↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カジュギンカ  作者: 谷山
第一章
PR
13/76

第七話 店番小僧と遊びませう(前)


 長見《ながみ》藩瑞穂(みずほ)城の奥の奥、知親《ともちか》の部屋。

 「よろしいですか」と勘蔵《かんぞう》は息巻いて言った。


「まず、今の長見藩は大きく二つの派閥《はばつ》に分かれています」


 勘蔵は畳に名簿と武家屋敷の地図を広げる。


「城内の八割方を占めているのが、納橋《おさはし》京成《きょうせい》を筆頭《ひっとう》とする慎重派です」


 知親はそれを見て頷《うなず》く。

 現在、国許《くにもと》の長見には三人の家老がいた。榊原《さかきばら》と納橋、そして昨年この地で家老となった立川《たてかわ》勘蔵である。


「納橋殿は非常に慎重なお方。まずは静観を決めこんでいるようです」


「……して、残りの二割は?」


「榊原様率いる派閥です。積極的に殿のもとへ説得に訪れるなど、明確な反対の意を示しています」


 勘蔵が榊原家や、その他にもいくつかの家を指し示すと、知親は少し意外そうに言った。


「声を上げている者は案外少ないのですね」


「ええ。しかし、この二割をいかにして説得するかが最大の難所に違いありません」


 そのうえ、榊原家は筆頭家老……。

 知親は彼らをどう納得させるかとしばし悩んだが、いい案は浮かばなかった。


「とりあえず、慎重派の面々の懐柔《かいじゅう》を目的にするのもよいかもしれませんな。八割のうち五割でも味方につけられれば、納橋殿が動く可能性も大いにあります」


「そう、ですね」


 勘蔵の言葉に知親も同意する。

 ただ心の内では、榊原を味方に付けずして、果たして勝機があるのかと思う気持ちもあった。


 すると、名簿を片付けていた勘蔵がふと思い出したように言う。


「そういえば、しばらく城外には行かれない方が宜《よろ》しいかと。なんでも下手人《げしゅにん》が脱獄したらしく、街も安全とは言い切れませぬから」


 さすがは家老。城の最奥にいては届かない情報を手に入れられるのは、知親にとってもありがたい。


「一体、その下手人は何の罪で牢《ろう》に?」


「ああ、確か―――」


   *


 清《さやか》は暇だった。

 店番をしていたとて、客など一日に一人来ればいい方だ。それも大抵は仄火《ほのか》目当ての女性で、清しかいないことを知ると帰ってしまう。


 そんな時、清のもっぱらの暇つぶしといえば、長屋の方から聞こえてくる井戸端会議に耳を澄《す》ますことだった。

 しかしそれも、今日は集まりが悪いようである。


 今朝の仄火は、珍しくハクを連れて早くから出かけて行った。なんでも先日の知親の話を受けて、カジュギンカの様子を確かめに行くらしい。

 「いくら競争が熾烈《しれつ》とはいえ、誰も藩主の魂から青龍の情報を得ていないのはおかしい」と、朝食を食べながら議論する仄火たちの姿を思い出す。


 ……さて、ぼんやりするのもこのくらいにして、掃除でもするかと清が思っていると、そこに一つの足音が駆けて来た。


「さーやーか!」


 まだ幼いその子供は、屋台の下からばっと頭を出す。


「なんだよ、また来たのか」


「なあ遊んで! それか、何かお話を聞かせておくれよ」


 今にも屋台に乗り上げそうな勢いの子供に、清は「分かった分かった」と屋台の外側に回る。


 よく遊びに来るこの幸太《こうた》という子供は、農村の庄屋《しょうや》の息子である。

 どうも幸太の親は子供に無関心気味であるらしい。そんな人間が庄屋をしていていいのかとも思うが。


 それは、清が勝手に知っていることだった。来る日も来る日も井戸端会議を聞いて、そのすべてを覚えている清は、ここら一帯に関しては情報屋の仄火より詳しいという自負《じふ》がある。

 清は幸太の隣に立ち、屋台に背中を預けた。


「そうだな。じゃあ源平《げんぺい》合戦の話でもしてやろう」


 とはいっても、聞きかじりだが。まあ知っている話をつなぎ合わせればなんとかなるだろう。


「げんぺい?」


「そう。時は昔、今から五百年以上前。宮中の公家から、平家という武士の一族に権力が移り変わって―――」


 幸太はきょとんとした顔をしている。

 少し難しかっただろうか、と清が思った矢先のことだ。


 幸太の顔に影がかかった。人の頭のようなその影は、清自身にも落ちている。

 後ろに、誰かいる。


「……で、それからずーっと、武士が権力を握る世になったって話だろ?」


   *


 「はあ……最っ悪だ……」


 息を荒くしながら、おぼつかない足元で仄火は街を歩いていた。

 押さえている左腕からは血が滲《にじ》んでいる。幸いにも臙脂《えんじ》の着物のおかげであまり目立たないが……。


「まったく、油断しとるからじゃ」


 呆《あき》れるハクに、仄火は「うるせえ」と小さく言う。


「あんなもん見たら、誰でも驚くだろうが」


 青龍のことを知っているのは知親と立川士蔵(しぞう)、藩主の日浦《ひうら》明重《あきしげ》の三人のみ。

 そんな知親の言葉を受けて、今朝仄火はカジュギンカを調べに行っていた。


 知親の異例の養子入りについては数多くの情報屋が調べているというのに、誰もその三人の魂から青龍のことを知りえないのはなぜか。それを確かめるために。


 そして真相は、思いもよらないものだった。


 明重と士蔵、知親の魂は、どこからか生えた幹《みき》と蔓《つる》によって護られていたのである。


「おそらく、あれも青龍の力じゃろうな」


「青龍の?」


「この前、清が言っておった四神の話があるじゃろ」


 仄火は思い出した。そういえばそんなことを言っていた気がする。確か清《しん》の国から伝わった信仰かなにかだったような。


「そこでは、青龍は五行説における『木』を司《つかさど》っておる。魂を樹木が護《まも》っていたなら、青龍の力だと考えるのが自然じゃろうて」


「本当かよ。なんでお前がそんなこと知ってんだ」


「ふっふっふ。年の功を舐《な》めるでないわ」


 …………仮にハクの言う通りだとすると、またしても青龍の存在は現実味を帯《お》びてきたことになる。カジュギンカの魂にも干渉できるうえにあの芸当。やはりただの妖《あやかし》ではないように思われた。


 その時、仄火のすぐ近くを人が通りかかる。相手に血が付かないよう、仄火は慌てて左手を引き寄せた。


(……痛《い》っっってえ……!)


 鋭い痛みに声が出かけたが、すれ違う相手に聞こえないようなんとか嚙み殺す。

 この傷は、情報屋同士の抗争に巻きこまれて斬られたものだった。青龍のことを知らない彼らは、樹木を誰かの獏《ばく》の能力だと思いこんで犯人捜しをしているらしい。


 この仕事に慣れてから、仄火は上手くそういった争いを避けて立ち回ってきた。故に傷を負うのも久しぶりである。


 ……ああまずいな、ふらついてきた。


 一応布で止血してあるが、それにしても血を流しすぎたようである。

 そんな仄火の様子に気が付いたのか、ハクは「さっさと飯を食って寝ることじゃな」と静かに言った。見れば、家はもうすぐそこだ。



 包帯を巻き直し、井戸の水で血に染まった布を洗う。

 清は買い物にでも行っているのか、家は留守だった。


 洗濯の帰りに、仄火は屋台の外に落ちているコマを見つけた。これも長いこと売れてねえな、と仄火は拾い上げて屋台の上へと戻す。

 するとその隣、紙人形の下に白い紙が挟まっていることに気がついた。


 ……ははあ、きっとこいつは恋文だな。


 こういうことは初めてではない。けれどもいったい誰からだろうか。最近はあまりそんな暇もなかったが。

 仄火はやれやれとでも言うような顔で紙をつまみ上げ、折り畳まれたそれを開いた。


   *


 「っハク!!」


「うん? なんじゃなんじゃ、騒がしいの」


 勢いよく開いた扉に驚きながら、ハクは血相《けっそう》を変えた仄火を見て訝《いぶか》しむような顔をした。


「どうした?」


 ハクが聞くと、仄火は一枚の紙を差し出す。


「これが、店の前に」


 それを受け取り、ハクは中身に目を通した。そこには短く、こう綴《つづ》られている。


 ―――店番の餓鬼《がき》は預かった。返してほしくば、一人でカジュギンカの善光《ぜんこう》寺へ来い。


仄火はぐしゃりと髪をかき上げた。


「くそっ、誰がこんな……。いや、とにかく行くぞ」


「待て。まず間違いなく相手は何か企《たくら》んでおるぞ。言われた通りのこのこ一人で行ってどうする」


「相手が誰かも分からねえのに、策なんて立てられるかよ。行ってみるしか今はねえだろ」


 そう言って外に出ようとする仄火を、ハクは呼び止めた。


「おい、」


「仄火?」


 その時戸の向こう側から、聞き覚えのある声がした。仄火が戸を開けると、立っていたのはやはり知親だ。

 こんな時に、と仄火は頭を抱えたくなる。一刻も早く行かなければならないというのに。


「何か用か? 悪いが、今はそれどころじゃ」


「いや、用と言うほどでもない。あることを伝えに来ただけだ」


「あること?」


「以前、そなたが調べていたという人魂の話があっただろう。その時小火(ぼや)騒ぎを起こした下手人が今朝、牢から逃げ出したそうだ」


 どくりと、心臓の鳴る音がした。

 その下手人を捕まえ、役人に突き出したのは仄火たちだ。


 あの男は前にも子供を攫《さら》い、殺そうとしている。まさか清を攫ったのは……。


 ただならぬ表情の仄火に、知親は「何かあったのか」と尋ねた。


「いや、問題ねえ。わざわざ悪かったな」


「……そなたには、この前街を案内してもらった借りがある。困りごとなら力を貸すが」


 そんなことは、今の仄火にはどうだってよかった。あの男が攫ったのなら、清の身が安全とは言い切れない。

 頼むから早く帰ってくれ、と仄火は知親に「本当に何でもねえって」と繰り返す。


 しかし、知親は鋭かった。


「あの、清という少年の姿が見当たらないが―――」


「大丈夫だっつってんだろ!!」


 仄火は思わず声を荒げた。と、その頭に音を立ててハクの拳《こぶし》が振り下ろされる。


「っ!!」


「落ち着かんか阿保《あほう》」


 ハクは仄火の肩を押した。軽い力だったが、仄火は体勢を崩して床に手をつく。


「見ての通り、仄火は腕を斬られたせいでこのざまじゃ」


「斬られた?」


「おい、何のつもりだ」


 仄火は座ったままハクを見上げるが、ハクは振り返らずに答える。


「青龍なんてもんに憑《つ》かれとるんじゃ。全く無関係でいることもできまいて。…………さて若造、この先を知る覚悟はできておるか?」


 知親は何が何だか分かっていないようだったが、「青龍」という言葉に動かされたようだ。目を逸《そ》らさず、真っ直ぐにハクを見たまま頷いた。


「ならば、この浮世を一枚隔(へだ)てた裏の世界、『カジュギンカ』の話をしてやろう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。