不完全な神の目と赤い情動(前半)
この作品はAIによる文章生成を使用しています。
「チッ、数が多い……ついてないわね。佐藤、そこに突っ立ってると死ぬわよ!」
烈華は吐き捨てると、アグニ特製の特殊物質容器から一粒の『ラムネ』を取り出し、奥歯で乱暴に噛み砕いた。
低濃度天才糖、ブリックス値8%。
脳内に火花が散り、彼女の指先から爆発的な熱量が噴き出す。
「焼き尽くせッ!」
烈華が右手を振るうと、紅蓮の炎が奔流となってアントの群れを飲み込んだ。剥き出しの筋肉が焼ける嫌な臭いが屋上に充満する。通常、一度に出現するアントは5匹から10匹程度。だが、10匹を燃やし尽くしたはずの烈華の前で、空間の歪みは収まるどころか、さらに激しさを増していく。
「……嘘でしょ? 消えないじゃない」
烈華の頬を、焦燥の汗が伝う。
歪んだ空間の裂け目が、まるで獲物の匂いに狂った獣の口のように大きく、醜く広がり始めた。そこから溢れ出してきたのは、先ほどまでとは比較にならない、黒黒とした絶望の奔流。
五体、十体……いや、二十体を超えるアントの群れが、積み重なるようにして現世へと這い出してくる。
「キシャアアアアアッ!!」
屋上を埋め尽くさんとする異形の咆哮。
剥き出しの筋肉を脈動させ、無数の蜘蛛のような目が、ただ一点――佐藤幸太という「極上の餌」を捉えていた。
烈華は再び舌打ちを行った後に、アグニ特製の特殊物質容器から二粒目の『ラムネ』を取り出し、奥歯で乱暴に噛み砕いた。
これで最後。携行を許された限界量だ。
脳内に散る火花。血管を駆け巡るブリックス値8%の熱量。
しかし、烈華の計算は悲鳴を上げていた。
目の前の数は、低濃度の天才糖をもう一粒追加した所でどうにかなるレベルを、疾うに超えている。
殺到する異形。
烈華は、先ほどよりも一撃一撃の出力を絞り、効率的に怪物を狙って炎を放つ。だが、それはもはや勝利のための攻撃ではなく、押し寄せる絶望の波を、死に物狂いで押し止めているに過ぎなかった。
「こいつらはあんたの匂いに引き付けられて出てきたのよ! あんたも死にたくないなら、さっさと異能で戦いなさいよ!」
幸太は動かない。いや、動けないのだ。
彼の視界には、すでに異形たちの無残な末路が描かれている。
網膜に刻まれる、無機質な幾何学のグリッド。異界の怪物が次にどの足を踏み出し、どの角度で顎を鳴らすか。そして、その筋肉の継ぎ目のどこに衝撃を与えれば、一撃でその生命活動を停止させられるか。
すべてが、残酷なほど「見えて」いた。
(……分かっている。殺し方は、もう理解した。だが――)
幸太は静かに自分の拳を見つめる。
どれほど完璧に弱点が見えていても、今の彼にはそれを貫く「武器」がない。
(……見えている。だが、届かない)
最高濃度の『原液』が彼に与えたのは、異界の怪物を蹂躙する暴力ではない。数秒先の未来を確定させ、異形の構造を暴き、その弱点を冷徹に特定する――ただそれだけの、不完全な神の目。
敵を倒すための力ではなく、敵を知り、破滅までの道筋を最短距離で描き出すための演算能力。
引き金のない銃。振るう腕のない刀。
どれほど鋭利な殺意を設計しても、それを現実に叩きつけるための「出力」が、今の彼の肉体には決定的に欠落していた。
「……俺には、こいつらを殺す手段がない」
「はぁ!? 何言ってんのよ、こいつらを引き寄せるほどの糖を貯蔵している癖に……っ!」
烈華は愕然とした。無尽蔵に湧き出るアント。これほどの「天才糖の原液」をその身の内に抱えていながら、自分では指一本動かせず、ただ災厄をおびき寄せることしかできない木偶の坊。
そして、脳の芯を冷やしていく『天才糖』切れの予兆。
(マズい、このままだと……!)
逃げるなら、今しかない。だが、烈華の足は一歩も後ろへは動かなかった。
高濃度の天才糖の塊であるこの少年をここに置き去りにし、もしも彼が怪物に捕食されれば、どれほどの惨劇が起きるか。そんな論理的な計算よりも先に、彼女の「誇り」が退路を断っていた。
弱者を守り、異形を屠るために力を振るってきた彼女にとって、自分の命を守るために他人を犠牲にして生き延びるなど、矜持が許さない。
「……はぁっ、はぁ……っ!」(マズい、このままだと――)
烈華の炎が一段と細くなる。
思考が一瞬、計算から逸れた。
の隙を突くように、未だに湧き出し続ける感情のない黒い波の中から、一体のアントが烈華に向けて突進する。
「しまっ……!」
反射的に放った炎がアントを包むが、勢いは殺しきれない。焼かれながらも突進してきたアントの巨体に弾かれ、烈華の体は屋上のコンクリートの上を無様に転がった。
「くっ、ぁ……」
今の一撃で、最後の一粒がもたらしたエネルギーを使い果たした。
視界が急激に暗転する。脳が深刻なエネルギー不足を訴え、思考が泥のように濁っていく。烈華は震える腕で地面を突き、必死に幸太を見上げた。
「……逃げなさいよ、佐藤。あんたみたいな『餌』……あたしがいないと、一秒も保たないんだから……っ」
喉の奥から絞り出すような声。
「あの銀髪のチビも、この異変には気づいてるはず。あいつだって、戦える異能を持っているはずよ……」
烈華の誇りが、彼女に逃げることを許さなかった。
書類を入れ替え、妨害工作をしてまで氷雨を遠ざけたのは、他ならぬ自分自身だ。その責任を、彼女は低血糖に陥った意識の中で、必死に背負おうとしていた。
「……いいから、行きなさいよ……! 砂糖中毒者、面倒を見るのは、あたし一人で十分なんだから……っ」
だが、幸太は動かない。
群がるアントたちの複眼が、獲物を定めて一斉に脈動する。
(……ようやく、この『熱』の正体が見えた)
絶体絶命の光景の中で、幸太の脳は加速し続けていた。
烈華が「ラムネ」を口にし、直後に炎を放った一連の挙動。そして彼女の口から漏れた「砂糖中毒者」という言葉。それらの断片的な情報が、あの夜、路地裏で首筋に打ち込まれた「銀色の熱」と一つの数式で結びつく。
(こいつらが僕の『匂い』に引き寄せられたという事実は、僕の体内にある何かが体液を介して揮発し、情報を発信している証拠だ。揮発しているのなら、粘膜にはさらに高濃度のエネルギーが溶け込んでいるはずだ)
周囲を埋め尽くす異形の群れ。烈華の限界。
加速する思考の果てに、一つの結論が弾き出される。
(……ならば。ここでの最善策は、逃げることではない)
幸太の瞳の中で、藍色の光が一段と深く沈む。
目の前で倒れ伏す少女に向かって、冷徹な演算結果が『青いガイド』を力強く伸ばした。
切りの良い所まで1日1話更新していきます。




