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EP 11

帝都進出! 狙われた「丼の秘伝書」

「ククク……ついに来たでござるな。ここが人類の欲望が渦巻く奈落のパンデモニウム……帝都『グラン・アーベント』でござるか」

漆黒の馬車の窓から身を乗り出し、佐須賀良樹は眼下に広がる巨大な城郭都市を見下ろして不敵に笑った。

中二病の眼帯をクイと押し上げるその姿は、傍目には「不吉な策謀を巡らす若き智将ダーク・バロン」そのものである。

だが、その内面リアルは――。

(……デカい。デカすぎるでござる! 帝都店、これキャパ何名でござるか!? バイト何人雇えば回るレベルでござるか!? そもそもこの人口密度、ピークタイムのレジ待ち行列が物理的に暴動に発展するレベルでござるよぉぉッ!!)

良樹の心臓は、かつての深夜ワンオペ時代に「バスツアーの団体客」が突然来店した時のような、凄まじい動悸に襲われていた。

「ヨシキ様、顔色が優れませんな。もしや、帝都の邪気にあてられましたか?」

銀髪の老執事マルセルが、心配そうに声をかける。

「フ……案ずるなマルセル殿。拙者の『魔眼』が、未来の繁忙期(戦場)を予見して疼いているだけでござる……!」

「おお、流石はヨシキ様! 開店前からすでに勝機を見出しておられるとは!」

マルセルが感涙にむせぶ中、馬車は帝都のメインストリート――通称『美食家通り(グルメ・ストリート)』へと滑り込んだ。

そこには、皇帝から下賜された一等地の物件が、周囲の老舗レストランを威圧するように建っていた。

看板には、見慣れた、しかし異世界では異質な文字が躍る。

『丼亭よしき・帝都本店』

「よし。まずはQSC(品質・サービス・清潔)の徹底チェックでござる! ロード殿、モウラたん、ルナたん! 開店準備セットアップに取り掛かるでござるよ!」

「はいはい、分かってまがな。ワイは看板竜として客寄せパンダ(竜)になればええんでっしゃろ?」

「アタイは厨房で肉を捌くぜ! 帝都の軟弱な料理人どもに、本物の『焼き』を見せてやる!」

「私はフロアの風通しを魔法で管理するわね。……でもヨシキ、さっきからあっちの建物から、すっごく嫌な視線を感じるんだけど?」

ルナが指差したのは、通りの向かいにある、黄金の装飾が施された豪華絢爛な建物――『帝都美食ギルド本部』であった。

***

「――失礼するよ。ここが噂の『成り上がり男爵』の店かね?」

開店準備で良樹が床をポリッシャー並みの速度で磨き上げていると、カツカツと傲慢な靴音を響かせて、数人の男たちが踏み込んできた。

先頭に立つのは、シルクハットにモノクルをつけた、いかにも「権威の塊」といった風貌の太った男だ。

「……む? お客様でござるか? あいにく開店は明日から――」

「私は美食ギルドの副長、ガストロ・ド・パンスだ。若き男爵、帝都で作売(商売)を始めるなら、まずは『礼儀』というものがあるだろう?」

ガストロは周囲の殺風景(良樹にとっては衛生的)な店内を見渡し、鼻で笑った。

「帝都の食文化は、我らギルドが数百年かけて築き上げた芸術。そこにこのような、出所も知れぬ『ボウル(丼)』などという野蛮な料理を持ち込むとは。……まぁ、我々に適切な『指導料(上納金)』を納めるというなら、特別に見逃してやらんでもないがね」

良樹の思考回路が、瞬時に「現代の飲食業界」のコンテキストで翻訳を開始した。

(指導料……? ギルド……? ……あぁ! なるほど! これはアレでござるな! このエリアの商店街が運営している『親睦会(商店会)』の入会案内と、ゴミ出しのルールの説明に来てくれた近所のおじさんでござるか!)

良樹の顔に、完璧な営業スマイルが張り付いた。

「これはこれは! 商店会の役員様でござるか! ご丁寧に挨拶をいただき、痛み入るでござる!」

「……しょ、商店会?」

「左様! 郷に入っては郷に従うのが店長(店主)の務め! 組合費(上納金)の件、承知いたしました。適正価格であれば、経費として計上させていただきまする!」

良樹はガストロの手をギュッと握りしめ、ブンブンと激しく振った。

「いやぁ、帝都の商店会は身なりが立派でござるな! 拙者も若輩者ゆえ、ぜひ『地域の清掃活動ボランティア』や『火の用心(夜回り)』の当番表などを共有していただきたいでござる!」

「なっ……ななな、何を言っている!? 私は貴様の料理の『秘伝書レシピ』と、売上の半分を寄越せと言っているのだ!!」

ガストロが激昂して叫んだ瞬間。

「…………ッ!!!」

良樹の空気が、一変した。

良樹の瞳からハイライトが消え、絶対零度の冷徹さが宿る。

深夜の牛丼屋において、「秘伝のタレを盗もうとするスパイ」や「レジの金を要求する強盗」は、お客様ゲストではない。

それは、排除すべき『オペレーション上のノイズ(害虫)』である。

「……秘伝書、でござるか?」

良樹が、一歩、踏み出す。

たった一歩。だが、数千人のクレーマーと対峙してきた「接客の魔王」の圧力が、ガストロの巨体を物理的に押し戻した。

「当店のレシピは、血と汗と、数多の社畜たちの涙によって磨き上げられた、不可侵の聖域。それをタダで寄越せとは……お客様。貴殿は、自分が今、『カスタマーハラスメント(神への冒涜)』の境界線を越えたことに、お気づきでござるか?」

「ひ、ひぃっ!?」

良樹がゆっくりと右手の眼帯に触れる。

「……あまり拙者を怒らせない方が良いでござる。拙者の『丼マスター』の力が、貴殿の不衛生なギルドを、根こそぎ『漂白剤(滅菌)』してしまう前に……立ち去るが良い!!」

「お、覚えていろ! 帝都美食ギルドを敵に回して、この街で生き残れると思うなよぉぉぉッ!!」

ガストロたちは、脱兎のごとく店から逃げ出していった。

「フン、不潔なクレーマーでござる。……さて、マルセル殿。明日の開店に備え、今一度『アルコール噴霧(結界)』による、全店域の完全滅菌を敢行するでござるよ!」

「ははっ! さすがヨシキ様! 敵の宣戦布告を『掃除の合図』と捉えるその度量、恐れ入ります!」

帝都の権威ギルドと、最強の勘違い社畜。

異世界の食文化を揺るがす、史上最大の「不当要求バトル」の幕が、今、切って落とされた。

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