第二十一話 天の岩戸のハツコイソウ(後)
翌朝。隣の間から、女中の声が知親を起こす。
知親は横の布団でまだぐっすりと寝ている千代を見た。
次に襖を開けて、隣の間に顔を覗かせる。
「若様、お目ざめ麗しゅうございます」
「…………ああ」
そのまま千代を起こさずに部屋を出て、御錠口へと向かう。
千代姫のことは、依然としてよく分からない。控え目で大人しい姫かと思いきや、時折あの大きな目を見開いて真っ直ぐな言葉を発する。
気丈、というか……。やはり武家の娘とは皆、あのように芯の通った女性なのだろうか。
小姓たちに出迎えられて中奥の部屋に着くと、てきぱきと身支度が始められた。
何から何まで、知親は身を任せているだけ。これも近頃になって少し慣れてきたものの、当初は随分居心地が悪かった。
知親は大人しく、髪が結われるのを待っている。
……目下の問題は、仄火から届いたという手紙だ。それも瀬川、おそらくは勘蔵の用人である瀬川宗四郎宛てに。
しかし、その手紙は千代のもとに届けられた。間違いとは考えにくい。
誰が手紙を奥へと隠したのか。誰が手紙を燃やしたのか。それらは同じ人物なのか。さらには仄火が手紙に何を書いたのかさえ、分からない。
気が付けば、身支度は粗方終わっていた。小姓たちが道具を片付けて部屋を出ると、開いた襖の向こうに勘蔵が姿を現す。
「若様、お早い時分に失礼いたします。急ぎお伝えしたきことがございまして」
知親が頷くと、勘蔵は近くの小姓に「人払いを」と短く告げた。
向かい合って座る部屋には、どこからか鳥の鳴き声が響く。
「若様は、江戸での金に無駄はないかと、探しておられる最中かと存じます」
「そう……だ。ですが…………四千両はすべて必要なことに使われている」
知親は、言葉遣いについてもまだ慣れていない。やはりこれも、藩主になる前になんとかしなければまずいのだろう。
勘蔵はそれには気がつかないふりをして、話を進めた。
「もし……その折に、どこか不審な点などございませんでしたか」
「不審な点……?」
言いかけて、知親は思い当たった。昨夜千代に見せた帳簿を手に取って、勘蔵に示す。
「この書物十両という箇所、私は奥方様が買われたものかと思い、問うてみたが……。ここには買っていない本が含まれているらしい。なので、表や中奥の書物も調べてみようと思っていたところだ」
「左様にございましたか……」
勘蔵は、懐から一枚の手紙を取り出した。
「この手紙は、妻の志乃から届いたものにございます」
勘蔵の言葉に、知親は二、三度瞬きする。それはつまり……何の報告だろうか。
「本来ならば、このような手紙を若様にお見せするなどもってのほか。戯言と聞き流してくださっても構いませぬ。しかし…………内容が内容ですので、一度お伝えするべきかと思い、お持ちしたのでございます」
手渡された手紙を、本当に読んでもいいのだろうかと知親は躊躇した。しかし、勘蔵が言うのだから大切なことが書いてあるのかもしれない。
知親はつい、「失礼します」と手紙を開いた。するとその一文が、知親の目に飛び込んでくる。
「倹約の一手目として、まずは家老の久世様に、姉君に渡された三十両の出所をお尋ねになってはいかがでしょうか」
いつの間にか鳥の声は止み、部屋は完全な静けさに包まれていた。




