第一章 第十八部 ヴォーラ外伝(3)
その誓いを交わしたあと、ヴェリスタは私を連れて次元の霧を越えた。
辿り着いた先は――ゼフィリオン王国。
そこはHeavLyに次ぐ第二の文明中枢と呼ばれる巨大国家だった。
もしHeavLyが世界の中心であり、眩い光を放つ「心臓」なのだとすれば、ゼフィリオンは静かに呼吸を続ける「肺」だった。風とガラスを基調とした美しい建築群。透き通る塔や空中回廊が並び、その文明水準は極めて高い。
だが、それでもなお。
絶対的な「文明の中心」であるHeavLyの影の下にあることに変わりはなかった。
私たちは王城の玉座の間へと足を踏み入れる。
冷たい大理石の床に、ヴェリスタのヒールの音だけが静かに響いた。
その先にはゼフィリオン王が座していた。
威厳に満ちた眼差し。しかしその表情の奥には、どこか迷いの色が見え隠れしている。
ヴェリスタは立ち止まり、優雅に一礼した。
私はその後ろで深く頭を下げる。
「ゼフィリオンに何を望む?」
王の低く重い声が玉座の間に響き渡った。
ヴェリスタはゆっくりと顔を上げる。
その唇には、どこか底知れない微笑が浮かんでいた。
彼女は何も言わず、静かに手をかざす。
次の瞬間――
紫色の光が空間に広がり、空中に巨大な魔力映像が映し出された。
そこに映っていたのは、HeavLy内部の極秘情報。
ゼフィリオンへ送られるはずだった支援金や食糧が、HeavLyの官僚たちによって私腹を肥やすために横領されている証拠だった。
「ご覧ください、陛下」
ヴェリスタの声は柔らかい。
だが、その一言一言は鋭い刃のように胸へ突き刺さる。
「もはやHeavLyは守護者ではありません。彼らは捕食者です。あなた方の民を救うはずだった命の糧を奪い、自らの贅沢のために食い潰しているのです」
ゼフィリオン王の目が大きく見開かれた。
「こ、これは……あり得ない。マーリン王は善良な人物だ。このようなことを許すはずがない」
ヴェリスタはくすりと笑った。
静寂の中で響くその笑い声は、まるで上質な絹が擦れ合うようだった。
「ええ。マーリンは善人です、陛下」
「ですが、千匹の飢えた鼠の中に善人が一人いるだけでは何も変わりません」
彼女の瞳が静かに細められる。
「その鼠たちはすでに共感を失いました。支援物資を高値で売りつけ、ゼフィリオンの民が飢えて死んでいくことすら気にしない。ただ数枚の金貨を増やすためだけに」
私はその話を聞きながら言葉を失っていた。
HeavLyに傷つけられてきた私の心。
その傷に、まるで答えが与えられたような気がした。
「マーリンはあまりにも純粋すぎるのです」
ヴェリスタは静かに言った。
「自分が悪魔たちの群れを率いていることにさえ気づいていない」
彼女の視線が王へ突き刺さる。
「もしこれを見過ごすのであれば、陛下もまた彼らの側です。HeavLyを滅ぼしましょう。そして、この腐敗した世界に革命を起こすのです」
王は苦しげに眉を寄せた。
「だが……あの国にも罪のない者たちがいる。彼らまで苦しむことになる」
するとヴェリスタは王へ歩み寄り、空中の映像を変化させた。
そこに映し出されたのは、HeavLyで苦しむ貧民たち。
飢え、泣き、寒さに震えながら生きる人々。
「陛下、それは違います」
彼女の声はどこか慈愛に満ちていた。
「虐げられた彼らにとって、死とは唯一の救済なのです」
「彼らは本来、天に属する存在。地上という試練の檻に閉じ込められた魂なのですよ」
ヴェリスタは静かに空を見上げる。
「人はなぜ苦しみ、なぜ孤独に苛まれ、なぜ痛みを抱えるのか――考えたことはありませんか?」
「それは私たちが本来、天の存在だからです」
「あらゆる願いが即座に叶う世界にいた私たちは、この三次元世界の粗雑な因果律に縛られている」
私は息を呑んだ。
その思想は恐ろしいほど自然に胸へ入り込んでくる。
苦しみは偶然ではない。
試練なのだ。
「この試練に敗れる者――欲望と強欲に支配された人間は、悪魔よりも醜い」
「しかし善を選び続けた者は、天使さえ超越する」
その声はまるで闇の説教だった。
静かで。
優しく。
そして逃れようのない説得力を持っていた。
「私はその試練を少し早めたいだけなのです」
「あの醜悪な制度の上に座る者たちを引きずり下ろしたいだけ」
ヴェリスタの瞳が妖しく輝く。
「陛下は、あの鼠たちに世界を委ね続けるおつもりですか?」
長い沈黙が訪れた。
王は映像を見つめ、そしてヴェリスタの美しくも恐ろしい顔を見つめる。
やがて。
ゆっくりと、その首が縦に動いた。
「……我々は何をすればいい?」
その声には、すでに迷いはなかった。
「HeavLyは強大だ。誰にも触れることはできない」
ヴェリスタは薄く笑う。
彼女の手元に紫の光が集まり、無数の星々を描くような複雑な魔法陣が空中に浮かび上がった。
「この世に綻びのないものなど存在しません」
「三次元世界のすべては因果に縛られている」
彼女の指先が、星の糸のような光へ触れる。
「たった一本の糸を引くだけで――世界そのものは崩壊するのです」
彼女は一瞬だけ私を見つめた。
そして再び王へ視線を戻す。
その唇がゆっくりと歪む。
「彼らへの復讐は――今、始まったばかりです」
「この物語をここまで続けてこられたのは、ひとえに皆さんの応援のおかげです。もし各話を楽しんでいただけましたら、ぜひブックマークと評価をお願いします。こうした皆さんのあたたかいサポートが、次のお話を書くための大きな励みになります。この物語の旅路に寄り添ってくださり、本当にありがとうございます!」




