頭上には惑星の軌道を思わせる銀のティアラが浮かんでいる。中央に刻まれた黒い穴のような装飾は、まるで宇宙の法則そのものを支配する者の証のようだった。
サファイアのような蒼い瞳。
冷たく、鋭く、俺の心の奥まで見透かしている。
黒いレースのハイローワンピースは優雅に揺れ、深い紫のコルセットが細い身体を際立たせていた。
黒いスティレットの靴音が石畳を打つたび、妙な威圧感が胸に響く。
「す、すみません……」
俺は慌てて頭を下げた。
しかし彼女は微笑んだ。
「あら、気にしなくていいわ。」
その声は柔らかい。
だが、どこか心を捕らえる響きを持っていた。
彼女は俺を頭の先から足元までじっと見つめる。
まるで俺という存在の価値を測っているようだった。
「ふふ……これ、食べる?」
彼女は小さな袋からパンを取り出した。
俺の心臓が強く跳ねた。
空腹だった。
けれど、何もしていないのに施しを受けることがひどく情けなく思えた。
「遠慮しなくていいわ。」
優しい笑みを浮かべたまま、彼女はパンを差し出す。
結局、俺はその手を拒めなかった。
「……ありがとうございます。」
小さく礼を言う。
彼女はなおも俺を見つめていた。
「なんだか、あなた……とても懐かしいわね。」
「懐かしい?」
俺は首を傾げた。
「ううん、気にしないで。」
彼女はゆっくりと手を差し出した。
「あなたの名前を聞いてもいいかしら?」
「リュウ・セレスティアです。」
その瞬間。
彼女の青い瞳が大きく揺れた。
わずかな動揺。
ほんの一瞬だったが、確かに見えた。
「あなたは……?」
沈黙を破るように俺が尋ねる。
彼女は一度息を吸い、再び微笑んだ。
「ヴェリスタ・セレスティアよ。」
――セレスティア。
その姓が頭の中で何度も響く。
同じ名字。
まさか。
血の繋がりがあるのだろうか。
「同じ姓なのね。」
ヴェリスタは優しく笑う。
「その名前は誰につけてもらったの?」
俺は苦笑した。
「孤児院で育ったんです。院長先生が森で赤ん坊だった俺を見つけたらしくて……その時、名前の書かれた紙だけがあったそうです。」
少しだけ目を伏せる。
「たぶん……両親には望まれてなかったんでしょう。」
ヴェリスタの笑みが深くなる。
だが、その笑みはどこか奇妙だった。
「そう……。」
彼女は小さく呟き、そのまま別れを告げて歩き去っていった。
再び腹が鳴る。
俺はパンをかじりながら歩き出した。
孤児院をもう一度建て直したい。
そのために金を稼ぐ。
それだけが今の目標だった。
だが、王都の門の近くで俺は一人の少女を見つける。
紫色の髪を結い上げた少女。
複数の子供たちに囲まれ、嘲笑され、虐げられていた。
考えるより先に身体が動いた。
俺は駆け出した。
その結果、傲慢な親に平手打ちを受けることになったが、それでも少女を守ることはできた。
少女の名前はヴォラ。
その日から、俺たちはいつも一緒だった。
新聞を売り。
食べ物を探し。
並んで街を歩いた。
孤独だった毎日に、初めて誰かの存在が入り込んだ。
そんなある日。
ヴォラを待っていた俺の前に、一人の少女が現れた。
白いドレス。
黒から緑へと変化する長い髪。
額を覆う前髪。
そして、驚くほど愛らしい顔立ち。
「こんにちは。」
少女は微笑んだ。
俺は慌てて頭を下げる。
「な、何か御用でしょうか、王女殿下。」
彼女はくすりと笑った。
「そんなにかしこまらないで。」
周囲を見渡しながら言う。
「ここには誰もいないもの。友達だと思ってくれていいわ。」
俺は言葉を失った。
王族なのに。
こんなにも自然に話しかけてくるなんて。
「何か俺にできることがありますか、王女殿下?」
「ううん。」
彼女は一枚の紙を差し出した。
「これを渡したかったの。」
それは王国魔導闘技大会の参加申請書だった。
俺は目を見開く。
「でも……俺には魔法がありません。」
「大丈夫。」
彼女は微笑む。
「私が教えるから。」
首を少し傾げながら、頬に指を添える。
「闘技場ならお金も稼げるわ。いい機会じゃない?」
そして、小さく笑った。
「もしかしたら……これも運命かもしれないわね。」
俺の脳裏にヴォラの姿が浮かぶ。
もし勝てれば。
もし強くなれれば。
俺たちの人生を変えられるかもしれない。
「……わかりました。やります。」
「よかった!」
王女は嬉しそうに笑った。
「午後三時に公園へ来て。待ってるわ。」
そう言い残し、彼女は去っていった。
振り返ると。
少し離れた場所にヴォラが立っていた。
その瞳には感情がなかった。
いつも見せてくれる笑顔は消えている。
彼女は黙ってパンを差し出した。
何も言わない。
何かがおかしい。
だが、その時の俺は王女との約束のことで頭がいっぱいだった。
午後三時。
俺は王女エヴリンとの約束の場所へ向かった。
人の少ない訓練場へ向かって歩く途中、周囲からひそひそとした声が聞こえてくる。
「見ろよ、あの貧乏な少年……」
「エヴリン王女と一緒にいるぞ。」
「何者なんだ?」
俺は聞こえないふりをした。
これは人生を変えるためのチャンスだ。
誰に何を言われても構わない。
だが。
エヴリン王女が足を止めたその瞬間。
周囲の空気が急激に冷え込んだ。
背後を何かが高速で駆け抜ける。
黒い残像。
闇のような軌跡。
「な、なんだ……?」
心臓が激しく脈打つ。
背筋を冷たいものが走った。
――まさか。
――Aberrants……?
迫り来る気配を前に、俺の思考は完全に混乱していた。
「この物語をここまで続けてこられたのは、ひとえに皆さんの応援のおかげです。もし各話を楽しんでいただけましたら、ぜひブックマークと評価をお願いします。こうした皆さんのあたたかいサポートが、次のお話を書くための大きな励みになります。この物語の旅路に寄り添ってくださり、本当にありがとうございます!」




