↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カジュギンカ  作者: 谷山
第二章
PR
32/76

第十六話 逃げる恥より役立たず(後)


 人が五人と、獏(ばく)が三匹。

 「さすがに多すぎる」と静寂(しじま)に言われ、協議の結果、伊波(いなみ)と藤(ふじ)が歩くことになった。昨夜から寝ていない仄火(ほのか)たちを気遣ってのことらしい。


 そんなわけで、箱の中には仄火と春日(かすが)とハク、ヨリメ、気絶したままの青葉(あおば)が乗っていた。


「ねえ、あの変な娘《こ》はどうしたのさ」

 揺れる箱の中は真っ暗だが、なぜだか春日の顔は見える。「あの娘」というのは、千代《ちよ》のことだろう。


「あのお姫さん、なんでも急に消えちまったらしい。と、ハクは言っている」


「本当じゃぞ。なあ、お前さんも見ておったじゃろ」


 ハクはヨリメを見下ろすが、ヨリメはただ見つめ返すだけである。

 春日はそれを聞いて腕を組んだ。


「じゃあ、人じゃなかったのかな。妖《あやかし》か、もしかすると幽霊……」


「しかし、気配は人間のそれじゃったがのう」


 たとえ人間だとしても、あの娘《むすめ》は一体どこの誰なのか。それこそ幻影(げんえい)のように現れて、消えた彼女は。

 仄火はなんだか胃がもたれるように気持ち悪かった。これしきの揺れで、まさか酔ったのだろうか。


「着いたわよ」


 その時、静寂の声で箱の一面が開いた。たちまち差し込む朝日のまぶしさに、仄火は目を閉じる。

 そこはちょうど横川(よこかわ)家の表玄関近くだった。昨夜とは違い、人の魂があちこちで動き回っている。


「伊波たちはまだみたいね」


 辺りを見回す静寂に、仄火は箱の中を指さした。そこには気絶した青葉が残されている。


「なあ、こいつはここに置いといてもいいか?」


 正直、気絶した人間は重いので運びたくはない。血を浴びているならなおさらだ。

 しかし、静寂は冷ややかな顔で仄火を見た。


「嫌。私、けっこう綺麗好きなの。文字通り血なまぐさい人殺しを、これ以上入れておくなんてまっぴらごめんよ」


「でもさっきまで入れてたんだから、もう同じことだろ。それに、前は時雨《しぐれ》のことだって運んでたじゃねえか」


 仄火は覚えていた。以前の人魂事件が解決した後、静寂は下手人《げしゅにん》を現世まで運んでいたはずだ。


「あれは伊波の頼みだから、しょうがなく聞き入れてあげたの! あんたは別!!」


 すると箱が音もなく傾き始めた。滑り落ちてくる青葉を、仄火はしょうがなく引きずり出す。

 姿は女でも、獏は獏。仄火が頼んだところで人間の女子のようにはいかないらしい。それにしても、伊波の野郎の何がそんなにいいんだか……。


 結局、春日が腕、仄火が両足を持って青葉を運ぶことになった。ハクはここぞとばかりにヨリメを抱えて、難を逃れている。


「こいつ、どこに置いとこうか」


 春日は後ろ歩きでもずかずかと進んでいくので、そのうち壁に頭をぶつけそうで、見ている仄火の方が怖かった。


「そうだな、半夏(はんげ)と同じところだとそろって逃げられるかもしれねえし……。…………って、おい、ちょっと待て」


 仄火の視界の端に、解けた縄が見えた。嫌な予感がした仄火は青葉の足を床に置いて駆け出す。


 その柱には、半夏を括(くく)り付けておいたはずだった。そして、半夏の姿はそこにはなかった。


   *


 「逃げられた!?」


 声をそろえる伊波と藤の横で、紫苑(しおん)が呆(あき)れたように仄火を見ていた。せっかく気絶させてやったのに、とでも言いたげだ。


「それはもうかたく、胴と両手首まで縛ってたのにな。どうやって縄を解いたのやら」


 あえて軽い調子で仄火が言うと、その場には重い沈黙が流れ、紫苑の視線はいっそうじっとりとしたものになっていく。仄火は思わず目をそらして唇を噛んだ。


 ……まあ確かに、迂闊《うかつ》な判断をしたことに違いはない。


「その、見張りはつけておくべきだった。………………すまん」


 仄火が嫌々ながらに謝ると、黙っていた伊波が肩に手を置いた。


「いや、仄火は悪くないよ。俺たちのところに来てくれようとしたんだろう。最悪、半夏はいなくとも、青葉がいる限り証言は取れる。大丈夫だよ」


 伊波は優しい声色で仄火を励ますように言った。その顔を張り飛ばしたくなったが、自分に非があることは確かなので、仄火はぐっとそれを抑える。


「今はまず、お松さんの魂だ。部屋を案内してくれるかい?」


 伊波が言うと、春日が「こっちだよ」と歩き始めた。

 春日は解けていた縄で、半夏と同じところに青葉を括り付けたようである。青葉はまだ目を覚ましていない。



 部屋の惨状を見て、伊波と藤は驚きこそしたものの、とくに入室をためらうようなことはなかった。情報屋とはやはり物騒な仕事である。

 その血まみれの部屋には、お松とその侍女らしき魂が浮かんでいた。現世では何も起こっていないので、お松はいつも通りに朝の支度でもしているのだろう。


 伊波は仄火たちを一度振り返って頷(うなず)きかけると、おもむろに口を開く。


「……貴女が使った、十両の出所はどこだ?」


 するとお松の魂はふわりと揺らめき、その内側から真実を映し始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。