第二十三話 深山幽谷、昼想夜夢(前)
年が明けた。
雪が降るというのに、外からは子供達が元気よく遊ぶ声が響いている。仄火は火のそばで草履を編みながらそれを聞いていた。
「いいよなあ、餓鬼は呑気で。この寒いのによくも外でなんか遊べるもんだ」
「今はどこの家も、農耕の代わりに手作業の仕事やってるんですよ。その間の息抜きに遊んでるんでしょ」
「別に混ざりたいならお前も行ってきていいんだぜ」
「そんなこと言ってません。第一、もうそんな歳でもないですし」
仄火の揶揄うような言葉に、清は口を尖らせ屋台の上に頬杖をついた。
「……今年もやっぱり、米の出来は悪かったらしいですからね」
「そうだな。全く青龍は何やってんだか。この地を加護してるんじゃねえのかよ」
「周りの土地はもっと大変ですよ。うちは十分獲れてる方です…………って、あ」
清の声に、仄火も手を止めて顔を上げる。屋台の向こう、壁に遮られてはいるが女物の着物が見える。
…………最近、特に揉めそうな女はいなかったと思うが。
仄火はため息をついて立ち上がった。今は半分ほど開いている屋台の裏手への扉を開け放つ。
「あら、久しぶり」
そこには藤が立っていた。
「弟がいるのね」
茶を飲みながら藤は言う。
「弟じゃねえよ。居候兼仕事の手伝い」
「えっ。じゃああの子もカジュギンカに入ってるの?」
「んなわけあるか。あっちの仕事だ」
仄火はそう言って、閉めてある屋台への扉の方を顎で示す。藤は納得したように頷いた。
「ああ、あの小間物屋ね。でも殆どはりぼてみたいな屋台じゃない」
「はりぼてだろうが何だろうが、ごまかせりゃいいんだよ。で、何の用だ? 大方伊波から俺の家を聞いてここまで来たんだろうが…………」
あまりべらべら人の家を話さないでもらいたいところである。そう思いながら、仄火は藤の目的についても何となくは検討がついていた。
仄火の言葉に藤は頷いて、そして思っていた通りのことを言う。
「久世についてよ。証拠を集めてもらうよう頼むって言ってたじゃない、あれから返事はあった?」
仄火はつい藤から目線を外した。
手紙を出してから早四ヶ月ほど。返事らしいものは一向に届いていない。
「…………音沙汰ねえな」
「そう…………。その人に何かあったとか、そういうわけじゃないといいんだけど」
「だがどの道、『夢遊』で久世の横領を暴くことには変わらないんだろ? 証拠はあった方がいいってだけで」
その線も仄火にとって微妙なところではあるのだが、親の仇を討たんとする藤の前でそんなことは言えない。
しかし藤は返事をするでもなく俯いた。
「それも、どうなるか分からないわ。今の伊波にその気があるのかしらね」
「どういうことだよ?」
「知ってると思うけど、伊波は根っからの商人よ。元々久世のことだって、私に協力してくれているだけで伊波には一文の得もないし。そこにもっと大事が起これば、そっちに気を取られるのも無理はないわ」
伊波がそういう人間であるのは、仄火も重々承知していた。興味が湧いたことにはなんでも首を突っ込んで人脈を広げ、遂には「夢遊」なんて組織を作ってしまう。それが彼の商才であることは確かだ。
「その、伊波が今気を取られてることっていうのは」
仄火が聞くと、藤は意外そうに「知らないの?」と言った。
「情報屋殺しよ」
「情報屋殺し?」
「年が明けてから、もう四人になるかしら。それも『夢遊』の組合員ばかりね。だから『夢遊』は危ないって噂になってるみたい」
なるほど。別にカジュギンカで死人が出るのはよくあることだが、そんな噂を立てられては伊波も黙っていられないだろう。
誰かが仕組んでいることなのか、それとも組合員ばかりが殺されているのは偶然なのか。
「気をつけた方がいいわよ。あ、でも仄火は強いんだっけ」
「いや、それは…………」
そういえば、藤はお松の夢病を倒したのは仄火だと勘違いしたままだ。
それもこれも春日のややこしい恋情のせいである。
仄火はいっそ春日が戦えることを藤に話してやろうかとも思ったが、黒光りする苦無を想像してやめた。そこでふと思いつく。
「伊波が無理なら、春日に協力してもらえばいいじゃねえか。久世の件」
「春日に? でもそれは…………。伊波がいないのに、春日は協力してくれるかしら」
「いやすると思うけどな。絶対すると思うけど俺は」
しないわけがないのである。
だがその理由を知らない藤は「そう?」と首を傾げた。
「でも、そうよね。最初はたとえ一人だって仇を討つつもりだったんだし。私だって情報屋なんだから、何とか考えてみる」
自分に言い聞かせるように頷く藤の姿は、来た時よりも幾らか力強くなっていた。
彼女は去り際に「仄火もカジュギンカに行く時は気をつけて」と残して、家を後にした。




