第一章 第十七部 ―― ヴォーラ外伝(2)
「みんな……壊してやるッ!!」
私の叫びは、家の残骸を喰らい続ける炎の轟音に呑み込まれた。
悪魔のように揺らめく業火の向こう――地面には、あの役人の子供たちの足跡がくっきりと残されていた。
それは、私の世界を壊した者たちが確かにここにいたという、何より残酷な証拠だった。
翌日。
世界はまるで色を失っていた。
私は冷たい土の下に父と母を埋葬した。
これで、本当に独りぼっちになった。
街外れの大きな木の下で、私は膝を抱えてうずくまっていた。身体は小刻みに震え、胃を締めつける空腹でさえ、胸の中にぽっかりと空いた穴に比べれば取るに足らないものだった。
泣き腫らした目は赤く腫れ上がり、顔は痛々しいほど疲れきっている。
誰にも見向きもされない苦しみが、そこには刻まれていた。
その時だった。
ふいに、一つの影が私の身体を覆った。
ゆっくりと顔を上げる。
そこに立っていたのは、奇妙な空気を纏う女性だった。
貴族のような気品。
そして、死そのものを思わせる闇。
その二つが完璧な形で共存している。
雷光のような紫色の長髪が風に揺れ、中央に漆黒の穴を模した銀のティアラは、まるで宇宙の法則そのものを支配する存在であるかのようだった。
複雑な黒レースのハイローロングドレス。
宝石の装飾が施された細いヒール。
彼女が一歩踏み出すたび、その足音だけが妙に威厳を帯びて響く。
サファイアのような瞳が私を見下ろしていた。
冷たい瞳。
けれど、その唇にはかすかな笑みが浮かんでいる。
あまりにも薄く。
あまりにも妖しく。
彼女は何のためらいもなく私の隣へ腰を下ろした。
甘くも不思議な香水の香りが鼻先をくすぐる。
「弱い者には、本当に優しくない世界よね」
その声は柔らかかった。
けれど、一つひとつの言葉が甘い毒となって耳の奥へ染み込んでいく。
「私の名前はヴェリスタ。こんな小さな女の子が、どうしてこんな重いものを一人で背負っているのかしら?」
「……ヴォーラです」
私は警戒しながら答えた。
だが次の瞬間、堰を切ったように感情が溢れ出した。
父と母のこと。
食べなかった最後のパンのこと。
貴族の子供たちから受けた侮辱。
そして、家族を奪った炎のこと。
私たちを『ゴミ』と呼んだ人たちのこと。
私はすべてを話した。
ヴェリスタは黙って聞いていた。
その間、彼女の唇に浮かぶ笑みだけが、ゆっくりと深まっていく。
「面白いわね……」
彼女は小さく囁いた。
「ヴォーラ。人生っていうのは残酷なの。だから世界が残酷なら、自分はそれ以上に残酷にならなければ生き残れない」
彼女は空を見上げた。
その瞳には何も映っていない。
「この王国を見なさい。文明の中心? 違うわ。ここは寄生虫たちの巣窟よ」
「役人たちは民を搾取し、自分たちの欲望のために踏みにじる。人間の道徳? そんなものに騙されちゃ駄目」
彼女の目が静かに細まる。
「彼らはAberrantよりもずっと醜い。Aberrantは本能で殺す。でも人間は欲望のために殺し、その夜には絹のベッドで安らかに眠るのよ」
私は言葉を失った。
その言葉はまるで、心を縛っていた鎖を外す鍵のようだった。
「自分の家を燃やしたのが誰か知りたい?」
ヴェリスタが身を屈める。
彼女の瞳が、私の目を真っ直ぐに見つめた。
「あれは役人の子供たちの仕業よ」
「……え?」
「退屈だったの。だからあなたの人生を玩具にした。それだけ」
彼女の声はどこまでも穏やかだった。
「そして彼らは絶対に変わらない。内側から腐りきった人間は浄化できないわ。本当の災厄が自分たちの前に立つまではね」
「でも……正義はないんですか……?」
震える声で尋ねる。
ヴェリスタはくすりと笑った。
ベルベットを擦るような静かな笑いだった。
「正義?」
「それは貧しい人間を反抗させないための御伽話よ」
彼女はゆっくりと言葉を続ける。
「不正が裁かれないなら、支配するのは弱肉強食の法則だけ。死は身分を選ばないわ、ヴォーラ。そこにだけ、本当の平等がある」
「災厄は、相手が貴族か平民かなんて気にしない」
冷たい指先が私の髪を優しく撫でる。
「あなたの憎しみは間違っていない。でも力のない憎しみは、雨の中の泣き声と同じ」
彼女の瞳が妖しく輝いた。
「復讐したい?」
「……」
「なら、Aberrantを従える方法を教えてあげる」
その言葉に私は息を呑んだ。
「彼らをあなたの足元に跪かせることだってできるわ」
「……どうして私を助けるんですか?」
かすれた声が漏れた。
ヴェリスタは私の胸に手を当てる。
震え続ける心臓の上に。
「人間の欲に潰される才能を見るのが嫌いなの」
彼女の声は甘かった。
あまりにも優しく。
「あなたの両親も、自分の娘が飢えて死ぬことなんて望んでいないでしょう?」
「私の部下になりなさい」
「そうすれば、もう二度と飢えることはない」
「そして一緒に、この腐った王国を根から壊しましょう」
彼女の澄みきった瞳が私を見つめる。
その視線はまるで磁石のようだった。
私の魂をゆっくりと引きずり込んでいく。
脳裏に焼け焦げた父と母の姿が浮かぶ。
あの子供たちの嘲笑が蘇る。
胸の奥の憎しみが再び燃え上がった。
炎よりも熱く。
どんな怒りよりも深く。
私はもう迷わなかった。
震える手をゆっくりと伸ばす。
そして――
ヴェリスタの滑らかな手を握った。
その瞬間、目には見えない契約が結ばれた。
「教えてください……ヴェリスタ」
自分でも驚くほど、その声は冷たく、静かだった。
ヴェリスタは薄く微笑む。
「賢い選択よ、ヴォーラ」
彼女の紫の髪が風に揺れる。
その笑みは優しく、どこか恐ろしかった。
「こちら側の世界へようこそ」
「この物語をここまで続けてこられたのは、ひとえに皆さんの応援のおかげです。もし各話を楽しんでいただけましたら、ぜひブックマークと評価をお願いします。こうした皆さんのあたたかいサポートが、次のお話を書くための大きな励みになります。この物語の旅路に寄り添ってくださり、本当にありがとうございます!」




