絶対零度の演算と銀の渇望(前半)
この作品はAIによる文章生成を使用しています。
屋上での惨劇から一夜明けた放課後。校門前には、火花を散らす二人の少女の姿があった。
「……いい、佐藤。あたしはラムネの補充と、パパに報告もしなきゃいけないから、一刻も早く戻るわ。変な銀髪のチビに、変なトラップを仕掛けられないように気をつけなさいよ!」
烈華は忌々しそうに赤みかかた髪を指で弄りながら、幸太の隣に立つ氷雨を鋭く睨みつける。その瞳には幸太を独占されることへの剥き出しの不快感を表していた。対する氷雨は、感情を排した機械的な瞳で淡々と言い放った。
「安心してください、朱鷺沢さん。あなたの不在中、佐藤くんの『管理』は私が完璧に行います。論理的に、かつ……密接に」
「あーもう、ムカつく! 行ってくるわよ!」
烈華を乗せた高級車が、焦燥を映すように猛スピードで走り去る。残されたのは幸太と氷雨の二人だけになった。静寂が訪れる間もなく、氷雨は幸太の腕に迷いなく自らの腕を絡める。制服越しに体温が伝わる。
「……歩きづらい。邪魔だ。なぜ腕を組んでくる」
「私はあなたをどうやってでも組織に連れて行く必要があります。そのためには何でもやります。男子高校生には、こうした肉体的接触を図るのが最も効果的であると教育されたため、実行しているに過ぎません」
(……非効率な拘束だが、振りほどく労力の方が無駄か)
幸太は複雑な演算をするまでもなく、彼女の頑固さを理解し、大人しく腕を組まれたまま帰路についた。
家までの最短ルートは、広大な敷地を持つ総合公園を突き抜ける道だ。夕闇が迫り、住宅街に隣接したその場所は、本来なら犬の散歩や帰宅途中の人々で賑わっているはずだった。
だが、公園の入り口に差し掛かった瞬間、幸太は昨日、屋上で感じたあの感覚を覚えた。
世界という名の薄い膜に、無理やり楔を打ち込まれ、異界の汚泥が漏れ出してくるような不快な軋み。
「――っ、そんな、早すぎる……!」
氷雨も同時にそれを察知し、即座に懐の端末を操作した。
「……隠蔽工作、開始。周囲の電波を遮断。光学認識阻害、最大」
直後、公園内の街路灯が一斉に明滅し、奇妙な「静寂」が辺りを支配した。
一般人の目には、空間がひどい陽炎のように歪んで見え、脳が本能的に「見てはいけないもの」として視線を逸らさせる心理的盲点。IAの技術が、異界の漏れ出すノイズを物理的に増幅させ、戦場を隔離したのだ。
続いて、低濃度の天才糖を奥歯で噛み砕き、強引に思考を加速させる。
(前回の出現から、まだ一日。過去の『高濃度摂取者』の観測事例を統計解析しても、一度出現すれば最短でも二十一日の潜伏期間があるはず。……これでは出現サイクルの予測モデルが根底から崩壊する!)
氷雨はカバンから、一見すると金属製の定規の様に見える四枚の刃を取り出した。それらを淀みない手つきで十字に接続すると、空間の歪みから這い出してきた『アント』目掛けて鋭く投擲する。
「……排除します」
放たれた刃は、物理法則を無視した挙動を見せた。
投げ出された瞬間、それは放った腕の動作とは明らかに見合わない不自然な加速を見せ、空気が悲鳴のような甲高い音を立てて爆ぜる。氷雨が指先を僅かに動かすと、目に見えないレールを滑るかのように、十字の刃はアントの首を正確に刈り取った。
「キシャ……ッ!?」
断末魔すら置き去りにする速度。
一閃。首を両断された巨体が沈むよりも早く、十字刃は目に見えない風の糸に引かれるように急旋回し、氷雨の手元へと吸い込まれた。
(……風か。彼女は異能で投擲物の軌道と速度を完全に支配している)
幸太の『神の目』は、氷雨の周囲で激しく、かつ緻密に渦巻く「空気の指向性」を冷徹に読み取っていた。
氷雨は再び、湧き出てくるアント目掛けて十字刃を放つ。
さらに二匹のアントを切り裂いたその時。
氷雨の端正な表情が、初めて凍りついた。
空間の歪みの奥――ゲートの深淵から滲み出してきたのは、これまでとは明らかに質の異なる、どろりとした濃密な殺意だった。
(……来る。アントとは格が違う。この質量は――!)
直後。
公園の中央、噴水広場近くの地面が火山の如く爆ぜた。
現世へと這い出してきたのは、巨大なカブトムシを思わせる重装甲の異形――『カナブン』。
出現の衝撃とともに、周囲にいたアントたちを無慈悲に踏み潰しながらその巨体が立ち上がる。
体高三メートルを超え、甲殻の表面には赤黒い血管が脈打ち、頭部と背中にある四つの目が不気味に蠢く。それは現代兵器の突撃銃程度では、傷一つ付かない絶望の壁だった。
「……っ、よりによって『重装甲種』ですか」
氷雨は即座に自らの周囲に風を纏わせた。
彼女が地を蹴った瞬間、爆発的な追い風が背中を押し、その身体は砲弾のような速度で加速する。
氷雨は公園の木々を足場に、縦横無尽に跳ね回った。
常人なら足を踏み外すような細い枝、あるいは垂直に近い幹。そこへ触れる瞬間に風の圧力をクッションに変え、反動を殺さぬまま次の跳躍へと繋げる。重力をあざ笑うかのように空中で軌道を曲げるその姿は、まさに風そのものだった。
カナブンの注意を引くため、十字刃による三度の連続攻撃を繰り出す。だが、関節の節を狙った攻撃は、硬質な音を立てて弾かれるだけだ。
(……この装甲、十字刃では貫通不能)
氷雨は瞬時に判断し、手元に戻った十字刃をカバンへ。代わりに、新たにワイヤーが接続された無骨なスパイクを取り出した。
一方、執拗な牽制に苛立ちを募らせたのか、カナブンがその四つの目を血走らせ、低い咆哮を上げる。
ギギィィィィィッ!!
その巨体が低く沈み込み、全身を甲殻の表面を脈動する血管が輝き始めた。――異能を発動させる。その狙いは、極上の餌である幸太を貪るのに、先ほどから邪魔でしかない氷雨へと定められた。
カナブンの攻撃は単純、かつ破壊的だ。異能による直線的な加速――二十七トンもの質量が時速八十キロで迫る。掠めただけで、人体など容易く肉塊へと変える絶望の突撃。
「……っ!」
氷雨は気負うことなく、最小限の動きでその軌道を見切った。木々を蹴り、風で背中を押して空中へと逃れる。直後、カナブンが激突した周囲の大木は、まるでマッチ棒のように容易くへし折られ、爆散した。
だが、氷雨の意識はすでに「次」へと切り替わっている。
着地の瞬間、突撃が終わった直後のわずかな隙を突くべく、彼女は淀みない動作でワイヤー付きのスパイクを放った。
氷雨はスパイクの柄に溜めた圧縮空気を一気に開放し、爆発的に加速させて威力を高めることで、カナブンの足の節を正確に粉砕した。装甲の薄い関節部を、点に近い衝撃で打ち抜く。
しかし、異形の再生能力は異常だった。
「ギギィィッ……!」
不気味な脈動音とともに、破壊されたはずの節がうぞうぞと蠢き、数秒も経たぬうちに再生していく。
氷雨が舞う姿を、幸太は無機質な瞳で観察していた。
昨日、感情のままに猛火を振り回し、短時間で肩で息を切らしていた烈華とは対照的だ。氷雨の異能――風の操作は、決して出力自体は高くない。しかし、彼女はその風を、自身の移動慣性の制御や、敵の攻撃を逸らす最小限の反動として完璧に使いこなしている。
(……効率がいいな。異能そのものを直接的な暴力に変える朱鷺沢と違い、銀城は風を『触媒』にしている)
氷雨が手にする十字刃やワイヤー付きのスパイク。それらは、彼女の薄い出力を物理的な殺傷力へと変換するための増幅器だ。異能で直接敵を叩くよりも、風によって道具の運動エネルギーを数倍に跳ね上げる方が、天才糖の消費は格段に抑えられる。
(最小の糖分消費で、最大の回避率と命中精度を維持している。アグニの女が『猛火』なら、彼女は最適化された『精密機械』か。……だが)
幸太の脳内では、無慈悲な解を導き出す。
どれほど道具と技術で効率を突き詰めても、物理的な「絶対質量」の壁を突破するには、分母となるエネルギーそのものが決定的に足りていない。
氷雨は何度も突進を回避しては足の節を破壊する動作を繰り返すが、決定打には至らない。
氷雨の内心に焦りが広がる。本来、カナブンは最低五名の部隊員で連携して仕留める獲物だ。おまけにここは住宅が近い。被害を最小限に抑えなければならないという、政府直属の『IA』としての義務が彼女の動きを制限していた。
唯一の救いは、地球のカナブンと違い「飛ぶ」機能がないことか。
(二粒目のラムネも、もう底をつく……!)
組織に応援を要請しているが、IA(政府)特有の形式的な承認プロセスと、この異常事態における「足の遅さ」が、今この瞬間の命取りとなっていた。
氷雨は奥歯を噛み締める。
自ら吐いた「不要」という言葉を、屈辱とともに飲み込むことを決断した。
「……っ!」
カナブンの再度の突進。氷雨はそれを空中でひらりと、まるで木の葉が舞うように回避する。着地と同時にワイヤーを引き戻したスパイクを突進の終わった後の無防備な背中へと放ち、再び関節を破壊する、その巨体はバランスを一瞬だけ崩させた。
着地の衝撃を風のクッションで殺し、幸太のすぐ隣へと滑り込む。
彼女の肩は激しく上下し、額からは薄い汗が伝っていた。天才糖の残量は、もはや警告灯が点灯する限界値だ。
彼女は何かを振り切るように、幸太の胸ぐらを強く掴み、身体を懸命に自分の方へと手繰り寄せる
「佐藤くん。認めざるを得ません。……現状の私の出力では、あなたを護り切り、かつ民間人への被害をゼロに抑える確率は0.02%以下です」
「あなたは天才糖による異能の強化方法を、私以上に理解しているはず。昨日の朱鷺沢さんの出力は、単に可燃物を足したような単純な強化ではありませんでした」
ぐい、と至近距離まで引き寄せられた幸太は、自分よりずっと小さな彼女の瞳を、真上から見下ろす形になった。
氷雨は、逃げ場をなくすように幸太と真っ直ぐに視線を合わせる。
「あれは……あなただけに秘められた、異質な力によるものなのですか?」
幸太は無機質な表情のまま、氷雨の華奢な腰を強く抱き寄せた。
引き寄せられた彼女の細い体が、幸太の胸板にぶつかる。その藍色の瞳には、すでに「勝利への設計図」が完成している。
切りの良い所まで1日1話更新していきます。




